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第1殿 男の腹に新たな命
第19洞 ルーツ
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「そこにいるのは、いつかの青年ではないか?」
研修中日のある日、廊下を歩いていると突然男性の声が背後から聞こえてきた。
俺は周囲を見回したが誰もいない。どうやら俺に声をかけているようだ。
そちらの方に目を向けると、見覚えのない赤毛の中年男性が俺に高圧的な笑顔を向けていた。
「えっと、どなたですか?」
「はっはっは! 貴様も吾輩を見た目で認識しておったな?」
そう言うと男性は手にしていたタオルを自身が生み出したマナで覆い、ふわりと見事に浮かせてみせた。
マナ用いて物質を操作するのは手足を動かすより難しい。相当の実力の持ち主だ。
「マナ操作、素晴らしいですね」
「ふふん、鍛錬の賜物だ。だがあのときは圧倒的な暴力の前にあっけなく倒されてしまったがな」
あ、思い出した。
「ソランさんですね?」
「おお、いかにも!! よくぞ思い出した!」
トレードマークの紫の鎧が無くてインナーだけの姿だったので気が付くのが遅かった。
「すいません、名前覚えるのが苦手で……」
「ああ、いい、いい。誰からもそんな扱いなのだ吾輩は。こんなのだからダブルクラスも下の方を彷徨ってばかりだとよく言われるのだよ……」
あ、なんか可哀そうになってきた。
「まあ吾輩が本気になりさえすればシングルクラスは余裕だろうな」
「が、頑張ってください」
「おうよ。先日の傷ももうすぐ癒える。見てろよ? 貴様の活躍が霞むほどの戦歴を積み重ねてみせよう!」
そう笑いながらソランさんは去っていった。
自分の実力をしっかり把握しつつ、でも戦い、帰ってきた彼はきっと弱くはないんだろう、と思った。
だって俺は自分の実力も顧みず突っ込むことしかできなかったんだから。
◇
「教授、結局戻ってこなかったなぁ」
とりあえず研修の全行程はなんとか終わった。事前に打ち合わせがあればあたふたすることはなかったんだろうが、それでも教授が消えた以外の大きな問題もなく終われたのはケミーさんやマイナ姉さん、そしてベルのおかげだ。
最後の日の夜は恒例の打ち上げという名の飲み会。未成年もいるが酒も振る舞われ、真面目な生徒もこの時だけは大いに騒いだ。
アルコールなど錬金術師のいる前ではただのジュースなのだ。
「やあ。飲んでるかい?」
「いや、俺はお酒、あまり好きじゃなくて」
珍しく顔を赤くしたケミーさんが俺に絡んできた。
「ったく! どうせこれから嫌っていうほど飲むんだ。今から練習しときな!」
「いや、だからッブルンッゴホッがぁ!」
「あーあ、勿体ない。ここの地酒は他で飲めない高級酒だぞー」
……酔っ払ってるなぁ。
俺はそっと胃の中に入ったアルコールを解毒する。味は嫌いじゃないが俺は飲まない理由がある。
「お、ベル先輩イケるクチですね!」
「うっわーこのお酒甘くて美味しい!」
「こっちのも!」
「どうぞどうぞ!」
「え、いいのぉ? ありがと~」
斜向かいに座るベルが、もう耳まで真っ赤にして注がれる酒を空けていく。
「へぇ~、マイナさんって珍しい魔法を使うんですね~」
「――たまたま使えるだけ。練習すれば誰でも使える」
「え!? マワッセンドさんてあのサウンノーズの特待生だったんですか!?」
「特待生っていうか、こちらに来たくて勉強を頑張って……」
「すげぇ! なかなかないっすよ!」
「メニトラップ社名物、どんな毒もアルコールも、翌日にはサッパリスッキリ爽快一発! ギガイズンM! いかがっすかー?」
「あ、すんません胃薬あります?」
……なんか商売してるやつもいるなぁ。
「賑やかね」
「ですね」
「慣れてきた? 教授の助手は」
「ま、まあ」
ケミーさんはベルとおそろいでジッポンの民族衣装でもある「ユカタ」を着ている。風呂上がりに着るバスローブの一種らしいのだが、着衣が乱れやすいのか、その、ユカタの下が見えている。
……何も着てないようなんだが!?
