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第二章 白銀の世界へ

第16話 何のために力を求めるのか

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 「まずは、呪術について説明させてもらおう」

 本居はそう切り出すと、簡単な説明をしてくれた。
 香織の中で、呪術とはのろいのイメージだ。頭に浮かぶのは丑の刻参り。人の声が消え、街が眠りにつく丑の刻。御神木に藁人形を添え、五寸釘を打ち付ける姿。日本人であれば、一度は聞いたことがある話だ。
 そう言ったものを想定していた香織は、本居の説明に内心で驚いた。

 「呪術とは、その名のとおりまじないだ。およそ起こり得ない、不思議な能力といってもいい。火を噴き出したり、水を出したり、その手法は様々だ。
 霊力を基とし、術式に従い、現象を起こす。ゆえに、霊力のないものからすると、あり得ない現象に見える」

 本居のいう呪術とは、香織にとっては魔法のようだった。
 子どもの頃にアニメなどで見た魔法。悪い敵を倒すために立ち向かう魔法少女の姿が頭に浮かぶ。とたんにファンシーな光景が頭を埋め尽くし、香織は慌てて頭を振った。20代半ばになり、魔法少女はつらい。少女という歳ではないから余計に。

 本居曰く、呪術では呪符を用いるのが一般的らしい。予め用意しておいた呪符に霊力を込める。すると呪符に書かれたとおりの呪術が発現するという仕組みだ。
 しかし、戦闘時に呪符の使用は難しい。相当な枚数と種類を用意せねばならないし、準備したものが必ずしも通用するとは限らない。
 そのため、呪術師団では戦闘において呪符の使用はほとんどないそうだ。武具そのものに術式を書き込むことが一般的だという。

 「例えば、私であればこの刀に術式を彫り込んでいる。私が使用する属性は金。鉱物と相性がいいことから、主に使用するのも刀だ」

 武器の強化やよく使用する呪術の術式を埋め込んでいる。そう告げる本居に、香織はぱちぱちと目を瞬いた。刃を見ても、特段何か彫り込まれているようには見えないからだ。ただ美しい鋼だけが見える。どれだけ目を凝らしても、特に変わった様子はない。
 じっと刃を見つめる香織に、本居は気づいたのだろう。何事か小声で呟くと、淡い光が刃を覆った。

 香織が驚きに目を見張ると、次第に光が弱くなっていく。光が消えたあとに見えたのは、刃にびっしりと彫られた文字だった。

 「え!? 文字が出た!?」

 突然の変化に、香織は思わず声を漏らす。本居は口元を緩めると、「目くらましをかけていたのだ」と告げた。

 「目くらまし、ですか?」
 「あぁ。刃に書かれている内容が見えると、どんな呪術を使うかバレてしまうだろう? 相手が一般人ならともかく、呪術の心得があるものだと読まれてしまうからな」

 その説明に、香織は深く頷く。
 確かに、自身の手の内を晒すような真似はしたくない。自身の手札を知られるだけではない。時として、弱点までも知られてしまう可能性がある。確実に敵対者に勝つためには、一定程度の隠蔽も必要だろう。

 「ちなみに、蔵内は火、白銀は水、佐伯は木の属性を得意とする。呪術の属性は五行に基づくのだが……まぁ、彼らについては追々理解していけばいいだろう」

 共に動いていれば、嫌でも知ることになる。そう言う本居に、香織は黙って頷いた。
 実際に動きだしたら理解する必要があるが、今はまず自分のことだ。自身の能力もロクに分からない状態で、他人の理解などできやしない。そちらは後々理解を深めようと、香織は思考を切り替えた。

 まずは自分の力を理解し、次に呪符を介さずとも術を使えるようにすること。これが何より最優先となる。

 「神子や勇士である君たちも、当然霊力はある。その属性もあるはずだが、明確にはなっていない」
 「え、そうなんですか?」

 首を傾げる香織に、本居が頷く。どうやら、圧倒的にサンプルが少ないため判断ができないようだ。

 「そもそも神子や勇士は、異世界から召喚する。その召喚も無制限にできるわけではない。そうなると、その力が一体どんなものなのか、解明したくともできないのだ」

 圧倒的に母数が少ないため、能力を目にする機会もなかった。だからこそ、神子や勇士の力が何なのかを断言できないのだとか。
 それでも、神託により最低限のことは判明しているらしい。

 「神子や勇士は、共通して浄化の力が使えると言われている。瘴気を抑え、祓うことができるものだ。それゆえに我らは君たちを召喚した」

 この国にとって、瘴気は深刻な問題だ。多くの民が死に絶え、人の人格すら狂わせてしまう。それが解決できるなら、猫の手も借りたいところだろう。

 「そして、神子と勇士の違いだが、力の転用方法によるものと考えられている」
 「転用方法、ですか?」
 「そうだ。瘴気を浄化できるのは両者同じ。しかし、その力を違う方法で使用することができる。
 具体的には、神子は浄化の力により他者の治癒が可能だ。勇士の場合は、浄化の力を用い、悪しきものを倒せると言われている」

 治癒と攻撃、神子と勇士によって能力の使い道が異なるようだ。香織の中では未だイメージがつかめていないが、戦闘に特化した能力であることは理解した。
 紬の方も、自身が治癒に向いていると分かり喜んでいるらしい。未成年者が戦闘の矢面に立たずに済みそうだと、香織は胸を撫でおろした。

