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第1章
第1話 七緒、赤ちゃん転生する
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「でね、私は人じゃないのデス」
俺がそう言うと、隣に座る俺をナンパした男がキョトンとした。
酔っぱらっている俺は構わず続けた。
「本当は白狐《びゃっこ》なわけデース。
近所のボロい社に住む、お稲荷さんなわけデスヨ。
今はこうして美人に取り憑いて、飲んでるわけデース
美人に取り憑くと、男が寄ってきて酒をおごってくれマス」
「キャミィさん飲み過ぎだよっ。
何かすげえ怖いんだけど!?」
「キャミィじゃないデス。
私はお稲荷さんの“七緒”だって、さっきから言ってマース」
「あーもう参ったなあ」
男の呆れた声など無視して、俺は酒場のカウンターに突っ伏した。
どうしようもなく鬱憤《うっぷん》が溜まっていた。
「社は初めからボロかった訳じゃないデース。
昔は綺麗だったし大きかったデスヨ。
それがさー。
何度も区画整理されて社が小さくなって行ったのさ。
どんどん鎮守の森も削られて」
途中からヒノモトに留学したらしい、キャミィ某の口真似は止めた。
もうめんどうくさい。
「その内、お祀りしていた“ウブスナ様”が、依代へ降りずにお隠れとなってしまった。
すると人も肌で分かるんだよ。
途端に参拝者が減って寄り付かなくなった。
うちを無視して、電車でさー5コも6コも隣の神社へ参ってんだよ。
やってらんないよ。
そうしたらいつの間にか、俺の左に立っていた相棒も石造から現れなくなった。
消えちまったんだよ。
そして俺一人なわけ、あのボロい社に……
やんなっちゃうよなあ」
横を見ると、俺をナンパした男はもういなかった。
別の女を引っ掛けに行ったのだろう。
「ちぇっ、男まで俺の前から消えちまいやがんの。
どいつもこいつも消えやがって。
本当なんでかなあ……なんで俺だけ消えないんだろう?」
そうくだを巻きつつ、俺は自嘲ぎみに笑う。
「コレのせいかあ……」
俺は空になったグラスを揺らす。
「酒が好きすぎて、此の世から離れられねえんだ。
寂しくても酒を飲めば何とかなるんだよ……下らねえ」
こうして俺は、今日も酔いに任せて眠りにつく。
そして不貞腐れた俺が次に目を覚ましたとき。
そこは、此処《ここ》ではない何処《どこ》かだった。
*
とある高次元の空間にて。
天から垂らされた蜘蛛《くも》の糸。
その糸に吊るされた銀の鈴が鳴る。
ちりん
金色に輝く一千万もの腕を持つ女神が、鈴の音に耳を傾けた。
一千万手は高次空間に座する、転移転生を司る神だ。
無数の腕は稲穂のようにたなびき、それぞれの腕が、高次の空間に絶えず文字を書き連ねている。
その一つ一つの綴りが、転移または転生する者たちの行く先だった。
女神は酒臭い魂に顔をしかめる。
その魂は狐の妖《あやか》しだった。
一千万手は、狐の人生を千倍速で高速視聴する。
〈情けなや、見事に腑抜けておる。
古きものは忘れ去られる、これも時代の流れか……〉
一千万手の女神は、高次の空間へさらさらと狐の転生先を書き綴った。
*
吹き荒ぶ嵐の夜。
丘の館で獣人の赤子が生まれた。
それが不思議な子で、栗色の髪をした両親から生まれたのは、白銀の髪をもつ赤ん坊だった。
それに加えて泣きもしない。
胎内から取り上げられた驚きで、顔を真っ赤にして泣くはずが一声も発さない。
赤子は外界を恐れず、のんきに微睡んでいた。
そして何故かとっても酒くさい。
確実に赤子から酒精の匂いが立ち昇っている。
取り上げた助産婦はどういう事かと狼狽え、祝福の言葉が出てこない。
そうしている内に赤子が目を擦り、やっと産声を上げる。
「ふああ……もう閉店デスカー?
