DEEP FRENCH KISS

名古屋ゆりあ

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ブラウニーデート

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5月になった。

大型連休初日の朝、私は鏡の前で身支度をしていた。

ピンクの小花柄のワンピースに黒のタイツ、そのうえから白いカーディガンを羽織った。

胸元まで伸びた黒い髪をハーフアップにして、お気に入りのバレッタで留めた。

「詩文さん、ビックリしてくれるかな」

鏡の前で私は呟いて微笑んだ。

今日は社長とデートだ。

4月の終わりの夜にホテルで彼と会って抱きあった後で、
「5月の連休なんだけど、何か予定が入ってる?」

ベッドのうえで横になっていたら、彼が聞いてきた。

「…いえ、入っていませんが」

一体どうしたのだろうか?

「よかった」

社長は微笑んだ後で、
「心愛の都合がよかったらだけど、一緒にどこかに出かけないか?」
と、聞いてきた。

「出かけるって…」

それって、
「デートですか?」

そう聞いた私に、
「そうとも言うね」

社長は微笑みながら返事をした。

やっぱり、デートだ!

「いいですよ、どこに連れて行ってくれるんですか?」

遊園地とか映画館がいいな。

そう聞いた私に社長は妖しく笑って、
「それは、当日までのお楽しみ。

君は楽しみに待っていてくれればいいから」

そう言って、私と唇を重ねてきた。

つきあい始めてから初めてのデートである。

しかも、明るい時間に会うのは今日が初めてだ。

仕事が終わってから、それも週末の夜にホテルで会うのが定番と化していたから、明るい時間に会うのが楽しくてしょうがない。

約束の時間は11時、社長が家まで迎えにきてくれることになっている。

「もうすぐで11時だ」

腕時計を見ながら呟いた時、鏡の前に置いていたスマートフォンが震えた。

社長からの電話だった。

「もしもし?」

スマートフォンを耳に当てて声をかけた私に、
「迎えにきた、1階で待ってるから」

スマートフォン越しで、社長が言った。

「はい、すぐに行きます」

私は返事をすると、スマートフォンを耳から離した。

カバンにスマートフォンを入れると、忘れ物がないかのチェックをした。

財布に折り畳み傘、スマートフォン…よし、入ってる。

歩きやすいようにとスニーカーを履くと、ドアを開けた。

「行ってきまーす」

1人暮らしだからあいさつをする必要はないけれど、実家にいた時のくせでついあいさつをしてしまう。

ドアを閉めて戸締りをすると、社長が待っている1階へと足を向かわせた。

1階に降りると、社長が車にもたれかかって立っていた。

彼はボーダーシャツにブラックジーンズ、そのうえから白のシャツを羽織っていた。

初めて見た私服姿に、私の心臓がドキッ…と鳴ったのがわかった。

「…お、おはようございます」

あいさつをした私に、
「おはよう」

社長はあいさつを返してくれた。

「どうかした?」

そう聞いてきた社長に、私は首を横に振って返事をした。

「服、かわいいね」

社長はそう言って髪の毛先に触れてきた。

「あ、ありがとうございます…」

服を褒めてくれたことが嬉しくて、お礼を言うのが少しだけ遅れてしまった。

「さ、行こうか」

社長がそう言って車のドアを開けてくれたので、
「ありがとうございます」

私はお礼を言うと、車に乗った。

私が乗ったことを確認すると、社長も車に乗ってきた。

社長がシートベルトをしたので、私も思い出してシートベルトをした。

「それで、どこに連れて行ってくれるんですか?」

そう聞いた私に、社長は車を発車させた。

「県外だよ」

車を運転しながら、社長が答えた。

「ここだと会社の関係者や君の知りあいに見つかる可能性がある。

県外だったら誰も僕らのことを知っている人がいないから堂々と歩くことができるよ」

