お前もダンジョンマイスターにならないか?

国見 紀行

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第3殿 未来への道程

第48洞 許されざる行為

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 扉の向こうは、黒ずんだ長い草の生い茂る地帯だった。
 すえた臭いがうっすらと漂い、若干地面も湿っている。
 どうやら城壁のすぐ中は石畳ではなく、土が敷き詰められて庭の様相をしているようだ。

「侵入にはもってこいだけど、俺達も皆がどこにいるかわからないな……」
「ディグ殿、はぐれないでくだされ」
「俺はまだマナが見えるから大丈夫だけど……」

 ひときわ背の低いイレーナさんとマイナさんはちょっと心配だ。

「ディグちゃん」
「ん?」
「手」

 マイナさんはそう言うと俺の手を強く握ってきた。

「安心――」
「あ、わっちもはぐれるとあかんよなー」

 すると反対側の手をイレーナさんが掴む。こっちもかなり強く握られて痛いほどだ。

「……はぐれるよりはいいか」

 いったん黙認して、施設内の侵入経路を探す。草が邪魔でよく見えないが、耳をそばだてると俺たち以外にも誰かがいるようで時々足音が聞こえる。幸運にも戦闘にはなっていないがこのまま当てもなく歩き続けるといずれ戦うことになる。それだけは避けたい。

「しかし真っ黒な草でござるな」
「多分、何かをカモフラージュしてるんだよ」
「かもふら?」
「ああ、例えば重要な壁の一部が黒くて、それに似せた環境を草で表してるとかね」
「ははーん、擬態でござるな」
「そうそう」

 ……待てよ、ここは迷宮だぞ。
 普通の人が建てた建物とは違う、迷宮の常識で考えないとダメじゃないか。
 とすると、この黒い草にはまた別の意味があるはず。

「ベル、この城はもともとどんな役割で存在してたっけ?」
「あ、えーっと。『レスクス城は勇者が魔王を倒した後立ちより、その後姿を消した場所として有名で、通称〝勇者の墓〟と言われてます』だって」

 彼女は事前にもらっていた資料を読み上げる。

「つまり、一種の試練型迷宮ともとれるわけか?」
「かもね。そもそもモンスターが出たり誘引したりするタイプの迷宮でもないし、なにより素材が湧いて来るタイプでもないみたい」
「となると、この状況は謎解き…… 試練、の可能性があるわけか」

 いまだ、歩けども歩けども黒い草が茂る地面が続いている。一向に迷宮内部に入れないところを見ると、この間の神殿のような隔離型のトラップの可能性もある。

「それにもしかして、これ草じゃないんじゃないかしら。草に見える別の…… 例えば、キノコとか?」
「別の……?」

 それを聞いて、俺はある可能性を思いついた。

「そういえば、どこかの迷宮では水が苦手なモンスターが草に擬態して炎魔法を誘ったりすることで天敵からの致命の攻撃を避ける、って聞いたことあるな」
「なっ、これ全部モンスターや言うんか!? 攻撃も何もしてこぉへんで?」
「だからこそ、ですよ」

 俺はパーティでもっとも魔術に造詣の深いマイナさんの方に向き直った。

「マイナさん。雨を降らす魔法ってできます?」
「ん―― ある。けど、時間がかかる」
「やってみてください。時間は何とか」
「わかった――」

 マイナさんはいったん俺とつないだ手を解き、鞄から小さな袋を取り出すと、中にある紫の粉を地面に撒き始めた。
 撒いた途端、粉からは周囲のマナと溶け合って上空へと舞い上がり、周囲が仄かにマナの光で覆われていく。

「天に届けよ、水の力。数多なる自然の中に満たす願いは空の奇跡……」

 魔法の言霊が空中に浮かぶマナと響き合い、ハーモニーのように大空へ伸びていく。

「……む?」

 その響きとは裏腹に、空にはどんよりとした雨雲が集まる。

「天候操作は―― 周りに対応するマナがないと作るしかないから―― ちょっと大変」

 事実マイナさんの体からは膨大なマナがにじみ出ている。近くに雨雲が少ないので周囲の水分を分解して空に送り、再び雲の中で雨の種に変えるのだ。

 ぽつ、ぽつ。

「来た!」

 雨が地面に当たると、特有の匂いが城の中に漂い出す。視界は一層悪くなるはず…… 

「きゃああああああああ!!!」
「ベル!?」

 叫び声に驚いて彼女を見ると、黒い草が地面の土を吸い上げ、瞬く間に人の形をとったと思うとすぐ近くの土人形一体がベルの腕を掴んでいた。

「無礼な!」

 その腕をミサオさんが一閃する。ぼとりと落ちる土くれは、しかし再び吸い上げられて彼らの一部に戻る。

「ちょ、ディーやん! 足元!」
「!? 土がなくなってる!」
「……多分あの黒い草が人形たちの『芯』だったんじゃないかしら」

 足元にあった土のほとんどが消えて大きな砂利が足元を覆っていた。元々の地面はこれだったのだろう。

「やば、どんどん増えてるやん!」
「……だけど、おかげで目指すべき場所が見えてきたぞ」

 雨の中とは言え草がなくなったことによって視界が良くなった。おかげで周囲の全貌が明らかになり、周りを見る余裕もできた。城の入口まではいましばらく移動する必要はあるが、もう迷うことはない。

