34 / 83
第2殿 急ごしらえの救助隊
第32洞 せいなる名前
しおりを挟む
「そういえば決めてないのか?」
俺の病室はかつてないほど賑わっていた。
いつものメンバーであるベル、マイナ姉さん、ガブリック、ケミーさんに加えて、ガブリックについてきたペリルさん、ミルさん、ミサオさん、イレーナさん。
今まさに父種手帳に書こうと思っていた内容について、世界一お節介な連中の無責任な会議が開かれようとしていた。
「そもそもどっちだったんだ? 親友だろ、教えろよ」
「親友とか関係なく教えるっての。つっても、まだ俺も見てないんだけどさ」
「じゃあコレお祝いだネ。よかったら使ってヨ」
「わ、ありがとうございま…… ってなんですコレ?」
「搭乗者のマナで動くベビーカーだヨ。マナ列車の半分くらいの速度で自走するから便利だゾ」
「物騒! ……いや技術力はすごいですけど」
「マナが無くなるまで止まらないから気をつけロ」
「やっぱ物騒じゃないですか!」
こんな感じで出産祝いと称して無駄な会話や必要のない見舞品を置いていくうちに、見舞いに来た人が溜まってきたのだ。
「やはりディグ殿の子供であるならば、強く真っ直ぐな心を持って育ってほしいでござるしな」
「――可愛く、マナが豊富で、私をママって呼んでくれれば」
「お姉ちゃん、欲が出てるわよ。まあ、錬金術系に興味が出てきたらあたしが教えてあげるのもいいわね。きっと一番近くにいるし」
「先輩にはご恩もありますから、体力面は任せてください!」
「一緒に迷宮探索へ行くことも考えると、あまり長いのは考えものよ? わたくしみたいに短くはっきり発音できたほうがいいわ」
「ジッポン風でもロレンシナ風でええんちゃうか? 個性はそこから芽生えるっちゅーやろ?」
流石にみんな好き勝手言うなぁ。
「あのね、名前くらい決めさせてくれよ」
とはいえ、俺が想像していた種の発現はフレオールさんのように体が迷宮の生成によって穴だらけになることだったので、自分の体が無事で、かつ外に出ていくとは考えもしてなかったことだ。
だからこそ名前なんか考えてなかったわけで。
◇
その後もやたら人の子供の名前で盛り上がるものだから、看護師の皆さんから注意を受けて出ていったことでようやく静かになった。
「……やれやれ」
だからと言って名づけが捗るかというとそうでもない。
「こういうのは、結婚した相手と一緒に考えるもんだよなぁ。俺にはそういう相手もなくいきなりだし。……一人で子供を産む女性の気持ちがちょっと分かる気がするな」
せめて記憶の中にヒントはないかとぼんやり頭の中で最近の事を整理してみた。
「一番最近はロレンシナか。考えたらひどい目に遭ったよな」
玉は片方なくなるし、ランビルドのせいで正体不明の種は増えるし…… って。
「そういえば、こいつは発現するのか?」
勢いと流れでまた新しい種が体内に増えたことを失念していた。
また聞かなきゃならないな。
「あ、でも考えたらこの種が持つマナが最初の種が発現するきっかけになったかも」
外部に飛び出したのもそれが理由であるなら、まあ悪くない。つまり新しい種を体内に入れていけばどんどん…… 待て、あの痛みを毎回食らうのは結構厳しいぞ?