「ああ、そうですね…」

まだ私たちの関係を知られる訳にはいかないよね。

「とてもいいところだよ」

そう話しかけてきた社長に、
「楽しみにしてます」

私は返事をした。

高速道路を使って車が到着したところは、海だった。

「ついたよ」

駐車場に車を止めた後で社長に促されて、私はシートベルトを外した。

先に車を降りた社長は私の前にくると、ドアを開けてくれた。

「ありがとうございます」

社長にお礼を言って車を降りると、潮の香りを含んだ風が髪を揺らした。

視線を向けると、青い海が太陽に照らされてキラキラと輝いていた。

「行こうか」

社長がそう言って手を差し出してくれたので、私はその手を繋いだ。

彼とこうして手を繋いだのは、初めて会ったあの日以来だった。

明るい時間に、それも堂々と手を繋いで歩く日がくるなんて、まるで夢みたいだ。

「この近くに喫茶店があるんだ。

きっと君も気に入ると思うよ」

「喫茶店ですか?」

「美味しいブラウニーを出してくれるんだ」

「ブラウニー、好きです!」

「ハハッ、そう言うと思ったよ」

平たく正方形に焼かれた濃厚なチョコレートケーキに期待を抱きながら、私は社長と一緒に喫茶店へと向かった。

「ここだよ」

到着した喫茶店はカントリーな雰囲気のお店だった。

リンリーン

社長がドアを開いたら、そのうえについている鈴が鳴った。

「いらっしゃいませ」

迎えてくれた店員に案内されるように、私たちは窓際の席に腰を下ろした。

窓の方に視線を向けると、海が見えた。

「いいところですね」

私が内装を見まわしながら言ったら、
「ここへ連れてきた甲斐があったよ」

社長は笑いながら言った。

彼が美味しいと評しているブラウニーと紅茶のセットを注文すると、
「明るい時間にこうして2人でいるのっていいね」

彼が話しかけて、私と手を繋いだ。

「詩文さん…」

社長も同じことを思ってくれたことが嬉しかった。

「いつもは夜に、それもホテルで会うだけだったから…明るい時間に君と会えることができて、とても嬉しいよ」

社長はそう言うと、愛しそうに私の指をなでた。

「今日1日、このまま一緒にいたい…」

そう呟いた社長に、
「――詩文さんがそう言うなら、明日も明後日も一緒にいます」

私は言った。

「1人暮らしですし、連休中は特に予定は入っていないですし…」

だから、あなたと一緒にいたい。

社長はフッと笑みをこぼすと、
「そんなことを言われたら、君を手放すのが惜しくなっちゃうよ。

このまま家に帰したくないって思っちゃうよ」
と、呟くように言った。

「じゃあ、手放さないでください。

私もあなたのことを手放しませんから」

私がそう言い返したら、
「そのつもりだよ、何があっても心愛を手放すつもりはないから」

社長はさらに言い返して笑った。

「お待たせしましたー」

店員がブラウニーと紅茶のセットを運んできた。

「わーっ、美味しそう」

チョコレートの濃厚さによってはファッジ(やわらかいキャンディ)状であったりクッキー状であったり、ナッツやクリームチーズなどが混ざっているもの、砂糖がけをしているものなどと言うように、ブラウニーにはさまざまな種類がある。

「私、ブラウニーの中ではナッツが入っているものが好きなんです!」

ナッツが入っている正方形のブラウニーを見ながら言った私に、
「へえ、僕もナッツが入っているのが好きなんだ。

同じだね」

社長は笑いながら言った。

「いただきます」

フォークでブラウニーを刺して口に入れると、
「美味しい」

濃厚なチョコレートの味が口いっぱいに広がった。

「もう1つ食べる?」

社長がそう言って、フォークに刺したブラウニーを差し出した。

「えっ…?」

これは、もしかしなくても…そう言うことですよね?

社長は首を傾げて、私を見つめている。

…やめる様子はないみたいだ。

こうなったら仕方がない!

