お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第1殿 男の腹に新たな命

第4洞 愛ゆえに溶けて混ざって抱きしめて

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「はい、コレ」
「手帳、ですか?」
「これから吾氏わしがいないときに何かあったら、ここに書いて」

 母子手帳?
 けど、手帳のタイトルは見慣れない文字だ。それも、相当ひどい。

「せめて名前どうにかなりません?」
「何が? 男性に宿った状態で、子供じゃなくて種なんだからあってると思うけど」
「だからって『』はないでしょう……」


   ◇


 翌日、早朝から呼び出されて妙な名前の手帳を渡されたあと、『会わせたい人がいる』と言われて研究室に呼び出された。

「失礼します」
「お、来た来た。彼が例のシードキャリア保有者のディグラッド君だ」
「そんな病気みたいに…… って」

 研究所には、アンカー教授と妙齢の女性がテーブルをはさんで座っていた。

「あら、初めまして。私の事はご存知かしら?」

 女性は立ち上がって俺と握手を交わす。とても柔らか…… くない。ごつごつした握りマメがある、現場人間の手だ。
 ただ、俺はこの人を知らない。

「えっと、どちら様ですかね? ちょっと存じ上げなくて」
「ほら見ろ。そんな小奇麗な服を着てるから伝わらない」

 小奇麗?
 確かに教員としては少々露出の高い服を着ている。上はタンクトップよりも布面積が少ないし、下もほぼショーツほどの面積しかないジーンズ生地のパンツだ。その上からとってつけたように白衣を纏っているため、ギリギリ学園関係者じゃないかとうっすら思う程度だ。
 訂正しよう。エロすぎる。

「普段着をそもそも持ってないんですよ。仕事の時よりは露出も抑えめだし?」
「あっ! ビキニタンクのケミー!! 最近『月刊パリィ』のトップに載ってた人!」
「ほら。自己紹介は不要ね」

 思い出した。最近ギルドランクをメキメキ上げてる防衛職タンカーとして有名な人で、自分の倍以上ある盾と水着かっていうほどの軽装鎧で相手の攻撃を弾いて倒す戦法を得意としている「ダブルアップクラス(ギルド登録者上位五十名)」の探索者だ。

「そんなすごい人が学園へ何しに? 講義ですか?」
「キミに会いに来たの」
「え、俺ぇ!?」

 彼女は立ち上がって俺に近づいてきた。
 雑誌で見た時と違って、間近で見る彼女の体は女性らしい柔らかさよりも戦士としての肉体美が溢れ出ていた。
 男でも到達できない美しい筋肉の重なりが白衣の上からでも分かるほどに滑らかで、かつ多くのモンスターと戦ったにも関わらず美しい肌。
 小さすぎるタンクトップからはみ出る巨乳。
 そんな俺を見下げる高さの身長。

「お、大きいですね」
「ふふ。どこを見ていってるの?」
「あっ! ごめんなさい!」
「いいのいいの。ウチのパーティメンバーも似たようなやつばっかだし。それより」

 ケミーさんはそっと俺のお腹に手を当てた。最近は学園の友人たちも触ってくるので慣れてはきたが、流石に会ってすぐの人にお腹を触られるのは抵抗がある。

「ちょ、そこは」
「諦めなさいディグラッド君。彼女は吾氏わしと同じダンジョンフェチで、その中でも特に洞窟系をこよなく愛する『 洞窟嗜好者ケイブフェチ』なんだ」
「ケイブ、フェチ!?」
「あなたのシード、学園の洞窟から生まれたものなんですってね。ちょっと味見…… いえ、調査したくって」

 味見って言ったよこの人。
 彼女は俺の返事も待たず、上着の隙間から手を突っ込んで腹を弄りだした。

「あら、あまり鍛えてない感じ? 腹筋が泣いてるわよ」

 そのままヘソの付近を指先で転がすように撫でまわす。膨らんだ部分の縁をくるくると撫でてはその近くの筋肉もまさぐりだす。
 くすぐったさもあるが、どこか美女に触られる快感に目覚めそうになるのを押さえ、結果的に身動きが取れない状況が続いた。

「んー? やっぱ手触りじゃわかんないわ。ねえキミ」
「へぁい!?」
「わたくしを抱きしめてくれない?」
「い、いいいんですか!?」

 この状態で抱き着いたら色々困る気がする。

「もう、こう!」

 などと悩んでいると、彼女の方から俺に抱きしめられに密着して来た。

「ほら、両腕が遊んでる!」
「は、はいぃ!!」

 言われるまま腕を回し、腰を、腹を、足を絡ませて抱きしめる。
 既にはだけた腹の部分と両足に密着する彼女の肌から感じるのはやはり女性特有の感触で、おずおずと密着させつつも俺はこの状況を楽しみ始めた。

