お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第3殿 未来への道程

第44洞 消えた種

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「……ちょっと待ってください。それなら、勇者より魔王が先に生まれてたってことじゃないですか!? それなのに、魔王は放置して勇者の調査をしてたと?」

 俺は思わず会話の腰を折った。

「話は最後まで聞け。ランビルドは確かに魔王の種を願ったが、のだ」

 ……どういう事?

「順を追って説明してやろう」

 ラスキーさんは短く息を吐くと、窓の外を眺めながら言葉を紡ぎ出した。



   ◇◇◇



 暑いとも寒いとも知れぬ、迷宮の最奥。
 氷のように霜の降りた扉は、しかしあっけなく開いた。凍ることすら忘れられるほど、この迷宮は世界から隔絶された場所にあるのだろう。

「調査書のとおりだな」

 無限の大地リーダーのハリルサンドは、かつて勇者と魔王が対峙したという謁見の間へ到達したのだという実感を持った。

 壁一面には色鮮やかなマナクリスタルが生え揃い、仄かな光を放っている。数段高くなったところに据え置かれた主人のいない玉座は、まさに「空の迷宮」を体現した佇まいだ。

「迷宮を永続的に存続させる器官…… これが環境型最恐と言わしめた『欲望の器』か」
「ちょっとリーダー、あまり不用意に近づくもんじゃないわよ」

 豊満な身体を隠そうともしない格好の魔導師リフィールは、彼の正面に自身と同じ柔らかさを持つ空気の壁を作り出す。

「おっと…… リフィール、君はいつも心配性なんだよ」
「彼女の言う通りよ。溜まった人の欲を正しい手順で解放するのが今回の任務なんだから」
「はいはい。ラスキーも融通が利かないな」

 彼は自慢の青い髪をかき上げると、一人玉座の前までゆっくり歩み出た。注意深くその椅子を観察していると、しゃがみ込んだところで何かに気がついた。

「……あ、ホーランのやつこんなところに」

 ハリルサンドは肘掛けの隅にサインを発見した。黒いインクで『ホーラン・ホーリーエール参上!』と書かれている。

「ウソ、あいつの話本当だったの?」
「あいつとは長い付き合いだ。だけどさすがに今回は疑ってたんだが……」
「へえ、口だけじゃないってことね」

 リーダーたちが玉座に注目開いている頃、アンカーは周囲のクリスタルに目を奪われていた。

「そんなに珍しい? この迷宮のあちこちにも生えてたじゃないの」

 ラスキーはそんな彼につい口を出した。

「いや、確かにそうなんだけど、あちこちに生えてたクリスタルは各地の迷宮にあったものがそのまま生えてるだけだったけど、ここにあるのはその全部が寄せ集まって生えてるんだ。迷宮の属性や元マナ関係なく、だぜ? 普通に考えたらあり得ない環境なんだよ」
「始まったよ、アンカー得意の迷宮語りダンジョン・コンプレックスが」

 だが、そんな彼らを遠巻きに観察する人間もいた。
 神聖術師、ランビルドだ。

「見ろよランビルド。マナに神が宿るってんなら、この辺は神様だらけってか?」
「……フン、下らんな」

 ランビルドは部屋の真ん中まで移動すると、両手を上げて天井を仰いだ。

「この部屋そのものが理想郷だ。かつて神がこの地に降り、世界を導かんとした証だ。ここには!」
「……やっぱわかんねーや。お前」

 二人が言い合いをする頃、リフィールは玉座に座り、その欲望の雫をその首に纏った。欲望の器たる玉座の力を程よく消費させる、ギルドによる苦肉の運用でもある。

「これで、一度死んでも戻れるってわけね」
「ああ。ここの調査任務をするうえでの特典みたいなものだ。だが、一度発動するともう体にマナを纏えない。戦線復帰は難しいだろう」

 ハリルは自身の胸元に光るアミュレットを見せる。彼のは少し古いようだ。

「さ、次はアンカー。お前の番だ」
「待ってました!」

 アンカーはダッシュで玉座に座り、大声で言霊を紡いだ。

吾氏わしの名はアンカー・グラモンド! 迷宮よ、吾氏の願いを聞き届けよ!」
『……汝、この迷宮の玉座について何を願う?』
「限りある命を全力で使い切る! そのためにも先の未来で起こる事故で死なぬ体がほしい!」
「アンカー!?」
『ならば、死に耐えうる力を与えよう』