私は勇気を出して口を開けると、差し出されたブラウニーをパクッと口に含んだ。

「かわいいな」

社長はクスクスと笑いながら、ブラウニーを口にした私を見ていた。

勇気を出して頑張ったのに、笑われた…。

何だか悔しくなって、私もブラウニーをフォークに刺すとそれを彼の前に差し出した。

「これは?」

社長は微笑みながら首を傾げて聞いてきた。

…わかっているのに聞くんですか。

心の中でツッコミを入れると、
「詩文さんもどうですか?」

私は聞いた。

「お言葉に甘えていただきます」

社長はブラウニーに顔を近づけると、パクッと口に入れた。

よかった、食べてくれた。

彼も食べてくれなかったらどうしようかと思っていた。

「いつもよりも美味しい気がする」

社長がそんなことを呟いたかと思ったら、
「君が食べさせてくれたからかな?」

そう言ってフッと口元をゆるめて微笑んだ。

その微笑みに、私の心臓がドキッ…と鳴った。

「…き、気のせいだと思いますよ」

私、すごく動揺してる。

社長が微笑みながら変なことを言ったから、ものすごく動揺してる。

彼に動揺していることを悟られたくなくてフォークでブラウニーを刺して口に入れたら、
「間接キス」

そう指摘してきた彼に、自分が使っているこのフォークに彼の唇が触れたことを思い出した。

しまった…と思ったけれど、もう遅かった。

社長はクスクスと笑うと、自分のフォークで自分のブラウニーを刺した。

それを口に入れると、
「これでおあいこだね」

そう言って笑った。

何がと一瞬思ったけれど、私も社長のフォークに口をつけたのだと言うことを思い出した。

「おあいこって…」

そう呟いてブラウニーを口に入れた。

濃厚なそれがさらに濃厚に感じたのは、私の気のせいかも知れない。

「君と一緒にブラウニーを食べることができてよかった」

そう言って紅茶を口に含んだ社長に、
「私も、美味しいブラウニーをありがとうございました」

私は言い返したのだった。

「ありがとうございましたー」

ブラウニーを食べ終えると、喫茶店を後にした。

「あの…」

喫茶店を出たとたんに手を繋いできた社長に、
「奢ってくれてありがとうございました」

私はお礼を言った。

ブラウニーと紅茶のセットの代金は社長が払ってくれたのだ。

社長はフッと笑うと、
「お礼なんていいよ、僕がここへ連れてきたんだから」
と、言った。

喫茶店を出た後は一緒に砂浜を歩いた。

「まだ海開きはしてないですね」

海を見ながらそう言った私に、
「まだ寒いからね」

同じく海を見ながら、社長が言った。

「暑くなったらまたこようか?」

そう言った社長に、
「いいですよ、行きましょうか」

私は首を縦に振ってうなずいた。

「君の水着姿が見たいし」

「…それが目当てですか?」

思わず聞いた私に、
「当然」

社長はクスクスと笑った。

「いつも見てるのに、今さら何を恥ずかしがってるの?」

「えっ…いや、それとこれとは別だと思いますよ?」

裸を見られていると言えば見られているけれど、水着となると全くと言っていいほどに意味が違う!

「僕は水着姿が見たいな。

そうだ、僕が水着を選んであげようか?」

「結構です結構です!」

嫌な予感しかしません!

ブンブンと首を横に振った私に、
「遠慮しなくてもいいのに…」

社長は楽しそうに、クスクスと笑ったのだった。

歩き疲れると、並んで砂浜のうえに腰を下ろした。

潮を含んだ風が髪を揺らして、太陽は優しく降り注いでいた。

波の音に耳を傾けながら、
「いいところですね」

私は言った。

「実を言うと、この街は僕が生まれ育った街なんだ」

「えっ!?」

そう言った社長の顔に、私は視線を向けた。

「そ、そうなんですか!?

私、詩文さんはずっと都会で生まれ育ったんだと…」

意外な彼の一面に、私は驚くことしかできなかった。

「そうかな?

僕は都会のせかせかしている空気よりも、こう言うのんびりとした空気の方が好きなんだけどな」

社長はクスクスと笑いながら言い返した。

「正確に言うなら、15歳――中学を卒業するまで、この街に母と2人で住んでた」

呟くようにそう言った社長に、
「2人で、ですか?」

私は訳がわからなくて聞き返した。

「えっ、お父さんは…?」

お父さんは離婚したとか亡くなったとか、そう言うことなのかな?

