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第3殿 未来への道程
第42洞 神殿に潜む謎
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『今からおよそ二十年前、世界に突然魔王を名乗る人間がロレンシナに現れました』
彼女は、何かを読み上げるように淡々と話し始めた。
ロレンシナと魔王。
その二つの単語が示す未来の話に、俺はある可能性を想像した。
『乱立していた迷宮と領民を巻き込んで生まれた第二の魔王城は、ファルアストの送り込んだ探索者達を当たり前のように飲み込んでいったんです』
ベルが俺の手を握る。マイナさんにいたっては腕にしがみついているが、二人の姉妹が感じている恐怖は、なんとなく俺も理解できる。
迷宮に飲み込まれる恐怖。家族を失う喪失感。
少なくともこの姉妹はそれらを経験しているのだ。
『だけど勇者は現れなかった。徐々に魔王城は周辺の迷宮を飲み込む形でその勢力圏を増やし、大陸に住む生物を駆逐しつつ探索者ギルドの包囲に成功した。残された探索者はみんな学園とギルドに集まってたから、必然的に籠城戦になったけど』
確かに迷宮を手中に収めつつ探索者と戦うならそういう流れになるだろう。
だが、若干疑問が湧く。
「ちょっと待ってくれ。いくらなんでも急すぎないか? ほかのシングルクラスは何してるんだよ」
「そ、そうよ! 当時の状況はよく分かんないけど、探索者のレベルも魔工具の精度も今の方が発達してるはずじゃない!」
俺たちの疑問を、水鏡の向こうにいる彼女に投げかける。しかし彼女は、揺らめく水面の向こうで表情を曇らせた。
『理由は分かりません。けど、シングルクラスの探索者だった皆さんは、初動でいち早く対処に当たり…… 迷宮から帰ってくることはありませんでした』
思わず唾をのむ。
そんな馬鹿な。今でもいくつか有名な探索者パーティが存在しているし、俺がロレンシナで魔王の予兆を伝えてからいくらか動きもある位だぞ?
『でも、最終的にギルド付近以外はほぼ魔王の収める迷宮回廊に閉じ込められてしまって…… もうすぐ、残った人たちはみんなマナに変えられてしまう』
「そんな!」
『だから』
水鏡はくるりと視点を変える。映っていた女性は水面から消えて、見たことのある模型が画面に映り込んだ。
『この未来を変えるために、リフィールおばあ様たちと一緒に時空転送魔法を準備したの。けど、結局生身のままじゃ転送に耐えられないことが分かって』
そう言いながら、彼女は手元に淡く光る欠片を掲げて見せた。
「……!? それ、は」
『お父様なら、どこにいても私を見つけてくれる。私を育ててくれる。だって、お父様は世界で一番のダンジョンマイスターだから』
「クリストリス!?」
水面が揺らぐ。
場面が変わったのか初老の女性が映ったかと思うと、画面は暗転して声が遠くなった。その間も聞き覚えのある声で魔法が紡がれ、その声すらも途絶えた。
「クリスちゃん!?」
「――あれ、何も映ってない?」
「クリストリス!!」
僅かな間を置いて、再び水面からごうごうとどこかに潜るような音が響き渡る。突然強烈な光と共に、俺にとっては懐かしい場面が映り込んだ。
『採集に成功した例はない!』
『うううう、嘘でしょ!?』
『基本的には迷宮情報を持ったマナのカタマリだ! グローブで掴めなかったら次また挑戦する!』
『体当たりすぎる!』
「え、これ……」
「片方はディグよね? それにもう片方も」
「アンカー―― 教授?」
この会話、覚えている。
初めて水晶連石の迷宮で種を確保した時の声だ。
画面に広がる映像も、ふらふらとして定まらない。まるで何かを探しているようだ。
『……出口を探してるのか?』
『どうだろうな、過去放出を観察したときは猛スピードで外に放出されたからな』
「もしかして、俺を探してるのか?」
「え、ひょっとしてこれ、クリスちゃんなの?」
