義姉の身代わりだった私

雨雲レーダー

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野心の影 ※レオナルド

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 エレナが、ノルステッド公爵家の養女になった――。

 その報せが耳に入った瞬間、手にしていたグラスの中で、赤い液体が細かく揺れた。
 レオナルドは、動じた素振りひとつ見せず、それをゆっくりと口元へ運ぶ。
 だが、喉を過ぎたあとには、じくじくとした苛立ちが舌に残った。

 ノルステッド公爵家。
 王家に次ぐ権威を持つ名門の家が、貴族籍を外されたエレナを養女にしたのだ。
 その意味するところがわからないほど、愚かではない。

 裏で動いたのは、兄上に違いない。

 そう考えると、いつの間にか唇を噛んでいた。
 あの狡猾で腹黒な男が、自分の手を汚すことなく、大義名分だけを手に入れる方法。
 ノルステッド家の後ろ盾を得たエレナを、公爵令嬢として正々堂々と王宮に引き入れ、正妃候補に据える。
 その青写真を描いたのは、ほかならぬヴィクトルだ。

「手際のいいことだ……」

 レオナルドはグラスを傾けながら、苦々しく笑った。
 本音を口にすれば、みじめになるだけだ。
 だから黙って見ているしかない。そんな屈辱に、ただひたすら胃が焼ける思いがした。

 それだけではない。
 王妃がエレナを気にかけているという噂も、王宮の奥で静かに広がっていた。
 次代の王子妃は彼女だと、そんな声がまことしやかに囁かれている。

「はっ、あり得ない」

 その立場はセシリアのものであり、そして王の座は当然、自分が継ぐべきものだ。
 ずっとそう教えられてきた。側近も、レオナルド派閥の貴族たちも、誰もがそう口にしていた。
 それを疑ったことなど、一度もなかったというのに、ここにきて揺らいでいる。
 次代という言葉が、どこか別の方向へ傾きはじめている気配がある。

 王宮の廊下を歩く侍女たちの目線が、時折ちらりとこちらを避けるようになった。
 若い文官がヴィクトルにばかり資料を手渡す姿が、あからさまになった。
 ほんの微かな風だが、こういうものこそ、潮目を変える。

 静かに、計画を立てるべきだ。
 そして、それは一人では進められない。

 その夜、宮の離れの一室に、セシリアが姿を見せた。

 扉の開く音がして、レオナルドが振り返ると、彼女は上品な笑みをたたえてそこに立っていた。
 あくまでも王子妃にふさわしい装いと振る舞い。だが、その奥には強い執念のようなものが見え隠れする。

「来てもらって悪いね、セシリア」

「レオナルド様にお呼びいただけるなんて、光栄ですわ」

 レオナルドは、窓越しに視線を流したまま、言葉を選ぶ。

「君さえうまく立ち回れば、僕たちは王と王妃になれる。……そう、僕は信じている」

「うまく……ですか?」

 セシリアが微笑みを浮かべた。その笑顔は、明るさと余裕に満ちていたが、レオナルドの目には何かが引っかかった。

 けれど、問い詰めるほどのことではない。
 彼女もまた、この国で正しい地位を求める者の一人。目的は一致しているはずだった。

「お互いに、遠回りはもう終わりにしよう。ここからは、確かな支持と数字がものを言う」

「はい。もちろん」

 言葉を交わしながら、二人はテーブルに広げられた名簿に目を落とした。
 名家の名が並ぶ紙。そのいくつかに、赤い印がすでに付けられている。

 若い貴族たち、辺境の小領主、中央の干渉を嫌う家々。
 そうした者たちは、金で揺れ、地位で傾き、甘い約束ひとつで心を動かす。
 国を動かすのは理想ではない。いつの時代も、損得だ。

「必要なものは揃っている」

 レオナルドは自らに言い聞かせるように呟いた。

「足りないのは、少しの後押しと、タイミング。それだけだ」

 そして思った。
 自分こそが、この国に相応しい。未来を導く王は、兄ではなく、この自分だと。

 その確信に満ちた眼差しの裏で、気づかぬ小さな綻びが、すでに動き始めていた。
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