【完結】僕たちのアオハルは血のにおい ~クラウディ・ヘヴン〜 

羽瀬川璃紗

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カーニバル・クラッシュ

奇祭-1

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 トントントントン、カンカンカン。

 『七子巡り』の太鼓の音。初日は未琴と赤城で、ここ朱夏集落。
   望は自室窓から外を見た。1階の屋根の切妻で、左側が少し見えないが畑と雑木林が見える。
   そこを斜めに横切るような小路に、白い甚平姿の子供が見えた。

 七子だ。


 会合で赤城が言ってた事を反芻する。

『基本的に七子巡りは、親役が大きめの道で太鼓を鳴らしてる間に、近くの家を分担させて七子が同時に動く。家に来るのは原則1人』


 肩くらいの髪が、狼の面の端から覗く少女は小走りに来ると、丁度真下の玄関へ来たようだ。
   足音が一瞬止まり、光枝が置いた飴を取り再び足音を立てて、望の視界に戻った。



『8人で固まってるのは移動の時がほとんど』

 この窓からは他の子供も、親役の姿も見えない。
 ということは、この小路の先の県道で親役が太鼓を打ち鳴らし、他の子供達との合流待ちをしてる寸法か。


『さて、ボディーガードは2人なのに七子はてんでバラバラに行ってしまう。どうする?
正解は、親を見ていましょう。七子は民家へ行く。基本的に人の居る民家の敷地内に入ってまで、何かやる奴は無い。
1人になった親を見てて、戻らない七子が居たり辺りに不審な動きがあれば通報な。通報は七子巡りの人達にバレてもバレなくてもオーケイ。』


 望の眼下を先の少女が駆けていき、暫くすると太鼓の音は遠くなっていった。



任務今日のどうだった?」

 週刊少年漫画雑誌を手に取りつつ、望は皇介に尋ねた。

   今日は皇介がボディーガードだった。

「あんなモンなのかな? 一応何もなかったと思う。ぶっちゃけ俺もミコも七子やった事ねーし、何が異常か分かんないんだよね」

 ゲーム雑誌をパラパラ捲りつつ、皇介は答えた。


 午後9時のコンビニは、山の中で煌々と明かりを放ってるせいか、窓にやたら虫がぶつかってくる。

   電子音と共に入口が開き、目をやるとそこには輝暁が居た。

「何だお前ら。こんな夜遅くまで」

「まだ9時っすよ。テルさん、学校帰りですか?」

「こっちも夏休み。職場の人らと晩飯ね」


 輝暁は市島の定時制に通いつつ、ミネラルウォーター工場で働いている。


    輝暁はパチスロ雑誌を手に取ると、口を開いた。

「そういやあの2人見たぜ」

「2人?」

「真姫と赤城さん。ふもとですれ違った。んでその後にさ…、ははは」

「どうしたんすか?」

 急に笑い出した輝暁に、皇介が問う。

「同じ車が曇天来たから、もう戻ったかと思ったら違う人。ヤンキーのカップル!」

 望はそこまで聞いてピンと来た。輝暁は笑って言った。

「そうなんだよ。車種も色も同じだから、勘違いしたんだね。あっちの2人はちゃんとラブホ使ってて、こっちでヤッってんのはパンピよ」

 皇介が吹き出す。

「ちょっ、『ちゃんと使う』って言い方! ぎゃははは!」

「テルさんてば! はははっ! でも何かそれ聞いてホッとした」

 望は笑いつつ、デートではなくバンド練習かなと思った。

 先日マモルが『夜遅くなりそうな時はダイさん赤城が送迎する』、『深夜徘徊にかからないようバンド活動してる』と言っていたのを思い出したからだ。

    輝暁が小声で言う。

「いま行くと見れるぞ、車内プレイ」

「見ないっすよ!」

「ああいうのって、見られんの好きな奴がしてるから、見ても怒られねえよ?」

「テルさん、どんだけゴリ押しするんすか!!」

 輝暁は雑誌を買うと、ニヤニヤしながら『じゃーな!』と片手を上げ出て行った。

    皇介が軽く顔をしかめる。

「まさか見に?」

「無いっしょ」

 2人はそれぞれ雑誌を買い、コンビニを後にする事にした。



 今から4年前に出来たこのコンビニは、開店当初『赤字経営になるだろう』と言われていた。
    だが、いざ開店すると深夜や早朝仕事の者に夜食の欲しい者、夜勤や夜遊び帰りの者などで意外に繁盛してるらしい。

    どんな田舎でも、時代の移り変わりはやって来る。望としては丁度良い時機の開店だった。


 店を出て50メートル程進んだだろうか。不意に皇介が立ち止まった。

    訝しんだ望が声をかけようとすると、皇介はある1点を見つめたまま自らの口元で人差し指を立て、もう片方の手で視線の先を指した。

    望はその先を見て目を丸くした。
    
 道路沿いの藪の隙間から見える電柱。その先端にヒトが居たのだ。

 2人は瞬時に気配を消し腰を落とした(幼い頃から『何か』に遭ったらそうするのが癖になってる)。

    その異様なヒトは、黒っぽい服を着ていて結わえた長い髪を背に垂らしていた。陽炎か、同胞か?
 いずれにせよ、あんな場所に普通の人は居ない。
   
 『女?』は2人に背を向け、何かを凝視してる。望は小声で呟いた。

「…何を見てんだ?」

「さあ…?」

 あの辺りは空き地(10年前ので焼失した家の跡地)。2人は気配を消したまま『女?』が見つめる先を見るべく、雑木林の切れ目まで移動した。

   その先には1台の車があった。途端に『女?』が動いた。
 『女?』は音も無くアスファルトへ降り立つと、車を目掛けて手をかざした。雷術。車内が一瞬明るくなり、稲妻が炸裂する。