「――時を超えた??」
ぐるぐると視界が回り、ひときわ不思議なマナを放つ俺を見つけると、何とか近づこうとさらに視界がふらつく。
『要は、これを掴めばいいんですかね?』
『うむ、やってみてくれ』
俺が両手を広げてつかみかかる。そうだ、この時俺はその種を掴もうとして……
『キレイ、だな――』
どぷん。とそれは俺の腹目がけてダイブする。そこで映像も音も完全に途絶え、水面は先ほどと同じ物言わぬ滝に戻った。
「つまり……」
「さっきまでの映像と、今ここにいるこの子は」
「まさに、同じ―― 人物」
彼女の言うことを信じるなら、魔法は既にいる。
そう言う意味では、ギルドは若干ではあるが先手を打ってることになる。なぜなら、この子が生まれた事によって魔王の存在を前もって知れたからだ。
だけど俺には分からない。
なぜ、彼女はこうしてまで過去に来たのか。
今こうして物言わぬ赤子になっている以上、本来の意味で伝わっていないというのに。
……いや。
「違う」
「ディグ?」
「どうしたの――?」
俺は入り口のない部屋を漁り始めた。
床を這うように探し、壁をひとつひとつ調べ、柱や中央の模型にくまなく目を通し、天井をあおいでなにかないか調べてみた。
「何かあるはずだ。確かに俺はクリストリスの事を知りたくてここに来た。けどそれはあの映像を見るために来たんじゃない。あれは、必然ではないはずだから」
ベルは俺の言う事が微妙に理解できないのか、もじもじしたままその場から動かない。
「……ごめん、何言ってるか分かんないよな」
けど、マイナさんは何かを感じてくれたようで模型をさっきからずっと眺めている。
「お、お姉ちゃん?」
「ベル―― この模型、少し変だと思うの」
「そう、かな? あたしも見ていい?」
「うん。ほら、ここの――」
ベルはまだ探索者として迷宮の調査をしたことはない。はずだ。
俺はなんだかんだマイスターとしての経験を積むために教授やケミーさんのツテであちこちの迷宮に足を運んでいるが、記憶にあるのはどれも『探索済み』の迷宮であることがほとんどだ。
ここは違う。
学園の管理下にありながら、学園関係者はおろかギルドの調査すら入ったという話を聞かない。
それが本当に迷宮の危険性や未踏破の部分が多いからなどという理由でないのなら、きっともっと別の理由があるはずなのだ。
「あ、ねえディグ」
「ん? どうした」
不意にベルが俺を呼んだ。
「この模型ね、やっぱりこの迷宮の模型じゃないかって思うの。ほら」
彼女が指さす場所は、確かに今俺たちがいる小さな小部屋だ。
そして、その模型が示す通りこの部屋に侵入するために開いてなければいけない扉や通路は用意されていない。
「……これが正しい模型だとすると、俺たちはここに閉じ込められたってことにならないか?」
俺はクリストリスの寝顔を見ながら、しかし死刑宣告に近い状況を口にする。
「――でも、ここのことは模型にない」
マイナさんが指さす先は、さきほどまで映像が流れていた滝がある壁だ。
「確かに、模型には滝がない。けど実際には滝がある。模型に水が表現できないから作り込んでないだけなんじゃないの?」
「違う」
珍しく、俺の意見に物申すマイナさんは、再度模型を指さす。
「向きが逆。模型に滝が流れていたとしたら、こっちに―― 滝がないとおかしい」
「あ、本当だ。よく気づいたねお姉ちゃん」
言われた場所を見ると、確かに向きが逆だ。柱の位置や外壁の向きを考えると、ちょうど正反対に模型が組まれていることが分かる。
「水が止まれば、水路が通路になってこの場所まで行ける―― はず」
水を流すためにいくつもの棚が段々になっている場所は、確かに水が止まれば会談になる。そして、さらに奥にある場所から表に出られるだろう。
「ふぁぁ、あぁぁ……」
「あ、クリストリス?!」
俺のイライラが伝播したのか、突然クリストリスが起きてぐずりだした。
「ああ、ごめんな。ちょっとうるさかったかな?」
「ああぁぁぁーー!!」