 玉座の力が彼の首元に具現化し、リフィールと同じようなアミュレットが生成された。

「……あまり驚かせるな」
「へへっ。ラスキーに『お前は事故で死ぬ』って言われたからな。ちょうどいいやって」
「ちょっと、リーダーに変なこと吹き込まないで。其方の死が見えたのはたまたまなんだから」

 ハリルが胸を撫で下ろす。だがまだ器のマナは十分残っており、最後のメンバーにも声をかけようと彼は首を回した。

「おい、ランビルド。君の番だ」
「セブ様は良いのですか?」

 先ほどから黙っていた女性が名前を呼ばれ、くいとリーダーの服をつかむ。

「セブエイターンは前回に済ませている。まだアミュレットを持ってないのは君だけだ」
「なるほど」

 ランビルドは恭しく礼をして、一人玉座に座ると、大きく息を吸った。

「迷宮よ、お前の主たるランビルド・ナインロックが命じる。我が願いを聞き届けよ」
『……汝、この迷宮の玉座について何を願う?』

 ランビルドはハリルをチラリと見て、顔をゆがませた。

「その力を寄越せ。私は新たな主となろう」
「ランビルド!?」

 ドスン! と迷宮が揺れる。

『我が力は迷宮そのもの。人の体にこの力は持て余す』
「ならばこの体を迷宮に変えろ! 人の体なんぞ重いだけだ!」
「何を考えている、ランビルドぉぉ!!!!」

 ハリルサンドはしかし冷静に剣を抜き真一文字に振り抜いた。玉座の背もたれに赤い雫で軌跡が描かれた。

「キャアアアーーッ!!」

 新たな魔王を作るわけには行かない。その思いがリーダーとしての最善を尽くした。だが体と別れたはずのランビルドの頭は、そのまま宙に浮き上がりくるくると縦方向に回転を始め、そのまま玉座の放つ光の中へと吸い込まれた。

「な、バカな!?」
『生まれ変わるがいい。新たな種を持って、新たな命を持って』

 玉座の声が部屋に響く。光は強くなり、そこに座るランビルドの体が光に潰されて血しぶきを上げつつ粉々になる。

「な、何が起こってるんだ!??」

 アンカーが大声で叫ぶ。

「そんなの、妾が聞きたいわ!」

 完全に人の姿を失った肉塊は、小さな部品になるまで散り散りに砕かれ、玉座へ溶け込むように消えていった。

『新たな種を、新たな使命を、新たな――』
「黙りなさい」

 その先を、玉座は告げることを止められた。

「! セブ!!! なにをやってるの!?」

 ラスキーが大声で玉座の放つ光を止めるセブエイターンを制止する。

「玉座が、新たな主人の確立に歓喜の声を上げている。止めなければ」
「それは分かる! けどあなたヒトがそんなことをすれば――」



   ◇◇◇



「ど、どうなったんですか?」
「サブリーダーだったセブエイターンは、ランビルドに注がれるはずだった迷宮のマナを無理やり体に流し込んでその流れを止めたの。おかげで彼女は半分『空の迷宮』の主となって、今もそこに居るわ」

 教授の過去、母さんの過去、そして…… 無限の大地が起こした事件。

「そういえば、話の中でお二人は出てこなかったんですが」
「俺たちはその後、補充として加わったからその話自体を詳しく知らん」
「な、なるほど…… ていうか、どうしてそこまで話す必要が?」
「まだわからぬか。その赤子を『欲望の器』の力で成人させれば魔王に対抗するための切り札になり得るであろう?」

 俺たちは息をのんだ。
 恐らくその方法はクリストリスを成長させる最も近道である方法だ。
 しかも俺たち自身、この子に宿る魂は未来から来た俺の本当の子供であることも、何となく理解している。

「……でも、それはこの子をあまりに道具として見ていませんか?」

 世界と個人。釣り合うはずのない天秤に、俺は自分の想いを乗せてしまった。

「否定はせぬよ。組織の中にある以上、妾も我がパーティも、駒に過ぎぬ」
「だったら、せめて俺が連れていきます!」
「ディグ!?」
「ディグちゃん――??」

 あ。

「良い心がけだ。だが実力を伴わぬものをそのまま連れゆくことは出来んぞ」
「いや、そうじゃなくてですね」
「確かにラスキー様の言う通りだ。己の実力を上げるか、強さを示さねばその子だけを連れて行くことになるだろう」

 待て待て待て!

「ディグは今でこそこんなんだけど、お父様は単身で空の迷宮を踏破したことのある実力者なんだから!」
「ベルやめろ!」
「お母様もと無限の大地所属。潜在能力は誰よりも秘めている――」
「マイナっ!」

 何故か俺より熱くなる姉妹。どこまで暴走するつもりだ!?

