孤独な贄と麗しき魔性

朧 鏡夜

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一部 異界の異端者

3 サヴァンタル家の茶会(前)

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 本の山の倒壊と言う災難を、魔法でもって手短に片付けたミュアヴィルは、自室に向かっていた。
 地下書庫から自室は正反対側にあり、最も距離が離れている。地下書庫は西側の地下にあるのなら、自室は東側の二階奥にあるのだ。勿論、一般的な書物は書斎に置いている為、地下書庫に赴く事は少ない。
 地下の少し冷えた空気とは異なり、地上は蒸し暑く感じる。
 ——そう言えば、伯母様が何か言っていた様な……?
 夏だな、と蒸し暑さから夏らしさを感じていると、唐突に約一週間前の事を思い出した。


 五日前——地下書庫に泊まり込み始めた日、ミュアヴィルは本邸にあるレーヴィアの執務室に呼ばれたのだ。
「ミュアヴィル、一週間後に催される茶会に参加なさい」
 紅色を帯びる金髪に澄んだ空を想わせる青色の双眸、娘が一人いるとは思えない程、美しい美貌を誇るレーヴィア。レーヴィア・セティニア=ヴァン=シェラウィクス、ミュアヴィルの母親フィリシアの異父姉で、伯母にあたる人物。
 レーヴィアは冷めた目をミュアヴィルに向けていた。その理由をミュアヴィルは知っている。レーヴィアとフィリシアの間にあった確執、才能の差が原因であった。
 フィリシア・ニーティア=フェル=シェラウィクス、ミュアヴィルの母親であり、天才の名に相応しい人物。シェラウィクス家の次期当主と仰がれた、後継者候補の筆頭。
 そんなフィリシアが生まれた頃から比べられて来たレーヴィアは、異父妹である彼女を敵視していた。しかし、フィリシアが駆け落ちして行方不明となった為、繰り上がりで後継者候補の筆頭となったのだ。
「私の再従姉であるヴィオレッタ様が主催する茶会です。娘のアルティーラも共に向かわせますが、粗相があってはなりませんよ」
 レーヴィアは手元の資料に目を通しながら告げる。時折視線をミュアヴィルに向けるが、酷く冷たい視線だ。
「参加は当主であるお母様の命で、拒否権は有りませんからね」
 そう告げると、レーヴィアは用は済んだ、と言いたげにミュアヴィルに視線を向けた。退出する様に、視線で促している。
「まだ何か?」
 ミュアヴィルが中々退出しない為、一層冷たくなった視線で問うて来るレーヴィア。
 何かって、と何も説明されていない事に疑問を感じるのは、至極当たり前である。ミュアヴィルがそれを気にする事は無いが、言質は取っておいて損は無いだろう。
「私はヴィオレッタ様と言う方と面識がありませんが、参加しても宜しいのですか?」
「先方には、その旨を伝えてあります。アルティーラも同様に初対面となりますが、『構わない』と言って頂いています」
 そうですか、とミュアヴィルは愕然としながらも辛うじて答える。手短に退出の挨拶を済ませ、執務室から退出する。
 扉を完全に閉じる一瞬、化物がっ、と言うレーヴィアの声が聞こえる。それは忌々しげに響く声だった。
 始終、無表情であったミュアヴィルに対しての言葉であったのだろう。だが、自身にとって如何でも良い、無価値に等しい存在の伯母なので、何と言われようとミュアヴィルが傷付く事は無い。


 そんな出来事があった事を思い出した。今の今迄忘れていたのだが、丁度明後日に茶会が催される。
(まあ、なる様になるよね)
 無責任な事を考えながら、ミュアヴィルは歩みを進めた。


     ❄︎


 ——サヴァンタル家。
 シェラウィクス家の分家筋であり、年の合う者が居る場合、従事する事の多い家柄である。仮に、年の合う者達が居なくとも、何らかの形でシェラウィクス家に貢献していた。
 そんなサヴァンタル家には現在、二人の妃と七人の子がいた。嫡子が三名、庶子が四名である。複雑な関係が見えて来そうだが、確執がある訳では無い。寧ろ正妃と側妃の仲は良好、と言うより夫を他所に仲睦まじい様子であった。
 今回、サヴァンタル家で催される茶会。主催者は正妃ヴィオレッタ・エレイン=サヴァンタルである。


 従姉アルティーラと共に馬車に詰められるも、彼女が己を嫌っている事を知るミュアヴィル。現実逃避を兼ねて、出発前に目を通していた資料——サヴァンタル家の情報を思い出していた。
 窓から流れる景色を眺めるミュアヴィルと、沈黙を保ったまま反対側の窓を眺めるアルティーラ。痛い程の静寂なであるが、無理に会話を試みるよりも楽であった。
 特に会話も交わされる事無く、馬車はサヴァンタル家に到着する。御者の手を借りながら馬車を降り、案内に従って茶会が催される庭園へと向かう。
 母親と同様の紅を帯びる金髪、父親に似た碧色の双眸を持つアルティーラ。白い小花が散る刺繍が施された、朱色のドレスを纏っており、全体的に華やかな印象の装いである。
 対して、プリズムの様な煌めきのある白髪、妖しくも煌々と輝く金色の双眸を持つミュアヴィル。青い花の刺繍が細やかに施された、淡い水色のドレスを纏っており、同様の刺繍が施されたヴェールも着用している。全体的に控えめで地味目な印象の装いだ。
 案内された庭園は美しく整えられており、季節の花々が咲き誇っていた。既に何名か、招待客が到着していた様子。
「シェラウィクス家のアルティーラと申しますわ。此度は茶会への御招待、有難う存じます」
 綺麗な淑女の礼を披露するアルティーラ。ヴィオレッタはアルティーラの挨拶に頷いて返していた。
「勇猛たる火の男神の祝福深い夏の訪れと此度の出会いに、益々の繁栄を願い申し上げます。シェラウィクス家のミュアヴィルと申します。此の度は茶会への御招待、感謝致します」
 アルティーラに続いて、美しい淑女の礼と挨拶を披露したミュアヴィル。ヴィオレッタを含め、会場に集っていた招待客は驚いた。
 幼いと言っても良い程の小柄な容姿に似合わず、言祝ぎの挨拶を披露した。成人間際のアルティーラも出来無かった古い挨拶である。
「茶会の主催を務める、ヴィオレッタ・エレイン=サヴァンタルと申しますわ。——ミュアヴィル様の言祝ぎ、感謝申し上げますわ。初参加との事ですが、楽しんで下さいませね」
 ヴィオレッタは成人した子を持つとは思えない程に若々しく、色香の香る女性である。口元の黒子が色気を倍増させていた。ミュアヴィルの言祝ぎに感謝を告げ、二人に席を勧める。
 アルティーラは友人を見つけたのか、其方の方へと向かう。ミュアヴィルは彼女とは反対側に向かい、空いている席を探した。
(出来るだけ、目立ちたく無いな……)
 面倒くさい、と思いながら丁度良い席を発見し、着席する。給仕の者に御勧めの茶を淹れて貰い、それに合う茶菓子を用意して貰う。
 紅茶を一口飲み、和み始めていた。このまま、何事も無く終わる様、願いながら。
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