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第十六話 幸せ
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「相良くんって、え? ここにいるってことは、ハンドメイドやってるってこと?」
女子生徒の方――川崎絵美が、目をまん丸にして尋ねてくる。相良が「ああ、まあ」と曖昧にうなずくと、高い声で歓声を上げて長机に身を乗り出してきた。
「すごいすごい。じゃあこれって、相良くんのハンドメイドアカウントなんだよね? 見てもいい?」
戸惑い顔の相良が承諾するよりも早く、川崎さんは自分のスマートフォンを取り出し、ショップカードの二次元バーコードを読み取って相良のアカウントを開く。ホームに表示された商品画像を見ているのか、「ビーズなんだ。すごい、可愛いー」とはしゃいだ声でつぶやいて、隣の新妻にも画面を見せる。
「見て見て、すごくない? めっちゃ細かい」
「はあ? こんなの誰でもできるだろ」
「んなわけないじゃん! 少なくとも新妻には絶対無理だよ」
容赦なく切り捨てられた新妻のこめかみに、ピキッと青筋が浮かび上がる。その表情は見ているこっちが縮み上がるほど恐ろしいが、川崎さんは全く気づいていない様子で話し続ける。
「私たち暇つぶしに来ただけなんだけどさ、まさか相良くんたちに会うとは思わなかった。全然商品ないけど、もしかして完売しちゃったってこと? ほんとすごいね。フォローするね」
「ああ、えと、あざっす」
「うん。フォロバしていいからね。ってか名前『ニャー吉』って可愛すぎない? なんで?」
「実家によく遊びに来る猫の名前」
「なにそれ可愛いー。相良くんってもっと怖い感じだと思ってたから意外」
「……っす」
「おい絵美、そろそろ行くぞ」
新妻が強引に川崎さんの腕を引く。川崎さんは「まだ話してるのに」と文句を言いつつ、ショップカードを片手にひらひらと手を振った。
「相良くんって頭もいいんでしょ? なんでもできるんだね。応援してるから頑張ってねーっ」
にっこりと爽やかな笑顔の背後からは、敵対心丸出しの目で新妻がこちらを睨みつけていた。新妻にいい印象がない僕としては、それだけでなんだかシクシクと胃が痛くなってくる。
なんか相良、今のでよけいにライバル視っていうか、嫉妬っていうか、そういう系の面倒くさい感情を向けられたんじゃないか?
「えっと……デート、だったのかな?」
「ああ、そうかもな」
呆気にとられて二人で立ち尽くしていると、相良のポケットから通知音が聞こえてきた。スマートフォンを取り出した相良に「なに?」と尋ねれば、「フォロー通知」とそっけなく返ってくる。
「……するの?」
「なにが?」
「フォロバ」
相良の長身を、なんとなく上目遣いで覗き込む。相良はスマートフォンから顔を上げて僕をじっと見返した後、呆れた感じで目を細める。
「しねえよ。興味ねえからな」
直後、長い指先でぱちんと額を弾かれた。僕は「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げて、思わずその場にしゃがみ込む。
「なんか今日痛い! 暴力反対!」
「安心しろ、後でちゃんと冷やしてやる」
「冷やすくらいなら最初からやるな」
馬鹿相良っ、とジーンズの裾を引っ張ると、相良はにやにや笑いながら僕を見下ろしてきた。その顔があんまり楽しそうなものだから、僕は結局なにも言い返せなくなってしまって、途中になっていたスーツケースの整理を仕方なく再開する。
――お前が隣で笑ってたり、騒いでたり、俺のことほめてくれたりすると、あー俺、ここにいていいんだなって――。
手を動かしながら自然と先ほどの会話を思い出してしまい、心臓のあたりがむず痒くなった。あんなことを言われたのは、生まれて初めてだ。
時間が経ってしまったせいか、あの瞬間に感じた燃え上がるようなドキドキはもう思い出せない。代わりに僕の胸のうちには、ふんわり柔らかい気持ちが、ゆっくりじんわり広がっていく。
楽しいな、とふと思った。僕は今、相良と一緒にいれて、すごく楽しい。