「ケミーさん、その、ユカタ」
「ああこれ? 着やすくて好きなの。ここの地域は温泉とかで湿気が高いじゃない? 普段着るバスローブじゃあ蒸れて暑いのよね」
胸元をパタパタさせて風を送る仕草をしてみせるが、そのたびに双丘の頂上が何度も光に晒され、視線の誘導を余儀なくされる。
……過去の件もあるし、まさかとは思うけど。
「わたくしがまだギルドの依頼をこなしてた頃から、アンカー教授の『習性』はよく聞いてたわ」
「しゅ、習性?」
「自分の気になること、好きなことが目の前にあると飛び込まずにはいられない。好きなことをしてるときは周りを見ない。あの人が最後に所属したパーティ『無限の大地』も実質三年も所属してなかったらしいし」
そのパーティは聞いたことがある。
五人の男女で構成された集団で、少しの間だけど父さんと母さんが所属したことがあるはずだ。かの最難関迷宮『空の迷宮』を踏破したパーティの一つらしい。
「そんな高いレベルのパーティに居たのに、悪癖のせいで追い出されたんですか?」
「ははっ。本人からしたら『自分から抜けた』って言ってるけど。あながち嘘でもない気がするわ。あ、ほら。グラス空になってるよ」
く、お茶を入れようと空けたグラスにまたお酒を注がれる。分解魔法は結構マナを使うから疲れるんだよなぁ。
「ケミーさんはどんなパーティに居たんですか?」
「わたくし? ん-、あまり話の種になるような活躍も敗走もしてないから面白くないわ」
「例えば探索者になろうと思ったきっかけとか」
俺の言葉を聞いたケミーさんの、酒を飲む手が止まる。
「……あ、やっぱいいです」
「わたくしの故郷、もうないのよね。過疎化が進んで村の人みんな散っちゃってさ」
どこかで聞いた話だ。しかもつい最近。
「わたくしが住んでいた村はみんなマナに関わる特別な力を持ってたみたいなの。けど、それを使って成功した人はごく一部。多くはその力を食い物にしようと考えていた連中に捕まったり殺されたりしてね」
ケミーさんは自慢の髪をひと房掴み、目の前に引っ張る。
青く輝く髪は温泉の効能かキラキラと輝き、宝石のように透き通った色をしている。
「キミにはこの髪が光ってるように見えないかしら?」
「え、もしかしてこれ…… マナなんですか?」
「青い髪は大体そうよ。マナを蓄積する力があるんですって」
「それで伸ばしてるんですか?」
「そう言う理由じゃないけど、助かったことは時々あるかな」
「もしかして、人によって蓄積量が変わったりします?」
「あー、あるある。わたくしの父親がそうだったわ」
もしかしたら、ミルさんの持つマナの過剰保持は遺伝的なものなのかもしれない。
「なに? わたくしに興味出てきた?」
「は、はは」
これ見よがしにユカタをはだける。それ以上は危ないです。マジで。別の青い毛が見えそう。
「そ、そういえばオラムさん。すごくいい人でしたよ」
「あいつはカタいだけ。優しくて友達としてはいいヤツだけど」
俺は注がれた酒を少し飲む。まだアルコールの味が残っているが、この話に乗ってしまうと危ない気がした。
「そうだ。キミのことも聞かせてよ」
「え、俺の事ですか?」
「わたくしがこっち来てからのキミしか知らないし。なんでもいいよ」
そう言われても、何から話していいやら。
「俺の母親はご存知ですよね?」
「最近講師として学園に来たリフィール先生よね? びっくりしたわ。あの女傑の息子さんだったなんて」
「やっぱり有名なんですね」
「お父様は?」
「父親はダブルダウンクラスなんでそんな有名でもないですよ。ホーランっていうんですけど」
今度は彼女の手に握られていたグラスが滑り落ちた。
「……それマジ?」
「え、は、はい」
「あの『ランキング詐欺師』で有名なホーランの息子ぉ??」
「え? え?」
突然周囲がざわつく。それに気が付いたケミーさんが咄嗟に自分の口をふさいだ。
「……エリートじゃん。サラブレッドじゃん」
「ヨダレ隠せてませんよ」
「っと。え、でもキミはお父さんの実力知らないの?」
どういうことなんだろうか。
俺が知ってるのは借金まみれの偵察士ってことくらいだ。
「かあさ…… 母親を助けるために借金した父親ってことくらいですね」
「あの人は、ソロで『空の迷宮』を踏破するほどの偵察士なのよ? あの『無限の大地』ですら踏破に九日かけたのに、たった三日でクリアするほどの!」
「えぇ!? 初耳なんですが……」
うちの父さん、そんなすごい人だったのか?