  『女?』は運転席側の窓を力任せに割りドアを開けると、失神したらしい男と若い女を乱暴に引きずり下ろした。

   望は初めて見る光景に息を飲んだ。

 続いて『女?』は片手をヒラヒラさせ、何かを手繰り寄せるように動かした。皇介が思わず呟く。

「式獣遣い…!」


 式獣遣いとは、俗に言う異形の獣を飼い慣らし使う者を言う。術も使うし、間違いなくあの『女?』は陽炎か糸遊だ。


   望は『鳥(糸遊の言葉で両刃の薙刀を指す)』を現した。

「お、おい!」

 皇介が望の肩を掴む。相手が陽炎と決まった訳で無いが、ある種の予感がしたのだ。 
    
 『女?』は気配に気づいたか、こちらを振り向いた。

 顔には、細長い逆三角形の緑のお面がつけられていた。
 お面は人物とも動物とも言えぬ不気味な造作で、目と口は細く虚無感の様な黒い穴が開いてた。

 皇介と望の背が凍る。

 これが、宿敵:陽炎なのか。

 『女?』も2人に驚き固まるなか『白熊』の様な異形の生物:式獣が出現した。皇介もハッとして『王(斧の様な武器)』を現した。

 『女?』は『白熊』で攻撃するかと思いきや『白熊』は望たちに目もくれず、ドラム缶の様に大きな口を開け、車から降ろされた男女を飲み込み(人間を丸飲み…)姿を消した。

 その間、誰も声を発する事が出来なかった。

 先に動いたのは『女?』だった。踵を返し走って行ったのだ。

「追うぞ! 待て!!」


 『女?』は意外と早い。皇介は走りつつ望に言った。

「知らせてくる! 深入りすんなよ!」

「分かった!!」

 学年で1番足の速い望だ。あまり速くない皇介と一緒に追うより、望のみの方が良い。皇介は道沿いの民家へ駆けこんだ。
   
   望は加速し『女?』との距離を縮めた。

「お前…、誰だ⁈」

 望が『女?』の肩を掴むと、お面の奥から驚きに満ちた目でこちらを見た。
 次の瞬間、視界いっぱいに鮮やかな炎が広がり、望の意識はそこで途切れた。





 重低音が聴こえる。

 この音はあの時の、奇襲の時に避難した集会所の地下にあったやつ。カビ臭く窓も無く暗くてごちゃごちゃしてた場所。
 5歳だった俺は古ぼけた冷蔵庫の横に座らされ、もはや泣く事すら出来なかった。

 今でも、冷蔵庫の音は苦手だ。


 目を開けると薄汚れた白い天井が見えた。
 
 消毒薬の匂いに望は飛び起きた。左側には布製パーテーションがあり、右の壁には小学生の頃から貼りっ放しの虫歯予防ポスター。

 それを見て、望の混乱した頭が落ち着きを取り戻した。

(朱夏の診療所じゃないか)

 望の起きた気配に気づいたか、パーテーションの向こうから、白い口髭の老人が来た。

「おはよう、大丈夫か? 身体は」

 この診療所の医師、藍川新一あいかわしんいちだ。

 この地区に住み病気や怪我を診てるが、一方で非常勤の監察医(例により陽炎絡みの殉職者へ、一般にも通用する死亡届を作成したりもする、天番の1人)である。
 
 ちなみに、曇天で1,2を争う回復治療術の使い手だ。

「先生…」

「目は大丈夫だよね、痛いとこは?」

「無いです」

 頬と鼻先が少々ヒリヒリするが、別状ない。でも前髪が焦げてるのか、手触りがボソボソする。
(うわ、マジか…)

「そうか、それは良かった。少し無茶したね」

「すみません。あれからは…?」

「陽炎、は逃げ切ったみたいだね。サイレンも鳴って封鎖をして探したけど、その前に曇天を抜けたか…。
勿論、車に乗ってた男女も見つかってない。厄介だね、攫われたの一般人だから」


 曇天内での陽炎の出現や強めの刺客との交戦等の場合、目撃者などから知らせを受けた中央会が、各集落に設置してる警報機を鳴らす。

 それが曇天内限定の非常警報『サイレン』である。
  
 発令時は、該当地点へ七神衆や常駐部隊が急行し、外部との出入り口になる道路を一斉封鎖したり、運悪くたまたま地区内に居た一般人を強制保護(術で眠らせ偽の記憶を注入)したりする。

 年に数回あるが、自分が当事者になるとは思いもしなかった。


 今回の様に陽炎絡みで一般人が巻き込まれるのも、かなり厄介だ。
 社会的に存在しない『ヒト』に危害を加えられるとなると、政府や天番が上手く辻褄を合わせ、事後処理をしなくてはならない。


 雀の声に望はふと気が付いた。

「あ、朝ですか?」

「うん。今7時半過ぎ。おうちに連絡するよ」

「…はい」

 あーあ、怒られるだろうな。その後『心配したんだから!』と泣かれるだろう。


 不気味な面の奥の瞳。一瞬だが酷く動揺していた。追いつかれると思ってなかったかのか。
 仮に陽炎なら敵陣での人攫いのリスクに対し、考えが甘過ぎやしないか。それとも…。


 それから10分後、望は雷と大雨をくらった。

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