 「君たちの力が具体的にどんなものなのか、それを調べるよりも前に、力自体を使えるようにしなくてはならない。佐伯!」
 「はい! こちらです」

 本居の呼びかけに、佐伯はさっと木箱を取り出す。木箱は二つあり、少々重たそうだ。中に何が入っているのかは分からないが、大切に抱えているのを見るに重要な物だろう。

 「まずは霊力を操れるようにすることが大切だ。訓練のため、こちらを使用する」

 そう言って手渡されたのは、綺麗な水晶玉だ。両手で持つ必要がある程度には大きい。透き通るような美しさに、香織は感嘆の息を吐いた。
 通常、このような物を目にする機会もなければ、触れる機会などもっとない。人生初の大きな水晶玉に、香織は目を奪われた。

 「こちらの水晶玉は、霊力に反応する。術師が霊力を込めると、その量に見合う光を放つようになっているのだ」

 つまり、水晶玉が光れば光るほど、多くの霊力を込めることができたと判別できる。香織たちの第一目標は、この水晶玉を光らせることのようだ。

 「水晶玉が光ればいいのね!」

 紬は目を輝かせて笑うと、水晶玉をしっかりと両手で包み、じっと見つめる。指先が白くなっているのを見る限り、物理的な力もこもっているようだ。
 しかし、水晶玉に変化はなく、一向に光り出す素振りがない。全く変化を見せない水晶玉に、苛立ちが募ってきたのだろうか。紬の眉間に皺が寄り始めた。

 そんな紬を横目に、香織は内心で頭を抱えていた。そもそも霊力を操るとはどうすればいいのか。霊力自体が感じ取れず、香織は途方に暮れてしまう。頭の中は疑問符だらけだ。
 自身に霊力があることすら半信半疑の状態。そんな中霊力を水晶玉に込めろと言われても、何をすればいいのかさっぱりだった。

 うーん、と頭を悩ます香織に、見かねた斗真が助け船を出す。

 「霊力を操る、って言われても分からないよね。
 とりあえず、自分の中にある力に気づくのが先かな。何か決意とか、強い気持ちを思い出してみて」
 「強い気持ち?」

 首を傾げて見上げる香織に、斗真は微笑んで頷く。「火事場の馬鹿力ってあるでしょ?」そう言って言葉を続けた。

「普段の自分より、咄嗟に力が出るときってあるよね? そういうときは、何かしら理由があるはずなんだ。何としても守らなきゃとか、助けなきゃとか。
 突然倒れてきたものを、必死で支えたりすることもあるでしょ? 本来ならあっさり押しつぶされるところを、ほんの少し支えることができたりとかさ」

 もちろん、限界はあるけどね。そう言う斗真に、香織は納得したように頷いた。

 確かに、火事場の馬鹿力というのは存在する。階段から落ちそうになる人を、必死で掴んだことがあった。転ぶのを防ぐことはできなかったが、落ちることだけは防げた。助けた女性は軽い擦り傷で済み、何度もお礼を言われたものだ。

 本来ならば、二人揃って落ちていても可笑しくなかった。無事だったのは、咄嗟に手すりと女性の腕をつかめたからだ。あのときの力は、普段より遥かに強かっただろう。

 斗真の言葉に、香織は改めて思考する。
 強い気持ち、自分の中には何があるだろうか、と。

 香織の一番の願い、それは叶ってしまった。斗真の無事を確認したいというものだ。
 叶い方はともかく、彼と再会もできた。ずっと香織の原動力だった願いは、既に成就している。

 今の自分にある、強い気持ちとは何だろうか。香織は自身に問いかけた。
 今までの原動力ではない、今の香織が思う強い気持ちだ。

 自問自答を続ける中、香織の脳裏にいくつかの光景が浮かんだ。

 傷だらけの身体、口ごもる姿、名前すらない少年。先日の少年の姿だ。
 それだけではない。今まで扱った事件の被害者の姿も思い出す。凄惨な事件現場。冷たくなった身体。泣き崩れる遺族。何度も見てきた光景だった。

 彼らには、救いが必要だ。神様が齎すようなものではなく、人の手が齎す救いが。その一助となるのが、真実を明かすこと。被害者の無念を払い、加害者に罪を償わせることだった。

 それは決して、被害者や遺族にとって一番の解決方法ではない。本当ならば、生き返らせてほしいというのが本音のはずだ。不可能とわかっていても、生きていてくれれば。もう一度目を開けてくれればと、願うのは自然なことだ。

 人間の身で、その願いを叶えることはできない。
 けれど、真実を明らかにし、罪を償わせることはできる。何もなかった頃に戻せはしないけれど、最低限の手は差し伸べられる。それが警察官の使命だと、香織は考えていた。

 もとより、香織は褒められた理由で警察官になったわけではない。同期に比べて、自分本位な志望動機であったことも理解している。
 それでも。否、そうだったからこそ、香織は誰よりも警察官らしくあらんとした。動機が不純ならば、せめてその在り方だけは誰よりも正しくあろうと。

 理不尽に傷つけられる人が減らせるように。少しでも、安心して日々を過ごしてもらえるように。民の生活と安寧を守る。それは、今までと何ら変わらない、香織が選んだ在り方だった。

 改めて自身の使命を定めたとき、香織の手のひらが熱くなった。身体の中を駆け巡る熱も感じる。
 いつの間にか閉じていた瞼を開けると、水晶玉が淡い光を帯びていた。

 勇士だとか、そういったものは分からない。
 けれど、民を守るということ。それは、今までの使命と何ら変わらない。

 誰よりも警察官らしい姿であろう。かつての誓いを、もう一度胸の中で唱える。今の自分は軍属だけれど、民を守る、その使命は同じはずだから。

 弱気を守り、悪を挫く。その意志に答えるかのように、水晶玉が強く光り輝いた。

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