「なんでも、踏破の証拠になるものをあえて持ち帰らずに落書きして帰ってきたらしいの。今でも残ってるって聞いてるわ」
「そんな話、聞いたことないですね…… 本当なんですか?」
「むしろそれを証明したのが『無限の大地』だって話だから」
「えぇ……」
意外な過去だ。
なんせ詳しく聞きたくても事故の後ほどなくして学園に来た俺にとって、こういう情報は初めて聞くことばかりだ。
未だに『空の迷宮』がどういうものか詳しく知らないしな。
「でもせいぜい両親がすごいってだけで、俺がすごいかどうかは別ですよ?」
「そうかなぁ。裸眼でマナが見えるのはかなり優秀だよ?」
「珍しいってだけで、俺しか持ってないわけじゃないですよ」
まだ魔工具の普及が遅れていた時代、俺のような能力持ちは結構重宝されたらしいが、今となってはそこまで必要とされない。
俺は良い事だと思ってるけどね。
「じゃあ、どうして学園に? 両親の勧めじゃないの?」
「ああ、それは…… ベルが」
「ベルちゃん?」
「内緒ですよ?」
俺はベルの方をちらりと見てから、意を決して話し始めた。
「もともと学園へはベルだけが行く予定だったんです。けど、入学の方向がおおむね決まったあたりで例の崩落事故があって、あいつが一人で学園に行くのを渋ったんですよ」
「あぁ…… お姉さんが巻き込まれたあの事故よね? あそこにいる人だっけ?」
そう、二人とも今となっては普通にしているが入学当時のベルは俺からひと時も離れることはなかった。
借金返済のめどが立たなかった父さんに代わって俺が稼ぐことになった場合、最低限の知識があった方がいいだろう、というベレフェンさんの計らいで通わせてもらえるようになったのだ。
「やさしいなぁ、流石はベルちゃんたちが認めた男だ」
「やめてくださいよ、自分でも流されてるなって自覚あるんですから」
「何言ってるの、誰かのために行動できる男が何人いると思ってるのよ」
きっとたくさんいると思うんだけどな……
「わたくし、ますますキミが気に入ったな」
「こ、光栄です」
「ねえ、よかったらさ……」
ずい、ずいと距離を詰めるケミーさん。仄かに香る甘い匂いと熱い体温が伝わってくるほど近づくと、そっと俺の手に彼女の手が重なる。
「ちょ、ケミーさん飲みすぎでは?」
「大丈夫よ~」
そんな俺たちの会話に近い内容が別の方からも響いてきた。
「ベルさん、飲み過ぎじゃないですか?」
「らーじょーぬーらーじょ……」
ふと耳に届いた声を聞いた俺は、嫌な予感が脳裏に走った。
「うっ」
やばい!