推し活以外でこんな気持ちになるのは初めてで、なんだか異様に照れくさい。でもやっぱり、全然嫌じゃない。むしろ逆で、僕は今感じたこの気持ちを、すごくすごく大事にしたいと思っている。
あの言葉は、相良も僕と同じ気持ちだという意味だろうか――もしそうだとしたら、それはとても嬉しくて幸せなことだ。
そんなことを考えながら、僕はせっせと片づけを進める。
閉会の十八時が、もうすぐそこまで迫っていた。
女子生徒の方――川崎絵美が、目をまん丸にして尋ねてくる。相良が「ああ、まあ」と曖昧にうなずくと、高い声で歓声を上げて長机に身を乗り出してきた。
「すごいすごい。じゃあこれって、相良くんのハンドメイドアカウントなんだよね? 見てもいい?」
戸惑い顔の相良が承諾するよりも早く、川崎さんは自分のスマートフォンを取り出し、ショップカードの二次元バーコードを読み取って相良のアカウントを開く。ホームに表示された商品画像を見ているのか、「ビーズなんだ。すごい、可愛いー」とはしゃいだ声でつぶやいて、隣の新妻にも画面を見せる。
「見て見て、すごくない? めっちゃ細かい」
「はあ? こんなの誰でもできるだろ」
「んなわけないじゃん! 少なくとも新妻には絶対無理だよ」
容赦なく切り捨てられた新妻のこめかみに、ピキッと青筋が浮かび上がる。その表情は見ているこっちが縮み上がるほど恐ろしいが、川崎さんは全く気づいていない様子で話し続ける。
「私たち暇つぶしに来ただけなんだけどさ、まさか相良くんたちに会うとは思わなかった。全然商品ないけど、もしかして完売しちゃったってこと? ほんとすごいね。フォローするね」
「ああ、えと、あざっす」
「うん。フォロバしていいからね。ってか名前『ニャー吉』って可愛すぎない? なんで?」
「実家によく遊びに来る猫の名前」
「なにそれ可愛いー。相良くんってもっと怖い感じだと思ってたから意外」
「……っす」
「おい絵美、そろそろ行くぞ」
新妻が強引に川崎さんの腕を引く。川崎さんは「まだ話してるのに」と文句を言いつつ、ショップカードを片手にひらひらと手を振った。
「相良くんって頭もいいんでしょ? なんでもできるんだね。応援してるから頑張ってねーっ」
にっこりと爽やかな笑顔の背後からは、敵対心丸出しの目で新妻がこちらを睨みつけていた。新妻にいい印象がない僕としては、それだけでなんだかシクシクと胃が痛くなってくる。
なんか相良、今のでよけいにライバル視っていうか、嫉妬っていうか、そういう系の面倒くさい感情を向けられたんじゃないか?
「えっと……デート、だったのかな?」
「ああ、そうかもな」
呆気にとられて二人で立ち尽くしていると、相良のポケットから通知音が聞こえてきた。スマートフォンを取り出した相良に「なに?」と尋ねれば、「フォロー通知」とそっけなく返ってくる。
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「なにが?」
「フォロバ」
相良の長身を、なんとなく上目遣いで覗き込む。相良はスマートフォンから顔を上げて僕をじっと見返した後、呆れた感じで目を細める。
「しねえよ。興味ねえからな」
直後、長い指先でぱちんと額を弾かれた。僕は「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げて、思わずその場にしゃがみ込む。
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――お前が隣で笑ってたり、騒いでたり、俺のことほめてくれたりすると、あー俺、ここにいていいんだなって――。
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あの言葉は、相良も僕と同じ気持ちだという意味だろうか――もしそうだとしたら、それはとても嬉しくて幸せなことだ。
そんなことを考えながら、僕はせっせと片づけを進める。
閉会の十八時が、もうすぐそこまで迫っていた。
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