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第3章 好意。
10 ルイ・カサノヴァ勲功爵。
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「お久しぶりですルイ先生」
《やぁ、可愛い仔猫ちゃん、元気だったかい?》
アニエスを軽々と持ち上げ、子供と遊ぶように振り回し、そっと床へ。
「もう私は相応に大きい筈ですが?」
《いやね、君がこんなに小さな時から知っているんだ、やはり最初のイメージは重要なのだと僕も理解させられてしまっている所なんだよ》
彼がアニエスを子供扱いしている事を理解して尚、俺は嫉妬してしまっている。
出来るなら、どんな表情でも、俺にだけ向けて欲しい。
「もー、私には婚約者が居るんですから、今後はお控え下さいね?」
《あぁ、すまないねアーチュウ・ベルナルド騎士爵、君の噂は聞かせて貰っているよ》
《お初にお目に掛かります、ルイ・カサノヴァ勲功爵》
勲功爵は何も勲功の有る者だけが得られる爵位では無い、貴族当主の座を退いて尚、王族に認められた者にのみ与えられる一代限りの爵位でも有る。
騎士爵と同格、けれども年上ともなれば相手の方が格が上だとされるのは、暗黙の了解となっている。
それこそ彼の様な一代限りの勲功爵は非常に珍しい、それこそ国中でも2桁も居ないと聞かされている。
各爵位からの推薦が有り、かつ王家王族の審査を通った者だけが得られる事から、寧ろ同格とは言い難い。
だが、どうしてか勲功爵は勲功爵としか分けられてはいない。
《一応、君とは同等だと理解してくれると助かるんだが》
《ですが家では年長者を敬うべきだと教えられておりますし、アニエスとジュブワ家の恩人だそうですから》
「その恩人がもう1人いらっしゃるのですが、今日はお忙しいのでしょうか?」
《そうなんだよ、あの人は査察に出ていてね、帰りにでも顔を出すそうだ》
「残念です、アーチュウ様を見せびらかそうと思ったのに」
《知らせは届いているから大丈夫だよ、とても喜んでいてね、相応しい相手に見初められたと》
「そこですよそこ、もっと何か足りない、補うべき部分を」
《アニエスに問題は無い、それこそ俺にとっては十分過ぎる程、寧ろ俺が指導を仰ぎたかったのですが》
《そこは僕だね、大丈夫、僕はその為にもココへ来たからね》
「今回はいつまで滞在して頂けるんですか?」
《彼女の査察が終わるまで、けれど君には心構えを十分に伝えられる筈だ、何でも相談してくれて構わないよベルナルド君》
《ありがとうございますカサノヴァ勲功爵》
《うん、実に堅いね、結構結構。さ、そろそろ座ろうかアニエス、疲れたろう》
子供扱いしていたかと思えば、淑女を扱う様な丁寧さへ。
だから、とは言い切れないが、どうしても嫉妬してしまう。
「ありがとうございます、ルイ先生もお疲れなのにすみません、昨夜にお着きになられたんですよね?」
《そこまで年では無いよアニエス、けれどまぁ、確かに腰は疲れたね》
「横になれる馬車も有りますよね?」
《今回も使ったんだけれどね、体制を変えられるのは確かに便利だけれど、時間が長いと疲れるのは変わらないんだよ》
「成程、いつか私達も旅行で使ってみましょうね」
アニエスは、本気で言っているのか分からない事を偶に言う事が有る。
だからこそ、俺も嫉妬してしまうのだと言い訳をさせて貰いたい。
《君は毎回、こうして、この仔猫ちゃんに弄ばれているのかな》
《はい》
「そんな、何で私が、いつ弄びました?」
《ベッド型の馬車で俺と旅行したらどうなるか、本当に分かってくれているなら良いんだが》
「あ、いや、すみません」