「マイナさん、走れそう?」
「――ごめん、ちょっと戦闘無理」
「大丈夫、お姉ちゃんは休んでて!」
「とはいえこの量は骨が折れるでござるな」

 流石、高レベルパーティが請け負う任務なだけある。俺たちが受けるには荷が重すぎた。

「……って言ってらんねぇな」

 覚悟を決める。それは、俺にできることを最大限やり切ることだ。
 俺はゴーグルを付け直し、手持ちのナイフにマナを込める。

「イレーナさん、マイナさんをおぶって走れますか?」
「ん? まかしとき!」
「ベル、錬金術でダミーは練れないか?」
「やってみる!」

 足元の石を拾い上げ、わずかに残った土を材料にベルがマナを込める。それを五つ。
 土人形は目がほぼ利かない代わりに俺と同じようにマナを捕らえることができる。それを利用したデコイ作戦だ。

「どうかな?」
「よし、設置したらいったんこっちに!」

 俺はミサオさんと一緒にベルを抱えて走り、少し離れた場所で隠蔽魔法を紡ぐ。足音とともに存在感を感知から避ける魔法は、狭い範囲ながら五人をほぼ覆ってしまう。
 これでマナ反応も追えまい。

「……」
「あ、人形を押し倒した!」
「うん、うまくいったみたい」

 物言わぬ人形は、狙い通りベルが作ったダミーに向かって攻撃を始めた。

「じゃあ今のうちに……」

 俺達はゆっくりと城の中へ侵入を開始した。



   ◇



 雨で少し濡れた体をそのままに、いったん建物の中に入る。
 外の雨とは関係なく中はしっとりと湿気を帯びた風が吹き、足元には外の光を取り入れるクリスタルが弱々しい光を放っていた。

「……ふう、焦ったな」

 周囲は見える範囲で既に中型のモンスターがウロウロしている。隠蔽魔法をかけていなかったら総出で迎えてくれていただろう。それはそうと、案外建物の外の出来事は中にまで聞こえてこないのは迷宮の仕様なのだろうか。

「――ん。マナも戻ってきた」

 ポーション時間をかけて飲み干したマイナさんもコンディションが戻ってきた。移動するなら早いほうがいいだろう。

「……ここ、別にモンスター関係ない迷宮やんな? ほのわりにサイズが合わへんモンスター多ない?」
「あ、それはあたしも思った。規格があってないっていうか、定石から外れたモンスターがいるのよね」
「うん、この城ならもっと小型のモンスターじゃないとおかしい」
「……何故でござる?」
「あれ、ミサオさんは迷宮に詳しくないタイプですか?」
「モンスターは切るもの。迷宮は調べるもの。特に法則性など気にしたことはないでござるな」

 ……猪突猛進タイプね。
 まあ、前衛一番槍が頭でっかちだと困ることもあるな。

「簡単に言うと人と同じで、迷宮の大きさに対して快適に過ごせるモンスターのサイズが決まるんですよ」
「ははあ、それで皆大きさを注視しておったのか」
「――変なのはサイズだけじゃない。生態系もおかしい」

 言われて、俺は改めて近くのモンスターを観察する。

「そういえば…… 無機質系・擬態系が少ないですね。すぐ外にはあんなにいたのに」

 建築物の中に巣食うモンスターは、だいたい小型のものが多く、生物系であることはもっと少ない。
 だが今見えているモンスター大半は人型が中心でサイズも人と同じくらいのものが多い。

「住み分け、か? 森には動物系を多く置いて、迷宮の野外エリアには無機質系で警備をさせ、迷宮の建物の中は意思疎通がしやすい人型をメインに……」
「区分は合ってるけど、合理性がないわ」
「だよなぁ。学園で習った生態系と全くかみ合わない」
「――かみ合わない?」
「そうそう、かみ合わな…… !?」

 そうだ、マイナさんの独り言で気がついた。
 どこでも例外はある。つまるところ例外そのものの理由は様々だが、真理として一つ共通事項がある。

「例外事案としてのうち、一つは『大暴走』だ。でもそれは、こないだみたいに他の迷宮に対してモンスターが大挙する。今回はそうじゃない」
「とすると、もう一つ。迷宮が……」

