上 下
18 / 24
【第一部】第一章 憤怒の黒炎

ごめんなさい

しおりを挟む
風の如く突かれる槍を、輝く宝石のような剣は弾き返す。
身軽そうな鎧に身を包んだ女と、現代的な格好をした目つきの悪い女は、互いの命を奪うべく、優美なる攻撃をお互いに撃ち合っていた。
心臓目がけて穿たれた槍を、救国の聖女ジャンヌは乱暴に弾く。
「いちいち早いし強いし何なのよアンタ!、このゴリラ!」
ガキィン!、と、弾かれた槍を一瞬だけ見た女は、少し距離を取ってからまたすぐに突っ込んだ。
「それはこちらのセリフです、仮にも私は大国、明の将軍です、如何に救国の聖女とはいえあなたはただの旗振り娘、何故ここまで私とやり合えるのか不思議なものです」
振り下ろした槍は力任せに横に逸らし、また逸らされた槍は逸らされた時の衝撃を利用し反撃する。
攻撃も防御も、天下一品と言って良いほどの攻防が続き、両者は互いに距離を取る。
宙返りをし着陸した女、秦良玉は、どこか遠くを見て言った。
「・・・・・・どうやら潮時のようです、お騒がせして申し訳ありませんでした」
「はぁ?、逃がすわけないでしょうがっ!」
そう言って、背を向けた秦良玉の背に、ジャンヌは懐から取り出した銃を撃つ。
だが放たれた弾丸は当然の如く薙ぎ払われ、まるで忍者のように消えていった。
追いかけようとは思わない、ジャンヌは宝石のような剣を鞘に納め、周囲を見渡した。
「・・・・・さて、後はあのバカとアメリアがどうなってるか・・・・・ね」
性に合わないことを考えようとして、ジャンヌはため息をついて首を横に振った。
別に義務でも義理でもない、親切で命を落としてちゃあ訳が分からない。
「帰って寝よ、疲れた」
そう言って、ジャンヌは後ろを向き、一軒家の方へ歩いて行った。
一回だけ、後ろを振り返るが、特に深い意味はない。






殺意と怒りだけが、頭の中を走り回る。
何の問題も無い、これこそが魔王、織田信長なのだから。
黒く燃える炎を身に纏うのは初めてだが、まあそれはいいだろう。
嗚呼、何とも心地良い。
またこうやって何のしがらみも無く怒りを露わにできるのだから。
刀を握る手に力が籠る。
刀を握り潰してしまうんじゃないかと一瞬思うほど、手に力が籠る。
誰か切りたい。
何か壊したい。
何でもできる、嗚呼なんでも壊せる誰でも殺せる!。
素晴らしい、この世は素晴らしい!。
天下泰平?、下らない、笑顔の何処が良いのだ!。
戦場こそが我が故郷!、血を血で洗う地獄こそが魔王が在るべき場所!。
首を寄こせ、首を寄こせ!。
不敬者は何処だ?、儂の楽しみを害するものは誰だ⁉。
「・・・・・・・首・・・・」
ただ、それだけを繰り返し呟き続け、信長は歩みを進める。
炎は信長を焼き続けるが、決して怯まない。
「・・・・・首、首」
目を見開き、黒炎を身に纏ったまま歩く。
その表情は、最早人間ではない。
ホラーゲームに出てくるような化け物が、作られた笑みを浮かべているような。
狂気に囚われた何かが、何かを悟り壊れた時のような。
「首、首、クビィッ!」
この表情を言い表すのは容易ではない、次元が違う、表情筋がイカれている。
なので、ここは安易な一言で言い表そう。
地球上の生き物で、ヒト科の生き物人間しか持ち得ない特徴。
生物としての本能と、偶然により生まれた理性の狭間に在るモノ。
感情が示す、表情のうち一つ。

その名は、笑顔。
狂気に満ちた、本来の意味を失った表情だ。

信長は歩く、空っぽの笑みを浮かべながら。
隣に誰かいた気がするが、どうせ気のせいだろう。
そんなことより、殺したい。
不敬なる者も、裏切り者も。
■■■■も。
あれ、誰だっけ。
この■■■■ってやつ。
誰だっけ?。
「・・・・・・・・・くび」
その場で、立ち止まる。
一刻も早く不敬者共を殺したいのに、何故か足が止まった。
不思議とその行動には理解ができ、意識というよりも感覚的に納得できた。
理由は分からない、あっても忘れた。
まあいいか、どうせ時間はたっぷりある、休憩ついでにじっくり考えよう。
空白の何かを、考えようとする。
なんとなく、女だということは分かる。
でも、それ以上が思い出せない。
「・・・・・・・くび」
考えることに、すぐに飽きてしまった。
こんなくだらないことをするより、自分は裏切り者を殺さなければいけないんだ。
信長は足を上げ、一歩を踏み出そうと足に力を込めた。

