松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

文字の大きさ
8 / 215
第2章 医師と絵師。

3 幽霊画と記者。

しおりを挟む
「お忙しい所をすみません、ご相談に参りました」

 雑誌社の林檎君は、まさに幽霊画とは真逆の存在だ。
 生気に満ち溢れ、活気が有り、瑞々しい。

『ご相談、とは』
「実はですね……」

 他の作家達にたらい回しになった結果、ココへ来たらしい。

『詩、ですか』
「噺でも良いんですけど、古典と言えば古典ですが、それはまだしてませんし。先生から物語が何か出るんじゃないか、と」

『俺が言った事が、物語になりますか』
「はい、中身が良ければなります」

 医療倫理に絡む、何某。

『死体に盛る女や男が居るそうで』

「あ、死体愛好ネクロフィリア、ですね」
『それだけドーンと載せて、禁じる文言を複数種類散文させる、ダメですか』

「西洋的で、実に良いですねぇ」
『絵としては……』

 俺の中には様々な絵が浮かぶ。
 けれど紙に写す時間が足りない、まだ絵を満足に描けないのに絵だけが浮かんでくる。

 最低限、文字にし後で書くつもりではいるが。
 足りない、時間も手も何もかも。

「先生、原案作家になれますよ先生」
『いや、そう長いのは無理なんだ、そして結局は絵に落ち着く。何度か試したんだ、詩を混ぜるだとか文字を混ぜるだとか、けれどもっと良い文言が有るんじゃないかと筆が進まなくなる』

「ですけど先生の頭の中には絵が沢山有る、文字付も含めて」
『案だけだ、案だけが溜まって、いつか破裂するかも知れない』

「でしたら小出しにしましょう、文字入りも含め方々の先生への分配をコチラで考えてみますので、お任せ下さいませんか?」

『絵師は絵師の仕事だけをしていろ、とは言わないんだな』
「どんな作家同士でも、触発され合うべき方は、お互いに高め合えば良いんです。孤高でも問題無い方はそうした方、また生きる世界が別なだけで、良い悪いではありませんから」

『少し待ってて下さい』
「はい」

 俺は日本画の有名な家の生まれ、日本画に囲まれて育ち、自然と描き始めていたらしい。
 12までは楽しく描いていたが、好いていた従姉妹が結婚してしまい、決まりと言うモノに酷く反発する様になった。

『先ずは、コレで』
「拝見させて頂きます」

 14で女に手を出そうとして激しく叱責され、16になるまで女の家に転がり込んでいたが、突然結婚するからと家を追い出され。
 また裏切られた、と思った俺は、家に戻らず雑誌社に転がり込んだ。

 様々な画風にも挑戦させて貰ったが、結局は日本画。
 ただ、それは主に幽霊画だった。

 俺を捨て、裏切った女達を幽霊にした絵を、会長の知り合いが気に入り買い取ってくれた事が切っ掛けだった。
 何枚も何枚も、同じ女をモデルに描き続けた。

 そして雑誌にも載る様になり、別の注文が入る様になった。

『どう、ですか』
「うん、良いですね。ソチラの手に持っているのは?」

『もう少し注釈を入れたい』
「では僕が裏に書いても宜しいですか?」

『あぁ、構わない』
「あ、そう言えば、この前先生のファンだと仰る方に会ったんですよ。凄く若々しく見える女医先生、先生の絵と怪談が目的で雑誌を買って下さってるんですよ」

