義姉の身代わりだった私

雨雲レーダー

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グリセリア家の影

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 それからというもの、エレナの生活は少しずつ変わっていった。

 表向きは王妃付きの侍女、それも勉強中という立場。けれど実際には、王妃が手を伸ばせないところで、密かに目と耳を働かせる役目を担っていた。

 最初の仕事は、貴族令嬢たちが集う昼下がりの茶会だった。

「エレナ様、どうしてまたお呼びが?」

 そんな風に誰かが不思議そうに訊くこともあったが、エレナは静かに微笑むだけだった。

 王妃から託されたのは、小さな革張りの手帳。中にはいくつかの名前が書かれている。その令嬢たちが「今、誰と親しくしているか」「どこに出入りしているか」、それをさりげなく探ってくるのが、今回の任務だった。

 名前の横には小さく記号が付されていた。貴族院の議員の孫娘、軍属の妹、書記官の姪。
 誰もが社交の場にいることを疑われない肩書きだった。

 そのくせ、情報の通り道になり得る、きわどい立場の者ばかり。

「最近、あの書庫の目録って変わったかしら?」

 あえて何気ない会話に混ざりながら、エレナは一つ一つ、相手の反応を観察していく。質問にうろたえる子、すぐに話題を変える子、逆に質問を掘り下げてくる子。

 相手の顔色より、目の動きと言葉の間を読む方がずっと正確だった。

 そうして報告書にして提出すれば、王妃は多くを語らずとも、その書面を一瞥してから一言だけ添えるのだった。

「……十分。続けて」

 時には、王妃の使者として文官に命を伝えることもあった。正式な命令ではない。けれど、エレナが王妃の意を汲んで指示すれば、誰もが逆らわなかった。

 誰かの目に触れても、ただの補佐として動く少女。けれどその実、王妃の掌の中を誰よりもよく知っているのは、他でもないエレナだった。

「あなたは黙って、的確に状況を見ているわね」

 静かなサロンの奥で、王妃は紅茶を口にしながらそう言った。

「そして、動くときは迷いがない。……見事だったわ」

 その言葉に、エレナは頭を下げた。けれど王妃は続ける。

「褒めて終わるつもりはないの。あなた自身は、何を望むの?」

 その問いに、エレナはしばらく黙っていた。けれどやがて、目を上げて静かに言う。

「家との縁を切って、自分の力で生きていきたいと思っています。グリセリア家に、私は要らない人間ですから」

 王妃はしばらく何も言わず、茶器の縁を指先でなぞったあと、ふっと息を吐くように笑った。

「いいでしょう。あなたには、それにふさわしい立場を用意するわ。名前だけの肩書ではない、本物の力を持つ役目を」

 エレナは深く一礼した。

 この手にしかできないことがあるなら、それを使えばいい。

 それは、何ひとつ与えられなかった娘が、自ら選び取った立ち位置だった。

 一生をグリセリア家の影として生きるつもりはない。

 血縁も名声も関係ない。この場所でなら、私は、私として意味を持てる。
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