《あんなに小さかった子が、こんなに大きくなるなんてね、歳月が流れる速度はこんなにも早いのだといつも驚かされてしまうよ。メナートも、すっかり大きくなったね》
『申し訳御座いません、記憶を喪失していまして』
《どうやらその様だね、いつもの嫌味が無いから本当なのだと実感していた所だよ》
「凄い、先生は近衛の方ともお知り合いなんですね」
《査察でね、実に興味深い経歴だったから少しだけ関わらせて貰ったんだよ》
「あ、お話は」
『いえ、私も先程連れて来られたばかりでして』
「でしたら先ずはメナート様の事をお願い出来ませんか?」
《ふふふ、優しいだろうアニエスは》
《はい、他に婚約を申し込まれる程ですので》
「それは、まだ相手は10代にもなってらっしゃいませんし」
《初恋とはとても強烈なんだよ、全て最初と比べてしまう、どんな相手でも経験でも。最初の強烈な印象には、全てが霞んでしまう、何て罪な子に育ってしまったんだろうね仔猫ちゃんは》
「そんな、私は何もしてない筈なんですが」
《幼心程、意図する事や作為的な行為に敏感な子も居るからね、君の真面目で素直な優しさが身に染みてしまったんだろう》
《俺も、そう思います》
「もう、私へのお説教は後でお願い致しますね、行きましょうアーチュウ様」
《あぁ、では失礼致します》
《また会おう、アーチュウ君》
アニエスには、どう、分からせようか。
偶に俺を酷く誘う文言を言われるのは、悪くない気分では有るが、他の者にまで言われては困る。
「すみません、つい家族旅行のつもりで、子供の頃に乗りたいと言ったらアレは、新婚が乗るものだと、つまり、そう言う事ですよね」
《いや、老夫婦や病人が乗るとも聞くが、もう俺を家族扱いしてくれているんだろうか。それとも新婚の方だろうか》
「さっきのは、家族です、すみませんはしたなくて」
《そう恥じらわれると、グッと来るんだが》
「もー」
《アニエスー、メナート様は?》
「あ、マリアンヌさん、助かりました」
《あらあら邪魔したっぽい》
《あぁ、だな》
《まぁまぁ、それよりメナート様に相談が有ったんだけど》
「あ、今はお知り合いと歓談中ですので、私が相談に乗りますよ?」
《残念、アニエスの事なんだなぁ》
「あらあら?私、何かしてしまいました?」
《ううん、逆逆、私とアニエスの事を相談しようと思って》
「成程?」
《で、邪魔した方が良い?》
「是非お願い致します、このままだと食べられてしまいそうなので」
《どうします?ベルナルド様》
《マルタンはどうしたんだ》
《あー、じゃあそうしましょう、2組に分かれて休憩って事で》
「では、それでお願い致します」
結局、俺はマルタンとマリアンヌ嬢と会話させられる事になってしまった。
《で、クラルティさんの事で私達庶民に何か出来ないかな、と思って》
「恩返しと罪滅ぼしがしたいらしいんすよ」
《ほう、成程な》
私が知らない、私を知る相手、ルイ・カサノヴァ勲功爵。
彼は何を教えてくれるのか。
『何を、教えて下さるんでしょうか』
《メナート、先ずはアーチュウ君を見てどう思ったかな》
『嫉妬する姿を見るのは初めてで。彼は成長しつつも、同じアーチュウなのだと理解させられるのは、やはり不思議な感覚です』
《そうか、実は僕も記憶喪失の者と接するのは初めてでね。心得は教えられていても、もしかしたら君を傷付ける事になるかも知れない、だからこのまま適当に会話を流しても構わないよ》
『そんなに私はダメ人間だったのでしょうか』
《接する人によるだろうね、何も知らぬ愚か者にしてみれば、王は座っているだけで何もしない悪の根源と思われる場合も有る。ドブ攫いしか出来無い者と思うか、ドブ攫いの才能が有ると思うか、僕は君の仕事も医師の仕事も平等に利益の有る事だと思っているよ》
『アナタも、そうだから、なのでは』
《んー、不思議だね、前と同じ筈の君が違う考えを示している。何が君を変えたんだろうか》
