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的確
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12月に入った朝霧町は、空気が痛いほど冷たい。
「初詣、今年はどうする」
社務所でお茶を飲んでいたばあちゃんが、唐突に切り出した。
「どうするって、いつも通りじゃないの」
「いつも通り、ねえ」
ばあちゃんは湯飲みを置いて、窓の外を見た。境内の大銀杏はすっかり葉を落として、冬枯れの姿になっている。
「今年はSNSで話題になったからね。例年の倍は来るんじゃないかい」
「倍」
「御朱印、足りるかね」
私は手元の帳簿を見た。確かに、秋以降の参拝客は増えている。夏祭りの涼守が完売したことを思い出す。あれ以来、朝霧町を目当てに来る人が少しずつ増えていた。
「発注、増やさないと」
「そうだねえ。あと、御朱印のデザインも新しくしたらどうだい」
その言葉に、私はふと顔を上げた。本殿の方を見る。
朔さんが、縁側に腰かけてこちらを見ていた。
光輪は淡い白。穏やかな顔をしている。
ばあちゃんが奥に引っ込んだ後、私は本殿に向かった。
「初詣、忙しくなりそうですね」
「聞こえてた」
朔さんは立ち上がって、私の隣に並んだ。並んでも、風が吹くと少しだけ透ける。冬の光に溶けそうな輪郭。
「例年より参拝客が増えるって」
「御朱印のデザイン、朔さんモチーフにしたらどうですか」
「は?」
光輪が青く揺れた。
「俺の顔を御朱印に刷る気か」
「顔じゃなくて、光輪とか。ペンライトみたいで可愛いと思うんですけど」
「可愛いって言うな」
朔さんは顔を背けた。耳まで透けているのに、なんとなく赤い気がする。
「却下」
「え、でも」
「却下だ」
強い口調だったけど、光輪は赤みを帯びたまま揺れている。
私は笑いを噛み殺した。
「じゃあ、銀杏の葉のデザインにします。朔さんが好きだって言ってたから」
「……勝手にしろ」
背を向けた朔さんの光輪が、夕焼け色に変わった。
そういうところ、全部見えてますよ。
言わないけど。
夜、自分の部屋でパソコンを開いた。
神社のSNSアカウントを確認する。フォロワーは順調に増えていた。ちひろちゃんが撮った境内の写真が、地味に反響を呼んでいる。
ふと、ブックマークに目が留まった。
昔のブログ。朔さんに見せた、あの推し活ブログ。
更新は止めたままだ。でも消してはいない。
なんとなく、クリックした。
懐かしい画面が開く。感情を抑えた文章が並んでいる。PRISMのライブレポ。朔さんのパフォーマンス分析。読み返すと、自分でも引くくらい細かい。
スクロールしていく。
二年前の記事。一年前の記事。朔さんが引退を発表した頃の記事。
そのとき、目に留まった。
コメント欄。
古い記事に、一件だけコメントがついていた。
匿名。
たった二文字。
「的確」
それだけ。
朔さんがまだ現役だった頃。
私は画面を見つめたまま、動けなくなった。
的確。
誰が、こんなコメントを残したんだろう。
コメント欄を開いていたのは、この頃だけだった。荒らしが来るのが嫌で、すぐに閉じた記憶がある。
だから、このコメントの存在に気づかなかった。
的確。
朔さんが、私のブログを「読んだことがある」と言った。「文体を知ってる」とも。
まさか。
まさか、このコメント。
手が震えた。
考えすぎだ。たぶん、別の誰かだ。朔さんが匿名でこんなコメントを残すわけがない。
でも。
的確。
朔さんなら、言いそうな言葉だった。
翌朝、境内を掃除していると、朔さんが近づいてきた。
「顔色悪いぞ」
「え」
「寝てないだろ」
図星だった。昨夜はあのコメントのことが頭から離れなくて、結局ほとんど眠れなかった。
「ちょっと、考え事してて」
「何を」
聞かれて、言葉に詰まった。
聞きたい。あのコメント、朔さんですか、って。
でも、違ったらどうする。
私の自意識過剰だったら、恥ずかしすぎて死ぬ。
「……なんでもないです」
「嘘だろ」
朔さんは眉をひそめた。光輪が淡い青に変わる。
「お前、嘘つくの下手なのは知ってるからな」
「下手じゃないです」
「じゃあ何考えてた」
「だから、なんでもないって」
私は箒を握り直して、掃除に戻った。
背中に視線を感じる。
