エイトゲヘナ~出会って秒で食べられました、けど今は凄く幸せです~

中谷 獏天

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176 実際の書。

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 私は、ちゃんと世話をしてた。

 熱を出せば病院にも行かせたし、薬も飲ませた。
 熱が下がるまで体温を測ってたし、食べ物や飲み物だって買ってあった。

「お子様の死因はご存知ですか」

『衰弱死、ですけど』
「飢餓、脱水症状からの多臓器不全、です」

『でも、あの子は飲みたがらなかったですし』
「要求する体力が残っていなかったからでは?お子様の身長や体重は明らかに平均より下回っており、しかも搬送先において医師が皮膚の皺を写真に収めていた、脱水症状だけでは起こり得ない皮膚のたるみだそうで」

『食べさせ無かったワケじゃない!だってあの子の手が届く場所に、飲み物も、食べ物だって』
「ですから、起き上がる体力も、歩く力も無かったのでは、その認識は無かったのかとお伺いしているのです」

『確かに、あの子は少し小さいですけど、偏食が有って』
「どの様な食事の工夫をなさっていましたか」

 工夫なんてしなかった。
 だって、そんな発想、私には無かったから。

 でも、そうは言えない。
 言ったら、私が悪者にされるから。

『それは、良く食べる食べ物を』
「主に何を食べさせていましたか、最近」

『批判されるかも知れませんけど、茹でておいた蕎麦や、買って来た惣菜を』
「アナタの手作りの煮物は、何回食べさせた事が有りますか」

『数える程度ですけど、でも』
「では、アナタの手作りで好物は無かった、と」

『それは、残念ですけど』
「では、どんな風に食事を嫌がっていましたか」

『全く手を付けなかったり、残したりがしょっちゅうで』
「ココに供述書、そして医師会が呈示する食事量の平均ですが、比較するに半分以下です。コレでは成長に何かしらの影響を及ぼすのは間違い無い、との小児科医数名の意見書も有りますが、意図的に食事量を制限したワケでは無いと仰るのでしょうか」

『あの子が勝手に食べなかったんです!』

「いつも、どの様に食事を用意していましたか」

『用意しておけば、気が付くと勝手に食べてるので』
「平熱になって暫くして亡くなった、だが異変には気付かなかった、そうですが。今回、寝込んでいる場所から離れた場所に、置いてらっしゃったのでしょうか」

『はい、だってあの子』
「亡くなる数日前迄に、何故、どうして食べたくないのかを尋ねましたか」

『いえ、でも』
「話せない程、衰弱していたかも知れない、その事に気付かなかった」

『ですから、あの子は偏食で』
「記録によるとお亡くなりになってから救急車を要請するまで、かなりの時間が掛かっていますが。体温を確認したり、触れたりしたのは通報の何時間前ですか」

『覚えてません』

「では、何故、学校に通わせてらっしゃらなかったのでしょうか」
『ですから、それはあの子が通いたがらなくて』

「何故ですか」
『人見知りで、偏食も酷くて、だから仕方が無かったんです』

「では亡くなるまでの数日間、お子様と何を話していましたか」

『それは、良く覚えてません』
「弱っているであろう認識が無かったので、様子を伺う事も無かったと供述されていますが、ただ無関心だっただけでは」
《異議有り!》
『異議を却下します、本件は育児放棄による死亡事故も含めての裁判です。どうぞ、お答え下さい』

『私は、別に、無関心だったワケじゃないです』
「世話はしていた、と」

『はい、確かに熱心な方とは違うかも知れませんが』
「お子様の写真も殆ど無く、金銭的な問題が無いにも関わらず新しい服はごく僅か、しかも殆ど家に居ない筈の旦那さんに対してもほぼ連絡をしていない」

『それは、少し夫婦仲が』
「離婚なさったそうですが、原因は」

『言いたく有りません』
「アナタが、義母に似ていたから結婚し、子を成した。その事を知ったから、では」

『違います!』
「裁判長、証人を、被告人の元義母をお呼びしたいのですが」
『許可します』

 違う。
 違う違う違う。

 最低限、世話はした。

 危害は加えて無いし。
 食べ物だって用意してあげた。

 なのに、あの子が食べなかっただけ。

 だって、喋れない幼児でも無いんだし、痛かったら痛いって言う子だし。
 ちょっと様子が変だったとしても、ある意味でいつも通りだったし、まさかそんなに具合が悪いだなんて思って無かっただけ。