ベルが口を押えて体をかがめた。
「ベル! お前また飲みすぎたな!」
過去にもこいつは酒の飲みすぎて潰れたことがある。まったく懲りないやつだ。
俺は真横まで近づいて来ていたケミーさんを引きはがしてベルの近くまで向かう。
「ご、め…… 吐き、そ……」
「無茶するなっての。すまん君たち、ちょっと道を開けてくれ」
ベルに肩を貸して盛り上がる会場を引っ張って抜ける。
「……ごゆっくり~」
◇
「……お、おええぇぇぇ」
会場を出て一番近い俺の部屋に連れてくると、限界だったのか飲み下した胃の中身を思うままに吐き始めた。
「ったく、酒がうまいのは分かるけど限界を超えるまで飲むなって」
「ぁぅぅ…… ごめ、う、うぉろろぉぉ」
俺はベルの背中を撫でて、少しでも苦しさが紛れるよう手助けをする。
時々水を差し出しては口に含ませ、口の中を流させた。
「はぁ…… ありがと。少し楽になった」
「本当か?」
「うん、ごめん」
しかし、はたから見た彼女はまだ肩で息をしているし、楽になったようには見えない。
「まあ、はしゃぎたい気持ちも分かる。途中から結構頼っちゃったしな」
汗だくの頭をそっと撫でる。酒のせいか体温が上がって頭の先まで熱くなっていて少し心配だ。
「ちょっと寝るか。布団敷くぞ」
「うん」
クローゼットを開けて布団を敷くと、ベルを抱えてそっと寝かせた。ユカタにも吐しゃ物が少しかかったのか、若干酸っぱい匂いが部屋に広がる。
……着替えはあったっけ?
「ねえ」
「ん? どうした」
ベルが虚空を見つめながら俺に声をかける。
「手、握って」
「……? おう」
言われるまま俺は彼女の手を取る。
思わず手にしたそれは左手だった。
「この手も、随分動くようになったよな」
「ディグのおかげだよ」
落ち着いた声に誘われて、ふとベルの顔を見た。
その顔は、窓の外からこぼれる月の明かりに照らされて、何故か胸がしめつけられた。
研修中日のある日、廊下を歩いていると突然男性の声が背後から聞こえてきた。
俺は周囲を見回したが誰もいない。どうやら俺に声をかけているようだ。
そちらの方に目を向けると、見覚えのない赤毛の中年男性が俺に高圧的な笑顔を向けていた。
「えっと、どなたですか?」
「はっはっは! 貴様も吾輩を見た目で認識しておったな?」
そう言うと男性は手にしていたタオルを自身が生み出したマナで覆い、ふわりと見事に浮かせてみせた。
マナ用いて物質を操作するのは手足を動かすより難しい。相当の実力の持ち主だ。
「マナ操作、素晴らしいですね」
「ふふん、鍛錬の賜物だ。だがあのときは圧倒的な暴力の前にあっけなく倒されてしまったがな」
あ、思い出した。
「ソランさんですね?」
「おお、いかにも!! よくぞ思い出した!」
トレードマークの紫の鎧が無くてインナーだけの姿だったので気が付くのが遅かった。
「すいません、名前覚えるのが苦手で……」
「ああ、いい、いい。誰からもそんな扱いなのだ吾輩は。こんなのだからダブルクラスも下の方を彷徨ってばかりだとよく言われるのだよ……」
あ、なんか可哀そうになってきた。
「まあ吾輩が本気になりさえすればシングルクラスは余裕だろうな」
「が、頑張ってください」
「おうよ。先日の傷ももうすぐ癒える。見てろよ? 貴様の活躍が霞むほどの戦歴を積み重ねてみせよう!」
そう笑いながらソランさんは去っていった。
