リリィ

あきらつかさ

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 翌日。
 いつも通りの時間に登校したら、下足ホールで坂田木と会った。
「おはよう――千紗都」
 ちょっとためらったけど、思い切って名前で呼んでみる。
 昨夜一晩考えた。
 私も、坂田木――千紗都と仲良くなりたいのは確かだし、キライじゃないし、今朝会う時にどう感じるかでどう呼ぼうか決めよう、そう思った。
 退きかけたら変わらず、名字で。
 ちょっとでもドキッとしたら名前で――
 今朝の千紗都はギターっぽいケースを肩にかけ、カバンと別にスポーツバッグを持って、緩くくしゅっとしたレイヤーの髪をポニーテール風に頭の後ろで軽くまとめていた。
 どこか不安げな、テスト直前のモヤッとした感じのような表情で下足ホールに向かってるのを見て、確かに私の鼓動は少し早くなった。
 驚いた様子で振り返った千紗都は、私を見て、弾かれたように笑顔になった。
「お、おはよぉ……み、南?」
「幸でいいよ」
 靴箱の前で並ぶ。
「なんか――嬉しいけど照れる」
 そうはにかむ様がやっぱり可愛い。
「あの、さ」
 上履きを取って、私はちょっと上気した千紗都を見る。
「付き合う、ってのは正直よくわかってない。でも千紗都と仲良くしたいのはホントだから」
「うん――ありがとう」
 千紗都はさらに頬を赤くする。
「女同士だし、気持ち悪がって避けられるかな、とか思いながら来てた」
 一緒に教室に向かう。
「うーん……それはない」
 三年の教室は、三階になる。
「そうは思わなかったけど――」
「けど?」
「驚いて、戸惑って――今も考えてる」
「あ――ごめん」
 千紗都の表情が曇る。
「突っ走りすぎたかな、って思ったんだ。迷惑じゃなかったらいいけど」
「迷惑だなんては思ってないよ」
 教室に着いた。
「――これから色々話していったらいいんじゃない?」
「そうだね――ありがとう」
 千紗都はにこっ、と口角を上げた。


 お昼を千紗都と一緒にするのも、もちろん初めてだ。
 千紗都に誘われて、学食に行く。
 ごった返してる中で何とか二人の席を確保して、千紗都は定食を買いに行った。
 お弁当持ってるのに。
 程なく、天ぷらうどん定食のお盆を持って千紗都が戻ってくる。
「――ほんと、どこに入ってくの?」
 運動部の男子みたいだ。朝食、早弁、昼食、おやつ、夕食、夜食って食べる類の。
 それでいて太らないなんて詐欺だ。
 千紗都って見た目はすごく『女の子』なのに。
 今の笑ってる様なんて、その辺の男子を軽く虜にしそうなくらいに可愛いのに。
「千紗都――質問、いい?」
「うん。なに?」
 私は普通のサイズの弁当。お茶だけ買って、ゆっくり食べる。
「付き合う、って――千紗都は女が好きなの?」
「女が、というより幸が好き。性別よりも」
 千紗都の瞳は吸い込まれそうなくらい、澄んでいた。
 思わず赤面してしまう。
「恋人、ってこと?――友達とは違って」
「うん。どう言ったらいいか判らないけど、恋人って支え合うことかな、って思ってる。僕は幸と、何でも話せる親友、よりも深い関係になりたいんだ」
 ストレートに千紗都は言う。あまりにまっすぐでハッキリしてて、そこまで考えてなかった私は話題を変えた。
「――バンドって、校外で?」
「うん。『コルポ・ディ・ヴェント』って――知ってる?」
 私は首を横に振る。
「ごめん」
「ま、インディーズの末端のほうだしね。謝らなくっていいよ」
 千紗都の弁当が空になっていた。
「女ばっかり四人でね。近場のライブハウスでやったり、自費でCD作ったりしてる。聞く?」
「うん。聞きたい」
「じゃあ明日CD――あ、そうだ」
「?」
「今夜ヒマ?」
 何か思いついたように、天ぷらの最後の一口を飲み込んでから千紗都が言う。
「今夜さ、ライブやるんだけど――来る?」
「いいの?」
 唐突だ。
「もちろん。チャージ料おごるし」
 予定は――ない。予備校に行ったりしているわけでもないし、バイトもしていない。
「――どんなバンド?」
「メタル寄りのハードロック。キツい……かな?」
 それで昨日、あの雑誌買ってたんだ。
「大丈夫……だと思う。あんまり聞かないけど。
 千紗都は何やってるの?」
「ギター兼ヴォーカル」
 つゆもきっちり飲み干して、完食する。
「無理にとは言わないけど、幸には僕のこと、何でも知ってて欲しい」
「うん。
 ――私も、千紗都の歌うの、聞きたい」
 私と千紗都は学食を出て、中庭に行った。
「どこで?」
「JRの『原田宮』の近くの『ホワイト・バーチ』ってライブハウス」
 原田宮は、ここから一番近い繁華街だ。映画観たり、ちょっといい服を見にデパートに行ったりするならまず思いつくところ。遊ぶところも多いし、食べるところも多い。
「小さいハコだよ。詰め込んで百人――は入らないかも。それくらい」
「チケットとかあるの?」
「ないないない」
 笑って、千紗都は手を振った。
「普段はバーで、ライブの時、出る人で席多めに作ることがあるぐらい。
 入る時にチャージ料、ってのを払うんだ」
「へぇ~。
 未成年だよ?」
「バー、ったってお酒しかないワケじゃないよ」
 千紗都は手をぐっと握っていた。
「今日はずっと、幸と一緒にいられるなぁ」
 心底嬉しそうだ。
 そんな千紗都を見ていると、私もドキドキしてくる。
「あ――でも、制服……」
「あそっか。僕は着替え持ってきてるからいいけど――一回帰る?」
 さすがに、夜中まで制服で繁華街をウロウロするのはヤバいと思う。補導とかされるのもイヤだし。
「うん……そうする」
「そっか……」
 千紗都の表情が少し曇る。
 が、すぐに笑顔に戻り、
「でも、夜は一緒だしね。うん。
 ライブ七時からなんだけど、六時くらいに来てくれたら嬉しい」
「ん――わかった」
「教室戻ろう。地図描いてあげる」
 ぽん、と千紗都は立ち上がって私の肘を引いた。

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