抱っこ紐から外して抱き上げると、今度は盛大に泣き始めた。
「わああ! ごめんね~ よしよし~ ……あ」
ぴちゃ、ぴちゃ……
お尻を持った方の手に、若干暖かな温もりが広がる。
「あぁあ、……おむつ変えないと」
「ああぁぁぁああーー!! ぉああぁぁーーー!!」
とめどなく溢れるオシッコが、おむつを貫通して模型にも滴る。
「おおっと、めちゃくちゃ溜まってたのか?」
俺は急いでバッグから代えの服とおむつを取り出し、先ほど見た娘の股間をじっくり見ながらたどたどしい手つきで交換を終える。
「……やっぱ、あの子はクリストリスなんだな」
「たぶんね」
「魔王は、出るのか?」
「――そうかも」
「俺は、ベルは、マイナさんはどうなったんだろうな」
「……」
「……」
言葉が出ない。
未来のクリストリスがそれらを口にしなかった理由は分からない。
彼女たちを近しい人だと思ってなかったかもしれない。
それは、母親ではないと言う理由よりも、もっと重い理由がある。
彼女が生まれた時に、既に死んでいると言うことだ。
「く、考えててもダメだ! 早く脱出する方法を……」
俺は再度模型に目配せする。若干ミルク臭くなってしまったがもう手掛かりはここにしかないのだ。
「なにか、なにか、なにか、な、にか…… あれ?」
「どうしたの?」
「いや、さっきクリストリスが漏らしたおしっこが、ほら」
「――乾いてる?」
「そうじゃない、真ん中のここに集まって……」
盛大に漏らしたおしっこは、模型の中央に集まってそこから抜けていっているようだった。
俺は滝の水を汲んで模型に流し込むと、やはり中央に水が集まる。
「あ! ディグ! この模型真ん中に軸がある! そこから下に漏れてるわ!」
下を覗き込んでいたベルが叫ぶ。どんな些細な発見でも今の俺たちにはうれしい。
「……確かに。しかも台座からちょっと浮いてるな」
「もしかして、回る――?」
試しに俺が押してみる。
「んぎぎぎぎぎぐぐぐっ!」
「あ、あたしも手伝う!」
ベルと一緒になって模型を回すために力を込める。何度も地面を擦りながら力を込めると、少しずつ、少しずつ足の位置が変わっていくのを感じた。
「――動いた!」
ごり、ごりと地面のはるか下の方から音が響く。徐々に動かせる距離が増えてちょうど半回転。先ほどの位置から考えると模型の位置と滝の向きが一緒になった瞬間に、滝の勢いがみるみる落ちていった。
「やった! このまま水が止まれば……」
天井付近から流れる水が徐々に勢いを失い、完全に水が止まると床の下からごうんごうんと音が響く。
「何の音かしら?」
「なんかの仕掛けが動いたか、戻ったか。とりあえず外に出てみようぜ」
長い間水が流れていた場所にはコケやぬかるみがあちこちに生え、滑りやすくなっていた。俺はクリストリスを抱きながらなので二人よりも慎重に棚を登っていく。
「確か道順はこうで、ここを曲がって……」
「――光!」
「あっ! あれ出口じゃない!?」
長く見ていた模型のおかげで迷宮の道筋を迷うことなく外へと出れた。
「外…… 出れた」
「はあああぁぁぁぁぁーーーーーー よかったぁぁぁぁーーーーーーー」
帰れた。思わず俺は膝から崩れて尻餅をつく。普通に倒れるとクリストリスがまた泣きだすからだ。
だが、この子もまだスヤスヤ眠ったままだ。この子のお漏らしに助けられた。
「いや、もしかしてここからの脱出方法を教えてくれたのかもな」
「うん。まさにそうだよ! えらいね、クリスちゃん」
「――なでなで」
「わ! なんだあれ!」
「おいおいおい、あそこって確か迷宮がなかったっけ!?」
しかし、ホッとしたのもつかの間。学園の方が騒がしいことに気が付いた。
「なんだ、どうした?」
一足早くトテトテと様子を見に行ったマイナさんが、ダッシュで戻ってきた。
「水晶連石の迷宮の入り口から、滝みたいに水が流れてる」
「え!?」
「えぇ……」
……もしかして、虚空の神殿と物理的に繋がってる可能性が、あるってことか?