「で、その前が温泉研修だったっけ。一週間しかなかったのにやたら研修以外の記憶のほうが多くを占めてる気がする。……気のせいだな、うん」
俺が健全で後先考えない男子だったら、きっとあの姉妹は間違いなくもう襲ってる。隙だらけとか言う以前に俺の理性が持たないからだ。
襲ってしまう方がマシなくらい。
だけどそれは無理だ。ベルもマイナ姉さんも、つながりはなくても家族のような存在だ。夜のオカズみたいにぞんざいな扱いをしていいはずはない。
「その前、となるとあの大暴走か。あの神殿、今どうなってんだろ」
ミルさんと仲良くなったタイミングでもある。
教授やその他の探索者の皆さんと顔見知りになって、僅かだけど自分の露出が上がったな。俺としてはあまり表に出たくはないんだけど。
「確か、その前のあたりでオラムさんの研修があったな。まだ新入生が学園に入る前だ」
この時ペリルさんからゴーグルをもらったんだ。マナを見れる俺の体質を利用…… いや、不便に思って作ってくれたゴーグル。
この間捕まった時に取られてなくしたという話をしたら、新しいのを作ってくれると約束してくれた。助かる。
「あ、そうだ。その前のタイミングで母さんたちが帰ってきたんだっけ」
学園に入るきっかけとなった崩落事故。
実は母さんの能力のおかげで助かってて、祠から助け出したっけ。
俺やベルがずっと心のなかにあった罪の意識が解放された瞬間だ。考えたらあれからマイナ姉さんにべったりだな。
……いや、逆か。そうでもないか。どっちでもいいか。
「それより以前は、やっぱ教授絡みばっかだな」
ゼツリンと会った時も、ケミーさんに出会った時も、なんなら一番最初の探索も。
「……こういう時は女の子の顔が浮かぶのが普通なんじゃないですかね」
クスクスと笑いながら、最初の探索を思い出した。
「卒業の単位が足りなくて、奉仕活動の一環としてアンカー教授の研究室を叩いたっけ」
あれから、一年も経ってない。だけどそこから経験した多くは学園に入ってから体験したことに比べて密度が全く異なっている。
「……何て名前だったっけ。あの迷宮」
うんうん唸りながら思い出そうとするも、一向に浮かんでこない。
「散歩しながらだと思いだすかな?」
俺はベッドから降りると、足は自然と新生児室へと向かっていた。
窓から見える景色は赤を通り越して紫になっている。もうじき夜がやってくる時間だ。
ついこの間までは床からの冷気で寒かったのだが、ロレンシナで過ごした時間ぶんこちらは春になっていたようで、上着を着なくてもさほど寒さを感じない。
たどり着いた新生児室は、俺の子以外にも何人か保育ベッドに寝かされている。
「どれがうちの子かな…… お、あれか」
三人目ほどに、まだ名前のない名札がかかった赤ん坊がスヤスヤと眠っている。
「そう言えば、性別はどっちだろ」
俺はできる限りガラスに近づいて我が子の股間を凝視する。
するとそこには赤ん坊にしては立派なものがしっかりと見えていた。
「お、マジか。ならかっこいい名前を付けないとな」
あんな生まれたての頃から立派なものが付いてるとなると、将来大物になるかもしれない。
俺の遺伝子がいかほども入ってないかもしれないが、それはそれで元気に育ってほしいな、などと父親ヅラしてる自分にクスっときた。
「そういえば、あの子を授かったのは学園の迷宮だったっけ」
ふと、教授と初めての共同作業を行った迷宮に思いをはせる。
学生として在学中はあまり迷宮へ挑むことは多くなかった。知識として色々学んだことはあれど、そのほとんどは借金返済のための今後のため以外に活用するつもりがなかったからだ。
そう言う意味では在学中の時間をかなり無駄に消費したようにも思える。
今の生き方の方が充実してるんじゃないだろうか。そんな風に思ってしまう。
「確か…… 『水晶連石の迷宮』じゃなかったかな?」
内部に張り出した水晶からマナを取り出して見たり、簡単なレクチャーをうけたり。そんな、学園生であれば当たり前のありふれた一コマ。
「水晶…… 水晶…… 結晶……」
父親にも母親にも似た感情が生まれた自分にそっと微笑みながら、俺は自分の病室へと足を向けた。