『女医』
「もし良ければ社でお姿を見れる様に手配致しますけど、どうしますか?」

『珍しいし、頼んだ』
「はい」

 会長には、結婚したいと思う女以外には絶対に手を出すな、と言われている。
 前に少しつまみ食いをしただけで、絵に出ていると言って怒られた。

 林檎君には分からなかったらしいが、何でバレたのか、今でも全く分からない。

『あ、それは毒虫まみれにするつもりだったんだ』
「成程」



 本も絵も、そう簡単には出来上がらない、とは思っていたけれど。

《暫く掛かりそうなのね》
「ですけど件の絵、見れるかも知れません」

《まぁ、生の原稿を見れるのね》
「はい、それと先生の解釈と相違無いか、社で改めてご確認頂こうかと」

《あ、お座敷とかでは無いのね》
「する事も有るんですけど、今回は見学も兼ねて来て頂こうかと」

《あぁ、成程》
「はい」

《今日はそれだけ、かしら》

「実は、件の事件についてお伺いしたいなー、と」

 どうしてなのか、私の勤務時間中に政治家や大物が立て続けに亡くなった件。
 政治部でも無いのに、何故かしら。

《内容によるわね》
「先生は呪いってご存知ですか?どの位、信じてらっしゃいますか?」

《まさか、私が見た患者達が呪われていた、とでも》
「実はそうかも知れないんです、先日、神社仏閣に寄る機会が有ってお参りしたんですけど……」

 お知り合いが訪問してらっしゃり、ばったりお会いしたそうで。
 そこで近隣の神社仏閣に、警察からお触れが。

 軒下に不審物が有れば通報する様に、と。

《それが呪物だったのね》
「どうやら件の方々の名が、記されていたにでは、と」

《それか、私じゃないかしら》

「何故ですか?」

《警察からの事情聴取、仕舞には暫く付けられてたのよ、ワザとコチラに分かる様に。しかも昼の勤務は騒動が収まるまで無し、それで夜勤に回され続けて、私としては私が呪われたんじゃないかしらと。ね》

「他にも何か、ご不幸が?」

《まぁ、不幸と言えば不幸かも知れないわね》
「お祓いとか、行かれました?」

《行ったわ、節分の後に神社と寺院の両方》
「では、恨まれていそうな相手は」

《ココまでのは、ちょっと思い付かないわ》
「逆恨み、では」

《野暮ね、医者は逆恨みされ易いのよ。どんなに手を尽くしても、何か失敗したんじゃないか、アンタが殺したんじゃないかって》
「では、こう立て続けに起こる前、何か大きな騒動は?」