自分の実力をしっかり把握しつつ、でも戦い、帰ってきた彼はきっと弱くはないんだろう、と思った。
だって俺は自分の実力も顧みず突っ込むことしかできなかったんだから。
◇
「教授、結局戻ってこなかったなぁ」
とりあえず研修の全行程はなんとか終わった。事前に打ち合わせがあればあたふたすることはなかったんだろうが、それでも教授が消えた以外の大きな問題もなく終われたのはケミーさんやマイナ姉さん、そしてベルのおかげだ。
最後の日の夜は恒例の打ち上げという名の飲み会。未成年もいるが酒も振る舞われ、真面目な生徒もこの時だけは大いに騒いだ。
アルコールなど錬金術師のいる前ではただのジュースなのだ。
「やあ。飲んでるかい?」
「いや、俺はお酒、あまり好きじゃなくて」
珍しく顔を赤くしたケミーさんが俺に絡んできた。
「ったく! どうせこれから嫌っていうほど飲むんだ。今から練習しときな!」
「いや、だからッブルンッゴホッがぁ!」
「あーあ、勿体ない。ここの地酒は他で飲めない高級酒だぞー」
……酔っ払ってるなぁ。
俺はそっと胃の中に入ったアルコールを解毒する。味は嫌いじゃないが俺は飲まない理由がある。
「お、ベル先輩イケるクチですね!」
「うっわーこのお酒甘くて美味しい!」
「こっちのも!」
「どうぞどうぞ!」
「え、いいのぉ? ありがと~」
斜向かいに座るベルが、もう耳まで真っ赤にして注がれる酒を空けていく。
「へぇ~、マイナさんって珍しい魔法を使うんですね~」
「――たまたま使えるだけ。練習すれば誰でも使える」
「え!? マワッセンドさんてあのサウンノーズの特待生だったんですか!?」
「特待生っていうか、こちらに来たくて勉強を頑張って……」
「すげぇ! なかなかないっすよ!」
「メニトラップ社名物、どんな毒もアルコールも、翌日にはサッパリスッキリ爽快一発! ギガイズンM! いかがっすかー?」
「あ、すんません胃薬あります?」
……なんか商売してるやつもいるなぁ。
「賑やかね」
「ですね」
「慣れてきた? 教授の助手は」
「ま、まあ」
ケミーさんはベルとおそろいでジッポンの民族衣装でもある「ユカタ」を着ている。風呂上がりに着るバスローブの一種らしいのだが、着衣が乱れやすいのか、その、ユカタの下が見えている。
……何も着てないようなんだが!?
「ケミーさん、その、ユカタ」
「ああこれ? 着やすくて好きなの。ここの地域は温泉とかで湿気が高いじゃない? 普段着るバスローブじゃあ蒸れて暑いのよね」
胸元をパタパタさせて風を送る仕草をしてみせるが、そのたびに双丘の頂上が何度も光に晒され、視線の誘導を余儀なくされる。
……過去の件もあるし、まさかとは思うけど。
「わたくしがまだギルドの依頼をこなしてた頃から、アンカー教授の『習性』はよく聞いてたわ」
「しゅ、習性?」
「自分の気になること、好きなことが目の前にあると飛び込まずにはいられない。好きなことをしてるときは周りを見ない。あの人が最後に所属したパーティ『無限の大地』も実質三年も所属してなかったらしいし」
そのパーティは聞いたことがある。
五人の男女で構成された集団で、少しの間だけど父さんと母さんが所属したことがあるはずだ。かの最難関迷宮『空の迷宮』を踏破したパーティの一つらしい。
「そんな高いレベルのパーティに居たのに、悪癖のせいで追い出されたんですか?」