そう思っていたら、
「父は、僕が生まれる前に亡くなったことを母から聞かされてた。

僕はそれを信じて育った」

社長が言った。

「この街で母と2人、小さなアパートに部屋を借りて一緒に暮らしてた。

母子家庭だと生活が苦しいそうだけど、僕が育った家庭はそう言うことがなかった。

母が福祉関係の仕事をして働いていたから苦しくなかったんだろうなってそう思ってた。

でも…そうじゃなかったんだ」

話をしている社長の目が悲しいものになった。

「地元の高校への進学が決まって、後は中学卒業を待つだけの日々を過ごしていたある日のことだった。

家に、スーツ姿の見知らぬ男が訪ねてきたんだ。

その人は僕を見ると、こう言ったんだ。

――“詩文、大きくなったな”、って」

「もしかして、その人は…?」

そう言った私に、
「ああ、亡くなったと聞かされていた父だった。

今は『キルリア』の会長だけど、その当時は彼が『キルリア』の社長として会社をまとめていた。

そして、僕はその会社の跡取り息子だと言うことを初めて知ったんだ」

社長は言った。

「驚きましたよね…?」

「ああ、驚いたよ。

いろいろなことを聞かされ過ぎて、何が起こったのか全く理解できなかった」

その当時のことを思い出したのか、社長は息を吐いた。

「母は、その人の愛人だった。

生活が苦しくなかったのは、その人が僕を“息子”として認知して、援助をしていてくれたからなんだと言うことを知った」

「どうして、お父さんは詩文さんのところに訪ねてきたんですか?」

そう聞いた私に、
「正妻が交通事故で亡くなったから。

それで愛人だった母を自分の妻として、僕を息子として迎えるために訪ねてきたそうだ」

社長は答えた。

「正妻との間には子供がいなかったらしい。

聞くところによると、正妻は子供ができない体質だったみたいなんだ」

「それで、詩文さんが跡継ぎになってしまったと言う訳なんですね」

「まあ、結果的にはどう転んでも僕が跡を継ぐことになるらしかったんだけどね。

正妻には子供がいなかった以上、そうなんだから」

社長はそう言って、悲しそうに笑った。

私は繋いでいる彼の手を強く握った。

「――大変、でしたよね?」

そう聞いた私に、
「まあ、うん…」

社長は首を縦に振ってうなずいた。

「聞かされていなかったいろいろなことが頭の中に入ってきて、驚きましたよね」

「死んだと聞かされた父が現れて、跡継ぎだってことを知って…もう、何が何だかわからなかった」

そう言った社長の肩を引き寄せて、抱きしめた。

「…心愛?」

呟くように私の名前を呼んだ社長に、
「私をあなたが生まれ育ったこの街に連れてきてくれて、ありがとうございます。

苦しかったのに、自分のことを話してくれてありがとうございます」

私は言った。

「私は、詩文さんが好きです。

あなたがどんな人でも、私はあなたが好きです」

「…一途だね、君は」

呟くようにそう言った社長に、
「詩文さんだって、一途ですよ」

私は言い返した。

「ああ、そうだったね…。

僕は、君が好きなんだから。

そんな君を、僕は好きになったんだから」

社長が私を見つめてきた。

私はそんな社長の唇に、自分の唇を重ねた。

唇を離すと、
「君からキスをしてくれるとは思ってもみなかったよ」

社長はクスクスと笑った。

そこに悲しい目で自分の出生を語っていた彼の姿はいなかった。

いつもの彼が戻ってきたと、私は思った。

「もう1回、君からキスをしてくれないか?」

社長は言った。

「えっ、それは…」

「さっきはしてくれたでしょ?」

「さ、さっきはさっきですよ」

「1回だけだから」

そう言った社長に、
「本当に、1回だけですからね?」

私は先ほどと同じように、彼の唇に自分の唇を重ねた。

砂浜で時間を過ごした後は、社長が中学を卒業するまで暮らしていたアパートや通っていた学校へ足を向かわせて見に行った。

「何か聖地巡礼みたい…」

そう呟いた私に、
「ある意味、そうかもね」