《ココまででは無いけれど、有るには有るわね》
「誤解を解くだとかのお手伝いを致しましょうか?」

《誤解では無いから良いの、ありがとう》
「すみません、お役に立てず」

《良いのよ、こうして食事に付き合ってくれるだけでも、十分に気晴らしになるもの》
「僕もです、殆ど1人ですから」

《良い方が見付かると良いわね》
「ありがとうございます、先生も」

《ありがとう》



 女医先生とお会いした次の日の夜、寮に電話が。

 《林檎くーん、お電話よー》

 寮母さんは名前を言わない、コレは所謂情報漏洩防止でして。
 緊張と期待感で胸を高まらせ電話を出ると。

「はいはい、林檎ですけど」
【あ、僕だよ、神宮寺だよ林檎君】

 電話の主は都会に出て初めて出来た、神主の家系の友人だった。
 禰宜なのに、とても怖がりで。

「どうしたんですか、また怖い話を」
【違うんだよ、件の物が、多分だけど軒下に有るんだ】

「またまたぁ」

 彼は本当に怖がりで、怖い話を聞くと、その通りのモノが見えてしまうタチらしく。
 だからこそ、僕は半信半疑なんですが。

【もー、ほら、僕の不運を知ってるだろう?】

 E橋で起こった殺人事件から、幽霊騒動が巻き起こった。
 大量の血痕だけがE橋の真ん中に残され、そこに幽霊が立っている、と。

 その事件を解決に導かされてしまったのが、彼、神宮寺さん。
 そして他にも。

「アナタの不運は半々じゃないですか、誰か居ないんですか?」
【居たら君に電話しないよぉ、頼むよ、今回はM町のT神社なんだ】

「近いは近いですけど」
【頼むよぅ、ネタは提供するからさぁ】

 半々だ、と言ったのは幽霊を見ただけ、で終わる事が有るからだ。
 ご遺体を発見したりだとかは、体験の半分。

 まぁ、それでも僕に比べたら遥かに多いのですが。

「分かりました、コレで単なるゴミだったらネタを2つ提供して貰いますからね」
【うんうん、頼むよ林檎君、待ってるね】

 怖い話を聞いた時、だけ、なのが。
 偽者なのか本物なのか、見ようとしても見れない方で。

 でも見えるには見えるので、怖い話を聞かされ、各所の神社に泊まらされてしまう。

 そうすると不思議に騒動が収まる。
 解決しようがしまいが、少なくともその場から幽霊騒動は消える。

 なので、半々、なんですよねぇ。



《あぁ、林檎君、良かった》
「良くないですよ、ほら離して下さい、件の物は何処ですか?」

《ぅう、それがだ、本殿の軒下なんだよぅ》
「はいはい、行きますよ」

《いや、僕はココで待っているようん》
「ダメですよ、僕が不審者に思われたらどうしてくれるんですか」

《こんな日暮れに人は滅多に来ないよ、それこそ僕が社務所で》
「今は責任者なんですから、もし本物だったら証言が必要になります、社務所に隠れてたなんて言ったら君の責任問題になりますよ?」

《手を、繋いでくれていれば》
「はいはい、行きますよ」

 俺は、実は常に見える方で、面倒に巻き込むのが便利だからと林檎君を巻き込むのが殆どだ。

 怖いか怖くないかで言うと、偶に本当に怖いのが居るけれど。
 人と同じ、単にそこに居るだけが殆ど。

 偶に悪戯をしてくる者も居るけれど、舌打ちと塩で済む。
 払えはしなくても、人で言うと思いっきりぶん殴ったのと同じで、大概のは暫くはちょっかいを出して来ない。

 それでもちょっかいを出して来る時は、まぁ、本気でぶん殴ってから成仏の手伝いをする。

《あ、ほら、あの真ん中のだよ》
「あー、本当だ」

 俺は呪物には触れない、勿体無い事に触れると効力を失わせてしまうから。
 こうした物は基本的には再度他者に利用される、それこそ玄人に、なので俺は手を出さない。

 これは、ある種の不可侵条約。

《つ、通報してくるね?》
「はい、見張ってますので手短にお願いします」

 面倒臭がりながらも優しい林檎君は、こうして良く付き合ってくれる。
 けれど本物ばかりに遭遇させると、本物だと思われ面倒にな事に巻き込まれても困るので、常に半々になる様に心掛けている。

 本物は、本物かどうか寧ろ拘らない。
 いや、寧ろ、偶に見える程度に装うのが習わしだ。

 軽いのは神社仏閣へ、どうしようも無いのが俺ら。
 領分を守る為にも、やはり不可侵条約が有る。

《あ、どうも、お忙しいところ恐縮です。神社の者ですが、少し、不審な物が出ましたので。はい、はい、M町のT神社です。はい、あ、それでD刑事をお願いします。はい、その様に伝えろと上からの通達で、はい、はいはい。はい、お待ちしております、では》

 警察にも、あまり本物だと思われるべきでは無いのだけれど。
 都会は事件が多い。

 半信半疑でいて貰える様、心掛けているのだけれど。
 熟年ともなると、少し誤魔化すのが難しい。

 だからこそ、こうして偽っているワケだ。
 彼の良心に訴えかけ、便利に使う為。

 決して手を繋ぐ為では無い。

「あ、どうでしたか?」
《はい、直ぐ来て下さるそうです》



 今回は、本物でした。
 軒下からは呪物が、五寸釘を刺された藁人形が落ちており。

 証拠となりそうな物は1つだけ。
 五寸釘と藁人形の間に、人の名前が血文字で書かれておりました。

『林檎君』
「はい」

『書いてくれるなよ』
「先生にご相談させて頂きます、既に別の案件でお願いしている事も有りますし、偶に書きたがって貰いたがる方も居るので」

『そうか』
「先生が傷付かない様に配慮しますので、警察の方からも漏れない様にお願いします、脅してでも」

『あぁ、あの病院で殺されたくないのなら、本気で黙っておけ。とな』
「手段はお任せ致します、ありがとうございました、では」

『あぁ』

 そして、会長と相談後、社では無く幽霊画の先生の家で落ち合う事に。
 ウチも一枚岩では無いので、万が一を考え、安全策をと。

 大丈夫でしょうか、迂闊に女性に手を出すと会長がお叱りになるのに、偶に手を出しては叱られて。

 まぁ、もう何年も前の事ですしのね。
 女医先生は中身に興味は無いと仰ってましたし、ご相談次第ですしね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

処理中です...