 殺そうと思って無かったし、危害を加えたワケじゃないのに。

 何で、どうして私が怒られなきゃいけないの。
 何で、どうしてこんなに責められなきゃいけないの。

 確かに完璧じゃないだろうけど、そもそもベタベタに常にへばり付いてるなんて不可能だし、誰だって油断する事が有る筈なのに。

 何で、どうして怒られなきゃならないの。
 何で、どうして責められなきゃならないの。

 私だって、本当は被害者なのに。



『宜しく、お願い致します』
「率直にお伺い致しますが、元息子さんからの好意を感じた事は」

『以前は全く、ですが事件後、ハッキリと言われました』
「紹介された後、似ている、とお気付きにならなかったのですか」

『確かに似てはいると思いましたが、好意故の事とは、全く思いもしませんでした』

「お孫さんが亡くなられたと聞いて、真っ先に何故だと思われましたか」
『事故です、交通事故や、何かの事故や事件に巻き込まれたのかと。まさか、衰弱死だとは、思ってもおらず、何度か聞き直した事を覚えてます』

「殆どお会いにならなかったそうですが」
『はい、最近は。船での旅行中でしたので、ですがメールも届いていましたし、電話で会話もしていました。なのに、全く気付けませんでした』

「何かご相談を受けたりだとか、愚痴等はどうでしょうか」
『孫からは何も。ただ、今思えば、読まされていたのだと思います。恥ずかしがり屋だけれど、理路整然としていて、頭の良い子だと思っていました』

「恥ずかしがり屋だ、と思った行動等はどの様なものでしょうか」
『言葉に詰まると、耳打ちをされていたんです。でも、それがまさか指示だったなんて、そんな風には思えない程に可愛がっている様に見えたんです』

「ではコチラが今回の証言に付随する証拠です、コチラをご覧になれば分かるかと思いますが、かなりの加工がなされています。ですが、不思議な事に、被告人の携帯からは加工前の画像が全て消されていると言う事実が有る。証人、どう思われますか」

『どちらにせよ、不健康さを隠したかったのだと思います、偏食が酷い子だと聞いていましたから』
「ですが、実際にお会いした時はどうですか」

『嬉しそうに食べ切ってくれました、でも、後から吐いたりお腹を壊したと聞いて。以降は、外食をせず、指定された食事を出す事になりました』
「コチラが、そのメールですね」

『はい』
「どう思われましたか」

『無理をさせてしまった、可哀想な事をしてしまったと、酷く後悔しました』

「では、嘘の可能性を考えましたか」
『いえ』

「全く、疑わなかった」

『はい、元息子も、出会った頃はかなりの偏食でしたから』
「初対面は小学校低学年だったそうですが」

『はい、そして小さく痩せている子でした。なので私はもう、心配で心配で、出来るだけ食べて貰える様に必死に料理をしました。それこそノイローゼになる寸前まで、だからこそ、あまり口は出せませんでした』

「それは、実子では無いからこその遠慮も有ったのでは」
『はい、小さい子の面倒は、あの子が初めてでしたので』

「子供の世話には、慣れてはいらっしゃらなかった」
『はい、確かに甥っ子や姪っ子の世話をした事が有りますが、それはあくまでも叔母として他人の家で行っていた事。全く、勝手のわからない、神経を使う出来事の連続でした』

「ではもし、偏食で人見知りが酷く学校にも行っていなかった、且つ病み上がりの小康状態だった場合。この様な姿で横になり続けていたら、アナタはどうなさいますか」

『あの子が風邪で酷く寝込み、その後も微熱が続いた事が有ります。その前にも、扁桃腺で何日も食べられず入院した事も有ります、でも全く慣れませんでした。心配で心配で保健師に相談したり、それこそ病院に連れて行ったり、本当にいつも通りになる迄は目を離す事も不安でした』

「実子では無いからこそ、では」
『かも知れませんが、実子だと思い育てて来ました。ただ、幼少期を実際には知らないからこそ、神経質であったとは思いますが。例え孫だとしても、きっとまた私は、同じ様に接していただろうと思います』

