僕達は大人になれない

チャロコロ

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怒りの理由

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 さっきまでの緊張感が遠い過去の出来事だったかの様に、覇気の無い数学教師が欠伸混じりに授業を始めている。
 眠そうな声で淡々と授業を進める教師に顔を向けていたが、頭の中では鈴木の言葉と真菜の険しい表情ばかりがぐるぐると何度も再生を繰り返していた。
 何故真菜達は転校して来ていることを教えてくれなかったのか?
 話す程のことでも無いと云われればそれまでだが、何か引っかかる。転校自体は隠す様なことでもない。
 しかし、真菜の表情は鈴木の安易な発言を強く批難していたのは間違いない。
 真菜は何に怒りを感じていたのか?
 真菜は以前から鈴木のことを良く思っていなかった。それは彼女に限ったことではないが……。
 会話の内容如何に限らず、嫌いな鈴木が同じ村仲間の僕に話しかけていたこと自体が気に入らなかったのかも知れない。
 だが、それだけであれ程までに睨みつけて来るだろうか?
 真菜の性格から考えて、それはないだろう。そうなると、やはり会話の内容が聞こえていたと考える方が妥当だ。
 と、なると……。
 真菜が怒った理由。
 選択肢は、単純に考えれば三つだ。
 一つは真菜達が一年前に双宝村に引っ越してきたことをばらされたこと、もう一つは真菜に睨まれたことで鈴木が言えなかった話の続き。三つ目はその両方だ、
 真菜が僕と鈴木との会話をいつから訊いていたのかにもよると思うが、現段階ではこの三つの選択肢に絞って間違い無いだろう。
 「はぁ……」
 空は悔しいくらいに晴れていた。澄んだ青空とぷかぷか浮かんだ積雲とのコントラストが、退屈な授業を少しだけ忘れさせてくれた。 
 このまま、あいつらを放っておいていいのか……。
 必死に考えているつもりが、ポカポカ陽気と外からの微かな風に眠気が襲って来た。春は異常に瞼が重くなる。おまけに先生の子守唄付きと来た。
 こっくりこっくりと首が折れると、腕に微かな感触が伝わって来た。校庭に咲く桜の花弁がかすったのかも知れない。そのせいで痒みが走った。
 『何だよ、ったく……』
 腕を掻いた瞬間、全身の毛が逆立った。
 机の引き出しから伸びた白い腕が、僕の腕を擦っていた。
 細い指の先端にある末節部で、丹念に舐めるように感触を確かめていた……。
 『うわっ!』
 声も出せないまま腕を引いた時には、それは消えていた。 
 左隣りの女子生徒が訝しい表情でこちらを見たが、すぐに前を向き直した。彼女には何も見えていなかったようだ。
 恐る怖る引き出しを見るが、やはり何もない。
 緊張で高鳴った心音が煩くて周りの音が訊きづらくなっている。
 思い切って引き出しに腕を入れてみたが、すぐに詰まった教科書で行き止まりになる。
 あの腕は確かにここから伸びていた……。
 気のせいだ。疲れているんだ。
 自分に言い聞かせて前を見ると、黒板の字が霞んで見える。
 やっぱり疲れてるんだ。強く瞬きしてもう一度眼を開くと、モザイクがかかった様に視界がぼやけていた。
 調子が悪いんだ。今日は早退した方が良いかも知れないな。
 半ば自分に言い聞かせた。
 チッ
 右隣りから舌打ちが鳴った。
 眼をやると、更紗がじっとりと僕を見つめていた。
 完全に視界が奪われた状態で、彼女の姿だけが何故か鮮明に映り、薄気味悪い思いに駆られる。
 更紗はねっとりと舐め回すかの様に眼球をぐるぐるとゆっくり回転させると……、微笑んだ。
 それは明らかに彼女とは違う、いや……。
 別人だった……。 
 蒼白い顔をした別の少女が、僕を見てニヤリと笑っていた。
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