お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第2殿 急ごしらえの救助隊

第32洞 せいなる名前

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「そういえば決めてないのか?」

 俺の病室はかつてないほど賑わっていた。
 いつものメンバーであるベル、マイナ姉さん、ガブリック、ケミーさんに加えて、ガブリックについてきたペリルさん、ミルさん、ミサオさん、イレーナさん。

 今まさに父種手帳に書こうと思っていた内容について、世界一お節介な連中の無責任な会議が開かれようとしていた。

「そもそもどっちだったんだ? 親友だろ、教えろよ」
「親友とか関係なく教えるっての。つっても、まだ俺も見てないんだけどさ」
「じゃあコレお祝いだネ。よかったら使ってヨ」
「わ、ありがとうございま…… ってなんですコレ?」
「搭乗者のマナで動くベビーカーだヨ。マナ列車の半分くらいの速度で自走するから便利だゾ」
「物騒! ……いや技術力はすごいですけど」
「マナが無くなるまで止まらないから気をつけロ」
「やっぱ物騒じゃないですか!」

 こんな感じで出産祝いと称して無駄な会話や必要のない見舞品を置いていくうちに、見舞いに来た人が溜まってきたのだ。

「やはりディグ殿の子供であるならば、強く真っ直ぐな心を持って育ってほしいでござるしな」
「――可愛く、マナが豊富で、私をママって呼んでくれれば」
「お姉ちゃん、欲が出てるわよ。まあ、錬金術系に興味が出てきたらあたしが教えてあげるのもいいわね。きっと一番近くにいるし」
「先輩にはご恩もありますから、体力面は任せてください!」
「一緒に迷宮探索へ行くことも考えると、あまり長いのは考えものよ? わたくしみたいに短くはっきり発音できたほうがいいわ」
「ジッポン風でもロレンシナ風でええんちゃうか? 個性はそこから芽生えるっちゅーやろ?」

 流石にみんな好き勝手言うなぁ。

「あのね、名前くらい決めさせてくれよ」

 とはいえ、俺が想像していた種の発現はフレオールさんのように体が迷宮の生成によって穴だらけになることだったので、自分の体が無事で、かつ外に出ていくとは考えもしてなかったことだ。
 だからこそ名前なんか考えてなかったわけで。



   ◇



 その後もやたら人の子供の名前で盛り上がるものだから、看護師の皆さんから注意を受けて出ていったことでようやく静かになった。

「……やれやれ」

 だからと言って名づけが捗るかというとそうでもない。

「こういうのは、結婚した相手と一緒に考えるもんだよなぁ。俺にはそういう相手もなくいきなりだし。……一人で子供を産む女性の気持ちがちょっと分かる気がするな」

 せめて記憶の中にヒントはないかとぼんやり頭の中で最近の事を整理してみた。

「一番最近はロレンシナか。考えたらひどい目に遭ったよな」

 玉は片方なくなるし、ランビルドのせいで正体不明の種は増えるし…… って。

「そういえば、こいつは発現するのか?」

 勢いと流れでまた新しい種が体内に増えたことを失念していた。
 また聞かなきゃならないな。

「あ、でも考えたらこの種が持つマナが最初の種が発現するきっかけになったかも」

 外部に飛び出したのもそれが理由であるなら、まあ悪くない。つまり新しい種を体内に入れていけばどんどん…… 待て、あの痛みを毎回食らうのは結構厳しいぞ?

「で、その前が温泉研修だったっけ。一週間しかなかったのにやたら研修以外の記憶のほうが多くを占めてる気がする。……気のせいだな、うん」

 俺が健全で後先考えない男子だったら、きっとあの姉妹は間違いなくもう襲ってる。隙だらけとか言う以前に俺の理性が持たないからだ。
 襲ってしまう方がマシなくらい。
 だけどそれは無理だ。ベルもマイナ姉さんも、つながりはなくても家族のような存在だ。夜のオカズみたいにぞんざいな扱いをしていいはずはない。

「その前、となるとあの大暴走スタンピートか。あの神殿、今どうなってんだろ」

 ミルさんと仲良くなったタイミングでもある。
 教授やその他の探索者の皆さんと顔見知りになって、僅かだけど自分の露出が上がったな。俺としてはあまり表に出たくはないんだけど。

