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青蓮華

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 最近、仕事が妙にしんどい。

 那由他は資料をプリントアウトしながら、溜息をついた。細羅が去ってから加入した新人:訶魯那かろなは、仕事は出来るがとても那由他に冷徹なのだ。


 しかも、頼れる先輩:青蓮華は親族の不可称入りをもって、ここを近々去る予定。
 微妙に軋轢のある訶魯那と那由他の所に、更に新人が入るのでは、ここの班は一体どうなってしまうのだろう?

(これが普通の会社だったら、部署の移動とか出来るんだろうけど。聞いた事ないし無理だよな…。)

 那由他はチラッとデスクに居る訶魯那を見た後、資料を揃えた。


 そもそも、この『極量センター』って何なのだろう。やっている事は、閻魔様が行うと言われる亡者の生前の行いの裁判だ。
 ただ当事者になって分かった事は、その裁判に『一般の亡者』と、『自分の様に裏方仕事をしている亡者』が参加してるということ。
 その違いは何なのだろう。

 もっと言えば『閻魔様』をしているセンター長:一持も、元々は亡者だ。どうして彼は選ばれたのだろう。


 休憩で喫茶コーナーに向かうと、腑抜けの様に紅茶を飲む青蓮華が居た。

「青蓮華さん。…青蓮華さん?」

 2度目の呼びかけで我に返った青蓮華は、ようやく那由他に気づいた。

「あ…。ごめんなさいね、考え事していて」

「いえ。…ご親族の件ですか?」

 核心をついた質問に怒られるかと思ったが、青蓮華は紙コップの中に目線を落とした。

「ええ。まあね」

 青蓮華は目線を上げると、那由他を見ずに続けた。

「…ずっとね、勘違いしていたの」

 青蓮華は、ほぼ空の紙コップを回しつつ言った。

「今更、どんな顔して会えばいいんだろう。そんな事ばかり考えてた」

「確かに、会いづらいですよね」

 那由他は続けた。

「僕は生前の記憶が戻らないので、悩んでる人が逆に羨ましいです」

 その言葉に、青蓮華は一瞬呆気に取られた顔をしたが、次の瞬間いつもの様に皮肉めいた笑みを浮かべた。

「『羨ましい』ねえ。悩みを羨ましがる人なんて、初めて見た」

 暫し宙を眺めた那由他は、口を開いた。

「…どうでもいい事聞きますけど、どうしてセンターで働くのが決まるんですか?」

「マニュアルにもあるけど、『特殊な人生を歩んだ人』が内定しますね」

「青蓮華さんは、特殊でした?」

「まあ、良くも悪くも特殊でしょうね。那由他さんはまだ思い出せませんか?」

「はい。名前だけしか…」

「そうそう。生前何らかの縁や関係のある人同士が、一緒の班になる事が多いそうよ」

「え?」

 思わず那由他は青蓮華を見つめた。青蓮華は笑う。

「直接会っているとは限らないけどね。でも…」

 青蓮華は紙コップをゴミ箱に捨てた。

「あなたと訶魯那さん、生前会っていると思うよ。でなきゃあんなにギクシャクしないもの」

(僕と訶魯那さんが…?)

 呆然とする那由他に、退室する青蓮華が声を掛ける。

「じゃあ私の最後の仕事、始めますか」



 相殺審判室。やって来たのは、20代前半の小柄な女性。

 手元の資料によると享年は75歳だが、自身の重大なライフイベントのあった年齢(急死などの大ショック、或いは人生で一番輝いていたとか)に回帰する前提条件がある。

 彼女は22歳の時、たった1人の妹を夫に殺された。

 優等生の様な人生だった彼女は、このまま転生へ案内する予定でもある。


 那由他は席を立つと、彼女に冊子と天獄帳を渡した。那由他は説明する。

「こちらに記載されている数字は、お金の金額ではありません。誕生時、始まりの数字はご先祖さまや前世の喜美子様が積まれた『天』ですが、それ以降は喜美子様ご本人が積まれたものでございます」