「ええ。存じてるわ。忌々しい名前を聞くより前からね」
「忌々、しい?」
「あの可愛かったリフィールが他の男に寝取られるなんて、信じがたいと言ったのよ」

 ……なんか雲行きが怪しいぞ?

偵察士ホーリーエールお前の父親が実力を持つというのは百歩譲って事実としましょう。けど、それがなぜリフィール・シュリックと結ばれ、なおかつあなたの実力に結びつくかは疑問だと言ってるの」

 もしかして、父さんや俺を私怨から侮辱してるのか?
 ちょっとそれは話が変わってくるな。

「失礼ですが、いくら最強のパーティと言えど、そんな人に娘は預けられません」

 売り言葉に買い言葉。
 ……くそ、俺もあとに引けなくなったじゃないか。

「面白いわぁ。人の想いで世界を滅ぼす事もあり得るというのに」
「示しますよ、実力」
「いいでしょう。ならちょうどいい任務クエストがあるぞ。それを其方たちがパーティを組んで見事達成してみせよ。その間、その娘がギルドが預かろうぞ」
「ええ、構いませんとも」

 ラスキーさんがブラブレイスに目配せすると、彼は一枚の任務通達を机に広げた。

「……え、なにこれ」



   ◇



「場所は大陸中央やや北、学園からだとドコマルデア山脈を越えてさらに北上するとエレンディア大森林に出る。その森の中に迷宮『レスクス城』はあるわ」

 無限の大地から渡された書類には「モンスター異常発生の原因の調査と対処」とだけ書かれていたので、仕方なく受付に詳細を聞きに来た。
 たまたまなのか狙ってたのか、ちょうどスピカがカウンターについたタイミングにかち合ってしまい、色んなことを言わされたり聞かされたりするうちに今回の事もつい喋ってしまった。

 だってこの任務、本来俺たちは受注できないからな。

「でも、一応依頼として受注するならきちんとパーティ申請してメンバーを五人以上にしてくれない?」
「……それは思う。ベルたちだけだと前衛もいないしな」

 とはいえ、俺に探索者の知り合いがほとんどいない。いても「元」がついたりでパーティ組めないんだよな……

「おや、珍しいでござるな。ディグ殿ではないか」

 聞いたことのある口調。

「おお、ラッキーやん! ちょうど探しに行こう言うてたんよ」

 聞いたことある口調その二。
 それらが、俺たちの背後から聞こえてきた。

「えーと、もしかして」
「なんや忘れたんか? あんなに肌を重ねた間やゆうのに」
「某はしっかり覚えてござるぞ。ディグ殿の繊細な接吻の味を……」
「ちょ、イレーナさんは捕まってたからそもそも服を剥ぎ取られた時だし、ミサオさんは胃の中のウーズを吸い出すためでしょう!?」

 振り返ると、確かに彼女たちが立っていた。おかしい、先日ロレンシナへ帰ったと教授に言われたと思っていたのに。

「ねえディグ? どういうことかな?」
「――私は別に構わないけど、話は聞きたいかな?」
「おや、もしかして言うたらあかんかったやつか?」
「イレーナさん、やめて! 話がこじれる! っていうか、病院で一度会ってるでしょう!」

 そこまで話すと一瞬の間があき、いったん全員が納得してくれた。

「だいたい、お二人はロレンシナに帰ったんじゃないんですか!」
「あー、それでござるがな」
「そりゃ、帰れへんかったんやんか。直通の定期便がないからジッポンまで行ったんやけど、ジッポンから出てるはずの定期便が何でかしらん、止まっとってな」
「仕方がないので当分こちらで仕事を探そうと思ったんでござるよ」

 そう言えば、二人は前衛職じゃなかったっけ?

「あの、今更聞くの失礼なんですけど、お二人の探索者ランクはいくつくらいなんですか?」
「ランク? とは」

 あ、ロレンシナにはない制度なのかな?

「探索者の順位みたいなもので、あたしは二三三」
「――一三七」
「お、俺は四七四」
「ふむ、某らは数字ではないな。序、丙、乙、甲の順に実力持ちと言われる」
「あ、そんななんだ」
「ちなみにパーティ単位でつくんやけど、うちらは乙やったで。そこそこ強いねん」
「あ、けど某らが戻れないから現状は無資格になるでござる。少なくともヤクメ殿がいないとパーティとして登録できぬ故」

 お、ならちょうどいいんじゃないか?
 知らない仲じゃないし、渡りに船だ。

「だったら、俺たちの依頼を少し手伝ってくれませんか?」
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