「確か、その前のあたりでオラムさんの研修があったな。まだ新入生が学園に入る前だ」

 この時ペリルさんからゴーグルをもらったんだ。マナを見れる俺の体質を利用…… いや、不便に思って作ってくれたゴーグル。
 この間捕まった時に取られてなくしたという話をしたら、新しいのを作ってくれると約束してくれた。助かる。

「あ、そうだ。その前のタイミングで母さんたちが帰ってきたんだっけ」

 学園に入るきっかけとなった崩落事故。
 実は母さんの能力のおかげで助かってて、祠から助け出したっけ。
 俺やベルがずっと心のなかにあった罪の意識が解放された瞬間だ。考えたらあれからマイナ姉さんにべったりだな。
 ……いや、逆か。そうでもないか。どっちでもいいか。

「それより以前は、やっぱ教授絡みばっかだな」

 ゼツリンと会った時も、ケミーさんに出会った時も、なんなら一番最初の探索も。

「……こういう時は女の子の顔が浮かぶのが普通なんじゃないですかね」

 クスクスと笑いながら、最初の探索を思い出した。

「卒業の単位が足りなくて、奉仕活動の一環としてアンカー教授の研究室を叩いたっけ」

 あれから、一年も経ってない。だけどそこから経験した多くは学園に入ってから体験したことに比べて密度が全く異なっている。

「……何て名前だったっけ。あの迷宮」

 うんうん唸りながら思い出そうとするも、一向に浮かんでこない。

「散歩しながらだと思いだすかな?」

 俺はベッドから降りると、足は自然と新生児室へと向かっていた。
 窓から見える景色は赤を通り越して紫になっている。もうじき夜がやってくる時間だ。
 ついこの間までは床からの冷気で寒かったのだが、ロレンシナで過ごした時間ぶんこちらは春になっていたようで、上着を着なくてもさほど寒さを感じない。

 たどり着いた新生児室は、俺の子以外にも何人か保育ベッドに寝かされている。

「どれがうちの子かな…… お、あれか」

 三人目ほどに、まだ名前のない名札がかかった赤ん坊がスヤスヤと眠っている。

「そう言えば、性別はどっちだろ」

 俺はできる限りガラスに近づいて我が子の股間を凝視する。
 するとそこには赤ん坊にしては立派なものがしっかりと見えていた。

「お、マジか。ならかっこいい名前を付けないとな」

 あんな生まれたての頃から立派なものが付いてるとなると、将来大物になるかもしれない。
 俺の遺伝子がいかほども入ってないかもしれないが、それはそれで元気に育ってほしいな、などと父親ヅラしてる自分にクスっときた。

「そういえば、あの子を授かったのは学園の迷宮だったっけ」

 ふと、教授と初めての共同作業を行った迷宮に思いをはせる。
 学生として在学中はあまり迷宮へ挑むことは多くなかった。知識として色々学んだことはあれど、そのほとんどは借金返済のための今後のため以外に活用するつもりがなかったからだ。

 そう言う意味では在学中の時間をかなり無駄に消費したようにも思える。
 今の生き方の方が充実してるんじゃないだろうか。そんな風に思ってしまう。

「確か…… 『水晶連石の迷宮』じゃなかったかな?」

 内部に張り出した水晶からマナを取り出して見たり、簡単なレクチャーをうけたり。そんな、学園生であれば当たり前のありふれた一コマ。

「水晶…… 水晶…… 結晶クリスタル……」

 父親にも母親にも似た感情が生まれた自分にそっと微笑みながら、俺は自分の病室へと足を向けた。



   ◇



 翌朝。
 そこそこ体調が戻っていたのか、あるいは興奮で気が立っていたのか、眠れた時間が少ないまま朝の食事が運ばれてきた。

「あー、なんだかんだ飯がうまい」

 出された食事をさらっと平らげると、担当の先生が様子を見にやってきた。

「どうですかホーリーエールさん。あ、食事は食べられてますね」
「はい。悩みも一つ解決しましたし」
「男性機能ですか?」
「あ、ああ。それも解決しました」

 忘れてた。昨日目が覚めたら問題なかったなどと伝えたらどんな顔をされるんだろう。

「ん? また別の悩みでしたか」
「ええ。ほら、子どもの名前です」
「あー! 確かに。ああいう形で出産される人は滅多にいませんからね」

 いやいるわけないでしょう。お茶目なのか本気なのか、メガネの奥の瞳が笑ってないあたり、かなり本気で言ってる気がする。

「では、後ほど書類を持ってくるのでそちらに書いてください。確認次第、保育ベッドの名札に貼り付けておきますから」
「ありがとうございます」
「しかし、あの子は本当に迷宮が? 確かにマナの質はまず見たことはないですが」
「そもそも出産の瞬間をご覧になったじゃないですか」
「ははっ。命の授かり方に『普通』なんてものはありません。皆すべて異質であり尊いものです。ここに務めて三十年経ちますが、同じ出産環境を一つとして見たことありませんよ」

