お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第2殿 急ごしらえの救助隊

第34洞 見えないモノ

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「じゃあ、いってらっしゃい」
「行ってくるよ」
「行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
「――行ってきます」

 最初は俺も数日休むつもりでいたが、ベルがここぞとばかりに「クリスちゃんはあたしが面倒見る!」と言い出したので任せることにする。

 マイナ姉さんも声を上げたのだが、現状彼女はまだ学生である(自分で言い出して編入した手前引っ込まざるをえなかった)ため、渋々俺たちと一緒に学園へと赴いた。

 いくらかは変わってしまったが、念願の日常復活である。

「さて、今日から吾氏わしも授業に戻るわけなんだが」
「……だが、なんです?」
「実はギルド経由である依頼を受けてな。なに、過去の迷宮の再調査なんだが、せっかく学園に戻ったというのにまた外へ出るのはどうかと思わんかね」
「まあ、そうですけど……」
「そ・こ・で! ディグラッド君、代わりに行ってもらえんかね」
「……俺が元シングルクラスの仕事をこなせるわけないじゃないですか!」
「はっはっは。心配はない。ケミー君も一緒だ」
「だったらなおさら俺、いらなくないですか?」
「場所は大陸北部、ヴァルハード川を超えた山の麓にあるクラモール村が目的地だ」

 その地名に、俺は覚えがあった。
 というより学園生ならば歴史の基礎知識として教わる内容ではなかったか。

「あの、もしかしたらそこって」
「うむ。勇者ラピエル誕生の村、として有名だ」



   ◇



 細かい日数は分からないが、勇者に会ったことがある、という人が曽祖父の曽祖父だった、ぐらいの過去の話。
 ある日突然、大陸の南西に巨大な迷宮が隆起した。森に、山に、谷間に沼に、それらを巻き込んで捻くれた建造物を織りなし、人の侵入を拒む天然の宮殿が生まれた。

 魔王リドルーが居城とするそれは、大陸中の迷宮を支配下に置くと宣言し、実際にそのほとんどを従えてしまった。
 人々は迷宮からの資源を押さえられ、発生するモンスターは溢れて人里へとやってくるようになり、安心して生活できない日々が続いたのだ。

 その脅威を打ち倒したのが勇者ラピエル。
 このクラモール村に隣接する『バーゼルの塔』こそ、勇者が生み落とされた迷宮だという。

「案外高くないんですね、バーゼルの塔って」
「一応、村の物見櫓ものみやぐらとして使われてて、勇者ラピエル発見当時もモンスターの襲来を監視しようと登った時に赤ん坊を見つけたらしいわ」

 結局俺はケミーさんと一緒に、学園の転送広場よりクラモール村を訪れていた。
 しかし、俺やクリストリスの足跡そくせきというか、魔王にならないようにするためのヒントがあるなら知りたいと思ったのも事実であるし、迷宮についての詳しい歴史は俺も授業で取らなかった分、現地で勉強できるなら吸収も早いだろう。そんな打算もある。

「ていうかめちゃくちゃ広いですね、この平野」
「クラモール村の付近は大陸三大河川の一つでもあるヴァルハード川が作った平野なのよ。川はあの「からの迷宮」……もとい、リドルー城まで続いてたらしいわ」
「今は繋がってないんですか?」
「うん、魔城ができたときの地殻変動で繋がっただけみたいだから」

 転送されてきた場所は村から少し外れた高台の祠だった。そこからでも十分村の大きさや塔の高さ、周囲の平野の様子が一度に把握できる。要するに見晴らしがとてもいい場所なのだ。

「で、何の再調査なんですか?」
「そりゃもちろん、クリちゃんのことについてよ」
「く、クリ!?」
「勇者のことについて、ってこと」

 うーん、過剰反応してるのは俺だけか。
 ケミーさんはにっこりと笑いながら早速バーゼルの塔へと向かった。

「あ、ギルドからの方ですね」

 村に入ると、初老の男性が迎えてくれた。

「はい。ギルドから派遣されましたケミー・アルストです」
「助手のディグラッド・ホーリーエールです」
「初めまして。村長のブレンです。いつもなら一般公開してるんですが、今日は休業扱いにしてあるのでゆっくりご覧いただけますよ」
「ありがとうございます」