まだまだ飲み足りないデスヨー」
しかしそれは愛らしい泣き声ではなく、この場の誰もがしらぬ未知の言語だった。
八時間の苦痛を越えて我が子へ対面した若き母は、赤子の代りに絶叫した。
「おい何があったんだ!?」
赤ん坊が何か喋るたびに、女たちは後ずさりする。
祝福を受けるはずだった母は、とっくに気を失っていた。
誰かが呪われていると呟き、胸元で五芒の印を切る。
とある辺境で生まれた赤子は、人知れず教会に運びこまれ引き取られる事となった。
しかし教会も扱いに困り果てて、赤子は岬に住む魔導師の館へと運び込まれた。
誰もが赤子の処分を考えたが、呪われるのではないかと怯えてしまう。
なにせ生まれながらに酔い潰れて、未知の言語を話す赤子なのだから。
しかしそんな赤子もタライ回しにされて、魔導師に抱かれる頃にはしらふとなり怯えていた。
呪われた子と恐れられようとも、赤子は赤子なのだ。
この子には保護する者が必要だろう。
魔導師は羊の乳を人肌に温め、赤子に与え始める。
ここまでが僅か二日間のできごと。
そして時は流れて――
赤子に転生した七緒は満7歳となった。
*
ぼくは、日の出と共に目を覚ます。
「ふああ……あふんっ」
ぼくはむくりと起きてベッドの上であぐらをかき、暫くぼうっとした。
銀髪のショートには寝ぐせがつき、獣耳がぺたんと垂れちゃう。
まだ眠いっす。
ぼくはキツネの獣人だった。
狐らしく体の線が華奢で、その整った顔立ちも合わせてどこか中性的な雰囲気を漂わせている。
そんなアンニュイな7歳児だった。
純白の尻尾を気だるげにふり、寝ぼけた頭にほど良く血が廻った所で、ぼくの1日が始まる。
麻のシャツに半ズボン姿のぼくは、首にタオルをかけ部屋から出た。
暗い石の廊下をぺたぺたと裸足で歩く。
台所へおもむき水瓶から水を汲むと、ちゃちゃっと顔を洗った。
洗い終わり後ろを振り返る。
振り返るそこには台所用の大きなテーブルがあって、女の人がひっそりと椅子に腰かけていた。
少し俯いていて微動だにしない。
ぼくが台所に入ってきて顔を洗うまでの間、ずっとそこに座っていたのでした。
というか昨晩からそこに座っている。
ぼくみたいな獣人じゃない。
薄紫の髪を後ろでふんわりと束ねた、陶器のような肌をもつ女の人だった。
この異世界では珍しい、どこか和を感じさせる服を着ている。
ヒノモト出身のぼくとしては、とても馴染み深い格好だった。
ぼくは近づき声をかける。
「お早うございますフーリーさん」
するとフーリーさんと呼んだ女の人から、微かな駆動音が響き顔をあげる。
今始めてぼくを見るような目つきをしていた。
「お早うナナオ」
「フーリーさん、朝の手合せをお願いできますか?」
「いいだろう」
フーリーさんはすくりと立ち上がり、台所脇の木戸から外へ出ていく。
ぼくもその背に続いた。
屋敷の裏庭で対峙する、ぼくとフーリーさん。
ぼくたちの手には、刃渡り50㎝の細身の剣が握られていた。
刃引きされていない真剣だ。
既に稽古は始まっているんだけど、ぼくの方が踏み込めず攻めあぐねている。
対するフーリーさんは、剣を持つ手をだらりと下げて佇んでいるだけ。
視線もどこを見ているのか分かんない。
一見スキだらけのようだけど、それなのにぼくは剣を構えたまま動けない。
どこに打ち込んでも受け流されて、自分の方が切られる気がする。
ぼくにとってこれは、フーリーさんの前に自分との勝負だった。
切りられる恐怖を越えて、踏み込む胆力が必要なんですよ。
ぼくは迷いを断ち切って、短く息を吐き踏み込む。
それはとても7歳児とは思えない間合い詰めだった。
妖狐としての筋力が、踏み込む庭の土塊えぐり体が霞む。
瞬く間を与えない、刹那と言ってもよい一歩だった。
ただしフーリーさんには通じない。
ぼくの全身全霊を込めた上段切りを、刹那をこえる神速で受け流し、ぼくの両手首を切り飛ばした。
手首は握っていた剣とともに宙を舞い、庭木に突き刺さる。
ぼくは切り飛ばされた両腕の脇を強く締めて、その場にうずくまった。
フーリーさんはそんなぼくを残し、切り飛ばした手首を拾いにいく。
ぼくが足元に広がる血だまりを見つめていると、フーリーさんが拾ってきた手首を傷口にあてがい、懐から小さな風鈴を取り出してリリンと鳴らした。