『違いは分かりませんが、今の私はシャルロット嬢が好きです』
《成程、無意識に無自覚に意識していた事が表面化した、それだけでココまで変わるものなんだね》
『アナタは分かっていたんですか?それとも以前の私が』
《確証は無かったけれど可能性は見い出していたよ、純真無垢なアーチュウ君には反応しているのに、あんなにも無垢な美人さんに無関心なのは辻褄が合わないからね。そして決定的な事は例の事件だ、放置する方が君の不安を煽る筈が、君は誤解を放置し味方にしようとも動かなかった。君の行動の道筋から乖離している、となれば理由は1つ、敢えて君は避けていた》
『無意識に、無自覚に』
《そうだね、意識してしまえば自覚してしまう事になる、そうなっては君が君自身を苦しめる事になる。けれど今は違うだろう、君の魂は汚れる前のまま、このままならシャルロット嬢を汚す事にはならない筈だ。何も思い出さなければね》
『理屈は分かるんですが、でも事実は』
《事実は君が何も知らないと言う事、ただ、君の体が覚えているかも知れない。それを彼女が受け入れられるかどうか、君はどう思う》
立ち居振る舞い、馬の扱いは確かに体が覚えている。
そこで、その経験だけが抜けている筈も無く。
『再び、嫌悪されるかと』
《今のままで終わらせた方が、彼女の為になるんじゃないだろうか》
きっと、それが正しいのだと、頭では分かっている。
もし気持ちに応えられてしまった後、再び記憶が蘇ってしまっても同じ事なのだから。
私は、結ばれる可能性よりも、不可能だと理解出来る何かがが欲しかっただけなのかも知れない。
こんなにも関われない事が苦痛で、本当に好いていると思っていても、前の私は簡単に捨てていた。
その事を知っているからこそ、私が記憶を失っても、彼女とは。
『それ程、私には耐えられなかった事なのでしょうか』
《かも知れないね、自らが思うよりも強くて脆い、人も植物も何もかもが常に予測を超える事は有るからね》
『どう足掻いても、無理なのでしょうか』
《いや、但し、一緒に地獄に落ちる覚悟が無いのなら勧めないよ。先ずは彼女を除外し、君の生きる道筋を考える事だ、今までだって彼女無しに生きて来れたんだ、やろうと思えば出来る筈だよ》
今の私も、以前の私も確かに彼女とは関わらずに生きて来た。
けれど、もう知ってしまった。
私はどう足掻いても、彼女に惹かれてしまう、彼女に関わる為に記憶を失う事すら厭わなかった私が居る。
『彼女無しに人生を考える事は出来ません』
《良いだろう、ならココから先こそ真の試練だ、覚悟して挑むんだよメナート》
休憩の合間にマリアンヌさんとマルタンさん、そしてアーチュウ様が話し合いをしてらっしゃいまして。
その内容は。
「まぁ、アニエス様の為になる話だったんすよ」
「成程?」
《で、ガーランド侯爵令息に繋いで欲しいんだけど、大丈夫かな、流石に嫌われてるなら方法を考えなきゃなと思って》
「そう言えば今日は居ないんすね、来るかと思ってたのに」
《どうやら弟君が愚図ったらしい、アニエスが居る茶会だとバレたそうだ》
「そこまで?」
《早馬でウチに知らせが来た、家が近いんでな》
《ふふふ、モテてんじゃーん》
「まぁ10才にも満たないんで暫く待たないとダメっすけどね」
《待たれるのは困る、俺のアニエスだ》
「知り合いを前に惚気られると恥ずかしいのですが?」
《そこ顔色変わんないよねぇ》
「羞恥心が勝ちますからね」
《そうか、なら令嬢達に見せびらかす方が利が多いな》
「あ、あの手紙はどうしたんすか?アニエス様宛てだっ、いたいれふ、べふなふどしゃま」
《ほうほう、手紙、受け取った?》
「いえ?」
《以前の件で、出せなかったモノだ》
「あぁ」
「折角だしお渡ししたらどうっすかね」
