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一夜明けて
——体のあちこちが痛い。
久しく感じたことのない筋肉痛が今は色んなところで起きている。何か慣れない動きでもしたのだろうか? 昨日何があったのかあまり思い出せない。自分がどうしてここにいるのか、そもそもここはどこなのか。そんなことを疑問に思っていれば、突然奥の扉が開き、そこから誰かが入ってきた。
「あっ、先輩、起きましたか」
ルルの顔を見た途端、フラッシュバックするように昨日の記憶が呼び起こされた。そうだ私、昨日ルルに……。どうりで、見覚えのない部屋だと思った。そもそも一度も来たことがないのだから。
「ちっ、近寄らないで!」
「えっ?」
——なんで驚く?
拒絶されて当然のことをしたのはルルの方なのに、そんなリアクションを取られるとまるでこっちが悪い事をしたような気分にさせられる。でも、ここはちゃんと言わないと。ルルのためにもならない。
「あんた、自分が何したか分かってるの?」
「せんぱい……」
「あのね、女同士でも犯罪だからね、あんなの。分かってんの?」
あの時のことは思い出すのも憚れるくらいだ。今は手も足も解放されて自由の身だけど、心なしか錠をつけられていたところがひりひりするような気がする。起きた時まで裸じゃないのは良かったけれど、この服をどうやって着させられたか考えたくない。
——頭ごなしに叱っても意味ないか。
まずは動機だ。ルルがどうしてこんな蛮行に及んだのか、私はその理由を知らなくてはならない。
「なんでこんなことしたわけ?」
「……だって、先輩がルルともう会わないとか言うから」
——はっ? そんな理由で?
不安になったからってこと? 意味分かんないんだけど。そんなんでいちいちこんなことをしていたら、世の中世紀末もいいところだ。でも嘘を言っているような様子もないし、多分本心なんだろう。
——待てよ、そういうことか。
小さい内から売れてしまった子が倒錯的な行動を取ることはままあることだ。特に芸能界なんて歪な世界、何があってもおかしくない。ルルもきっとそのおかしな慣習に染まってしまっただけなのだ。
——いや、だからと言って別にそれをしていい理由にはまったくならないけどね!
「はぁ……。じゃあ、今回が初めてってわけ?」
「初めて?」
「だから、ああいうことをしたのは、私で初めてかって訊いてんの。他の誰かにしたの?」
「先輩以外にするわけないもん」
言い方に気になるところはあるが、ルルの言うことを信じるなら初犯ってことか。……いや、初犯だとしてもかなりえぐいことしてるな? 法律のこととか全然知らないけど、多分一発で実刑になるとかそういうレベルだよ、これ。
——でも、まさかルルがこんなことをするなんて。
自分で体験しておきながら、未だに信じ切れていない部分もあった。あれだけのことをされたのに、今もこうしてルルと冷静に話せているのはきっとまだ受け止め切れていないからだろう。今までのルルとあの時のルルが余りにも違いすぎて、私の中で一致していないのだ。
——まあ、だから、今回のは気の迷いということにしてあげよう。
「はぁ、まあいいわ。今回だけは目を瞑ってあげる。二度とこういうことはしないこと、そして金輪際私の前に現れないで」
「——出ていくんですか?」
「当たり前でしょ?」
ここの部屋には窓もなければ時計もないので、正確な時間は分からないけど、体感一日くらいは経っている気がする。卒業式が終わってそのまま帰るはずだったのに一向に帰っていないのだ。母がそろそろ警察に通報とかしていてもおかしくない。早く連絡なり何なりしないと。
そうして立ち上がろうとした私を引き留めるようにルルは言った。
「待ってください」
「何よ、まだなんかあるわけ?」
「先輩。あれ、何だと思います?」
ルルが指さしたのは部屋の奥。そこにはどこまでも無機質な三脚のついたカメラがあった。カメラの角度的に撮られる場所は、このベッドだ。
「はっ、撮ってたってわけ? 悪趣味ね」
「そういう目的で撮ってたわけじゃないんですけどね。見てみますか?」
そう言いながらルルが操作すると、近くの机に置いてあったパソコンから動画が流れ始めた。映し出されたのは、無様なまでに痴態を晒す私とそこに乗っかるルルの姿だった。
「分かったから、止めてちょうだい。——で? 何かしら、それで脅しでもするわけ?」
「はい、その通りです。先輩がこの部屋を出た瞬間にこの動画を全世界に公開します」
「……っつ」
ルルの言葉に下唇を噛む。脅し文句が怖いんじゃない、そんな言葉がルルから出てきたことが悲しかったからだ。
——なんでもっと見てあげられなかったんだろう。
大事な後輩がこんな外道に堕ちてしまったことが悲しくて仕方がなかった。私がもっと傍で気にしていてあげれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。
——でも、もう起きてしまったことは変えようがない。
私にできることはこれ以上ルルに罪を重ねさせないことだけだ。
「はっ、馬鹿ね、あんた。そんなことしたらあんたの方がただじゃ済まないわよ? あんたは天下のアイドルで、私は普通の高こ、うせいでもないのか、卒業したから。とにかく、ただの一般人の私とあんたとじゃ受ける被害が桁違いだわ」
その動画にはがっつりルルの顔も映っていた。あんなのが流出すればルルのアイドル人生は幕を閉じる。そんなことも分からないほど馬鹿じゃないでしょうに。
「はい。あの動画が世に出たら、大量の違約金や賠償金でルルは終わりです。一生日の目を見ることはできなくなると思います」
「だったら——」
「でも、公開します」
「なんでよ⁉ そこまで分かってるなら公開しなければいいじゃない!」
「先輩がいない人生に意味なんてありませんから」
——はっ? なんなの、こいつ?
破滅願望でもあるわけ? さっきから言ってること訳分かんないし、本当にどうしちゃったの、ルル?
「出ていくなら、どうぞ、先輩。ルルは止めません。先輩が部屋から出れば、この動画を流すだけですから」
「あっそ。勝手にすれば? 私に同情してもらいたいんだろうけど、自分がやったことを考えてみれば? あんたが何しようと、私は出ていくから。だからあんたも無駄な真似はしないで」
「どうぞ」
「本当に出るからね?」
ルルは私を止めようとはしなかった。止めようとはせず、ただ真っすぐに私を見ていた。その目だけは昔と変わらず、澄んでいるようにも見えた。
——これで本当に流したりしたら、もう知ったこっちゃない。
そもそも私は被害者だ。なんで加害者のこいつのことを考えなくちゃいけない? 今回のことはなかったことにするって言ってるのに、これ以上何を望むの?
ルルが本当にどうしようもない奴にはなっていないことを祈りながら、私はドアノブに手を掛けた。
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