「均整の取れた修繕」
風鈴は上位の回復魔法が込められた魔法具で、その効果により切り口が見る見るうちに閉じていく。
フーリーさんは修復しながら短い感想を述べる。
「良い踏み込みだ。
お前の初撃をいなせる者は、そういないだろう」
フーリーさんは治し終わると、ぼくの頭をぽんと叩いた。
「朝食を作ってくる。
ナナオは血が流れた分、ここで少し寝ておけ」
「はあ、はあ、はあ……ありがとうございます~」
「できたら呼ぶ」
そう言ってフーリーさんは台所へ入っていく。
ひとり残されたぼくは、ごろりと横たわって空を眺めた。
稽古の恐怖と痛みが過ぎれば、ぼくの中には満足感が残る。
「くくく。
初めは社の神使《しんし》であるぼくが、いまさら剣の稽古などと思っていたが……
なかなかどうして面白い」
ものは試しかなとやってみれば、手加減を知らないフーリーさんとの稽古は、短いものであっても死線を感じてヒリヒリとするものだった。
それはヒノモトで腑抜けていたぼくの根性を、叩き直すには充分過ぎると言っていいくらい。
気持ちがしゃっきりしてみれば、ものの見え方も変わってくる。
と言うか、本当にヒノモトとは見ているものが違った。
ぼくは空を見つめ、草木の匂いを嗅ぎ、血の匂いを嗅いだ。
そのどれもこれもが、ヒノモトより濃すぎる。
お稲荷さんとして眼を凝らせば、空や草木に、“気脈”の流れが輝いて見えた。
気脈とは生命の輝きであり、それがはっきり見えるなんて、ヒノモトだったら山深い霊場でしか拝めないものだ。
つまりこの世界はヒノモトの基準からすると、至る所が社の境内以上の神域なのだった。
この世界では気脈のことを、「魔力」と呼んでいるみたい。
ぼくは自分の流した血をすくい取り、ぺろりと舐める。
「うまいなあ」
自分の中にも魔力が溢れていた。
「ぼくがこの地へ転生したのは、恐らく何処かに御座します神の采配なんだろうな。
彼岸の御方が、うらぶれたぼくに慈悲を御かけになってくれた……」
どなたかは存じませぬが、有り難きこと。
そう心に念じ問いかけるけど、神さまからの声は聞こえてこない。
「この七緒……生まれ変わったからには、その御恩に報いなければなりません」
ヒノモトでのように時代の波に押し流されて、忘れ去られるのは嫌だった。
酒に溺れて、うらぶれるのはもう御免だった。
だからぼくは、この新しい世界で一生懸命に生きたい。
そう誓って妖狐のぼくは、こんと鳴く。
「くっくっくっ、こーんこんこん♪」
俺がそう言うと、隣に座る俺をナンパした男がキョトンとした。
酔っぱらっている俺は構わず続けた。
「本当は白狐《びゃっこ》なわけデース。
近所のボロい社に住む、お稲荷さんなわけデスヨ。
今はこうして美人に取り憑いて、飲んでるわけデース
美人に取り憑くと、男が寄ってきて酒をおごってくれマス」
「キャミィさん飲み過ぎだよっ。
何かすげえ怖いんだけど!?」
「キャミィじゃないデス。
私はお稲荷さんの“七緒”だって、さっきから言ってマース」
「あーもう参ったなあ」
男の呆れた声など無視して、俺は酒場のカウンターに突っ伏した。
どうしようもなく鬱憤《うっぷん》が溜まっていた。
「社は初めからボロかった訳じゃないデース。
昔は綺麗だったし大きかったデスヨ。
それがさー。
何度も区画整理されて社が小さくなって行ったのさ。
どんどん鎮守の森も削られて」
途中からヒノモトに留学したらしい、キャミィ某の口真似は止めた。
もうめんどうくさい。
「その内、お祀りしていた“ウブスナ様”が、依代へ降りずにお隠れとなってしまった。
すると人も肌で分かるんだよ。
途端に参拝者が減って寄り付かなくなった。
うちを無視して、電車でさー5コも6コも隣の神社へ参ってんだよ。
やってらんないよ。
そうしたらいつの間にか、俺の左に立っていた相棒も石造から現れなくなった。
消えちまったんだよ。
そして俺一人なわけ、あのボロい社に……
やんなっちゃうよなあ」
横を見ると、俺をナンパした男はもういなかった。
別の女を引っ掛けに行ったのだろう。
「ちぇっ、男まで俺の前から消えちまいやがんの。
どいつもこいつも消えやがって。
本当なんでかなあ……なんで俺だけ消えないんだろう?」