 眼鏡がキラリと光る白髪の男性は、柔和な笑みを浮かべて俺たちを塔まで案内してくれた。

「どうぞ、今鍵を開けます」

 数分もかからず到着した塔は下から見ると流石に高く、広い平野で用いるならば物見櫓としての役目は十分果たせるだろう。

「じゃ、入るわよ」

 ケミーさんに続いて塔の中へと入る。
 塔自体は青いレンガのような石づくりの壁面に、あちこちが木の板で補強されていた。扉は木製の扉を金属で補強されている

「うわ…… 何だろう? ピリッとするわ」

 彼女の言う通り扉をくぐって中に入った瞬間、首筋にかかる気温がぐっと下がった。冷たいというわけじゃない。緊張感が強くなったというのが近いかもしれない。

 一階は資料館になっているようで、勇者に関するグッズやアイテムを保管するガラスケースがいくつも置かれていた。
 奥にはここの職員さんのような人がいるが、特に説明をするでもなくこちらを見つめている。

「授業や文献で聞いたもの以外は、特に変わったものはないわね」

 ケースの中身を見ながらケミーさんがつぶやく。俺にとっては結構見てるだけで楽しいが、ギルドの登録者にとっては職場の事務所のような感覚なのだろう。

「よし、上に行きましょう。勇者が発見されたのは最上階らしいから」
「はい」

 順路に沿って壁面にせり出した石の階段を登っていくと、少し狭くなった二階に出た。職員さんも上がってきて展示物の横で待機する。

「ここは戦いの歴史、みたいなのが書かれた読み物系の展示物置き場のようね」
「ははあ、なるほど」

 細かい年表は流石にないが、どのように授かりどのように育ち、魔王との戦いに赴いていったかが書かれているようだ。

「ふーん、そもそもこの展示物が作られたのがかなり昔みたいね」
「あ、本当だ。書体も古いですね」

 書かれている内容自体はまだ理解できるが、当時の文化や歴史的背景が古すぎて今一つピンとこない。ただ、展示物そのものは割と新しいことが伺えるので、定期的に展示物が更新されているのだろう。

「数字だけ見るとかなり昔なのよね。ざっくり五百年は経ってるし」
「え!? そんな古いんですか、勇者の伝説」
「ほらここ。まだギルドが影も形もない頃よ」

 年表のような展示物の最初の方を指さし、今と比べて指折り計算する。確かに五百年近くは経っており、それ以降に勇者の登場も魔王の出現もないのを見ると、俺やクリストリスの存在がいかに異質であるかを思い知る。

「これ見てると、そもそも勇者とか、魔王とか、おとぎ話の存在ですよね」
「でも、魔王の出現だけは見過ごせないっていうのがギルドの方針みたい。気にはしてるけど情報そのものの収集はしてこなかったから、今回ここに来てるってわけ」
「……じゃあ、クリストリスが勇者だっていう確証も、今のギルドは思ってないってことですか?」
「だって、人から迷宮が生まれる事案が今までにあったと思う? しかも人の形をした状態で」
「ない、と、思います……」
「でしょ?」

 その後も展示物を見て回る。どうやら勇者本人以外にも何人か仲間がいたようだ。だが、その誰もが魔王を倒した前後で死んでいる。寿命なのか呪いなのか、はたまた魔王との決戦中に殺されたのか。

「魔王、って何なんでしょうね」
「さあ。ダンジョンマイスター的に分類するなら、環境型の典型だと思うけど」
「それクリストリスが生まれる時、教授も言ってましたよ?」
「ふふふ。わたくしも教授の意見に賛成だわ。だって、当時はこの大陸にいくつも国があって、それぞれが戦争状態だったわけだし」
「あ、それも学園で習いましたよ」

 当時、大陸は大小合わせると七つ以上の国があったらしい。その内の三つの国々が戦争の真っ最中ではあったのだが、魔王の登場で一時的に戦争は止まったという。

「皮肉にも魔王の登場が大陸統一のきっかけにもなったけど、結局モンスターの襲来で人々は窮地に追い込まれるわけなのよね」

 ざっと展示物を見終わると、最後の屋上へと俺たちは赴いた。
 今度の階段は狭くて一段一段が高い。徐々に細くなる塔の形にそった螺旋階段は、およそ三階分を登らされた後にようやく屋上へとたどり着いた。

「わ、わ、高ぁーい!」

 息を切らさずに昇りきったケミーさんは、すっかり赤くなった太陽に向かって大声で叫んだ。
 俺も何とか昇りきったが、若干息が荒い。ついてきた職員さんもにこにこ顔を崩さないのは流石だ。

