星降る極貧寮、ルームメイトはハンドメイドヤンキー

瀬名那奈世

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第二十三話 嘘つき

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 授業が終わった頃、新妻は一人で教室に戻ってきて、荷物を持ってそのまま帰ってしまった。相良と川崎さんは、帰りのホームルームになっても学校に戻ってはこなかった。
 顔を合わせたら取り乱してしまいそうで、アルバイトの時間が早くなったと嘘のメッセージを送って、僕は相良との夕食を避けた。仕事中はもちろん上の空で、心配した店長が三十分ほど早く退勤させてくれた。
 ありがたいと思いつつ、早く帰ったら帰ったで隣の部屋には相良がいる。どうしてもまっすぐ帰る気持ちにならなず、寮とは反対方向の、普段通らない川沿いの道を散歩してから戻ることにした。
 だいぶ涼しくなった風に、桜の枝葉がざわざわと揺れる。大通りから離れた住宅街は灯りも多過ぎず、見上げれば欠け始めた月と、ぼんやりと白い星が見えた。
 実家の青森は、もっともっと降るように星が光っている。有名な流星群の日じゃなくても、ただ空を見上げるだけで流れ星が視界を横切る。
 慣れ親しんだものとは全然違う夜空に、ふいに涙がこぼれた。自分はなにをやっているんだろう。
 親に土下座してまで免田高校に入学させてもらったのは、荒川ナミと同じ高校に通いたかったからだ。だけど実際には彼女との接点は全くなく――それはまあ、そう簡単にはいかないって、わかってはいたことでもあるけど――それにしたって、こんなに苦しい気持ちになって、推し活どころかアルバイトまで捗らない状態になるなんて、全く想像していなかった。
 昼間見てしまった光景を思い出しては、胸が痛んで喉元が締めつけられる。相良のあのまなざしは、触れた熱は、同じだと思っていた気持ちは、本当は全部全部、僕の勘違いだったのだ。
 それは、よく考えてみれば当然のことで。
 だって僕は相良から、一度も好きだって言われていない。目に見えず言葉にもされない気持ちは、どんな風にだって解釈できる。
 ……でもだったら、キスなんてしないでほしかった。
 一緒に花火を見ようなんて誘わないでほしかった。
 僕と一緒にいると安心するなんて、言わないでほしかった。
 相良の魅力が他の人にも伝わってよかったなんて、少しでも思った僕は大馬鹿者だ。相良がかっこよくて優しくて可愛いことなんて、僕だけが知っていればよかった。余裕ぶって強がっていつの間にか失うなんて、本当に惨めで格好悪い。
 かーっと恥ずかしさが背中を駆け上ってくる。首元まで熱くなって、僕は思わずその場に立ち止まった。ガシガシと後頭部を思い切りかき混ぜて、わき上がった衝動に突き動かされるがまま、スクールバッグを開ける。筆箱を取り出して、相良が作っためんちゃんのストラップを外す。
 つぶらな瞳と目が合った。瞬間、罪悪感に胸が震える。僕を心配した相良が作ってくれためんちゃんのキーホルダー――この世にたった一つの、相良がくれた大切な気持ち。
「捨てない」って宣言した。相良からもらった優しさが、そういう優しさをもっている相良のことが、すごくすごく愛おしく感じられたから。
 本当に、心から大事にしたいと思っていた。だけど今は、あの時の記憶も気持ちも全て、すっかり色あせて感じられる。
 胸のうちを支配する痛みと苦しみに身を任せ、震える右手で、僕はキーホルダーをぎゅっと握り込んだ。そのまま川に向かって、大きく振りかぶる。
 えいっと思い切り投げれば、小さな塊は、僕の指先をあっけなく離れていった。その軌道は暗闇に紛れて、あっという間に見えなくなった。
 肩で息をしながら、その場にしばらく立ち尽くす。恐る恐る開いた右の手のひらに、キーホルダーはもうない。綺麗さっぱり、跡形もなく、消えてしまった。
 空っぽになった自分の手を見て、性懲りもなく涙が込み上げてきた。自分で捨てたくせに、なにもない手のひらが苦しい。
 持っているだけで辛くなるから、ひと思いに手放した。でもまだ好きだ。育って根づいた気持ちは、そんな簡単になかったことになんてできない。
 散々泣き続けて、涙を流すことにも疲れた頃、重い足を引きずってめんだこ寮まで戻った。
「岳!」
 管理人室の前を通った時、そう呼ばれて顔を上げると、慌てた様子の相良が正面から駆け寄ってくるところだった。
「お前、なんで電話出ないんだよ! メッセージも返ってこないし……今ちょうど探しに行こうと思って」
 大きな手で両肩を掴まれるが、問いかけに答えることも顔を上げることもできない。
 相良がどうしてこんなに必死な顔をするのかがわからない。僕のことなんて、好きでもなんでもないくせに。
「……ごめん。バイト長引いた」
 やっと、絞り出すようにそう言うと、相良は不満そうに眉根を寄せた。相変わらずの怒った声で、「じゃあせめて店出る時に連絡しろ」と口を開く。
「なんで?」
「なんでって、心配になるからに決まってるだろ」
「だから、なんで?」
 僕は耐え切れなくなって、背の高い相良の顔を睨み上げる。
 相良の三白眼がひるむところを初めて見た――変なやつだ。今の僕が、そんなに怖い顔をしているはずがないのに。
 ただひたすら辛くて悲しくて苦しくて、ぼろぼろと涙を流すことしかできていないのに。
「嘘つき」
 もれてしまった言葉が最悪の選択だったことを、相良の表情で悟る。
 だけどもう止められない。壊れるなら全部壊れてしまえと、僕の中の僕が叫ぶ。
 壊れろ。壊れろ。全部壊れて、最初から全部、なかったことになればいい。
「お前と同室になるくらいなら、こんな寮入らなきゃよかった……!」
 相良の手を無理やり振り払って、僕は自室まで全速力で走った。
 その時相良がどんな顔をしていたかなんて、知らない。
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