エイトゲヘナ~出会って秒で食べられました、けど今は凄く幸せです~

中谷 獏天

文字の大きさ
112 / 255

110 調香師と悪魔。

しおりを挟む
 また、隣からドンドンと盛る音と声が聞こえ。
 ついに私は目一杯、壁を殴った。

 一瞬だけ静かになったけど。
 今度は笑い声からの盛る声に私はキレた。

 叫びながらひたすら壁を殴ってやった。

 もうこんなアパート出てってやる。
 浮気されてフラれるわレジ金が合わないのを私だけ責められるわ。

 もう良い、我慢したって何も良い事が無い。
 そう思って絶叫しながら壁を殴り続けてたら、急に胸が苦しくなって、全身からナメクジみたいに汗が噴き出て。

 スマホに手を伸ばしたけど。
 そこで記憶が途切れて。

「こ、ココ、何処ですか」

《大丈夫、安心して下さい》

 少し目を覚ました時に、病院とは違う景色だったと後から思ったけれど。
 その時はもう、怠くて怠くて。

 あぁ、病院か。
 そう思って再び記憶が途切れた。

 それから少しして、尿意で目が覚めた。

 本当に驚いた。
 目の前には藍色の蚊帳、そして透けたその先の天井は、どう見ても木の板。

《あぁ、目を覚ましはったんですね》

 どう見ても着物に白い割烹着を着て、頭にも白い布を被ってて、その奥には結い上げた髪が見えて。
 何だ、何処だココ、と。

 それと同時に、そう言えば少し目を覚ました時にも、関西弁だったなと。
 って言うか点滴って、とか。

 もう、一気にグルグルグルグルと、今までで1番頭が早く回ったと思う。
 けど、尿意、尿意には勝てなくて。

「おしっこ、したいんですけど」

《あぁ、はいはい、ちょっと待っててね》

 そう言ってお姉さんは、ベッドだと思っていた小上がりの下から、桶を出して。
 終わったら教えてねって。

「えっ、いや」
《ココは診療所、あんさん病気やったんよ、ココから動かしたらあかんのよ》

「えっ、あ、はい」
《はい、じゃあ終わったら教えてね》

「はい」

 尿意が先だった。



《はい、手を出して》
「はい」

《ええ子やね、手を洗うんよ》
「はい」

 そうやって違う桶で垂らしてくれている水で手を洗って、手ぬぐいを渡されて。
 それから今度は白湯を少しだけ飲ませて貰ってから、やっと、少しずつ説明して貰った。

 因みに紙は、瓦版だった。

《あんね、もう分かってはるやろけど、ココは前と違うんよ》

「はい、みたいですが、何故」
《それね、ウチらも良う分からしまへんのよ。何でか分からへんけど、あんさんみたいなんが来るんよ》

「あーの、今は、何次代で」
《あぁ、安土桃山時代やー、言うたら伝わるって聞いてはるんやけど。どやろか?》

「あぁ」
《あ、因みにココは京の下鴨かも地区やね》

 腕の点滴からして、何かの冗談だとか、ドッキリだとかは考えなかった。
 だって、痛いし、刺さってるんだもの。

「こ、コレは」
《あぁ、コレね、内緒やからね。他に知られてしまうと悪用されたらアカンから》

「その、コレ、どう」
《この針は鳥の羽軸で、コレな、ゴム言う代物らしいね》

「ゴム、安土桃山時代に、ゴム」
《やっぱり向こうの人、なんやね》

「どうやら、その様で」
《ぽんぽん痛ない?》

「あ、はい、何処も痛く無いです」
《せやったら、先生呼んで来るさかい、暫く待っとってね》

「はい」

 何でこの時代にゴムが有るの、と。
 でも、それよりも、ココは時代を遡ったワケじゃないと分かった事は良かったなと思った。

 ガチ安土桃山時代は、ちょっと帰りたくなりそうだったから。

『おう、無事そうだな』
「あぁ、関東弁」
《イヤやわ、関東弁やなんて、京の人やっても言わへんよ》

『江戸弁な』
「あぁ、失礼しました」

『俺はココの生まれだが、アンタみたいな者の為にココに居る、アンタは虚ろなる者と呼ばれる者だ』
《アレや、虚ろ船、知ってはるかしら》
「あぁ、はい」

『帰れる場合も有るし、帰れない場合も有るらしい、どっちにしろ何かを成した方が良いと助言もしろと言われている』
「あぁ、どうも」
《ウチはココ生まれココ育ちや、良う分からん事が多いやろし、お世話係やね》