「信長公!」

ピタリ、と、踏み出そうとした足が宙で止まる。
自分の後方から、女の声がした。
耳を澄ませると分かる、荒い息から推測するに、走ってきたのだろう。
ぜぇ、ぜぇ、と、荒い息を吐くのが手に取るように分かる。
宙で止まっている足を、一度だけ見る。
何故、動かない?。
何かされたわけでもない、特別な声でも何でもない。
ただ、足が動かない。
何となく、後ろの女が関係しているのだろうか?。
「・・・・・・・・」
いつの間にか狂った笑みが、茫然とした顔になっている事にも気づかないまま、信長は後ろを向く。
そこには、荒い息を吐きながら、こちらを見る綺麗な少女がいた。
白いシャツの上に赤色のパーカー、下には赤に金色の刺繍が施されたスカートに、膝まである白くきれいな靴下、その下には赤色の靴を履いていた。
目は透き通った青色で、首にはゴーグルが掛けてあり、金色の髪はうなじにぴたりとくっつくように、ゴムでまとめてあった。
少女は膝に手を乗せ、前屈のような体位になりながら荒い息を吐いていた。
よほどの距離を疾走したのか、ただ単に体力が無いのか。
疑問がいくつか浮かぶが、信長にとってはどうでもいい。
刀を持つ腕を横に乱暴に振るい、先ほど切った軍師の血を払う。
周囲に血が飛び散り、飛び散った血はまるで殺人現場を想像させた。
刀を振るった後、信長は少女の方へゆっくりと歩き始めた。
少女は相変わらず荒い息のまま自分を見つめていた。
怯える様子はない、足も震えていない。
それが引き金となり、信長は刀を両手で握りしめる。
こいつを切れば、自分はまた気持ちよく怒れる。
そう信じながら、信長はたった5メートルの距離を、ゆっくりと詰める。
もう少し早く歩けば、何なら走ろうかと考えたが、やはりやめた。
理由はない、なんとなく気分だ。
残り、4メートル。
馬鹿な子供がいるものだな、神なる儂を呼び捨てとは。
無礼討ち、と言えば聞こえはいいが、単なる八つ当たりだろう。
残り、3メートル。
銃を持っているな、撃ってこないのは不思議だが、注意しておこう。
それにしてもこの女、どうして泣いてるんだ?。
残り、2メートル。
さっさと殺そう、今までと同じだ。
どうせ何も変わらない。
残り、1メートル。
踏み出せば必殺出来るぐらいの距離に、自分はたった。
刀を持つ腕を、ゆっくりと上げる。
一思いに切り殺すために、スイカ割のように構える。
そして、一気に振り下ろす。

「ごめんなさい」

少女の、一言。
その一言が耳に入り、一瞬だけ腕の力が弱まった。
刀は止まりはしないが、速度が遅くなった。
その時間、わずか一秒。
例えこの少女が引き金を引いたとしても、銃ごと切られるがオチだろう。

ギィイン!。

だが。
だが、仮に。
たった1秒で、この刃をどうにかできるほどの速度があるならば、話は変わってくる。
「よく躊躇ったな、その精神力は敬意に値する」
刀を受け止めたのは、一本の槍。
それは堅牢なる大樹トネリコから彫られ作られた槍。
槍を振るうは少女、金髪の少女と同じぐらいの少女。
燃え盛るような赤色の髪に、髪とは対照的な優しい緑色の目。
髪型はぼさぼさのロングヘアー、頭部には金色のカチューシャを付けていた。
動きやすそうな鎧は胴体とふくらはぎ、に、鎧の下には黒いスーツを着ていた。
両腕の肘から指の先にも鎧が付けてあり、動きやそうだった。
さらにその上には白色のローブを着ており、腰の所で縛られ、足元まである布の先は所々千切れていた。
「それから後ろの可愛いお嬢ちゃん、後は俺に任せな」
そう言って、少女は目足で信長を蹴り飛ばす。
ドォオン!、と、民家の壁に突っ込んだ衝撃で、地面が揺れる。
くるくると、槍を回しながら少女は言う。
「さーてさてさて、ようやく俺の出番が来たな」
ガン!、と、槍の反対側を地面に叩きつけ、口の端を吊り上げる。
「今ここに、父ぺーレウスと母テティスに誓おう」
槍をくるくると回しながら、信長を指さす。
それはまさしく、宣戦布告だった。

「このアキレウス!、東国の覇者織田信長を打ち倒す!、かかってこぉい!」






しおりを挟む

処理中です...