◇
翌朝。
そこそこ体調が戻っていたのか、あるいは興奮で気が立っていたのか、眠れた時間が少ないまま朝の食事が運ばれてきた。
「あー、なんだかんだ飯がうまい」
出された食事をさらっと平らげると、担当の先生が様子を見にやってきた。
「どうですかホーリーエールさん。あ、食事は食べられてますね」
「はい。悩みも一つ解決しましたし」
「男性機能ですか?」
「あ、ああ。それも解決しました」
忘れてた。昨日目が覚めたら問題なかったなどと伝えたらどんな顔をされるんだろう。
「ん? また別の悩みでしたか」
「ええ。ほら、子どもの名前です」
「あー! 確かに。ああいう形で出産される人は滅多にいませんからね」
いやいるわけないでしょう。お茶目なのか本気なのか、メガネの奥の瞳が笑ってないあたり、かなり本気で言ってる気がする。
「では、後ほど書類を持ってくるのでそちらに書いてください。確認次第、保育ベッドの名札に貼り付けておきますから」
「ありがとうございます」
「しかし、あの子は本当に迷宮が? 確かにマナの質はまず見たことはないですが」
「そもそも出産の瞬間をご覧になったじゃないですか」
「ははっ。命の授かり方に『普通』なんてものはありません。皆すべて異質であり尊いものです。ここに務めて三十年経ちますが、同じ出産環境を一つとして見たことありませんよ」
強い。これが本当なら俺みたいな出産をやり遂げた人がいるってことだ。
「……待ってください、てことは男性が出産した例もあるってことですか?」
「人はみな、人から生まれてます。そこに違いはないんじゃないですか」
やっぱり目が笑ってない。
「あ、先生まだこちらでしたか」
そこに看護師さんがやってきた。手にしているのはもしかしたら例の書類だろうか。
「お、持って来ていただいたみたいですね」
「お名前決まったんですか?」
「はい、一応……」
「では名札に書きたいので申請前でよければこちらに書いちゃってください。出生届も病院経由で出しちゃいますので」
言われて差し出された書類に、俺は昨日思いついた名前を書いた。
男の子として、強くかっこいい名前にしたつもりだ。伝説とか勇者とか、そういったものとは関係なく育ってくれれば。
「……え、その名前で行くんですか?」
「ん? はい、そうですけど」
あれ、二人の様子が変だな。
「なんかおかしいですか?」
「いいえ! その、なんというか」
「ストレートだなって思って」
「ああ、水晶連石の迷宮から取ったんです。結晶のように固く、澄んだ心の持ち主になるようにって」
「あ、ああ! なるほど!」
「……天然なんですね」
「え? ああ、素材は天然ですよ」
微妙な空気になりつつも特に怒られるようなことはなかったので問題はないんだろう。ホッとして二人が出ていったあとで少し横になった。
目が覚めると、横には教授が座っていた。
「ああ、起こしたかな?」
「あ、いえ。大丈夫です」
「体調はどうかね?」
「ええ、割といい感じです」
「そうか……」
なぜか教授は暗い顔をしている。
「何かあったんですか?」
「いや、むしろ君に何かあったんじゃないかと心配だったんだが」
「え? 特におかしいと思うことはないですけど……」
教授は酷く心配そうに俺を見つめている。
「ま、まあ父と娘が健康なら、ささやかなことか」
……??
「教授?」
「悩んでいたのなら相談してくれれば力になったんだが、吾氏もそういうところは抜けることもあるしな」
「さっきから何の話なんですか? それに娘、って」
「……君の娘のことだが?」
「やだなぁ。昨日保育ベッド見てきましたよ。俺より立派なのがあったじゃないですか」
教授は顔を真っ青にしてうなだれた。
「やはり…… 知らなかったのか」
「へ?」
「あれは、男性器じゃない。女性器だよ」
「教授、女性器はあんな大きさじゃ……」
俺は朝からの違和感に、ようやく気がついた。
医者の先生も看護師も、わかっていたからあの表情だったのか。
男の子だからとつけた名前だが、女の子だとかなりやばい名前になるんじゃないか?