「例え実の孫では無くとも」

『はい、世話をし、構うのが当然だと思っていましたから』
「ですが、随分と距離が有りましたね」

『夫が、夫は気付いていたそうです、なので引き離そうとしたと。後から、聞きました』

「コレは復元された加工前の画像です。もし、亡くなる1ヶ月前に会う事が出来たら、気付けたと思いますか」

『家に、いえ先ずは病院へ、直ぐにも連れて行ったと思います』
「質問は以上です」
『では一時休廷とし、1時間後に再開とします』

 何故、どうして、こうなってしまったのか。

 分かる。
 分かってはいる。

 けれど、なら、何故あの子を施設に預けなかったのかが分からない。

 いえ、分かってはいる。
 憎さを通り越し、無関心となってしまった。

 それは分かる。

 けれど、あの子には何の罪も無い。
 あの子は、何も悪くない。

 だから。

 いえ、今なら分かる。
 関わりたくない、考えたくも無かったのだろう、と。

 けれど、だからこそ。
 だからこそ、切り離し逃げてしまえば良かったのに。

 そうすれば、こんな事には。



《ネグレクトを、認めます》

「それは、誰の、でしょうか」
《僕も、妻もです》

「元、妻、では」
《はい、すみません》

「何故、ネグレクトをなさったのでしょうか」

《悪意は無いんです、殺す気も、害する気も無かった》

 ただ、どうしたら良いか分からなかった。

「では、どう愛情を示したのでしょうか」
《給料は半分以上を入れてましたし、制限もしなかった。浮気は勿論、暴力も暴言もしてませんし》

「どちらに、ですか」
《元妻にも、子供にもです》

「お子様の好きな色をご存知ですか」

《多分、水色の筈です》

「本人から聞いたのでしょうか」
《いえ、でも良く、着てたので》

「記録の限りでは、メールでは元妻に尋ねた事は無い様ですが、尋ねた事は」

《はい》
『嘘よ!』
『静粛に』

『何も聞かなかったじゃない!あの子の好物も!色も!行きたい場所も何も知らない筈よ!!』
「元奥様が、こう仰る理由は何だと思いますか」

《彼女の思う通りに、接さなかったのが》
『違う!違う違う違う!!アンタが義母と重ねてたからよ!!ヤる時も!結婚式も何もかも!アンタが身代わりの道具にしたせいよ!!』

 仕方無いじゃないか。
 僕は母さんしか愛せないんだから。

「だそうですが」

《理想の女性が、偶々義母だっただけです》
「元、義母、では」

《はい》
「何故、殆ど家に帰らなかったのでしょうか」

《こうやって、酷く喚くか泣くか暴れるかで、子供の為にも刺激させない様にしようと思ったからです》

 笑った顔が、特に母さんに似ているから結婚した。
 なのに、最近では全く笑わなくなった。

 まるで母さんが怒っているみたいで、無関心な態度が嫌で、家に帰りたく無かった。

「離婚し、お子様を引き取る気は無かったのでしょうか」

 母さんに似ていない、笑わない子供に興味を持てるワケが無い。

《はい、僕は不器用なので、子育てと仕事の両立は無理ですから》
「では、見殺しになる迄放置していただけだ、と」
『異議有り!誘導です』
『認めます、検察は質問の仕方を変えて下さい』

「何も変える気は無かったのでしょうか」

《はい、元妻が、話し合ってくれるまでは》
「身代わりにされたと思っている元奥様に対し、どの様に、何回弁解されましたか」

《仕事が忙しいので》
「結論から仰って下さい。どの様に、何回、弁解をなさいましたか」

《回数は正確には分かりませんが、片手では足りない程度です。ですが、話し合おうとしても》
「証拠によると、メールでのやり取りは無し、手紙での弁解も証拠品には見当たりませんが」

《手紙は、確かに無いですが、電話で》
「通話履歴からは、数分で終わるものばかりですが」

《それは、切られてしまうので》
「元奥様の証言では、話し合いを提案された覚えは無いそうですが。どの様に話し始めていたのでしょうか」

 有るワケが無い。
 ずっと、お互いに最低限しか話さなかった。

 いや、報告だけ、だったのだから。

《色々と試したので、良く覚えていません》
「用事のやり取りしか無かった、しかもアナタからの報告を聞くだけ、だったそうですが」

《育児ノイローゼ気味だったので、記憶が曖昧なのかも》
「育児ノイローゼ気味だと知りながらも、2人きりにし続けたんですね」

《僕が居る時だけ、特に酷くなるので》
「一部では父親の無関心さが育児ノイローゼの要因ともなるとの事ですが、何故、入学式の写真を求めなかったのでしょうか」

《ですから》
「電話なり口頭で要求する、だけで、メールには何も無いのは何故でしょう。何故、亡くなる数日前に帰宅したにも関わらず、何故気付けなかったのでしょうか」

《それは、妻が》
「会わせる事に対しても、全く制約は掛けていなかったそうですし、近隣の方からも怒鳴り声が聞こえた事は無いとの証言がなされていますが。何故、会う為に強硬手段を取らなかったのですか」

 面倒だった。

 どうせいつも通りだろう。
 どうせ、笑いもしないだろう。

 だから顔を見る事もしなかった。

《明日も仕事が有ったからです、疲れてたし腹も減ってた。それに、大変だとも聞いて無かったんです、寝かせておいてやる方が》
「何故、どうしてですか。何故、どうして、互いに望んだ筈の子供なのに。何故、どうして、そんなにも無関心なのですか」

《確かに関わりは少ないかも知れませんが、こんな風にこじれたら、誰だってこんなものじゃないんですか》
「ネグレクトをしている家庭が、そこまで多いと認識している、と言う事で宜しいですか」

《ウチ程じゃ無いにしても、何処だって、偶々そんな時期が有るんじゃないんですか。寧ろ完璧な家庭の方が、少ないんじゃないですかね》

 僕は悪くない。

 一緒に居たのに、子供を死なせた彼女が悪い。
 世話をするな、なんて指示して無い。

 殺せとも危害を加えろとも、ましてや無関心でいろだなんて指示して無いのに。

 そうしたのは彼女だ。
 僕は何もして無い。

 僕は悪くない。
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