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1 ギャルの釣果は男の娘?

1-1 酔いつぶれて目覚めたら知らない部屋でギャルと

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 死んだかと思った。
 というか、どこをどうして今僕はこの――って、えっ? どこ?
 一気に目が覚めて周りを見回すけど、全く見覚えがない。
 病院でもない。
 誰かの部屋――のようだ。
 飾り気のない印象だ。
 テレビの横に低い棚と大きな本棚が並んでいる。テレビと、テーブルを挟んでソファ――そのソファに、肘置きを枕にして僕は寝かされていた。
 やっぱり、記憶にない。
 頭がギシギシと痛い。
 どうなってここで寝ていたことにつながるのか、状況がまったく記憶とつながらない。
 確か男の人に誘われて、酒飲んで……それから?
 いま何時かも判らなくて、でも頭痛のせいか動くのがおっくうで、手だけゴソゴソと持ってたはずのバッグを探っていると、
「あ、気付いたぁ?」
 と、ハスキーな女の人の声がした。
 足音が近付いてくる。
 うわ――と内心で混乱が増す。
 コップを持っていた声の主は、見るからにだった。
 金に近い茶髪にキャミとショーパンという露出の激しい格好で、僕を心配そうに見つめる目はカラコンを入れているのか、黄色い。
 見上げるアングルというだけでなく、大きい、出るところは出て引っ込むところは引き締まったグラマーで小麦色に焼けた身体の線が惜しげもなく目の前にさらされている。
 手も足もネイルがばっちり彩っている。
 たぶん、百六十センチに満たない僕より、身長もある。
 そのギャルが腰を下ろしてコップをテーブルに置き、僕と目の高さを合わせる。
 近い。
 ばしっと上がった睫毛と眉に、艶っぽい唇――さすがメイク上手いな、教えてほしいな、などと場違いな考えが浮かんで消える。
「生きてる? 自分のことわかる?」
 優しい口調だった。
 ギャルなのに意外――とか思う。
 彼女は、寝相で乱れていたのか、かなりまくれあがっていた僕のスカートを整えてくれる。
「あ……はい……」
 僕が声を絞り出すと、彼女は少し目を丸くした。
 ――あ、のかな?
 体を起こして、座りなおす。
「水飲める?」
「は……い」
 静かに言ってくれるけど、声が脳髄に響く。
 痛むのが顔に出てたのか、彼女はショートパンツのポケットに差していたものをコップの隣に置いた。
 ブリスターのシート一枚の、錠剤だった。
 取ってみると、市販の頭痛薬だった。家の薬入れに同じのが入ってた気がする。
「水飲んで、薬も大丈夫ならんで、もうちょっと寝てていいし」
 コップを受け取る。
 冷たいのが体じゅうに染み渡っていくような気がする。
 一気に空けておかわりして、それで薬ももらう。
「あの……えっと、すみません、ありがとうございます」
 水のおかげか少し落ち着けて、何を言おうか迷った結果、お礼から出てきた。
 僕は酔い潰れて、どこをどうしたのか思い出せないけど、このギャルさんが介抱してくれたんだろう。
 コンビニかどこかで声をかけられたような気もする。
「いいよ」
 彼女が笑った。
 胸が疼く。
 ギャルなんて今まで知り合いにはいないし、関わることはないと思ってたけど、この人は優しいな――笑顔いいな、とどこか見とれてしまう。
「えっと……」
 照れ隠しのように視線を下ろす。
 僕のバッグは床に――僕が頭を預けていた肘置きの近くにあった。
 財布もスマホも無事に入っていた。
 充電の切れかかったスマホを見ると、深夜二時を過ぎていた。
「ここは――お姉さんの?」
 谷間。
 目のやり場に困るけど、彼女の表情に気にしている空気はない。
 ギャルだもんなあ、慣れてるんだろうなあ――と、経験の乏しさに頬が熱くなるのを感じる。
 彼女が「ん」と頷く。
「アタシ一人だから、気ぃ使わなくていいよ」
 いや、余計にドキドキしてきてしまう。
 自宅に帰りたいのと、もうちょっと彼女と話したいのと、今の格好と、酔い潰れたという気まずさと、時刻と――色々なものがぐにゃぐにゃと頭の中で回って、どうしたらいいのか混乱が収まらない。
 彼女が小首を傾げて、覗き込んできた。
「大丈夫?」
 甘い匂いが鼻をくすぐる。
 違う刺激に鼓動が高まる。
「顔赤くなってきたよ。気持ち悪い?」
「あ、いえ……」
 逆です、と言うだけの余裕というかコミュ力はなかった。
 ただ赤面して、どぎまぎして――結局、姿勢を崩していた。
「すみません……もうちょっと、横になってていい……ですか?」
「オッケー」
 彼女が、僕がふたたびソファの肘置きに頭を預けるのを手伝ってくれる。
 さりげなく腰の位置を変えてスカートを巻かないようにまた裾を払ったり、タオルケットをかけてくれたり――と、やっぱり親切だ。
 ためらいとかない様子で僕の体に触れてくることである意味限界を迎えそうな、を自覚する。
 め、目立って、ない――かな?
 僕の全身をさっと見てから、彼女は腰を上げた。
「おやすみ」
 どこか安心したような――ということは、見ず知らずの僕のことを心配してくれていたんだ――微笑みを浮かべる。
 僕は消え入りそうな声で「すみません……」ともう一度謝り、ズルズルと力を抜いていくばかりだった。
 彼女の優しさというか対人慣れの感じが眩しくて、消え入りたい気持ちが芽生えそうになる。
 いっそこれは変な夢で、僕はまだどこかのコンビニの外とか路上でひっくり返ってるとか、さっきの男の人――そうだった、と彼のことも思い出してきた――とどうにかなってるとか、急性アルコール中毒で死にかけてて記憶にない走馬灯か妄想の中にいるのだとか、そんな状況のほうがいいような気がしてきていた……。

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