「うちに住む迷宮喰らいに『ゼツリン』と名付ける君だ、多少は捻った名前にするだろうとは思ってたんだが、昼前にギルドへ出された出生届に予想外の名前があってね……」
「もしかして、通っちゃったんですか!?」
「そりゃ通るさ。男の子なら割とある名前だからな」
そこへ俺の部屋を目指す静かな駆け足が響いた。
「バカディグ! 女の子になんて名前をつけるのよ!!」
「ベル!? ししし、静かにぃ!」
「信じらんない! 今すぐ再申請しなさい!!」
「……ラクナーシャ君、もう手遅れだ。ギルドに申請済みなのを確認したよ」
教授からの言葉を聞くと、ベルはズルズルと膝から崩れ落ちた。その際、保育ベッドから剥がしてきたと思われる名札が床にハラリと落ちた。
そこには『クリストリス・ホーリーエール 女の子』と書かれていた。
俺の病室はかつてないほど賑わっていた。
いつものメンバーであるベル、マイナ姉さん、ガブリック、ケミーさんに加えて、ガブリックについてきたペリルさん、ミルさん、ミサオさん、イレーナさん。
今まさに父種手帳に書こうと思っていた内容について、世界一お節介な連中の無責任な会議が開かれようとしていた。
「そもそもどっちだったんだ? 親友だろ、教えろよ」
「親友とか関係なく教えるっての。つっても、まだ俺も見てないんだけどさ」
「じゃあコレお祝いだネ。よかったら使ってヨ」
「わ、ありがとうございま…… ってなんですコレ?」
「搭乗者のマナで動くベビーカーだヨ。マナ列車の半分くらいの速度で自走するから便利だゾ」
「物騒! ……いや技術力はすごいですけど」
「マナが無くなるまで止まらないから気をつけロ」
「やっぱ物騒じゃないですか!」
こんな感じで出産祝いと称して無駄な会話や必要のない見舞品を置いていくうちに、見舞いに来た人が溜まってきたのだ。
「やはりディグ殿の子供であるならば、強く真っ直ぐな心を持って育ってほしいでござるしな」
「――可愛く、マナが豊富で、私をママって呼んでくれれば」
「お姉ちゃん、欲が出てるわよ。まあ、錬金術系に興味が出てきたらあたしが教えてあげるのもいいわね。きっと一番近くにいるし」
「先輩にはご恩もありますから、体力面は任せてください!」
「一緒に迷宮探索へ行くことも考えると、あまり長いのは考えものよ? わたくしみたいに短くはっきり発音できたほうがいいわ」
「ジッポン風でもロレンシナ風でええんちゃうか? 個性はそこから芽生えるっちゅーやろ?」
流石にみんな好き勝手言うなぁ。
「あのね、名前くらい決めさせてくれよ」
とはいえ、俺が想像していた種の発現はフレオールさんのように体が迷宮の生成によって穴だらけになることだったので、自分の体が無事で、かつ外に出ていくとは考えもしてなかったことだ。
だからこそ名前なんか考えてなかったわけで。
◇
その後もやたら人の子供の名前で盛り上がるものだから、看護師の皆さんから注意を受けて出ていったことでようやく静かになった。
「……やれやれ」
だからと言って名づけが捗るかというとそうでもない。
「こういうのは、結婚した相手と一緒に考えるもんだよなぁ。俺にはそういう相手もなくいきなりだし。……一人で子供を産む女性の気持ちがちょっと分かる気がするな」
せめて記憶の中にヒントはないかとぼんやり頭の中で最近の事を整理してみた。
「一番最近はロレンシナか。考えたらひどい目に遭ったよな」
玉は片方なくなるし、ランビルドのせいで正体不明の種は増えるし…… って。
「そういえば、こいつは発現するのか?」
勢いと流れでまた新しい種が体内に増えたことを失念していた。
また聞かなきゃならないな。
「あ、でも考えたらこの種が持つマナが最初の種が発現するきっかけになったかも」
外部に飛び出したのもそれが理由であるなら、まあ悪くない。つまり新しい種を体内に入れていけばどんどん…… 待て、あの痛みを毎回食らうのは結構厳しいぞ?