社長は返事をしてくれた。

そうしていたら、あっという間に日が暮れていた。

「さすがに日が暮れると、寒くなってきたね」

そう言った社長に、
「海が近くにありますからね」

私は言い返した。

駐車場に止めていた車に乗ると、社長はラジオをつけた。

「8キロ渋滞だって」

ラジオは高速道路の渋滞情報を告げていた。

世間は大型連休と言うこともあってか、車を使って出かける人はたくさんいるみたいだ。

「みたいですね」

そう返事をした私を社長が見つめてきた。

「明日明後日の予定はないんだよね?」

そう聞いてきた社長に、
「…ないですよ」

私は答えた。

「少しくらい遠回りになってもいいよね?」

続けて聞いてきた社長に、
「…構いませんよ」

私は同じように答えた。

車が発車した。

走っているスピードがゆっくりとしているのは、安全運転を意識しているからじゃないと思う。

――離れたくない。

私と社長が思っていることは、ただ1つだけである。

このまま離れるのは嫌だ。

もっと、一緒にいたい。

キッと車が止まったので視線を向けると、信号が赤だったからだった。

何だ…と、口からこの言葉が出てきそうになった。

チラリと横目で社長の方に視線を向けると、彼はハンドルを握ったままの状態でどこか落ち着かなさそうな様子をしていた。

高速道路に入ったから車のスピードは早くなったけれど、私たちの間に流れている空気は変わらなかった。

「――お腹、空いたね」

呟くようにそう言った彼に、
「もう7時を過ぎていますからね」

私も呟くように、言い返した。

「サービスエリアにでも行く?」

「そうですね」

すぐにサービスエリアに寄ると、そこは人と車であふれていた。

どうにかして空いていた場所に駐車すると、車を降りた。

食事をするために建物の中に入ると、そこもたくさんの人であふれていた。

時間も時間で、時期も時期である。

何とか空いていた席を見つけると、そこに腰を下ろした。

「ラーメンにしようか?」

そう聞いてきた社長に、
「いいですよ」

私は首を縦に振ってうなずいた。

お腹が空いたし、ラーメンなら早く出してくれそうだ。

しょう油ラーメンを2つ頼むと、それがくるのを待った。

「もう泊まりでもいい?」

社長がそんなことを聞いてきた。

「と、泊まりですか?」

私は訳がわからなくて聞き返した。

泊まるって、今からどこに泊まるんですか?

そう思っていたら、
「この先の高速を降りたところにある建物」

社長が言った。

「た、建物ですか?」

社長は妖しく笑って私の耳元に唇を寄せると、
「ラブホテル」
と、テナーの声でささやいてきた。

「なっ…!?」

思わず社長の顔に視線を向けたら、彼はクスクスと楽しそうに笑っていた。

性格が悪い、意地悪だ。

「ああ、僕らの分のラーメンができたみたいだよ」

社長がそう言って席を立ったので、私もラーメンを取りに行くために席を立った。

ラーメンを食べ終えて建物を出ると、車に乗った。

「考えてくれた?」

車に乗ったとたん、社長が聞いてきた。

「な、何をですか?」

そう聞いた私に、
「お泊りの話」

社長は妖しく笑いながら答えた。

先ほどのラブホテルの話だと、私は思った。

「詩文さんは意地悪ですね」

私は言った。

砂浜で悲しい顔をして話をしていた彼と同一人物なのかと疑いたくなった。

「言ったでしょ?

僕は好きな子に対して意地悪なんだ、って」

社長はトントンと、華奢な指先でハンドルをたたいた。

返事を急かしているようだ。

そこから目をそらすと、
「――いいですよ」

私は呟くように言った。

「いいって、それはどう言う意味?」

「泊まります、って言う意味です」

そう言った私に、
「了解」

社長はそう言って、車を発車させたのだった。

車は人と車であふれているサービスエリアを後にして高速道路を走ると、すぐに降りたのだった。
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