彼女は、何かを読み上げるように淡々と話し始めた。
ロレンシナと魔王。
その二つの単語が示す未来の話に、俺はある可能性を想像した。
『乱立していた迷宮と領民を巻き込んで生まれた第二の魔王城は、ファルアストの送り込んだ探索者達を当たり前のように飲み込んでいったんです』
ベルが俺の手を握る。マイナさんにいたっては腕にしがみついているが、二人の姉妹が感じている恐怖は、なんとなく俺も理解できる。
迷宮に飲み込まれる恐怖。家族を失う喪失感。
少なくともこの姉妹はそれらを経験しているのだ。
『だけど勇者は現れなかった。徐々に魔王城は周辺の迷宮を飲み込む形でその勢力圏を増やし、大陸に住む生物を駆逐しつつ探索者ギルドの包囲に成功した。残された探索者はみんな学園とギルドに集まってたから、必然的に籠城戦になったけど』
確かに迷宮を手中に収めつつ探索者と戦うならそういう流れになるだろう。
だが、若干疑問が湧く。
「ちょっと待ってくれ。いくらなんでも急すぎないか? ほかのシングルクラスは何してるんだよ」
「そ、そうよ! 当時の状況はよく分かんないけど、探索者のレベルも魔工具の精度も今の方が発達してるはずじゃない!」
俺たちの疑問を、水鏡の向こうにいる彼女に投げかける。しかし彼女は、揺らめく水面の向こうで表情を曇らせた。
『理由は分かりません。けど、シングルクラスの探索者だった皆さんは、初動でいち早く対処に当たり…… 迷宮から帰ってくることはありませんでした』
思わず唾をのむ。
そんな馬鹿な。今でもいくつか有名な探索者パーティが存在しているし、俺がロレンシナで魔王の予兆を伝えてからいくらか動きもある位だぞ?
『でも、最終的にギルド付近以外はほぼ魔王の収める迷宮回廊に閉じ込められてしまって…… もうすぐ、残った人たちはみんなマナに変えられてしまう』
「そんな!」
『だから』
水鏡はくるりと視点を変える。映っていた女性は水面から消えて、見たことのある模型が画面に映り込んだ。
『この未来を変えるために、リフィールおばあ様たちと一緒に時空転送魔法を準備したの。けど、結局生身のままじゃ転送に耐えられないことが分かって』
そう言いながら、彼女は手元に淡く光る欠片を掲げて見せた。
「……!? それ、は」
『お父様なら、どこにいても私を見つけてくれる。私を育ててくれる。だって、お父様は世界で一番のダンジョンマイスターだから』
「クリストリス!?」
水面が揺らぐ。
場面が変わったのか初老の女性が映ったかと思うと、画面は暗転して声が遠くなった。その間も聞き覚えのある声で魔法が紡がれ、その声すらも途絶えた。
「クリスちゃん!?」
「――あれ、何も映ってない?」
「クリストリス!!」
僅かな間を置いて、再び水面からごうごうとどこかに潜るような音が響き渡る。突然強烈な光と共に、俺にとっては懐かしい場面が映り込んだ。
『採集に成功した例はない!』
『うううう、嘘でしょ!?』
『基本的には迷宮情報を持ったマナのカタマリだ! グローブで掴めなかったら次また挑戦する!』
『体当たりすぎる!』
「え、これ……」
「片方はディグよね? それにもう片方も」
「アンカー―― 教授?」
この会話、覚えている。
初めて水晶連石の迷宮で種を確保した時の声だ。
画面に広がる映像も、ふらふらとして定まらない。まるで何かを探しているようだ。
『……出口を探してるのか?』
『どうだろうな、過去放出を観察したときは猛スピードで外に放出されたからな』
「もしかして、俺を探してるのか?」
「え、ひょっとしてこれ、クリスちゃんなの?」
「――時を超えた??」
ぐるぐると視界が回り、ひときわ不思議なマナを放つ俺を見つけると、何とか近づこうとさらに視界がふらつく。
『要は、これを掴めばいいんですかね?』
『うむ、やってみてくれ』
