転生したら美少女なのに中身はRPGチュートリアルおじさんで、しかも政略結婚の花嫁だった

チャビューヘ

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第1章

第1章 第1話「過労死したら婚約式で花嫁になってました」

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 目が覚めた瞬間、息を吸い込むのも忘れた。

 視界に飛び込んできたのは、金糸の刺繍が施された天蓋だった。薄絹のカーテンが、窓から差し込む朝の光を柔らかく濾過している。鼻腔をくすぐるのは、薔薇と白檀を混ぜたような、重厚で甘い香り。

 身体を起こそうとして、絹のシーツが肌を滑る感触に戸惑った。パジャマじゃない。薄手の、装飾過多なドレスみたいなものを着ている。

「姫様、お目覚めでございますか」

 扉の向こうから、若い女性の声がした。ノックの音が三回、規則正しく響く。

 姫様? 誰のことだ?

 混乱しながら声を出そうとして、喉から出たのは自分のものとは思えない、鈴を転がすような高い声だった。

「あー……はい、起きてます」

 扉が静かに開き、青いドレスを着た女性が入ってきた。腰まで届く栗色の髪を編み上げ、エプロンのような前掛けを着けている。彼女は深く一礼すると、窓際へ歩み寄ってカーテンを引いた。

 朝日が部屋に満ちる。石造りの壁、暖炉、豪華な調度品。どう見ても中世ヨーロッパ風の城の一室だった。

「本日は婚約式でございます。王子様がお待ちかねですわ」

 侍女——そう呼ぶのが正しいのだろう——は微笑みながら、壁際の衣装掛けに吊るされた純白のドレスを示した。レースと真珠で装飾された、見るからに高価そうな代物だ。

 婚約式。王子様。ドレス。

 状況を整理しようとして、昨夜の記憶が蘇った。終電を逃して会社に泊まり込み、朝まで資料作成。コーヒーを飲み過ぎて胸が痛くなり、デスクに突っ伏した瞬間——

 ああ、そうか。俺、死んだんだ。

 過労死というやつだ。三十五歳独身、趣味はゲームだがチュートリアルで止まったまま積んでいく一方。そんな人生の幕引きとしては、まあ妥当かもしれない。

「姫様?」

 侍女が心配そうに覗き込んでくる。慌てて首を振った。

「大丈夫です。ちょっと……緊張してるだけで」

 鏡台の前に座らされ、髪を梳かれながら現状を把握しようと試みた。鏡に映るのは、白金に近い金髪と、深い青の瞳を持つ少女。十代後半といったところか。華奢な肩、細い指。どこからどう見ても、貴族の令嬢だ。

 つまり転生した、ということか。それも政略結婚の花嫁として。

 侍女が慣れた手つきで髪を結い上げていく。その間、部屋の隅に置かれた石像のようなものが目に入った。掌サイズの水晶が埋め込まれた台座。何となくRPGのセーブポイントを思い出させる造形だ。

「あれは何ですか?」

「案内石でございます。古来より王家に伝わる神聖な遺物です」

 侍女は手を止めずに答えた。

「儀礼の際、導きの言葉を発すると光を放つと言われております」

 へえ、と相槌を打ちながら、石像を眺めた。本当にゲームのセーブポイントみたいだ。思わず口をついて出た。

「ここでセーブしておけば、失敗してもやり直せますね」

 瞬間、石像の水晶が淡い青白い光を放った。

 侍女が櫛を取り落とした。床に落ちる音が、やけに大きく響く。

「い、今……案内石が……」

 振り返ると、侍女は膝をついて床に手をついていた。全身を小刻みに震わせている。

「神託……姫様が神託を……」

 慌てて立ち上がり、侍女の肩に手を置いた。

「違います、今のはただの独り言で——」

「コーデリア様! ベアトリス様!」

 侍女は扉に向かって叫んだ。廊下から足音が響き、次々と人が入ってきた。皆、一様に驚愕の表情を浮かべている。

「案内石が光りました! 姫様が神託を!」

 部屋が騒然となった。貴婦人らしき女性たちが膝をつき、年配の男性が目を見開いて石像を見つめている。

 まずい。とんでもない誤解が生まれている。

「あの、皆さん落ち着いて。順番に話を——」

 言いかけたところで、重々しい鐘の音が響いた。窓の外から聞こえる荘厳な音色。

「婚約式の刻限です」

 年配の男性が腕を差し出した。

「姫様、参りましょう。王子様がお待ちです」

 流されるまま、腕を取った。廊下に出ると、衛兵たちが整列していた。皆、畏敬の眼差しでこちらを見つめている。

 大聖堂へ続く回廊を歩きながら、これからの展開を想像して背筋が寒くなった。

 王子と婚約。花嫁として生きる。そんなこと、三十五歳の元サラリーマンにできるわけがない。

 でも、今さら「実は中身おじさんです」なんて言えるはずもなく。

 大聖堂の扉が、ゆっくりと開いた。

 礼拝堂には、豪華な衣装を纏った貴族たちが整列していた。最奥の祭壇前に、金髪の青年が立っている。軍服のような装飾的な衣装、腰に下げた細身の剣。絵に描いたような王子様だった。

 一歩、また一歩と祭壇に近づく。足元がおぼつかない。ヒールのある靴なんて、生まれて初めて履いた。

 転びそうになって、思わず呟いた。

「左スティックをゆっくり倒して……バランスを……」

 また、光った。

 今度は祭壇の両脇に設置された、人の背丈ほどもある巨大な案内石が、眩い光を放った。

 礼拝堂がどよめいた。人々が次々と跪く。司祭が両手を天に掲げ、涙を流し始めた。

「織光の女神よ! 導きの姫が降臨されました!」

 王子が微笑みを浮かべて、手を差し伸べた。

「ようこそ、我が花嫁。君の導きと共に、この国を守ろう」

 その手を取る以外、選択肢はなかった。

 かくして俺——いや、私は、ヴァレンドリア王国の花嫁となった。

 中身がチュートリアル解説おじさんだなんて、誰も知らないまま。

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あとがき

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