朔さんは何も言わなかった。でも、しばらくそこに立っていた。
聞けなかった。
箒を動かす手が、また震えた。
「初詣、今年はどうする」
社務所でお茶を飲んでいたばあちゃんが、唐突に切り出した。
「どうするって、いつも通りじゃないの」
「いつも通り、ねえ」
ばあちゃんは湯飲みを置いて、窓の外を見た。境内の大銀杏はすっかり葉を落として、冬枯れの姿になっている。
「今年はSNSで話題になったからね。例年の倍は来るんじゃないかい」
「倍」
「御朱印、足りるかね」
私は手元の帳簿を見た。確かに、秋以降の参拝客は増えている。夏祭りの涼守が完売したことを思い出す。あれ以来、朝霧町を目当てに来る人が少しずつ増えていた。
「発注、増やさないと」
「そうだねえ。あと、御朱印のデザインも新しくしたらどうだい」
その言葉に、私はふと顔を上げた。本殿の方を見る。
朔さんが、縁側に腰かけてこちらを見ていた。
光輪は淡い白。穏やかな顔をしている。
ばあちゃんが奥に引っ込んだ後、私は本殿に向かった。
「初詣、忙しくなりそうですね」
「聞こえてた」
朔さんは立ち上がって、私の隣に並んだ。並んでも、風が吹くと少しだけ透ける。冬の光に溶けそうな輪郭。
「例年より参拝客が増えるって」
「御朱印のデザイン、朔さんモチーフにしたらどうですか」
「は?」
光輪が青く揺れた。
「俺の顔を御朱印に刷る気か」
「顔じゃなくて、光輪とか。ペンライトみたいで可愛いと思うんですけど」
「可愛いって言うな」
朔さんは顔を背けた。耳まで透けているのに、なんとなく赤い気がする。
「却下」
「え、でも」
「却下だ」
強い口調だったけど、光輪は赤みを帯びたまま揺れている。
私は笑いを噛み殺した。
「じゃあ、銀杏の葉のデザインにします。朔さんが好きだって言ってたから」
「……勝手にしろ」
背を向けた朔さんの光輪が、夕焼け色に変わった。
そういうところ、全部見えてますよ。
言わないけど。
夜、自分の部屋でパソコンを開いた。
神社のSNSアカウントを確認する。フォロワーは順調に増えていた。ちひろちゃんが撮った境内の写真が、地味に反響を呼んでいる。
ふと、ブックマークに目が留まった。
昔のブログ。朔さんに見せた、あの推し活ブログ。
更新は止めたままだ。でも消してはいない。
なんとなく、クリックした。
懐かしい画面が開く。感情を抑えた文章が並んでいる。PRISMのライブレポ。朔さんのパフォーマンス分析。読み返すと、自分でも引くくらい細かい。
スクロールしていく。
二年前の記事。一年前の記事。朔さんが引退を発表した頃の記事。
そのとき、目に留まった。
コメント欄。
古い記事に、一件だけコメントがついていた。
匿名。
たった二文字。
「的確」
それだけ。
朔さんがまだ現役だった頃。
私は画面を見つめたまま、動けなくなった。
的確。
誰が、こんなコメントを残したんだろう。
コメント欄を開いていたのは、この頃だけだった。荒らしが来るのが嫌で、すぐに閉じた記憶がある。
だから、このコメントの存在に気づかなかった。
的確。
朔さんが、私のブログを「読んだことがある」と言った。「文体を知ってる」とも。
まさか。
まさか、このコメント。
手が震えた。
考えすぎだ。たぶん、別の誰かだ。朔さんが匿名でこんなコメントを残すわけがない。
でも。
的確。
朔さんなら、言いそうな言葉だった。
翌朝、境内を掃除していると、朔さんが近づいてきた。
「顔色悪いぞ」
「え」
「寝てないだろ」
図星だった。昨夜はあのコメントのことが頭から離れなくて、結局ほとんど眠れなかった。
「ちょっと、考え事してて」
「何を」
聞かれて、言葉に詰まった。
聞きたい。あのコメント、朔さんですか、って。
でも、違ったらどうする。
私の自意識過剰だったら、恥ずかしすぎて死ぬ。
「……なんでもないです」
「嘘だろ」
朔さんは眉をひそめた。光輪が淡い青に変わる。
「お前、嘘つくの下手なのは知ってるからな」
「下手じゃないです」
「じゃあ何考えてた」
「だから、なんでもないって」
私は箒を握り直して、掃除に戻った。
背中に視線を感じる。
朔さんは何も言わなかった。でも、しばらくそこに立っていた。
聞けなかった。
箒を動かす手が、また震えた。
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