俺が両手を広げてつかみかかる。そうだ、この時俺はその種を掴もうとして……
『キレイ、だな――』
どぷん。とそれは俺の腹目がけてダイブする。そこで映像も音も完全に途絶え、水面は先ほどと同じ物言わぬ滝に戻った。
「つまり……」
「さっきまでの映像と、今ここにいるこの子は」
「まさに、同じ―― 人物」
彼女の言うことを信じるなら、魔法は既にいる。
そう言う意味では、ギルドは若干ではあるが先手を打ってることになる。なぜなら、この子が生まれた事によって魔王の存在を前もって知れたからだ。
だけど俺には分からない。
なぜ、彼女はこうしてまで過去に来たのか。
今こうして物言わぬ赤子になっている以上、本来の意味で伝わっていないというのに。
……いや。
「違う」
「ディグ?」
「どうしたの――?」
俺は入り口のない部屋を漁り始めた。
床を這うように探し、壁をひとつひとつ調べ、柱や中央の模型にくまなく目を通し、天井をあおいでなにかないか調べてみた。
「何かあるはずだ。確かに俺はクリストリスの事を知りたくてここに来た。けどそれはあの映像を見るために来たんじゃない。あれは、必然ではないはずだから」
ベルは俺の言う事が微妙に理解できないのか、もじもじしたままその場から動かない。
「……ごめん、何言ってるか分かんないよな」
けど、マイナさんは何かを感じてくれたようで模型をさっきからずっと眺めている。
「お、お姉ちゃん?」
「ベル―― この模型、少し変だと思うの」
「そう、かな? あたしも見ていい?」
「うん。ほら、ここの――」
ベルはまだ探索者として迷宮の調査をしたことはない。はずだ。
俺はなんだかんだマイスターとしての経験を積むために教授やケミーさんのツテであちこちの迷宮に足を運んでいるが、記憶にあるのはどれも『探索済み』の迷宮であることがほとんどだ。
ここは違う。
学園の管理下にありながら、学園関係者はおろかギルドの調査すら入ったという話を聞かない。
それが本当に迷宮の危険性や未踏破の部分が多いからなどという理由でないのなら、きっともっと別の理由があるはずなのだ。
「あ、ねえディグ」
「ん? どうした」
不意にベルが俺を呼んだ。
「この模型ね、やっぱりこの迷宮の模型じゃないかって思うの。ほら」
彼女が指さす場所は、確かに今俺たちがいる小さな小部屋だ。
そして、その模型が示す通りこの部屋に侵入するために開いてなければいけない扉や通路は用意されていない。
「……これが正しい模型だとすると、俺たちはここに閉じ込められたってことにならないか?」
俺はクリストリスの寝顔を見ながら、しかし死刑宣告に近い状況を口にする。
「――でも、ここのことは模型にない」
マイナさんが指さす先は、さきほどまで映像が流れていた滝がある壁だ。
「確かに、模型には滝がない。けど実際には滝がある。模型に水が表現できないから作り込んでないだけなんじゃないの?」
「違う」
珍しく、俺の意見に物申すマイナさんは、再度模型を指さす。
「向きが逆。模型に滝が流れていたとしたら、こっちに―― 滝がないとおかしい」
「あ、本当だ。よく気づいたねお姉ちゃん」
言われた場所を見ると、確かに向きが逆だ。柱の位置や外壁の向きを考えると、ちょうど正反対に模型が組まれていることが分かる。
「水が止まれば、水路が通路になってこの場所まで行ける―― はず」
水を流すためにいくつもの棚が段々になっている場所は、確かに水が止まれば会談になる。そして、さらに奥にある場所から表に出られるだろう。
「ふぁぁ、あぁぁ……」
「あ、クリストリス?!」
俺のイライラが伝播したのか、突然クリストリスが起きてぐずりだした。
「ああ、ごめんな。ちょっとうるさかったかな?」
「ああぁぁぁーー!!」
抱っこ紐から外して抱き上げると、今度は盛大に泣き始めた。
「わああ! ごめんね~ よしよし~ ……あ」
ぴちゃ、ぴちゃ……
