松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第31章 凌雲閣と事件。

6 凌雲閣と悪魔。

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 確かに、息子は犯罪に手を染めたが。

「ウチの子は確かに悪さをしましたが、人死にも無い、しかもまだ若く」
《お父様、ものには限度が有ります。年齢は確かに幾ばくかは若い、ですが悪事の内容は極めて悪質。お父様は全くそうは思われない、と言う事で宜しいですか》

「いえ、ですが若い頃は誰しも」
《コチラは急遽、検察側から提出された資料です。弁護人、コレは、事実でしょうか》

『休廷を』
《でしたら、先ずはこの事を把握していたのか、お伺いしてからにしましょう》

『いえ、ですが』
《では、休廷》

 ウチの子は昔から可笑しかった。
 ウチの血が悪いんじゃない。

 あの女の血のせいだ。
 あの家の血のせいだ。

 たかが女に襲われた程度で、可笑しくなる方がどうかしている。
 全く、最近の若い者は。

『ご主人、コレは事実ですか』

「いや、まぁ、確かに大袈裟に」
『事実ですか』

「俺に嫉妬させる為、子に少しちょっかいを」
『事実なんですね』

「ですけど、そもそもアイツが元から」
『コレは規約違反です、私は降ります、どうか他の方をお探し下さい』

「いや、たかが昔の些細な事を」
『次の方には誠心誠意、全てお話し下さい。では、失礼致します』



 裁判は、証人喚問の段階から、既に難航続きとなった。
 だが、コレは彼にとっては良い風向きだ。

『君には、幾つか記憶の抜け漏れが有るだろう』

「それは、悪魔が取り憑いている証拠で」
『人は、辛い事を忘れる事で生きている。殆どの者に、オシメが不快だった記憶は無い。君は、とても嫌な記憶に蓋をした、そして辻褄を合わせを無理に行った。ご母堂と、いつから会えていないのだろうか』

「母は、男と逃げたんです」
『いや、君と引き離されてしまったのだよ。あの悪辣な父親によって、君達親子は、無理矢理に引き離されてしまった』

「そんなの、嘘にきまってます。だって父は」
『君の父親は屑だ、立派な人物とは程遠い、品性下劣な糞野郎だ』

「違います!!」
『では、良く思い出してごらん、ご母堂は君に笑顔を向けていたかどうか。君の父親は、いつ、どの様にどの様な事を褒めたかを』

 僕の中は、真っ白でした。
 抜け漏ればかり。

 まるで絵日記には何も無かった様に、真っ白な項が何枚も何枚も有るのです。

「やっぱり、僕は可笑しいのでしょうか」



 私は、敢えて思い出させる必要は無いと判断した。
 コレは既に悪しき前例も有っての事。

 記憶は時に非常に脆く、繊細な綿飴の様に、触れただけで形を変えてしまう場合が有る。

『こんな事件が有ったのだよ』

 酷く平穏な家庭に、娘2人と父親1人の家族に、まるで悪魔の様な女が現れた。
 まだまだ若い父親との婚姻の為、女は子供達に根も葉も無い事を吹き込み、深い山へと追い出した。

