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「プロローグ」最後の配信

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『初見さんは初めまして、常連さんは会いたかったぜぇ!』

 母の膝の上に座りながら、ボクは画面の中の父に胸を躍らせていた。夜六時、一日の最大の楽しみと言っても過言ではないそれは、最愛の父が生業としているダンジョン配信である。

『魔王だろうがなんだろうが、この鍛え上げた筋肉でぶっ飛ばす! マッスルアキヒコちゃんねる、今日もエクササイズの始まりだ! たるんでねぇよな!? お前等!』

 ──待ってました! 
 ──マッスルマッスル!
 ──「上腕二頭筋さんが投げ銭しました《5000円》」今日も美しいお身体!
 ──羨ましい!
 ──「プロテインSさんが投げ銭しました《10000円》」配信終わったらこのお金で焼肉でも!

 次々と投げられるコメント、投げ銭。目で追えないほどのそれらの激流が、配信者としての父の人気を表していた。無論、ボクも母も父が大好きだった。カッコよくて強くて、人気者で優しい父が、本当に大好きだったのだ。

『サンキュー! んじゃあ、今日もバリバリお仕事していくぞ! なんたって俺ぁ、こんなんでも公務員だからな!』

 ──やってることは完全に配信者だけどな
 ──仕事はしっかりしてるし、魔物の駆除率もナンバーワン。流石はアキヒコさん
 ──この人なら本当に魔王も倒しちゃいそう
 ──やっちゃいなよ! そんな魔王なんか!

 コメント欄の反応にクスクスと笑いながら、ボクは母に質問をした。

「ねぇお母さん、こうむいん、ってなぁに?」
「そうねぇ、うーん……先生とか、政治家とか、そういうこの国の未来を担うような大事なお仕事をする人のこと、かな? お母さんは頭悪いから上手く説明できないなぁ……パパが帰ってきたら、聞いてみよっか」
「うん! ボクも大きくなったら、ダンジョン配信者になるんだ!」
「蒼井は女の子だよ? お父さんみたいに、強くないんじゃないかな?」
「そんなことないもん!」

 ボクは、画面の中の父に憧れていた。悪い魔物をやっつけて、たまに他の配信者さんを助けて……強いだけじゃなくて優しいから、ボクにとってのヒーローだったのだ。テレビよりも、父の配信のほうが何倍も面白かった。

 ──ところで娘さん元気ですか?

『おっ、いい質問ですねぇ~』

 父はニヤニヤしながら言う。

『最近なぁ、娘と腕相撲をしたんだよ。どうなったと思う? これがなんと俺は負けちまったのさ!』

 ──優しいなぁw
 ──いいお父さんだ

『ちげぇよ、本当に負けたんだって! アイツはつええぞ、将来は俺なんかよりずーっと強い配信者になるに違いない! ──まぁ、それまでに俺がダンジョンを攻略しきっちまうけどな!』

 ──よっ、マッスル!
 ──毘沙門天の生まれ変わり!
 ──娘さん不憫w

『ははっ、いつかコラボ配信できたらいいなぁ』

 ボクはその一言が、とても嬉しかった。ダンジョン配信者の公務員試験を受けられるのはあと5年後……成人した配信者の付き添いがあれば、未成年でもダンジョン配信ができることをボクは知っていた。

 待ち遠しいなぁ、と。そう思いながら、今日もボクは10歳の誕生日を迎えたのである。

『さーて、お待ちかねのモンスターが出てきたぜぇ』

 現れたのは、凶暴なことで知られるミノタウロス。しかも三体同時に、だ。
 並の配信者ならここで逃げ出すであろう難易度、脅威。しかしボクの父は怯えるどころか嘲笑ってさえいた、向かってくるミノタウロスに対し、父は言い放つ。

『来い、ルシファー!』

 画面を覆い尽くすほどの光とともに、父の背後に何かが現れる。画面の中にいるそれは純白の翼を背中に生やした、天使だった。──彼の名は、ルシファー。父との主従契約を結んだ、最強との呼び声高い大天使である。

『承知した、明彦!』

 美しい声と同時に、ルシファーがミノタウロスに突っ込んでいく。飛び膝蹴りからの拳、更には翼によるラリアットまで……目にも止まらぬ連撃を受けたミノタウロスは、背後の二頭へと突っ込み、そのまま纏めて消え去ってしまった。

 ──ルシファーパイセンつっよ!
 ──さすが大天使
 ──これを従えられるアキヒコさんの魔力量もカリスマもマジパネェ

『ははっ、みんなルシファーのこと褒めてるぜ』
『お前のことを褒めているんだ、その変な謙虚さはバズっても変わらないな』
『うるせー、さっさと俺の影に戻りやがれ』

 クスクスと笑いながら、ルシファーは父の影に戻っていく。コメント欄は先程の倍は盛り上がりを見せており、ボクも興奮で足をバタバタさせていた。母も「やめなさい」と口では言うものの、とても楽しげだった。

『さぁて今日の本題に入ろうか、リスナー諸君! 今日の目標は、今から一時間以内にこの『第四十八層』を攻略することだ!』

 今日の父は張り切っていた。ダンジョンは全部で百層あり、数字が大きくなればなるほど難易度が上がっていく……ダンジョンの最前線を駆ける父が、今日はなんと一時間以内に次の層へと向かうというのだ。

 ──神企画!
 ──頑張れ!
 ──魔物に同情しちまうよ俺ぁ
 ──オメーが魔物だよ

 コメント欄が大喜利みたいなことになっている状況に、ボクは思わず笑ってしまった。母はあんまりいい顔をしなかったが、それでも最終的には笑ってしまっていた。

『んじゃ、行くぞぉ! マッスルアキヒ──』
「……え?」
 ──え?
 ──どした?

 突然暗くなった画面、ボクは何が起きたのか分からなかったが、母は慌てていた。すぐに携帯を取り出し、電話をかけている。

「もしもし、もしもし!? ねぇお願い出て……何があったの、ねぇ!」

 ──これもしかして
 ──まじか

 何が起きてるかの分からなかったボクは、取り敢えず母から目を背けた。ただ、流れてくるコメント欄を眺めていることしか出来なかった。──そんなボクの目は、在るコメントを捉えた。

 ──おいおいおい、コイツは死んだなw

 信じたく、無かった。
 でも、その日を境に父が帰ってこなかったのも、事実だった。
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