《良いなぁー、愛されてるって感じで良さげ》
「あの、本当に私に?」
《あぁ、だが蒸し返す事にも》
《誤解だって分かって、あれ?》
「いえ、こう、マリアンヌさんの魅力も分かるので、少し」
《心配しちゃってたの?》
「男性ですから、はぃ、少し」
《無い無い、何ならマジで嫌悪されてた位だし、周りに常に人が居たから大丈夫だって。そもそもアレだって暗示で、私清いままらしいし》
「あ、そうなんですね」
「そこ会話してそうなのに話し合って無かったんすね」
《だってさ、何か今更言う事でも無いかなって、それに違う意味で恥ずかしいしさ》
『分かるわー、ウチらもマジだって思ってたからか、何か恥ずかしいもんね』
「無理無理、自分でも無理だもん、忘れたいって思っちゃうわ」
《メナートにも、何か恥が有ったんだろうか》
「無い方は流石に居ないのでは?」
「それこそアーチュウ様だと手紙っ」
《アニエスは?》
「やはり泣きながら嫌いな野菜を食べていた事ですかね、美人になりたくて必死過ぎてもう、お恥ずかしい限りです」
《嫌いな野菜って?》
「ニンジンです、どうにも匂いがダメで、ですけど今は大丈夫ですよ、シナモンキャロットケーキのお陰ですね」
《あー、シナモン強いからなぁ》
『でもアレ媚薬効果が有るんでしょ?』
「え、マジで?」
「んー、そう信じられているので、効く方と効かない方がいらっしゃるそうですよ?」
『濁された』
「あー、商売に関わるもんね」
「確かにそっすね」
《あ、そろそろ準備した方が良いかも、外が騒がしいから》
《あぁ、俺らは下がろうマルタン》
「うっす、じゃ、また後で」
「はい」
皆さん、彼とはどうなったのでしょう。
《ふふふ、アニエス、マルタンとの事が気になる?》
「勿論ですよ、どうなんですか?」
『どうしようかなぁ』
「ね、直ぐに教えるのはつまんないもんね?」
「えー」
《ふふふ》
《やぁ、可愛い仔猫ちゃん、元気だったかい?》
アニエスを軽々と持ち上げ、子供と遊ぶように振り回し、そっと床へ。
「もう私は相応に大きい筈ですが?」
《いやね、君がこんなに小さな時から知っているんだ、やはり最初のイメージは重要なのだと僕も理解させられてしまっている所なんだよ》
彼がアニエスを子供扱いしている事を理解して尚、俺は嫉妬してしまっている。
出来るなら、どんな表情でも、俺にだけ向けて欲しい。
「もー、私には婚約者が居るんですから、今後はお控え下さいね?」
《あぁ、すまないねアーチュウ・ベルナルド騎士爵、君の噂は聞かせて貰っているよ》
《お初にお目に掛かります、ルイ・カサノヴァ勲功爵》
勲功爵は何も勲功の有る者だけが得られる爵位では無い、貴族当主の座を退いて尚、王族に認められた者にのみ与えられる一代限りの爵位でも有る。
騎士爵と同格、けれども年上ともなれば相手の方が格が上だとされるのは、暗黙の了解となっている。
それこそ彼の様な一代限りの勲功爵は非常に珍しい、それこそ国中でも2桁も居ないと聞かされている。
各爵位からの推薦が有り、かつ王家王族の審査を通った者だけが得られる事から、寧ろ同格とは言い難い。
だが、どうしてか勲功爵は勲功爵としか分けられてはいない。
《一応、君とは同等だと理解してくれると助かるんだが》
《ですが家では年長者を敬うべきだと教えられておりますし、アニエスとジュブワ家の恩人だそうですから》
「その恩人がもう1人いらっしゃるのですが、今日はお忙しいのでしょうか?」
《そうなんだよ、あの人は査察に出ていてね、帰りにでも顔を出すそうだ》
「残念です、アーチュウ様を見せびらかそうと思ったのに」
《知らせは届いているから大丈夫だよ、とても喜んでいてね、相応しい相手に見初められたと》
「そこですよそこ、もっと何か足りない、補うべき部分を」