そうくだを巻きつつ、俺は自嘲ぎみに笑う。
「コレのせいかあ……」
俺は空になったグラスを揺らす。
「酒が好きすぎて、此の世から離れられねえんだ。
寂しくても酒を飲めば何とかなるんだよ……下らねえ」
こうして俺は、今日も酔いに任せて眠りにつく。
そして不貞腐れた俺が次に目を覚ましたとき。
そこは、此処《ここ》ではない何処《どこ》かだった。
*
とある高次元の空間にて。
天から垂らされた蜘蛛《くも》の糸。
その糸に吊るされた銀の鈴が鳴る。
ちりん
金色に輝く一千万もの腕を持つ女神が、鈴の音に耳を傾けた。
一千万手は高次空間に座する、転移転生を司る神だ。
無数の腕は稲穂のようにたなびき、それぞれの腕が、高次の空間に絶えず文字を書き連ねている。
その一つ一つの綴りが、転移または転生する者たちの行く先だった。
女神は酒臭い魂に顔をしかめる。
その魂は狐の妖《あやか》しだった。
一千万手は、狐の人生を千倍速で高速視聴する。
〈情けなや、見事に腑抜けておる。
古きものは忘れ去られる、これも時代の流れか……〉
一千万手の女神は、高次の空間へさらさらと狐の転生先を書き綴った。
*
吹き荒ぶ嵐の夜。
丘の館で獣人の赤子が生まれた。
それが不思議な子で、栗色の髪をした両親から生まれたのは、白銀の髪をもつ赤ん坊だった。
それに加えて泣きもしない。
胎内から取り上げられた驚きで、顔を真っ赤にして泣くはずが一声も発さない。
赤子は外界を恐れず、のんきに微睡んでいた。
そして何故かとっても酒くさい。
確実に赤子から酒精の匂いが立ち昇っている。
取り上げた助産婦はどういう事かと狼狽え、祝福の言葉が出てこない。
そうしている内に赤子が目を擦り、やっと産声を上げる。
「ふああ……もう閉店デスカー?
まだまだ飲み足りないデスヨー」
しかしそれは愛らしい泣き声ではなく、この場の誰もがしらぬ未知の言語だった。
八時間の苦痛を越えて我が子へ対面した若き母は、赤子の代りに絶叫した。
「おい何があったんだ!?」
赤ん坊が何か喋るたびに、女たちは後ずさりする。
祝福を受けるはずだった母は、とっくに気を失っていた。
誰かが呪われていると呟き、胸元で五芒の印を切る。
とある辺境で生まれた赤子は、人知れず教会に運びこまれ引き取られる事となった。
しかし教会も扱いに困り果てて、赤子は岬に住む魔導師の館へと運び込まれた。
誰もが赤子の処分を考えたが、呪われるのではないかと怯えてしまう。
なにせ生まれながらに酔い潰れて、未知の言語を話す赤子なのだから。
しかしそんな赤子もタライ回しにされて、魔導師に抱かれる頃にはしらふとなり怯えていた。
呪われた子と恐れられようとも、赤子は赤子なのだ。
この子には保護する者が必要だろう。
魔導師は羊の乳を人肌に温め、赤子に与え始める。
ここまでが僅か二日間のできごと。
そして時は流れて――
赤子に転生した七緒は満7歳となった。
*
ぼくは、日の出と共に目を覚ます。
「ふああ……あふんっ」
ぼくはむくりと起きてベッドの上であぐらをかき、暫くぼうっとした。
銀髪のショートには寝ぐせがつき、獣耳がぺたんと垂れちゃう。
まだ眠いっす。
ぼくはキツネの獣人だった。
狐らしく体の線が華奢で、その整った顔立ちも合わせてどこか中性的な雰囲気を漂わせている。
そんなアンニュイな7歳児だった。
純白の尻尾を気だるげにふり、寝ぼけた頭にほど良く血が廻った所で、ぼくの1日が始まる。
麻のシャツに半ズボン姿のぼくは、首にタオルをかけ部屋から出た。
暗い石の廊下をぺたぺたと裸足で歩く。
台所へおもむき水瓶から水を汲むと、ちゃちゃっと顔を洗った。
洗い終わり後ろを振り返る。
振り返るそこには台所用の大きなテーブルがあって、女の人がひっそりと椅子に腰かけていた。
少し俯いていて微動だにしない。
ぼくが台所に入ってきて顔を洗うまでの間、ずっとそこに座っていたのでした。
というか昨晩からそこに座っている。
ぼくみたいな獣人じゃない。
薄紫の髪を後ろでふんわりと束ねた、陶器のような肌をもつ女の人だった。
この異世界では珍しい、どこか和を感じさせる服を着ている。
ヒノモト出身のぼくとしては、とても馴染み深い格好だった。
ぼくは近づき声をかける。
「お早うございますフーリーさん」