 強い。これが本当なら俺みたいな出産をやり遂げた人がいるってことだ。

「……待ってください、てことは男性が出産した例もあるってことですか?」
「人はみな、人から生まれてます。そこに違いはないんじゃないですか」

 やっぱり目が笑ってない。

「あ、先生まだこちらでしたか」

 そこに看護師さんがやってきた。手にしているのはもしかしたら例の書類だろうか。

「お、持って来ていただいたみたいですね」
「お名前決まったんですか?」
「はい、一応……」
「では名札に書きたいので申請前でよければこちらに書いちゃってください。出生届も病院経由で出しちゃいますので」

 言われて差し出された書類に、俺は昨日思いついた名前を書いた。
 男の子として、強くかっこいい名前にしたつもりだ。伝説とか勇者とか、そういったものとは関係なく育ってくれれば。

「……え、その名前で行くんですか?」
「ん? はい、そうですけど」

 あれ、二人の様子が変だな。

「なんかおかしいですか?」
「いいえ! その、なんというか」
「ストレートだなって思って」
「ああ、水晶連石の迷宮おやのなまえから取ったんです。結晶のように固く、澄んだ心の持ち主になるようにって」
「あ、ああ! なるほど!」
「……天然なんですね」
「え? ああ、素材は天然ですよ」

 微妙な空気になりつつも特に怒られるようなことはなかったので問題はないんだろう。ホッとして二人が出ていったあとで少し横になった。

 目が覚めると、横には教授が座っていた。

「ああ、起こしたかな?」
「あ、いえ。大丈夫です」
「体調はどうかね?」
「ええ、割といい感じです」
「そうか……」

 なぜか教授は暗い顔をしている。

「何かあったんですか?」
「いや、むしろ君に何かあったんじゃないかと心配だったんだが」
「え? 特におかしいと思うことはないですけど……」

 教授は酷く心配そうに俺を見つめている。

「ま、まあ父とが健康なら、ささやかなことか」

 ……??

「教授?」
「悩んでいたのなら相談してくれれば力になったんだが、吾氏わしもそういうところは抜けることもあるしな」
「さっきから何の話なんですか? それに娘、って」
「……君の娘のことだが?」
「やだなぁ。昨日保育ベッド見てきましたよ。俺より立派なのがあったじゃないですか」

 教授は顔を真っ青にしてうなだれた。

「やはり…… 知らなかったのか」
「へ?」
「あれは、男性器ペニスじゃない。女性器ヴァギナだよ」
「教授、女性器はあんな大きさじゃ……」

 俺は朝からの違和感に、ようやく気がついた。
 医者の先生も看護師も、わかっていたからあの表情だったのか。
 男の子だからとつけた名前だが、女の子だとかなりやばい名前になるんじゃないか?

「うちに住む迷宮喰らいダンジョンイーターに『ゼツリン』と名付ける君だ、多少は捻った名前にするだろうとは思ってたんだが、昼前にギルドへ出された出生届に予想外の名前があってね……」
「もしかして、通っちゃったんですか!?」
「そりゃ通るさ。男の子なら割とある名前だからな」

 そこへ俺の部屋を目指す静かな駆け足が響いた。

「バカディグ! 女の子になんて名前をつけるのよ!!」
「ベル!? ししし、静かにぃ!」
「信じらんない! 今すぐ再申請しなさい!!」
「……ラクナーシャ君、もう手遅れだ。ギルドに申請済みなのを確認したよ」

 教授からの言葉を聞くと、ベルはズルズルと膝から崩れ落ちた。その際、保育ベッドから剥がしてきたと思われる名札が床にハラリと落ちた。

 そこには『クリストリス・ホーリーエール 女の子』と書かれていた。
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