《アニエスに問題は無い、それこそ俺にとっては十分過ぎる程、寧ろ俺が指導を仰ぎたかったのですが》
《そこは僕だね、大丈夫、僕はその為にもココへ来たからね》
「今回はいつまで滞在して頂けるんですか?」
《彼女の査察が終わるまで、けれど君には心構えを十分に伝えられる筈だ、何でも相談してくれて構わないよベルナルド君》
《ありがとうございますカサノヴァ勲功爵》
《うん、実に堅いね、結構結構。さ、そろそろ座ろうかアニエス、疲れたろう》
子供扱いしていたかと思えば、淑女を扱う様な丁寧さへ。
だから、とは言い切れないが、どうしても嫉妬してしまう。
「ありがとうございます、ルイ先生もお疲れなのにすみません、昨夜にお着きになられたんですよね?」
《そこまで年では無いよアニエス、けれどまぁ、確かに腰は疲れたね》
「横になれる馬車も有りますよね?」
《今回も使ったんだけれどね、体制を変えられるのは確かに便利だけれど、時間が長いと疲れるのは変わらないんだよ》
「成程、いつか私達も旅行で使ってみましょうね」
アニエスは、本気で言っているのか分からない事を偶に言う事が有る。
だからこそ、俺も嫉妬してしまうのだと言い訳をさせて貰いたい。
《君は毎回、こうして、この仔猫ちゃんに弄ばれているのかな》
《はい》
「そんな、何で私が、いつ弄びました?」
《ベッド型の馬車で俺と旅行したらどうなるか、本当に分かってくれているなら良いんだが》
「あ、いや、すみません」
《あんなに小さかった子が、こんなに大きくなるなんてね、歳月が流れる速度はこんなにも早いのだといつも驚かされてしまうよ。メナートも、すっかり大きくなったね》
『申し訳御座いません、記憶を喪失していまして』
《どうやらその様だね、いつもの嫌味が無いから本当なのだと実感していた所だよ》
「凄い、先生は近衛の方ともお知り合いなんですね」
《査察でね、実に興味深い経歴だったから少しだけ関わらせて貰ったんだよ》
「あ、お話は」
『いえ、私も先程連れて来られたばかりでして』
「でしたら先ずはメナート様の事をお願い出来ませんか?」
《ふふふ、優しいだろうアニエスは》
《はい、他に婚約を申し込まれる程ですので》
「それは、まだ相手は10代にもなってらっしゃいませんし」
《初恋とはとても強烈なんだよ、全て最初と比べてしまう、どんな相手でも経験でも。最初の強烈な印象には、全てが霞んでしまう、何て罪な子に育ってしまったんだろうね仔猫ちゃんは》
「そんな、私は何もしてない筈なんですが」
《幼心程、意図する事や作為的な行為に敏感な子も居るからね、君の真面目で素直な優しさが身に染みてしまったんだろう》
《俺も、そう思います》
「もう、私へのお説教は後でお願い致しますね、行きましょうアーチュウ様」
《あぁ、では失礼致します》
《また会おう、アーチュウ君》
アニエスには、どう、分からせようか。
偶に俺を酷く誘う文言を言われるのは、悪くない気分では有るが、他の者にまで言われては困る。
「すみません、つい家族旅行のつもりで、子供の頃に乗りたいと言ったらアレは、新婚が乗るものだと、つまり、そう言う事ですよね」
《いや、老夫婦や病人が乗るとも聞くが、もう俺を家族扱いしてくれているんだろうか。それとも新婚の方だろうか》
「さっきのは、家族です、すみませんはしたなくて」
《そう恥じらわれると、グッと来るんだが》
「もー」
《アニエスー、メナート様は?》
「あ、マリアンヌさん、助かりました」
《あらあら邪魔したっぽい》
《あぁ、だな》
《まぁまぁ、それよりメナート様に相談が有ったんだけど》
「あ、今はお知り合いと歓談中ですので、私が相談に乗りますよ?」
《残念、アニエスの事なんだなぁ》
「あらあら?私、何かしてしまいました?」
《ううん、逆逆、私とアニエスの事を相談しようと思って》