「ははっ。本人からしたら『自分から抜けた』って言ってるけど。あながち嘘でもない気がするわ。あ、ほら。グラス空になってるよ」
く、お茶を入れようと空けたグラスにまたお酒を注がれる。分解魔法は結構マナを使うから疲れるんだよなぁ。
「ケミーさんはどんなパーティに居たんですか?」
「わたくし? ん-、あまり話の種になるような活躍も敗走もしてないから面白くないわ」
「例えば探索者になろうと思ったきっかけとか」
俺の言葉を聞いたケミーさんの、酒を飲む手が止まる。
「……あ、やっぱいいです」
「わたくしの故郷、もうないのよね。過疎化が進んで村の人みんな散っちゃってさ」
どこかで聞いた話だ。しかもつい最近。
「わたくしが住んでいた村はみんなマナに関わる特別な力を持ってたみたいなの。けど、それを使って成功した人はごく一部。多くはその力を食い物にしようと考えていた連中に捕まったり殺されたりしてね」
ケミーさんは自慢の髪をひと房掴み、目の前に引っ張る。
青く輝く髪は温泉の効能かキラキラと輝き、宝石のように透き通った色をしている。
「キミにはこの髪が光ってるように見えないかしら?」
「え、もしかしてこれ…… マナなんですか?」
「青い髪は大体そうよ。マナを蓄積する力があるんですって」
「それで伸ばしてるんですか?」
「そう言う理由じゃないけど、助かったことは時々あるかな」
「もしかして、人によって蓄積量が変わったりします?」
「あー、あるある。わたくしの父親がそうだったわ」
もしかしたら、ミルさんの持つマナの過剰保持は遺伝的なものなのかもしれない。
「なに? わたくしに興味出てきた?」
「は、はは」
これ見よがしにユカタをはだける。それ以上は危ないです。マジで。別の青い毛が見えそう。
「そ、そういえばオラムさん。すごくいい人でしたよ」
「あいつはカタいだけ。優しくて友達としてはいいヤツだけど」
俺は注がれた酒を少し飲む。まだアルコールの味が残っているが、この話に乗ってしまうと危ない気がした。
「そうだ。キミのことも聞かせてよ」
「え、俺の事ですか?」
「わたくしがこっち来てからのキミしか知らないし。なんでもいいよ」
そう言われても、何から話していいやら。
「俺の母親はご存知ですよね?」
「最近講師として学園に来たリフィール先生よね? びっくりしたわ。あの女傑の息子さんだったなんて」
「やっぱり有名なんですね」
「お父様は?」
「父親はダブルダウンクラスなんでそんな有名でもないですよ。ホーランっていうんですけど」
今度は彼女の手に握られていたグラスが滑り落ちた。
「……それマジ?」
「え、は、はい」
「あの『ランキング詐欺師』で有名なホーランの息子ぉ??」
「え? え?」
突然周囲がざわつく。それに気が付いたケミーさんが咄嗟に自分の口をふさいだ。
「……エリートじゃん。サラブレッドじゃん」
「ヨダレ隠せてませんよ」
「っと。え、でもキミはお父さんの実力知らないの?」
どういうことなんだろうか。
俺が知ってるのは借金まみれの偵察士ってことくらいだ。
「かあさ…… 母親を助けるために借金した父親ってことくらいですね」
「あの人は、ソロで『空の迷宮』を踏破するほどの偵察士なのよ? あの『無限の大地』ですら踏破に九日かけたのに、たった三日でクリアするほどの!」
「えぇ!? 初耳なんですが……」
うちの父さん、そんなすごい人だったのか?