 そして狩人が子供達を見付け、村へと戻そうとしたが。

 子供達は父親に虐げられていた、と警察に訴え。
 父親は捕まり、女は逃げた。

 周囲も父親も、決して虐げてはいないと証言をしたが。
 子供達は詳しく話した。

 この事件は混迷を極め、とある学者が呼び出されると。
 先ずは件の女を探すべきだと提言し、女は暫くして取り押さえられた。

 そして警察が取り調べを行い、学者が事情を聞き出した。

 すると、女は酷い虚言持ちだと分かった。
 嘘を嘘と気付かず、当然ながら嘘を吐く事に罪の意識も無い。

 だが子供達までもが、そもそも女の事は知らない、と証言し。
 更に事件は謎を深めた。

 そして学者は、更に子供達から聞き取りを行った。
 今度は別々に、更に詳しく。

 すると子供達の証言は食い違い始め。
 幼い妹は、とうとう父親に会いたいと泣き始めた。

 ココで学者は仮定した。

 子供の脳も心も脆く。
 己を最も守れる答えを、自ら捏造したのではないか、と。

 学者は尋ね方を変えた。
 あの女に、姉を殺されたく無くば嘘を吐け、そう言われたのでは無いかと。

 最初は姉は否定し、妹は直ぐにそうだと答えた。
 そうして姉妹に暫く尋ねた後、後は静かに過ごさせた。

 すると徐々に、父親に虐げられていた、と言った事は話さなくなり。
 とうとう女の事も、山奥に追い遣られた事も忘れ、家に帰りたいと泣き出し始め。

 警察も学者も、子供達を家に帰し。
 暫く観察を続けたが、それ以降、騒動は無かった。

「何故、少女は」
『父親を大切に思っていたからだよ、だが、その結果酷い目に遭ってしまった。幼い者に矛盾は解けん、だが矛盾を背負わされ、父親を憎む様になった』

「その方が、楽だから」
『その通り、父親はお前達を実は疎んでいる、いつか殺す気だ。逃がしてやる、逃げろ、そう唆され続けた子供達はとうとう山奥に追い遣られ。真夜中の山奥で過ごす事になり、その結果を、父親と結び付けた』

 記憶を掘り返す事は、実に危険な事。
 とある事件では質問の仕方により、実際に誘導が行われ、無実の者が刑務所へと入った事も有る。

 だからこそ、質問は慎重にせねばならない。
 迂闊に記憶を掘り起こしてはならない、とされる様になった。

「けど、アナタは、抜け漏れが無いかと尋ねた」
『この場合、確信が有るからこそだが。君は、そうした正常な判断が行える、正常な状態とも言えるだろう』

「ですけど、僕は」
『親とて万能なる神では無い、間違う事も有る。先ずは、そうした事を認める事から、初めてみてはどうだろうか』

「ですが、僕は罪人で」
『悪魔憑きの罪人、他の受刑者との接触は不味い。先ずは、ココで1つ1つ認めるべき事を認めてからだ』



 そして稀代の詐欺師と呼ばれた犯人は、医療刑務所へと収監された。

 明らかに親の悪影響を受け、その証拠も有り、償いの道へは先ず当たり前を覚え直す事から始めなければならず。
 刑務所では、そうした補佐が十分では無いとして、罪に向き合う為の治療を優先する事が妥当と判断された。

『責任能力は有れど、罪と向き合うには不十分』
「はい、そう書かれていましたね」

『私はね、こうした方々を適切な場所へと送る、そうした役目なのだよ』

「どうすれば、彼の悪魔は去るのでしょうか」
『触れない事だ、その悪魔の存在を無かった事にする、悪魔を手放させればいつしか消えて無くなるよ』

「まるで信仰や、神様のようですね」
『悪魔バアルは、かの国では神、つまりはそう言う事だよ』

「どうして、我が国の様に取り入れ無かったのでしょうか」
『地続き故、人の多さ故、かも知れないね』

「あ、すみません、やっと腑に落ちました」

『何が、だろうか』
「そうした神様が来て下さらないのでは、そうした心配が有ったんです」

『ほう』
「折角、いらっしゃるんですから、いつかココにも尋ねて来て下さればと。ですけど、それは悪魔では無く神様として来て欲しいだけなんです。最初は悪魔として知った事で、来て頂きたいのかどうか、そうした事が全てこんがらがっていたんです。ですけど、すっかり解けました。来て下さいますかね、異国の神様」

『あぁ、君の様な者が多ければ、きっと喜んで来て下さるだろうね』
「ですけど我が国の民は欲張りですから、益が有るだろう、と祀ってしまう節が有るんですよね」

『ココの神は信仰され、請われる事で神となっている。少なくとも私はそう思っているのだし、そうした事が嫌であれば、近寄る事はしないだろう』
「あ、妖精はどう言った扱いなのでしょう?ココの妖怪はどうですか?妖怪はどう呼ばれているのでしょう?」

『成程、コレが林檎君と言うワケだ』
「すみません、1つ1つ、宜しくお願いします」

『あぁ、構わないよ』

 遠い異国の神様ですが。
 それも、邪険にされた事が嫌だったのです。

 嫌う自由は確かに有ります。

 でも、もしそれが誤解なら。
 僕は嫌なんです。

 不条理で不合理、可哀想な事象はとても嫌いです。

 何も悪くない神様が邪険にされた。
 そんな文化は生憎とココには既に存在していないので、そうした事が今でも行われている。

 その事が、とても嫌だったのです。
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