僕達は大人になれない

チャロコロ

文字の大きさ
上 下
36 / 48

絶望 2

しおりを挟む
 まずい、そう思ったのも束の間、結花は僕に眼も暮れずに身体の上をゆっくりと這いずって行く。 
 ズズッ
 ズズッ
 不気味な音が鼓膜を突き抜けて行く。
 彼女は明らかに僕の上を這いずっているはずだが、重さは一切感じない。長い髪を垂らした女はゆっくりと通り過ぎた。
 ぎっ……、ぎぎぎぎぃぃ
 頭上からの音だ。これが扉を開けた時の音だということはすぐに分かった。
 結花はもう一度這いずり始める。
 ズザザ
 ズザザっ
 畳を擦る音。これが自分が引き摺られている音だと認識するのに若干の時間を要した。
 咄嗟に仰向けのまま畳に爪を立てる。が、引き摺られる力に変化はない。
 爪で畳の繊維が千切れる音と、殺した死体を移動させる様な音が響き、徐々に奥へ追いやられていく。
 ふと、顔に冷気を感じた。それと同時に視界が暗くなる。
 がくんという感覚がしたかと思うと、首が落ちた。頭だけが奥の部屋に入ったのだ。首に強烈な痛みが走った。
 闇に塗れた扉の先は、底の無い“無”の世界なのかも知れない……。
 そう思わせる程の深い深い闇だった。
 仰向けのまま淡々と引き摺られる様は、視界が奪われている分より恐怖を煽った。
 片手で探った手が何かを捉えた。引き込まれない様に必死にそれを掴む。扉の枠だった。
 それは同時に僕の腹を挟んだので、扉が閉まる途中で身体が引っかかったのだ。
 「やめてくれ。何の恨みがあるんだよ……」
 辛うじて出た言葉は弱々しいものだった。
 結花はこちらを振り返ろうともしない。逆さに映る彼女は闇の中を真っ直ぐ歩いている。
引き込もうとする彼女の力と、それを拒むために扉を掴む僕の力が引っ張り合い、その度にプレス機に挟まれたかの様な圧迫感が身体を襲った。
 向こう側に行ったら、お終いだ……。
しおりを挟む

処理中です...