「成程?」
《で、邪魔した方が良い?》
「是非お願い致します、このままだと食べられてしまいそうなので」
《どうします?ベルナルド様》
《マルタンはどうしたんだ》
《あー、じゃあそうしましょう、2組に分かれて休憩って事で》
「では、それでお願い致します」
結局、俺はマルタンとマリアンヌ嬢と会話させられる事になってしまった。
《で、クラルティさんの事で私達庶民に何か出来ないかな、と思って》
「恩返しと罪滅ぼしがしたいらしいんすよ」
《ほう、成程な》
私が知らない、私を知る相手、ルイ・カサノヴァ勲功爵。
彼は何を教えてくれるのか。
『何を、教えて下さるんでしょうか』
《メナート、先ずはアーチュウ君を見てどう思ったかな》
『嫉妬する姿を見るのは初めてで。彼は成長しつつも、同じアーチュウなのだと理解させられるのは、やはり不思議な感覚です』
《そうか、実は僕も記憶喪失の者と接するのは初めてでね。心得は教えられていても、もしかしたら君を傷付ける事になるかも知れない、だからこのまま適当に会話を流しても構わないよ》
『そんなに私はダメ人間だったのでしょうか』
《接する人によるだろうね、何も知らぬ愚か者にしてみれば、王は座っているだけで何もしない悪の根源と思われる場合も有る。ドブ攫いしか出来無い者と思うか、ドブ攫いの才能が有ると思うか、僕は君の仕事も医師の仕事も平等に利益の有る事だと思っているよ》
『アナタも、そうだから、なのでは』
《んー、不思議だね、前と同じ筈の君が違う考えを示している。何が君を変えたんだろうか》
『違いは分かりませんが、今の私はシャルロット嬢が好きです』
《成程、無意識に無自覚に意識していた事が表面化した、それだけでココまで変わるものなんだね》
『アナタは分かっていたんですか?それとも以前の私が』
《確証は無かったけれど可能性は見い出していたよ、純真無垢なアーチュウ君には反応しているのに、あんなにも無垢な美人さんに無関心なのは辻褄が合わないからね。そして決定的な事は例の事件だ、放置する方が君の不安を煽る筈が、君は誤解を放置し味方にしようとも動かなかった。君の行動の道筋から乖離している、となれば理由は1つ、敢えて君は避けていた》
『無意識に、無自覚に』
《そうだね、意識してしまえば自覚してしまう事になる、そうなっては君が君自身を苦しめる事になる。けれど今は違うだろう、君の魂は汚れる前のまま、このままならシャルロット嬢を汚す事にはならない筈だ。何も思い出さなければね》
『理屈は分かるんですが、でも事実は』
《事実は君が何も知らないと言う事、ただ、君の体が覚えているかも知れない。それを彼女が受け入れられるかどうか、君はどう思う》
立ち居振る舞い、馬の扱いは確かに体が覚えている。
そこで、その経験だけが抜けている筈も無く。
『再び、嫌悪されるかと』
《今のままで終わらせた方が、彼女の為になるんじゃないだろうか》
きっと、それが正しいのだと、頭では分かっている。
もし気持ちに応えられてしまった後、再び記憶が蘇ってしまっても同じ事なのだから。
私は、結ばれる可能性よりも、不可能だと理解出来る何かがが欲しかっただけなのかも知れない。
こんなにも関われない事が苦痛で、本当に好いていると思っていても、前の私は簡単に捨てていた。
その事を知っているからこそ、私が記憶を失っても、彼女とは。
『それ程、私には耐えられなかった事なのでしょうか』
《かも知れないね、自らが思うよりも強くて脆い、人も植物も何もかもが常に予測を超える事は有るからね》
『どう足掻いても、無理なのでしょうか』
《いや、但し、一緒に地獄に落ちる覚悟が無いのなら勧めないよ。先ずは彼女を除外し、君の生きる道筋を考える事だ、今までだって彼女無しに生きて来れたんだ、やろうと思えば出来る筈だよ》