お尻を持った方の手に、若干暖かな温もりが広がる。
「あぁあ、……おむつ変えないと」
「ああぁぁぁああーー!! ぉああぁぁーーー!!」
とめどなく溢れるオシッコが、おむつを貫通して模型にも滴る。
「おおっと、めちゃくちゃ溜まってたのか?」
俺は急いでバッグから代えの服とおむつを取り出し、先ほど見た娘の股間をじっくり見ながらたどたどしい手つきで交換を終える。
「……やっぱ、あの子はクリストリスなんだな」
「たぶんね」
「魔王は、出るのか?」
「――そうかも」
「俺は、ベルは、マイナさんはどうなったんだろうな」
「……」
「……」
言葉が出ない。
未来のクリストリスがそれらを口にしなかった理由は分からない。
彼女たちを近しい人だと思ってなかったかもしれない。
それは、母親ではないと言う理由よりも、もっと重い理由がある。
彼女が生まれた時に、既に死んでいると言うことだ。
「く、考えててもダメだ! 早く脱出する方法を……」
俺は再度模型に目配せする。若干ミルク臭くなってしまったがもう手掛かりはここにしかないのだ。
「なにか、なにか、なにか、な、にか…… あれ?」
「どうしたの?」
「いや、さっきクリストリスが漏らしたおしっこが、ほら」
「――乾いてる?」
「そうじゃない、真ん中のここに集まって……」
盛大に漏らしたおしっこは、模型の中央に集まってそこから抜けていっているようだった。
俺は滝の水を汲んで模型に流し込むと、やはり中央に水が集まる。
「あ! ディグ! この模型真ん中に軸がある! そこから下に漏れてるわ!」
下を覗き込んでいたベルが叫ぶ。どんな些細な発見でも今の俺たちにはうれしい。
「……確かに。しかも台座からちょっと浮いてるな」
「もしかして、回る――?」
試しに俺が押してみる。
「んぎぎぎぎぎぐぐぐっ!」
「あ、あたしも手伝う!」
ベルと一緒になって模型を回すために力を込める。何度も地面を擦りながら力を込めると、少しずつ、少しずつ足の位置が変わっていくのを感じた。
「――動いた!」
ごり、ごりと地面のはるか下の方から音が響く。徐々に動かせる距離が増えてちょうど半回転。先ほどの位置から考えると模型の位置と滝の向きが一緒になった瞬間に、滝の勢いがみるみる落ちていった。
「やった! このまま水が止まれば……」
天井付近から流れる水が徐々に勢いを失い、完全に水が止まると床の下からごうんごうんと音が響く。
「何の音かしら?」
「なんかの仕掛けが動いたか、戻ったか。とりあえず外に出てみようぜ」
長い間水が流れていた場所にはコケやぬかるみがあちこちに生え、滑りやすくなっていた。俺はクリストリスを抱きながらなので二人よりも慎重に棚を登っていく。
「確か道順はこうで、ここを曲がって……」
「――光!」
「あっ! あれ出口じゃない!?」
長く見ていた模型のおかげで迷宮の道筋を迷うことなく外へと出れた。
「外…… 出れた」
「はあああぁぁぁぁぁーーーーーー よかったぁぁぁぁーーーーーーー」
帰れた。思わず俺は膝から崩れて尻餅をつく。普通に倒れるとクリストリスがまた泣きだすからだ。
だが、この子もまだスヤスヤ眠ったままだ。この子のお漏らしに助けられた。
「いや、もしかしてここからの脱出方法を教えてくれたのかもな」
「うん。まさにそうだよ! えらいね、クリスちゃん」
「――なでなで」
「わ! なんだあれ!」
「おいおいおい、あそこって確か迷宮がなかったっけ!?」
しかし、ホッとしたのもつかの間。学園の方が騒がしいことに気が付いた。
「なんだ、どうした?」
一足早くトテトテと様子を見に行ったマイナさんが、ダッシュで戻ってきた。
「水晶連石の迷宮の入り口から、滝みたいに水が流れてる」
「え!?」
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