「すみません、暫く御厄介になります」
《ええよええよ》
『点滴を外すが、絶対に外に漏らすなよ』

「はい」

 無精髭で適当に髪を結ってるだけで、結構イケメンだったんだけど。
 そこで気付いた。

 多分、指輪の概念無いじゃんよ、と。

 だから直ぐに諦めて、自分の事を考えた。
 どうやって生きていくか、それと髪の毛、黒髪で良かったけど絶対に長さが足りないし。

 着物、着た事が無い。
 だから最初は、浴衣の着方から教えて貰った。



《そうそう、上手やね》
「すみません、ありがとうございます」

 寝間着用の浴衣は簡単だったけど、もう、既に嫌だった。
 ブラが無い、ほぼ褌。

 で髪型は未婚なら唐輪髷、既婚なら玉結び、病人でも1つに束ねる。
 下ろしたまんまは売春婦か、ヤバいヤツ。

 で、良い年をして髪が短いのもヤバいヤツ。

《髪は神社さん行ったら宜しいわ、髪の神様を祀ってはる所で》
「行きます」

《ええの?向こうに戻っても、多分やけど今のまま、らしいよ?》
「戻りません」

 全く戻る気は無かった。
 メリットを聞いても。

《死んだ事になるらしいんよ?》
「全然、未練は無いです」

《んー、先生、他に何か有るんやろー?》

 お姉さんが声を掛けると、外から先生が入って来た。
 ずっと外で待っててくれたらしくて、マナーらしいマナーが有るんだなと驚いた。

『ちょっと出ててくれるか』
《はいはい、ほなまたね》
「はい」

『予防接種なるモノが無い、薬は青カビから出来たモノと、バルドの傷薬と呼ばれるモノだけだ』

「バルドの傷薬」
『グラム陽性細菌の黄色ブドウ球菌に効く塗り薬で、分かるか』

「少し、黄色ブドウ球菌は分かります」
『だけだ、地区を出れば破傷風菌やサルモネラ菌が居る、少し油断すると死ぬぞ』

「予防接種は既にしてるので破傷風菌は大丈夫ですが」
『結核だって有る、それにそうそう薬は出せない、何でか分かるか』

 もう、どうやって作ってんだって事が気になって仕方無かったけど。

「耐性菌、ですかね」
『あぁ、そうだ、しかもアンタは向こうの者。既に耐性菌を持ってるかも知れない』

「あぁ」

 ココで初めて、自分が隔離されてるかもって気付いたけど。
 凄く真剣だったし、病気は怖いから、仕方無いかもと思った。

『で、本当に戻る気は無いのか、なら何でか聞かせてくれ』

「失恋して仕事でも毎日必ず嫌がらせが有って、家に帰れば隣が五月蠅い、お金も無い大した趣味も無い。何も、良い事が無いんです」

『親はどうした』
「母親が病死して直ぐに父が再婚、で直ぐに新しい子供が出来て、馴染めず直ぐに働きに出ました」

『だけか』

「まぁ、はい、別に凄い酷い事は無かったですけど。特に良い事も無かった、生きてる意味も分からないし、意味を探す気も有りませんでした。ダラダラと、適当に働いて、適当に結婚するつもりでした」

 まさか、一緒に貯金してるつもりだったのに。
 向こうは貯金せず浮気、詰め寄ったら面白くない女だからもう良い、とか言っていきなり立ち去られて音信不通。

 友達は居たけど、結局生活習慣が合わずに疎遠になって。
 どうやって生きようかと悩んでた所に、アレで。

『だが』
「あの、私は何か、病気だったんでしょうか」

『心の臓の血の管が詰まっていたらしい』

「あぁ」

 それで納得しました。
 旧式にしても程が有る点滴と、胸痛。

 お母さんが死んだ病気と同じだった。

『祈禱師曰く』
「祈禱師」

『追々説明するが、まぁ、相当に何か嫌な事が有ったのだろう、と』
「もう、本当にそうなんですよ。ココがどうかは分かりませんが、向こうの住居は本来壁が厚いんです、なのに安い家を選んだせいでもう」