「なんでも、踏破の証拠になるものをあえて持ち帰らずに落書きして帰ってきたらしいの。今でも残ってるって聞いてるわ」
「そんな話、聞いたことないですね…… 本当なんですか?」
「むしろそれを証明したのが『無限の大地』だって話だから」
「えぇ……」
意外な過去だ。
なんせ詳しく聞きたくても事故の後ほどなくして学園に来た俺にとって、こういう情報は初めて聞くことばかりだ。
未だに『空の迷宮』がどういうものか詳しく知らないしな。
「でもせいぜい両親がすごいってだけで、俺がすごいかどうかは別ですよ?」
「そうかなぁ。裸眼でマナが見えるのはかなり優秀だよ?」
「珍しいってだけで、俺しか持ってないわけじゃないですよ」
まだ魔工具の普及が遅れていた時代、俺のような能力持ちは結構重宝されたらしいが、今となってはそこまで必要とされない。
俺は良い事だと思ってるけどね。
「じゃあ、どうして学園に? 両親の勧めじゃないの?」
「ああ、それは…… ベルが」
「ベルちゃん?」
「内緒ですよ?」
俺はベルの方をちらりと見てから、意を決して話し始めた。
「もともと学園へはベルだけが行く予定だったんです。けど、入学の方向がおおむね決まったあたりで例の崩落事故があって、あいつが一人で学園に行くのを渋ったんですよ」
「あぁ…… お姉さんが巻き込まれたあの事故よね? あそこにいる人だっけ?」
そう、二人とも今となっては普通にしているが入学当時のベルは俺からひと時も離れることはなかった。
借金返済のめどが立たなかった父さんに代わって俺が稼ぐことになった場合、最低限の知識があった方がいいだろう、というベレフェンさんの計らいで通わせてもらえるようになったのだ。
「やさしいなぁ、流石はベルちゃんたちが認めた男だ」
「やめてくださいよ、自分でも流されてるなって自覚あるんですから」
「何言ってるの、誰かのために行動できる男が何人いると思ってるのよ」
きっとたくさんいると思うんだけどな……
「わたくし、ますますキミが気に入ったな」
「こ、光栄です」
「ねえ、よかったらさ……」
ずい、ずいと距離を詰めるケミーさん。仄かに香る甘い匂いと熱い体温が伝わってくるほど近づくと、そっと俺の手に彼女の手が重なる。
「ちょ、ケミーさん飲みすぎでは?」
「大丈夫よ~」
そんな俺たちの会話に近い内容が別の方からも響いてきた。
「ベルさん、飲み過ぎじゃないですか?」
「らーじょーぬーらーじょ……」
ふと耳に届いた声を聞いた俺は、嫌な予感が脳裏に走った。
「うっ」
やばい!
ベルが口を押えて体をかがめた。
「ベル! お前また飲みすぎたな!」
過去にもこいつは酒の飲みすぎて潰れたことがある。まったく懲りないやつだ。
俺は真横まで近づいて来ていたケミーさんを引きはがしてベルの近くまで向かう。
「ご、め…… 吐き、そ……」
「無茶するなっての。すまん君たち、ちょっと道を開けてくれ」
ベルに肩を貸して盛り上がる会場を引っ張って抜ける。
「……ごゆっくり~」
◇
「……お、おええぇぇぇ」
会場を出て一番近い俺の部屋に連れてくると、限界だったのか飲み下した胃の中身を思うままに吐き始めた。
「ったく、酒がうまいのは分かるけど限界を超えるまで飲むなって」
「ぁぅぅ…… ごめ、う、うぉろろぉぉ」
俺はベルの背中を撫でて、少しでも苦しさが紛れるよう手助けをする。
時々水を差し出しては口に含ませ、口の中を流させた。
「はぁ…… ありがと。少し楽になった」
「本当か?」
「うん、ごめん」
しかし、はたから見た彼女はまだ肩で息をしているし、楽になったようには見えない。
「まあ、はしゃぎたい気持ちも分かる。途中から結構頼っちゃったしな」
汗だくの頭をそっと撫でる。酒のせいか体温が上がって頭の先まで熱くなっていて少し心配だ。
「ちょっと寝るか。布団敷くぞ」
「うん」
クローゼットを開けて布団を敷くと、ベルを抱えてそっと寝かせた。ユカタにも吐しゃ物が少しかかったのか、若干酸っぱい匂いが部屋に広がる。
……着替えはあったっけ?
「ねえ」
「ん? どうした」
ベルが虚空を見つめながら俺に声をかける。
「手、握って」
「……? おう」
言われるまま俺は彼女の手を取る。
思わず手にしたそれは左手だった。
「この手も、随分動くようになったよな」
「ディグのおかげだよ」
落ち着いた声に誘われて、ふとベルの顔を見た。
その顔は、窓の外からこぼれる月の明かりに照らされて、何故か胸がしめつけられた。
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
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世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
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スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
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そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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