するとフーリーさんと呼んだ女の人から、微かな駆動音が響き顔をあげる。
今始めてぼくを見るような目つきをしていた。
「お早うナナオ」
「フーリーさん、朝の手合せをお願いできますか?」
「いいだろう」
フーリーさんはすくりと立ち上がり、台所脇の木戸から外へ出ていく。
ぼくもその背に続いた。
屋敷の裏庭で対峙する、ぼくとフーリーさん。
ぼくたちの手には、刃渡り50㎝の細身の剣が握られていた。
刃引きされていない真剣だ。
既に稽古は始まっているんだけど、ぼくの方が踏み込めず攻めあぐねている。
対するフーリーさんは、剣を持つ手をだらりと下げて佇んでいるだけ。
視線もどこを見ているのか分かんない。
一見スキだらけのようだけど、それなのにぼくは剣を構えたまま動けない。
どこに打ち込んでも受け流されて、自分の方が切られる気がする。
ぼくにとってこれは、フーリーさんの前に自分との勝負だった。
切りられる恐怖を越えて、踏み込む胆力が必要なんですよ。
ぼくは迷いを断ち切って、短く息を吐き踏み込む。
それはとても7歳児とは思えない間合い詰めだった。
妖狐としての筋力が、踏み込む庭の土塊えぐり体が霞む。
瞬く間を与えない、刹那と言ってもよい一歩だった。
ただしフーリーさんには通じない。
ぼくの全身全霊を込めた上段切りを、刹那をこえる神速で受け流し、ぼくの両手首を切り飛ばした。
手首は握っていた剣とともに宙を舞い、庭木に突き刺さる。
ぼくは切り飛ばされた両腕の脇を強く締めて、その場にうずくまった。
フーリーさんはそんなぼくを残し、切り飛ばした手首を拾いにいく。
ぼくが足元に広がる血だまりを見つめていると、フーリーさんが拾ってきた手首を傷口にあてがい、懐から小さな風鈴を取り出してリリンと鳴らした。
「均整の取れた修繕」
風鈴は上位の回復魔法が込められた魔法具で、その効果により切り口が見る見るうちに閉じていく。
フーリーさんは修復しながら短い感想を述べる。
「良い踏み込みだ。
お前の初撃をいなせる者は、そういないだろう」
フーリーさんは治し終わると、ぼくの頭をぽんと叩いた。
「朝食を作ってくる。
ナナオは血が流れた分、ここで少し寝ておけ」
「はあ、はあ、はあ……ありがとうございます~」
「できたら呼ぶ」
そう言ってフーリーさんは台所へ入っていく。
ひとり残されたぼくは、ごろりと横たわって空を眺めた。
稽古の恐怖と痛みが過ぎれば、ぼくの中には満足感が残る。
「くくく。
初めは社の神使《しんし》であるぼくが、いまさら剣の稽古などと思っていたが……
なかなかどうして面白い」
ものは試しかなとやってみれば、手加減を知らないフーリーさんとの稽古は、短いものであっても死線を感じてヒリヒリとするものだった。
それはヒノモトで腑抜けていたぼくの根性を、叩き直すには充分過ぎると言っていいくらい。
気持ちがしゃっきりしてみれば、ものの見え方も変わってくる。
と言うか、本当にヒノモトとは見ているものが違った。
ぼくは空を見つめ、草木の匂いを嗅ぎ、血の匂いを嗅いだ。
そのどれもこれもが、ヒノモトより濃すぎる。
お稲荷さんとして眼を凝らせば、空や草木に、“気脈”の流れが輝いて見えた。
気脈とは生命の輝きであり、それがはっきり見えるなんて、ヒノモトだったら山深い霊場でしか拝めないものだ。
つまりこの世界はヒノモトの基準からすると、至る所が社の境内以上の神域なのだった。
この世界では気脈のことを、「魔力」と呼んでいるみたい。
ぼくは自分の流した血をすくい取り、ぺろりと舐める。
「うまいなあ」
自分の中にも魔力が溢れていた。
「ぼくがこの地へ転生したのは、恐らく何処かに御座します神の采配なんだろうな。
彼岸の御方が、うらぶれたぼくに慈悲を御かけになってくれた……」
どなたかは存じませぬが、有り難きこと。
そう心に念じ問いかけるけど、神さまからの声は聞こえてこない。
「この七緒……生まれ変わったからには、その御恩に報いなければなりません」
ヒノモトでのように時代の波に押し流されて、忘れ去られるのは嫌だった。
酒に溺れて、うらぶれるのはもう御免だった。
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