松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第14章 殺生石と神宮寺。

入社当時。

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《僕と殺生石との出会いはこんな感じだけれど、林檎君はどうなんだい?》
「どう、とは?」

《この出版社との出会いだよ》
「それはもう、普通に入社しただけですね。大手から受けて、ココで受かっただけ、ですから」

《意外だね、ココを狙っていたかと思ったんだけれど》
「出版社同士、面接日が常に被らない様に、順番を毎年入れ替えて行っているんですよ」

《となると、先に面接し合格した者勝ち、なワケだ》
「ですね、そうして僕は見事に落ちて、会長や編集の方々に拾って貰えたワケです。はい、学歴は高くありませんから、妥当だと思います」

《そうか、君は高卒だったね》
「はい、どうしても早く関わりたかったので。大手からの連絡を待つ間は、やっぱり大学へ行っておいた方が良かったな、そう思っていたんですけど」

《そうしたらココに居ないかも知れない》
「ですね、裏を知ってしまうと、やっぱり僕は正しい道を選べていたんだなと思います」

《そうだね、入社当時の事や何かは、覚えているかい》
「勿論ですよ、それなりに挫折して、僕は不向きなのかなと思い悩んだ時期も有りますから」

 漫画雑誌の部署に入れて頂いて、一通り覚えた頃。
 原稿の持ち込みについて先輩と共に閲覧する事になり、そこで初めて、僕は雑誌社が不向きなのかも知れない。

 そう思い悩む事になったんです。



《それで、メモしていたけれど、どうだったよ林檎君》
「はい、先ずは長い歴史を持つ国なのに、随分と体制に不備が有るなと。その意味が分からなかったのと、折角の独自の世界観なのに、ありきたりなパン屋とかばかりで謎だなと思いました」

《ほう、パン屋が謎》
「歴史的に見て、パン屋の元が窯元みたいな状態が原型なんですよね、皆が生地持ち寄って焼いて貰う。それが進化してパン屋、果てはお菓子屋さんと分岐したり、カフェにもなった。なので、敢えて同じ文化文明な事には裏が有るのかな、と」

《君が妥当だと思うパン屋は、どんなものだい》
「そもそもパン屋が無くて、長屋で焼く係が決まっている、そこでいつも任されている。そうすれば平和な感じも出ますし、他の登場人物の紹介もし易いかな、と」

《それと、体制の謎だね》
「はい、歴史上が長く続けられた割に、不備が有っての問題だと思うので不思議だなと。何か、いずれ滅びそうな不安感が有るんですよね」

《ふむ、では続きについて、未来の作家先生に少し尋ねてみようか》
「はい!」

 僕の期待とは裏腹に、謎は有りませんでした。
 そして深読みし過ぎる為、持ち込みの査定は不適格だと思われたのか、僕は筆の進まない先生の雑用係を任される事になったんです。

『はぁ』

「あの、何か足りない資料が有るなら、どうにかして揃えますよ?」

『じゃあ、奥さんを用意してくれるかな』

「直ぐには難しいので、僕の母の事はどうでしょう?」

『ほう、何か面白い人なのかな』
「いえ、普通の農家の妻ですけど、母の様な奥さんを見付けるのは大変だろうなと思います。母に似たんです、本好き」

『ほうほう、続けて』

 そうして先生に根掘り葉掘り話すと、筆が進み始め、暫くすると原稿が仕上がり。

《うん、君はコッチが向いているらしいね》
「本当ですか?」

《仕上がりも良いし、先生がね、暇が有ればまた世話をして欲しいそうだ》
「お世話係でもお役に立てるなら、頑張ります」

《けれど次の構想まで練り上がってるからね、うん、君には他の先生のお世話を頼むよ》
「はい!」

 こうして、漫画の持ち込みについては一切触れさせて貰えないまま、3年が経った頃。

《新しい雑誌を立ち上げる事になってね、うん、大半を君に任せるそうだ》

「えっ、でも」
《何、作家先生の大半だよ、ココからも何人か送るから大丈夫。うん》

「良かったぁ、若輩者に任せるなんて、一体どんな裏が有るのかとビックリしましたよ」
《いやね、先生方がまた少し繊細な方々が多くてね、君の様に細やかな子が必要なんだよ》

「僕、大雑把ですよ?」
《けれど本の事ではピカイチだからね、うん、やってくれるかな?》

「あの、持ち込みとかは」
《そこは大丈夫、追々、しっかり勉強して貰うよ》

「はい!頑張ります!」

 そして2年後、月刊怪奇実話の刊行となり。



《刊行後1年も経たずに、僕と出逢ってしまったワケだ》
「ですね、しかも事件現場と霊能者、思わず運が尽きてしまうのかと思いましたよ」

《しかも、実際に憑かれて尽きかけたワケだしね》
「不思議ですよね、相変わらず夢とは思えないんですから」

《君が見た、聞いたと脳は思っているからね。でもあまり》
「はいはい、思い出すのは年に2回程度なので、大丈夫ですよね?」

《2回のウチ、今日が1回かな》
「ですね、でも今思うと、薬酒にでも手を出せばよかったんじゃないかと」

《いや、それは危ないから止めておいた方が良い、下手をすればまた向こうに行ってしまうかも知れない。記憶は基板や基礎、あやふやになると魂も離れ易くなる、もしするなら今の様に安定している時が良いんだけれど》
「ごっそり消えそうですよね」