「いいじゃない。オトコノコって感じがする。好きよ。年相応の筋肉が体にあって。ん、素敵……」

 体格的にはあちらが上なので俺が抱き着かれてるようにも見えるが、頬の柔らかなふくらみがそんなことをどうでもいいと否定してくる。確かにどうでもいい。

「ん、やっぱちょっと硬い? まあ、硬いほうが洞窟らしくて素敵だわ。オトコノコは硬けりゃ硬いほどいいんだから。あ、スゴっ。もうちょっと感じたいんだけど……」
「わわわ、ケミーさん!?」

 さらなる侵入を試みようとしたケミーさんを俺はなんとか力づくで引きはがした。

「あら、意外とおカタいのね。いいじゃない」
「カタいカタい言い過ぎですよ!」
「ハハハ。ディグラッド君はそういうキャラか」

 俺の慌てぶりに二人はケラケラ笑いだす。

「もう、何が目的なんですか!」
「ごめんなさい。ちょっと趣味が出ちゃったけど…… 私も今育ててるの。〝洞窟〟を」
「ケミーは吾氏がギルドに在籍していた時の後輩でね。最近になって『ダンジョンマイスター』の資格を取ったんだよ」
「『ダンジョンマイスター』?」

 聞き慣れない資格ことばを、俺はついオウム返ししてしまった。

「うむ、まだこの学園には科目として存在しないが、吾氏が提唱した『ダンジョンシード育成論』から派生した制度がようやく認められてな。簡単に言えば『ダンジョンを思うように鍛える技術』を持った人の事を言うんだ」
「迷宮を、育てる、資格??」

 迷宮は日々成長している。
 種から生まれるのだから、成長するという言葉はどうあれ拡大していくことはわりと常識だ。
 だが、迷宮としての特性は生まれた時…… 正確にはダンジョンとしてどんなものになるかが決まった瞬間に整う。洞窟から塔に変わらないように、素材洞窟がモンスター誘引洞窟にはなり得ない。

「例えば、素材系迷宮が生まれたとして、それが何を生み出す迷宮になるかを後から決められたらすごいと思わない?」
「それはすごいと思いますけど…… 無理ですよね?」

 ありえない話に聞こえる。
 現在の常識では、素材が発掘される迷宮は発生が二割、そのうち見つかってるのはさらに四割。見つかること自体が珍しいのだ。

「そもそも、モンスター誘引型の迷宮のほうが発生しやすいし自分たちで性質を変え…… る??」
「お、気づいたねディグラッド君」

 俺は思わずお腹を押さえた。
 そうだよ、俺が教授から頼まれたこと。
 初日に何をしようとしていたか。

「もしかして、シードの捕獲理由は」
「ご明察。自分が作りたい迷宮にするためなんだ。彼女も既に何度か成功し、現在二つの素材系迷宮の育成に成功している」
「すげぇ……」
「時代は変わるものよ。ディグ君」
「意図的に人間が自身へ侵入させはいった例は初めてだがな」
「事故じゃないですか!」

 しかしそこでケミーさんの顔が曇った。

「けれど、彼の場合はまだわかんないわね」
「やはりか」
「え? え?」
「シードがまだ未熟っていうか、種の前のような状態に戻ってる感じがするわ」
「そんなことわかるんですか!?」

 先日の検査ではそんなことわからなかったのに。

「彼女は、ことシードの研究については吾氏より詳しいからな。だから今回呼んだんだ」

 ただの痴女じゃないんだ……

「ダンジョンも人間も生きてるわ。生きてるならマナが脈動してる。わたくしの肌は他の人に比べてマナの動きを敏感に感じることができる。それだけよ」
「あ、抱きつきに意味があったんですね」
「筋肉も好きよ」

 即答するあたり本心なんだろうけど、不思議と似合ってて嫌味がない。いやらしさではなく純粋な好みなんだろうな。

「もしかしたらダンジョンとしての環境が足りないのかもしれないわ。教授、よかったらウチの迷宮を見学させません?」
「いいのかい? あれから君のダンジョンに潜ってないからそろそろ見たいと思っていたんだ」
「教授じゃなくて」

 ケミーさんは俺の腹に耳を当てる。冷たい。

「このコに、ですよ」


   ◇


 学園の中央広場には、大陸のあらゆる場所へと転送するための専用魔法円がいくつか設置されている。
 転送に必要なマナの供給と、簡易魔法命令が書き込まれており、使用者は少しのマナと転送先の情報があればいつでも『飛ぶ』事が出来る。