今の私も、以前の私も確かに彼女とは関わらずに生きて来た。
けれど、もう知ってしまった。
私はどう足掻いても、彼女に惹かれてしまう、彼女に関わる為に記憶を失う事すら厭わなかった私が居る。
『彼女無しに人生を考える事は出来ません』
《良いだろう、ならココから先こそ真の試練だ、覚悟して挑むんだよメナート》
休憩の合間にマリアンヌさんとマルタンさん、そしてアーチュウ様が話し合いをしてらっしゃいまして。
その内容は。
「まぁ、アニエス様の為になる話だったんすよ」
「成程?」
《で、ガーランド侯爵令息に繋いで欲しいんだけど、大丈夫かな、流石に嫌われてるなら方法を考えなきゃなと思って》
「そう言えば今日は居ないんすね、来るかと思ってたのに」
《どうやら弟君が愚図ったらしい、アニエスが居る茶会だとバレたそうだ》
「そこまで?」
《早馬でウチに知らせが来た、家が近いんでな》
《ふふふ、モテてんじゃーん》
「まぁ10才にも満たないんで暫く待たないとダメっすけどね」
《待たれるのは困る、俺のアニエスだ》
「知り合いを前に惚気られると恥ずかしいのですが?」
《そこ顔色変わんないよねぇ》
「羞恥心が勝ちますからね」
《そうか、なら令嬢達に見せびらかす方が利が多いな》
「あ、あの手紙はどうしたんすか?アニエス様宛てだっ、いたいれふ、べふなふどしゃま」
《ほうほう、手紙、受け取った?》
「いえ?」
《以前の件で、出せなかったモノだ》
「あぁ」
「折角だしお渡ししたらどうっすかね」
《良いなぁー、愛されてるって感じで良さげ》
「あの、本当に私に?」
《あぁ、だが蒸し返す事にも》
《誤解だって分かって、あれ?》
「いえ、こう、マリアンヌさんの魅力も分かるので、少し」
《心配しちゃってたの?》
「男性ですから、はぃ、少し」
《無い無い、何ならマジで嫌悪されてた位だし、周りに常に人が居たから大丈夫だって。そもそもアレだって暗示で、私清いままらしいし》
「あ、そうなんですね」
「そこ会話してそうなのに話し合って無かったんすね」
《だってさ、何か今更言う事でも無いかなって、それに違う意味で恥ずかしいしさ》
『分かるわー、ウチらもマジだって思ってたからか、何か恥ずかしいもんね』
「無理無理、自分でも無理だもん、忘れたいって思っちゃうわ」
《メナートにも、何か恥が有ったんだろうか》
「無い方は流石に居ないのでは?」
「それこそアーチュウ様だと手紙っ」
《アニエスは?》
「やはり泣きながら嫌いな野菜を食べていた事ですかね、美人になりたくて必死過ぎてもう、お恥ずかしい限りです」
《嫌いな野菜って?》
「ニンジンです、どうにも匂いがダメで、ですけど今は大丈夫ですよ、シナモンキャロットケーキのお陰ですね」
《あー、シナモン強いからなぁ》
『でもアレ媚薬効果が有るんでしょ?』
「え、マジで?」
「んー、そう信じられているので、効く方と効かない方がいらっしゃるそうですよ?」
『濁された』
「あー、商売に関わるもんね」
「確かにそっすね」
《あ、そろそろ準備した方が良いかも、外が騒がしいから》
《あぁ、俺らは下がろうマルタン》
「うっす、じゃ、また後で」
「はい」
皆さん、彼とはどうなったのでしょう。
《ふふふ、アニエス、マルタンとの事が気になる?》
「勿論ですよ、どうなんですか?」
『どうしようかなぁ』
「ね、直ぐに教えるのはつまんないもんね?」
「えー」
《ふふふ》
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夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
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