「あ、ほら。ここで赤ちゃんが見つかったっていう台があるわ」

 ちょうど太陽を背にすることで見える台には「勇者降臨の台座」と書かれている。
 どうみてもただの石造りのテーブルなんだが、それでも歴史を動かした人物の始まりの場所だと思と、少し神々しく見えてくる。

「あ、これ触っても大丈夫ですか?」

 俺は職員さんに聞いてみる。

「何言ってるのよ、ダメに決まってるじゃない」

 しかし、答えたのはケミーさんだ。

「いえ、ケミーさんじゃなくて」
「は?」

 突然ケミーさんの顔が曇る。

「……わたくしじゃない、って?」
「だから、そこにいる職員さんに聞いたんですよ」

 今度は体を硬直させ、驚く速度で俺に近づいてきた。

「待って待って待って。どういうこと?」
「ですからー! そこに!」
「さっきからこの塔にはわたくし達以外誰もいないわよ!」
「へっ!?」

 ちょっと待って、それは……
 そして今更ながらゴーグルを持ってこなかったことを思い出した。

「誰かいるの? 何か見えるの??」
「た、ぶん。俺が見えるってことはマナの精霊とか何かかもしれませんよ」
『いいえ違います』
「ひいいいいいいいいいい!!!! 声があああああああああ!!!」

 職員さん? は突然口を開くと、にこにこ顔のまま俺たちに近づいてきた。

『来訪者さん、私の姿が見えるのですか?』
「え、ええ。はい。しっかりと」
「ここここ声はきき聞きこえるるるるるうううううううう!!」
「落ち着いてくださいよケミーさん! 多分大丈夫ですから!」

 視線は左右に激しく飛び交い、体は俺を盾に壁際へと後ずさり。
 ……へえ、ケミーさんてこういうの弱いんだ。

『あらあら、驚かせるつもりはなかったんですが。私の姿が見える殿方に五百年ぶりに出会ったもので、つい』

 五百年ぶり?
 殿方?
 俺は思わず股間に手を伸ばした。

『この辺は出会いも少なくて、持て余しておりましたの』

 ……なぜだろう。仄かに熱を帯びている。

「あなたは、一体誰でしょうか?」

 職員さんは、にこりと微笑んだ。よく見ると制服だと思っていたのはタイトなドレスで、ここの青レンガと似たような色をしている。長い髪は銀色で澄んだ色をしており、いくつかの束ごとで色の違う美しい髪留めでまとめられていた。

 近くで見ると、それが職員ではなくもっと異質なものだと気が付いたはずなのに。

『そうですね…… どうぞ、ひとときの契りを結ばせていただければお教えしてもよろしいですわ』
「ち、ちち、契りぃ!?」

 突拍子もない申し出に、思わず俺は尻餅をついた。
 いや、下半身が言うことを聞かない。痺れたような感覚だけが脳に認知され、まるで言うことを聞かない。

「ちょ、ちょっとキミ! どうしたのよ!」
「た、多分、この人…… いや、このお方は勇者の母親です!」
『あら、勇者はむしろアナタですわ』
「……え?」
「はい?」
『私、もうずいぶんと殿方と契っていませんの。このあたり、まるで迷宮がないでしょう? 五百年前のあの日も、こうした運命の出会いがお互いを高め合って……』

 間違いない。
 この方は「ここの迷宮そのもの」だ。

『まさか迷宮の殿方の方から来訪される奇跡が、また起こるなんて!』
「……それって、俺の事ですか?」

 迷宮の彼女は、おもむろに俺の股間を素早く、優しく握った。

「ほぁう!」
『何をおっしゃってるんですか? ここ、こんなに迷宮の匂いをさせて……』
「ちょ、ちょっ、待って!」
「ねえキミ、そこに誰かいるの? 何かされてるの?? ねえ、わたくし何も見えないんだけど!!??」
「ケミーさん、逃げましょう! 塔から出れば――」

 どすん、と何かが落ちる音が階段の方から響いた。
 先ほどまで開いていた、階下へ通じる階段があった場所が、ただの床になった。

『せっかく、この塔をお調べに来られたのでしょう? どうぞ、ごゆっくりお調べくださいませ。ゆ・う・しゃ・さ・ま』
「ち、ちが、そんなつもりじゃ――」

 ケミーさんを頼ろうと後ろを振り向くが、既に泡を吹いて倒れていた。
 もうなす術がない。
 俺は色々な恐怖と快楽とのはざまで、少しだけ理性に蓋をすることしかできなかった。
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