「で、その前が温泉研修だったっけ。一週間しかなかったのにやたら研修以外の記憶のほうが多くを占めてる気がする。……気のせいだな、うん」
俺が健全で後先考えない男子だったら、きっとあの姉妹は間違いなくもう襲ってる。隙だらけとか言う以前に俺の理性が持たないからだ。
襲ってしまう方がマシなくらい。
だけどそれは無理だ。ベルもマイナ姉さんも、つながりはなくても家族のような存在だ。夜のオカズみたいにぞんざいな扱いをしていいはずはない。
「その前、となるとあの大暴走か。あの神殿、今どうなってんだろ」
ミルさんと仲良くなったタイミングでもある。
教授やその他の探索者の皆さんと顔見知りになって、僅かだけど自分の露出が上がったな。俺としてはあまり表に出たくはないんだけど。
「確か、その前のあたりでオラムさんの研修があったな。まだ新入生が学園に入る前だ」
この時ペリルさんからゴーグルをもらったんだ。マナを見れる俺の体質を利用…… いや、不便に思って作ってくれたゴーグル。
この間捕まった時に取られてなくしたという話をしたら、新しいのを作ってくれると約束してくれた。助かる。
「あ、そうだ。その前のタイミングで母さんたちが帰ってきたんだっけ」
学園に入るきっかけとなった崩落事故。
実は母さんの能力のおかげで助かってて、祠から助け出したっけ。
俺やベルがずっと心のなかにあった罪の意識が解放された瞬間だ。考えたらあれからマイナ姉さんにべったりだな。
……いや、逆か。そうでもないか。どっちでもいいか。
「それより以前は、やっぱ教授絡みばっかだな」
ゼツリンと会った時も、ケミーさんに出会った時も、なんなら一番最初の探索も。
「……こういう時は女の子の顔が浮かぶのが普通なんじゃないですかね」
クスクスと笑いながら、最初の探索を思い出した。
「卒業の単位が足りなくて、奉仕活動の一環としてアンカー教授の研究室を叩いたっけ」
あれから、一年も経ってない。だけどそこから経験した多くは学園に入ってから体験したことに比べて密度が全く異なっている。
「……何て名前だったっけ。あの迷宮」
うんうん唸りながら思い出そうとするも、一向に浮かんでこない。
「散歩しながらだと思いだすかな?」
俺はベッドから降りると、足は自然と新生児室へと向かっていた。
窓から見える景色は赤を通り越して紫になっている。もうじき夜がやってくる時間だ。
ついこの間までは床からの冷気で寒かったのだが、ロレンシナで過ごした時間ぶんこちらは春になっていたようで、上着を着なくてもさほど寒さを感じない。
たどり着いた新生児室は、俺の子以外にも何人か保育ベッドに寝かされている。
「どれがうちの子かな…… お、あれか」
三人目ほどに、まだ名前のない名札がかかった赤ん坊がスヤスヤと眠っている。
「そう言えば、性別はどっちだろ」
俺はできる限りガラスに近づいて我が子の股間を凝視する。
するとそこには赤ん坊にしては立派なものがしっかりと見えていた。
「お、マジか。ならかっこいい名前を付けないとな」
あんな生まれたての頃から立派なものが付いてるとなると、将来大物になるかもしれない。
俺の遺伝子がいかほども入ってないかもしれないが、それはそれで元気に育ってほしいな、などと父親ヅラしてる自分にクスっときた。
「そういえば、あの子を授かったのは学園の迷宮だったっけ」
ふと、教授と初めての共同作業を行った迷宮に思いをはせる。
学生として在学中はあまり迷宮へ挑むことは多くなかった。知識として色々学んだことはあれど、そのほとんどは借金返済のための今後のため以外に活用するつもりがなかったからだ。
そう言う意味では在学中の時間をかなり無駄に消費したようにも思える。
今の生き方の方が充実してるんじゃないだろうか。そんな風に思ってしまう。
「確か…… 『水晶連石の迷宮』じゃなかったかな?」
内部に張り出した水晶からマナを取り出して見たり、簡単なレクチャーをうけたり。そんな、学園生であれば当たり前のありふれた一コマ。
「水晶…… 水晶…… 結晶……」
父親にも母親にも似た感情が生まれた自分にそっと微笑みながら、俺は自分の病室へと足を向けた。
◇
翌朝。
そこそこ体調が戻っていたのか、あるいは興奮で気が立っていたのか、眠れた時間が少ないまま朝の食事が運ばれてきた。
「あー、なんだかんだ飯がうまい」
出された食事をさらっと平らげると、担当の先生が様子を見にやってきた。
「どうですかホーリーエールさん。あ、食事は食べられてますね」
「はい。悩みも一つ解決しましたし」
「男性機能ですか?」
「あ、ああ。それも解決しました」