『落ち着け、また詰まったら俺には治せないんだ』
「あぁ、すみません」

『それで、何が有ったんだ』
「あんまりな時間に、私が寝ようとしている時間に、隣が夜の営みを遠慮無しに始めたんです。で。いい加減にしろと壁を叩いたら、笑い声の後にまた始めやがった。だから叫びながら壁を殴りまくってやったんです、そしたら、急に苦しくなって脂汗まみれになったんです」

『そうか』
「すみません、母も同じだったんです、ありがとうございました」

『いや、俺じゃない、祈禱師だ』

 それからはもう、魔法の有る世界なんだ、とワクワクでしたよ。
 なんせ魔法のお陰で、私は死なずにココに居られてるんですから。

 けど、同時に思ったんですよ。
 なら西洋はどうなってるんだろう、って。

「あの、西洋って」
『やっぱりか』

「あ、すみません」
『いや、子女には特にココは厳しいだろうとは聞いていた』

「まぁ、はい。ただ、向こうも必ず良いかは分かりませんし」
『いや、行くのも知るのも構わないんだが、問題はココを出られる資質が有るかだ』

「資質」

 資質を示せば、好きに生きられる。
 とだけしか聞いていない、と。

『何をどう示せば良いのか、何をするべきかは、俺は知らないんだ』

「あー」
『先ずはココを知ってくれ』

「あ、はい」

 それからはもう、勉強勉強の日々で。
 正直、外がどうなってるかは全然、気にならなかった。

 だって、妖怪とか居るって言うんですもん。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【第2章完結】最強な精霊王に転生しました。のんびりライフを送りたかったのに、問題にばかり巻き込まれるのはなんで?

山咲莉亜
ファンタジー
 ある日、高校二年生だった桜井渚は魔法を扱うことができ、世界最強とされる精霊王に転生した。家族で海に遊びに行ったが遊んでいる最中に溺れた幼い弟を助け、代わりに自分が死んでしまったのだ。  だけど正直、俺は精霊王の立場に興味はない。精霊らしく、のんびり気楽に生きてみせるよ。  趣味の寝ることと読書だけをしてマイペースに生きるつもりだったナギサだが、優しく仲間思いな性格が災いして次々とトラブルに巻き込まれていく。果たしてナギサはそれらを乗り越えていくことができるのか。そして彼の行動原理とは……?  ロマンス、コメディ、シリアス───これは物語が進むにつれて露わになるナギサの闇やトラブルを共に乗り越えていく仲間達の物語。 ※HOT男性ランキング最高6位でした。ありがとうございました!

病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~

アトハ
ファンタジー
【短いあらすじ】 普通を勘違いした魔界育ちの少女が、王都に旅立ちうっかり無双してしまう話(前世は病院少女なので、本人は「超健康な身体すごい!!」と無邪気に喜んでます) 【まじめなあらすじ】  主人公のフィアナは、前世では一生を病院で過ごした病弱少女であったが……、 「健康な身体って凄い! 神さま、ありがとう!(ドラゴンをワンパンしながら)」  転生して、超健康な身体(最強!)を手に入れてしまう。  魔界で育ったフィアナには、この世界の普通が分からない。  友達を作るため、王都の学園へと旅立つことになるのだが……、 「なるほど! 王都では、ドラゴンを狩るには許可が必要なんですね!」 「「「違う、そうじゃない!!」」」  これは魔界で育った超健康な少女が、うっかり無双してしまうお話である。 ※他サイトにも投稿中 ※旧タイトル 病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

執事なんかやってられるか!!! 生きたいように生きる転生者のスローライフ?

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった中学生、朝霧詠無。 彼の魂はそのまま天国へ……行くことはなく、異世界の住人に転生。 ゲームや漫画といった娯楽はないが、それでも男であれば心が躍るファンタジーな世界。 転生した世界の詳細を知った詠無改め、バドムス・ディアラも例に漏れず、心が躍った。 しかし……彼が生まれた家系は、代々ある貴族に仕える歴史を持つ。 男であれば執事、女であればメイド。 「いや……ふざけんな!!! やってられるか!!!!!」 如何にして異世界を楽しむか。 バドムスは執事という敷かれた将来へのレールを蹴り飛ばし、生きたいように生きると決めた。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します

burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。 その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
【毎週火木土更新】 自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

処理中です...