 数字は、ある地点から右肩上がりになっていた。

「だんだん増えていってる…。これは確か」

「お姉ちゃんが『たからの会』を作った頃だよ」

 青蓮華が、喜美子の隣の席で口を添えた。

「独学で、働きながら勉強を沢山して、犯罪被害者とその家族を支援する団体を、日本で初めて作った。その頃からだね」


 近藤喜美子は、当時の日本国内としては画期的な、犯罪被害者とその家族を対象とした支援団体を立ち上げた。
 それは自身の辛い体験から、考え出したものだった。


 青蓮華は目を落として言った。

「馬鹿だね、お姉ちゃんは。義兄さんと離婚したんでしょ? いい人見つけて再婚して、次こそ良い家庭作ればよかったのに…」

 喜美子は離婚後、独身を貫いた。犯罪被害の後遺症や、精神不安に苦しむ人々の為に身を捧げた人生だった。

「…私の気がかりは、玖美子、あなただけだったのよ」

 喜美子は青蓮華を見て、言った。

「後悔ばかりだった。『あの時、諭史さんに言わなければ良かった』、『あの時、玖美子から目を離さなければ良かった』…。起こった事はもうどうにもならない、でも考えてしまう。
だから私、後悔に苦しむ人に寄りそって助けてあげたい、そう思ったの」


 過去に囚われた彼女もまた、過去に囚われる人の助けになりたいと願ったのだ。
 感動的な姉妹の再会場面なのに、1人だけ顔色の悪い者が居た。那由他だ。

 異変に気付いた一持が、口を開く。

「これにて審判は結審といたします。近藤様、転生手続きとなりますので、担当者の到着までの間、暫し親族の方とご歓談してお待ち下さい」


(ヤバい…。おかしい…)

 廊下に何とか出た那由他は、ドアが閉まる間もなく、よろめいた。一緒に出た訶魯那が、身体を支える。

「…しっかりして下さい」

 冷淡な言い方とは対照的に、支えた腕は力がちゃんと入っている。
 別の出入口から出た一持が、駆け寄って脇の下から腕を差し込み、支える。

「控室、開けて。横にさせよう」

 靴を脱がせ、畳敷きスペースに那由他を横にさせると、訶魯那は一持に尋ねた。

「急にどうして…? 病気?」

 一持は那由他のネクタイを緩めさせ、息をついた。

「いや。不可称入りしたら、病気は罹らないし、生前の持病も持ち越さない」

「それじゃあ、何故?」

「…とりあえず、少し彼は休ませましょう」

 一持は心なしか、憐れむ様な表情を浮かべていた。



 どれくらいの時が経ったか。那由他が目覚めると、そこは控室だった。
 額と首筋の汗を拭った那由他が起き上がると、目の前の座卓の向こうには青蓮華が居た。

「大丈夫?」

 青蓮華は転生手続きに入った筈だが、どうしてここに居るのだろう。まさか自分が起きるのを待っていたのか。

「…すみません、寝てしまいました」

「構いませんよ。…思い出したんでしょ?」

 青蓮華は那由他を見透かしたように言った。思わず下を向いた那由他に、青蓮華は続けた。

「最後のご挨拶がまだだったので」

「あ、そうでしたね…。お世話に、なりました」

 まだ思い出した衝撃から戻り切れてないので、那由他は棒読みのように礼を言った。青蓮華は笑う。

「心がこもってるのが、全然感じられないんですけど。まあいいわ。…手続き完了前に、那由他さんに伝えたい事があって」

 那由他は青蓮華を見た。

「ここはね、『天国であり地獄』なのよ。私達センター員に関しては」

「はあ」

「『特殊な人生』というのは、良い功績を収めても悪い功績を収めてもそう判断される。
『良い功績』の人は『異路人への監督指導』という名目で、『悪い功績』の人は『自身のやった事を客観視して罪悪感を問う』名目で、転生へ進まずここで立ち止まる必要がある」

 青蓮華は、マニュアルにも載ってない話を那由他にしてくれた。これはつまり、

「だから『天国であり地獄』。…那由他さんは償っている最中なのよ。責めないでね、自分を。受け止めて、ここの業務をして下さいね」

 真実を受け止めきれない那由他へ、青蓮華からの叱咤激励なのだ。

 那由他の目から涙が零れる。

「でも…」

「辛いの当たり前よ、償いなんだから。逃げないで頑張りなさい。
…最終的に転生する時には、辛かった事は全部忘れるんだし」

 青蓮華が『不可称ジョーク』を入れたので、那由他は泣きつつクスっと笑った。

「…それでは失礼いたします。お世話になりました」

 青蓮華は立ち上がると頭を下げ、部屋を後にした。

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