「えっと、その子は?」
「初めまして。彼の付き添いでベル・ラクナーシャです」
「……ふーん。隅に置けないね、キミ」

 支度のために自室に戻ったところをベルに見つかり、一部始終を吐かされた上に付いてくることになった。
 ケミーさんはいつの間にか雑誌の特集で取り上げられた正装になっており、自身の有名さもあって多少の人垣ができていた。

「さて、吾氏は何度かあるが君たちは学園外への転送は初めてかな?」
「はい、そもそも転送自体初めてです」
「アタシも」
「ふむ。もともと転送技術はダンジョンの中でのみ実装されていた技術なのは知ってるか?」
「え、そうなんですか?」
「アタシは授業で聞きました」

 教授はケミーさんと転送円の中に入る。
 すると、二人は青白い光をまとって薄ぼんやりとした幕に包まれていく。

「転送円に入ると、体の情報がマナに置き換わる。準備が整うとこのように体が青く光るんだ」

 教授に続いて俺たちも入るが、ベルはどこか恐る恐るだ。

「ケミー君、マーカーを」

 ケミーさんは懐から小さなマナクリスタル取り出した。それは他のクリスタルと違い、中央に見たことのない模様が刻まれていた。

「円の解析命令がマーカーの読み取りを終えると、この体はマナに変換され、消える」
「えっ」





 意識が突然ぶつ切りになり、視界も真っ暗になって感覚という感覚が途絶えた。
 身体を失って、意識だけがポッカリと浮かんだことだけがなんとか分かる。それ以外の感覚がすべて失われた。
 なんだ?
 なんだ?
 なんなんだ!?
 光は? 音は? 感触は???
 しかし次の瞬間、俺の意識がどこかへと吸い寄せられていく。
 大きな海の真ん中に穴が空き、大渦ができたかのような螺旋の引力に、ただただ引っ張られた。






「っぷはぁっ!」

 突然体重が倍以上になった感覚に襲われた。

「ぶぉ、ご、んぅおろろろろ……」

 大量の汗とひっくり返った胃液が体の中を暴れて思わず吐いてしまった。

「あ、アタシもぉ…… うええぇぇぇ……」
「あらら転送酔いね。大丈夫、すぐ慣れるわ」

 ケミーさんはすぐ近くの水受けからコップに水を汲んで渡してくれた。そう言えば学園の転送円にも似た設備があったことを思い出した。こうなる人のためか……

「そしてマーカーが示した転送先にあるマナを使って、肉体が再構成される。途中で意識が真っ暗になったりしなかったかな?」
「じ、じばじだぁ」
「それが君たちの『魂』だ」
「だばじい?」

 教授はウキウキと転送の説明を続ける。

「魂…… 意識の集合体は肉体に宿る。マナで分解されず、肉体が消滅すると一瞬その場に残るんだが、肉体が再構成されるとそこへ引っ張られて収まろうとするんだ。その際、全く同じ肉体でも異なるマナから作られた差異ズレで酔いが起こる」

 よくわからないが、転送の前に教えて欲しかった。

「じゃあ、こっちに来て。うちの迷宮に案内するわ」

 転送酔いのないもう一人が生き生きとした顔で歩き出す。
 俺はまだグロッキーなベルに肩を貸しつつ、そこでようやく周りの景色に目をやる余裕が出てきた。

「……外? 迷宮の中じゃないんですか?」

 学園にいた時よりも少し肌寒い。かなりの距離を飛んだんだろう、周りの植物もあまり見たことがない種類のようだ。

 斜面の多い山の中というよりは平坦な森に近い。人の手の入った林の中にぽっかりと開いた、だだっ広い草原に転送円があったようで、転送後のすえた匂いが辺りに立ち込めている。

「迷宮にある転送円は迷宮にしか繋がってないわ。あれは人為的に繋げたものではないし、行き先も決まっているから」
「……そういえば確かに。何か理由があるんですかね」
「迷宮内の転送円は、迷宮が自分で開けたものでな。繋いだ先の迷宮とやり取りするためであることがわかってる」
「迷宮自身が? 何のために?」

 すると教授はニンマリと笑顔を作る。
 あ、ヤバいなこれ。

「愛撫だよ」
「えぇ……」
「シードやりとりをする前準備として、お互いを深く知るために『繋がり合う』わけだ。逆に言えば、転送円のない迷宮は……」
「皆、私の育てた迷宮にようこそ!」

 若干教授の話を遮るようにケミーさんが目的地到着をアナウンスする。流石にあの話の流れは気まずいと思ったのか、少しホッとした。

「樹木に宿る形で生まれた迷宮で、素材生成型。名付けて『アンブロシアの大樹』! ゆっくりご覧になってちょうだい」

 そうケミーさんが宣言するのは、いまだ続く広大な森の中でひときわ存在感を放つ巨大な樹木。

 それには数人の大人が入れるほどの大きな洞穴があいていた。
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