「「「蹂躙されている」」」

 ベルとマイナさんと俺の声がハモる。
 間違いないだろう。本来モンスターを生み出すはずのない迷宮が、無理やりモンスターを生まされているのだ。
 何者かによって。

「いよいよもって、核の部屋に急がなきゃマズイな」
「ん、ほな行こか!」
「先陣は任されよ!」
「っと、ミサオさん! 待って!」

 カタナを抜くミサオさんを羽交い締めて止める。

「な、なんでござる! 早々に退治しなければならんのでござろう?」
「もちろん倒すよ。けど、今じゃダメなんですよ!」
「なっ、それは何故でござる!? 任務内容にはモンスターの討伐も」
「あるよ、確かにある。けど、今目についたモンスターを倒したって、また湧いてくるから意味がないんだって!」
「……あ! そういうことでござるか」

 危ない危ない。無限湧きするモンスターのタイムアタック討伐が始まるところだった。

「ここからは静かに、資料を元に真っ直ぐ核の部屋へ」

 一同頷く。
 とはいえ、無駄に迷うようなこともなくほぼ一本道なのだが。

「そもそも分岐もないし、この大きな廊下をずっとまっすぐ行くだけなのよね」

 しかし、その廊下の中ほどを歩いたところで突如お腹の下で「どずん」と何かが響いた。

「……なんや、今の」
「わからない、とりあえず物陰に隠れよう」

 俺たちはすぐ近くにあった柱の奥に身を隠し、廊下全体を注意深く観察する。
 その間もお腹に響く振動は強く、短くなり、それは廊下の遥か天井の方から響いてくることに気が付いた。
 見上げると何もないところから亀裂が入り、爬虫類の尻尾のようなものがぶらん、と垂れ下がっていた。

「なんだ、あれ……」
「――転送とは違うけど、引っ張られてるようにも見える」
「あ、あれ! 蜥蜴男リザードマンじゃないの!?」
「モンスターが、生まれとるっちゅうことか」
「なんか思っていた出産とは違うでござるな……」

 いや、あれは正しい生まれ方じゃない。もしあれが俺の想像の通りなら――

「急ごう。嫌な予感がする」

 生まれ落ちた蜥蜴男の脇をなるべく素早く抜け、俺たちはさらに奥へと走る。
 幸いにも隠蔽魔法はギリギリまで効果を持続させ、なんとか最奥部へとたどり着いた。
 そこにも、簡素ながらも頑丈そうな扉が俺たちの侵入を阻んでおり、いやがおうにも緊張が走った。

「鍵は…… と」

 奥に行くためにはこれを開ける必要がある。俺は耳をそばだてると、およそ迷宮の中とは思えない音が聞こえてきた。

『ふっ…… んっ!』
『どうした? こんな程度でへたられては困るぞ』
『ふ、ふざけるな! こんなことをして……』
『ははは。上の口はまだそんなことを言ってるのか? こっちはこんなに正直だというのに』
『はぁぁあっ! んっくぅ…… っがあっ!』

 ……何、してるんです?

「どうしたのディグ!? もしかして、異変が?」
「あ、ああ。異変、ではあると思うんだけど」

 まさか、行為の最中とは言えない。
 というより、このモンスターの大群の中で誰だよこんな場所に来てまで盛ってるやつは!

『くっくっく…… そうだ。最初から俺を受け入れていれば、こんな苦労なしないで済んだんだ』
『いやぁ! やめて! はぁぁあん!』

「もしかして、敵でござるか?」
「あっ、ミサオさん!」
「……こ、これは」

 途端に顔を真っ赤にするミサオさん。あまり免疫がないのかな?

「ちょっと、中で一体何が起こってるの?」
「――気になる」
「待て、二人とも! ちゃんと準備してから……」

 体重が過度にかかった扉は鍵などされていないかのように、あっさりと開いてそのまま俺たちは前のめりに部屋へとなだれ込んだ。

『ひゃぁあっ!?』
「む、誰だ!!!」

 何とか体制を整えて前を見ると、そこには微かに見覚えのある男が見覚えのない女性を壁に押さえつけ、無理やり己自身をねじ込んでいた真っ最中だった。

「え、男が、一人?」
「――どうして裸?」

 ベルとマイナさんが俺とは違う意味で驚く中、残りの三人は思わず叫んだ。

「貴様…… ホノカゲ! なんてひどいことを!」
「ホノカゲやないか! 素っ裸でなにやっとんねん!」
「まさか、ホノカゲではござらんか!?」

 ……あれ、俺と驚きの内容が若干違う?

『逃げてください! この男は危険です!!』
「ふぇ!? 誰や? どっからこの声するんや???」

 まさか、あの女性…… この迷宮か!?
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