《そうだね、アレは前後をあやふやにする薬酒、らしいしね》
「調合内容って、何処から漏れたんでしょうね?」

《君、分かって聞いているだろう》
「いえいえ、ただ、かも知れないなとは些か疑ってはいます」

 正直、俺も山人が漏らしたのだろう、とは思っている。

 都会の何も知らないお嬢さんが、薬草について詳しいワケが無い。
 しかも、しっかりと効果を発揮させたんなら、配合は完璧だったワケだ。

《生憎と、僕はそうした者や事と関わらない様に、恩師に良く良く言い付けられているんだ》
「ほら、やっぱり山人の関わりなんですね」

《どうだろうね》
「僕、そんなに信用されて無いんですかね?」

《例えばだ、知れば知った責任が生まれる、そう言う事かも知れないよ》

「編集部に幽霊が居るんですけど」
《怖い話なら僕は逃げるよ、今日はもう話したんだしね》

「お仕事が好きな先輩が居て、その人は今でも生きてますし、国会図書館の司書になった方なんですけど」



 現場が張り詰めると、その先輩に良く似た背格好の、黒い何かが目端を横切る。
 直視すれば何も無い事は明白ですし、仕事で疲れているので見間違いも有りますから、特に最初は誰も気にしていなかったらしいんですけど。

 ある日、他の先輩が影と言うか、その黒い何かについて話しました。
 すると全員が全員、見た事が有る、と言うんです。

 同時に見たかどうかは忙しい中だったので不明なんですが、確かに〇〇君だ、と。

《黒い何かだと言う割に、そう断言するんだね》
「はい、気配だとか何かが、そうなんだそうです」

《まぁ、生霊だろうね》
「部署でもそうなったんだそうで、さして問題は無いだろう、と」

 そうして月日が経ち、誰も新人に何も言わなかったんですが。

 『何か、変な黒いのが目端に写るんですけど』

 その先輩を知らない筈の新人も見る事になり、流石に悪影響が無いかどうか議論する事になったんですが。
 寧ろ、結果的には守り神的な何かだろう、となったんですけど。

《そうだね、大丈夫だと思うよ》
「良かった、ですよね。でも、僕、見た事が無いんですよね」

《成程、それが本題だね》
「はい、どうにかして見れませんかね?」

《一時的に、だけ、は流石にね。ずっと見えたままになってしまうかも知れない、それでも良いなら出来る事も有るけれど》
「そこまでは遠慮したいです」

《なら、無理だね、下手をすれば一生無理かも知れないね》
「えー」

《仕事をするには、良い事かも知れないよ、見返してみたら目が合ってしまうかも知れないんだし》
「それ、凄い怖いんですけど、それで憑いて来ちゃうかも知れないんですよね?」

《だね、きっと凄い守護霊が憑いてるのかもよ、君》
「それ良く言われるんですけど、特別に何かした方が良いんですかね?」

《あぁ、言われるんだね》
「はい、でも少し運が良いかな、とかその程度なので」

《まぁ、守護霊と目的が同じ筈だからこそ一緒に居る、だからこそ何も特別な事は必要無いとは聞くよ。合う者同士で一緒に居るからこそ、後ろのは何かを指示はしない、ってね》
「本好きのご先祖様かぁ、居たのかなぁ」

《ほら、蔵が有るって言うのは》
「本がいっぱいでは無かったんですよ、それこそ物置でしたから」

《夢を持って建てていたのかもね、いずれは本でいっぱいにするんだ、ってね》
「あぁ、それなら嬉しいなぁ」

《林檎君、死んだ者に対して何か特別な事をしろと言われたら、先ずは僕か恩師に相談するんだよ》
「勿論ですよ、でもそうした人に出会わないんですよね本当、いきなり本物にお会いしていまった位ですし」

《実は僕は、偽者かも知れないよ?》
「あの件を片付けてそれは無いですよぉ」

《あ、2回目だね》
「もー、今日は意地が悪いですね?何か嫌な事でも有ったんですか?」

《少し、刑務所にね、仕事で行ったんだ》
「へー、有るんですね」

《まぁ、僕と言うより恩師が呼ばれて、僕もって所だね》

「あの、司書の方の事だと勝手に思っておきますね」
《3回目だ》

「コレは良いんです、連続してる様なモノなので」
《じゃあ、話題を変えようか》

「神宮寺さんの恋人を作る方法を教えて下さい」

《話を戻そうか》
「えー、良いじゃないですか、減るもんでもなしに」

《減るね、女性の母数が減ってしまう、つまり僕の損になる》
「神宮寺さん、好みって有るんですか?」

《君が言うかね》
「有りますよ、本好きか本好きに理解が有る女性で、淑女らしい方が良いですね」

《なら、図書館に出入りするのはどうだろう》
「もー」

《あはは、飲みに行こうか、こうした時は喧騒が1番だよ》
「そこが狙いだったんですね、良いですよ、焼き鳥にしますか?」

《そうだねぇ、なら上手いつくねが食いたいな》
「ではでは、参りましょうか先生」

 僕の今の禁忌は、司書と図書館。
 その事については、後日、別の部署から出版される事になります。

 僕が唯一、読めない本。
 常世から離れてしまうかも知れない、僕の禁書。
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