忘れてた。昨日目が覚めたら問題なかったなどと伝えたらどんな顔をされるんだろう。
「ん? また別の悩みでしたか」
「ええ。ほら、子どもの名前です」
「あー! 確かに。ああいう形で出産される人は滅多にいませんからね」
いやいるわけないでしょう。お茶目なのか本気なのか、メガネの奥の瞳が笑ってないあたり、かなり本気で言ってる気がする。
「では、後ほど書類を持ってくるのでそちらに書いてください。確認次第、保育ベッドの名札に貼り付けておきますから」
「ありがとうございます」
「しかし、あの子は本当に迷宮が? 確かにマナの質はまず見たことはないですが」
「そもそも出産の瞬間をご覧になったじゃないですか」
「ははっ。命の授かり方に『普通』なんてものはありません。皆すべて異質であり尊いものです。ここに務めて三十年経ちますが、同じ出産環境を一つとして見たことありませんよ」
強い。これが本当なら俺みたいな出産をやり遂げた人がいるってことだ。
「……待ってください、てことは男性が出産した例もあるってことですか?」
「人はみな、人から生まれてます。そこに違いはないんじゃないですか」
やっぱり目が笑ってない。
「あ、先生まだこちらでしたか」
そこに看護師さんがやってきた。手にしているのはもしかしたら例の書類だろうか。
「お、持って来ていただいたみたいですね」
「お名前決まったんですか?」
「はい、一応……」
「では名札に書きたいので申請前でよければこちらに書いちゃってください。出生届も病院経由で出しちゃいますので」
言われて差し出された書類に、俺は昨日思いついた名前を書いた。
男の子として、強くかっこいい名前にしたつもりだ。伝説とか勇者とか、そういったものとは関係なく育ってくれれば。
「……え、その名前で行くんですか?」
「ん? はい、そうですけど」
あれ、二人の様子が変だな。
「なんかおかしいですか?」
「いいえ! その、なんというか」
「ストレートだなって思って」
「ああ、水晶連石の迷宮から取ったんです。結晶のように固く、澄んだ心の持ち主になるようにって」
「あ、ああ! なるほど!」
「……天然なんですね」
「え? ああ、素材は天然ですよ」
微妙な空気になりつつも特に怒られるようなことはなかったので問題はないんだろう。ホッとして二人が出ていったあとで少し横になった。
目が覚めると、横には教授が座っていた。
「ああ、起こしたかな?」
「あ、いえ。大丈夫です」
「体調はどうかね?」
「ええ、割といい感じです」
「そうか……」
なぜか教授は暗い顔をしている。
「何かあったんですか?」
「いや、むしろ君に何かあったんじゃないかと心配だったんだが」
「え? 特におかしいと思うことはないですけど……」
教授は酷く心配そうに俺を見つめている。
「ま、まあ父と娘が健康なら、ささやかなことか」
……??
「教授?」
「悩んでいたのなら相談してくれれば力になったんだが、吾氏もそういうところは抜けることもあるしな」
「さっきから何の話なんですか? それに娘、って」
「……君の娘のことだが?」
「やだなぁ。昨日保育ベッド見てきましたよ。俺より立派なのがあったじゃないですか」
教授は顔を真っ青にしてうなだれた。
「やはり…… 知らなかったのか」
「へ?」
「あれは、男性器じゃない。女性器だよ」
「教授、女性器はあんな大きさじゃ……」
俺は朝からの違和感に、ようやく気がついた。
医者の先生も看護師も、わかっていたからあの表情だったのか。
男の子だからとつけた名前だが、女の子だとかなりやばい名前になるんじゃないか?
「うちに住む迷宮喰らいに『ゼツリン』と名付ける君だ、多少は捻った名前にするだろうとは思ってたんだが、昼前にギルドへ出された出生届に予想外の名前があってね……」
「もしかして、通っちゃったんですか!?」
「そりゃ通るさ。男の子なら割とある名前だからな」
そこへ俺の部屋を目指す静かな駆け足が響いた。
「バカディグ! 女の子になんて名前をつけるのよ!!」
「ベル!? ししし、静かにぃ!」
「信じらんない! 今すぐ再申請しなさい!!」
「……ラクナーシャ君、もう手遅れだ。ギルドに申請済みなのを確認したよ」
教授からの言葉を聞くと、ベルはズルズルと膝から崩れ落ちた。その際、保育ベッドから剥がしてきたと思われる名札が床にハラリと落ちた。
そこには『クリストリス・ホーリーエール 女の子』と書かれていた。
1
あなたにおすすめの小説
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる