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訪い
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彼女がふと気が付いた時、立っていたのは見覚えの無い場所だった。
微かな燐光纏った石造りの東屋。広さは大体八畳程だろうか。床から天井まで、すべて同じ石材で作られているようだった。
覚束無い足取りで、一番近い白玉髄の様な柱へと歩み寄った。すると眼前には咲き誇る薄紅の花と霧のように烟った銀色の雫、そしてそれらを全て飲み込んでいくかの様な濃紺の闇が広がっていた。
そこで彼女は不意に疑問を抱いた。
わたしは、一体どうやってここに来たのかしら?どう見ても陸地から繋がる道は無いし、舟も通れそうな状態じゃないよね、コレ…。
柱に触れ、外を見遣った。柱は見た目の印象とは違い、氷のように冷たかった。体温全てを奪われそうなソレから、さっと手を離した。
いくら外を見回しても、先ほど見たもの以外には何も見つけることは叶わなかった。
そうしてようやく、彼女は東屋の中を見回すことにした。
すると彼女が立っている場所の丁度反対側に、冷たい白玉髄と同じ材質で出来ているであろう長椅子を見付けた。
ゆっくりと歩み寄った。長椅子の前には、やはり白玉髄と思しき材質の卓が有った。その上には紫に染まった玻璃の水差しと、蒼い杯が二つ置かれていた。
長椅子の上へと視線を動かす。そこには、目元を自身の腕で覆い隠した一人の男性が横たわっていた。
彼女はその顔をのぞき込んだ。
うわぁ、色白い…それに肌なんかすっごいきめ細かい。喉仏とか肩幅なんか見なかったら、女の人と間違えそう。触ったらダメかな…。
余りにも不躾に覗き込んで居たからだろうか。件の人物が身動ぎし、ゆっくりと起き上がった。彼は彼女に視線を向けると、小さく頭を振った。
侮辱しているとも取れる態度だったが、彼女はその事に気がついていなかった。
彼が向けた蒼玉の眼が、建物からの燐光を反射して翠玉の輝きも一緒に放っているようだった。彼女は、只魅入られたかのように見つめていた。
「ここはおいそれと訪れること叶わぬ場所。お前は、どうして此処にやって来た?」
そう言い、彼女の目をのぞき込んだ。その眼は、やはり深海のような青の中に森のような緑が煌めいていた。
彼女は口を開かなければと思ったが、まるで縫いつけられたかのように開かなかった。唐突に彼の目線が外された。すると、今までが嘘の様に簡単に口が開いた。
「あの…ここは一体…」
「お前の迎えはそのうちやって来る。さりとて、客人が此処を訪れるのは滅多に無い事。迎えが来るまでの間、話し相手になってもらおうか」
そう言って、彼の正面にいつの間にか現れた椅子へと座るように促された。
先ほど触れた石の冷たさを想像しながら、恐々腰を下ろした。すると意外なことに、同じ材質であろうにこの椅子はほんのりと暖かかった。
「私の名は藍晶だ」
「わたしは…」
名を告げようとして、藍晶と名乗った彼に手で制された。
「いや、お前は真名を名乗らぬ方が良い。此処から去る気が有るのならな」
血の様に赤い唇に婉然とした微笑みを湛えて、彼は足を組んだ。仕草一つ一つが人の目を惹いて仕方の無い存在だった。
彼女は少しだけ逡巡した。
「なら、わたしはシェリカと呼んで下さい」
「ならばシェリカよ。ここは彼岸と此岸が交わる場所故に、時間も時空も余りに歪だ。邯鄲の夢の如き物とでも思って居れば良かろう」
「邯鄲の夢、ですか…?」
聞き覚えのない言葉に首を傾げた。
「そうか、お前の場所では無い言葉か…ならば、陽炎のようなものとでも言っておこう」
「不確かなモノ、ですか?」
彼は頷きながら、杯を手渡してきた。杯は紫へと色を変えていた。どうやら中身は葡萄酒のようだった。
彼女が杯を受け取ると、彼はもう一つの杯を手に取り口をつけた。
「飲むと良い」
そう告げられ、少しだけ口をつけた。甘味と酸味、そしてほんの少しだけの渋みを持った口当たりの良い上等な葡萄酒だった。
「美味しい…」
「そうであろう。さて…お前は誰で、どうやって此処にやって来たのかを話してもらおうとしよう」
彼にそう告げられ、彼女は自分の生い立ちを思い返した。
微かな燐光纏った石造りの東屋。広さは大体八畳程だろうか。床から天井まで、すべて同じ石材で作られているようだった。
覚束無い足取りで、一番近い白玉髄の様な柱へと歩み寄った。すると眼前には咲き誇る薄紅の花と霧のように烟った銀色の雫、そしてそれらを全て飲み込んでいくかの様な濃紺の闇が広がっていた。
そこで彼女は不意に疑問を抱いた。
わたしは、一体どうやってここに来たのかしら?どう見ても陸地から繋がる道は無いし、舟も通れそうな状態じゃないよね、コレ…。
柱に触れ、外を見遣った。柱は見た目の印象とは違い、氷のように冷たかった。体温全てを奪われそうなソレから、さっと手を離した。
いくら外を見回しても、先ほど見たもの以外には何も見つけることは叶わなかった。
そうしてようやく、彼女は東屋の中を見回すことにした。
すると彼女が立っている場所の丁度反対側に、冷たい白玉髄と同じ材質で出来ているであろう長椅子を見付けた。
ゆっくりと歩み寄った。長椅子の前には、やはり白玉髄と思しき材質の卓が有った。その上には紫に染まった玻璃の水差しと、蒼い杯が二つ置かれていた。
長椅子の上へと視線を動かす。そこには、目元を自身の腕で覆い隠した一人の男性が横たわっていた。
彼女はその顔をのぞき込んだ。
うわぁ、色白い…それに肌なんかすっごいきめ細かい。喉仏とか肩幅なんか見なかったら、女の人と間違えそう。触ったらダメかな…。
余りにも不躾に覗き込んで居たからだろうか。件の人物が身動ぎし、ゆっくりと起き上がった。彼は彼女に視線を向けると、小さく頭を振った。
侮辱しているとも取れる態度だったが、彼女はその事に気がついていなかった。
彼が向けた蒼玉の眼が、建物からの燐光を反射して翠玉の輝きも一緒に放っているようだった。彼女は、只魅入られたかのように見つめていた。
「ここはおいそれと訪れること叶わぬ場所。お前は、どうして此処にやって来た?」
そう言い、彼女の目をのぞき込んだ。その眼は、やはり深海のような青の中に森のような緑が煌めいていた。
彼女は口を開かなければと思ったが、まるで縫いつけられたかのように開かなかった。唐突に彼の目線が外された。すると、今までが嘘の様に簡単に口が開いた。
「あの…ここは一体…」
「お前の迎えはそのうちやって来る。さりとて、客人が此処を訪れるのは滅多に無い事。迎えが来るまでの間、話し相手になってもらおうか」
そう言って、彼の正面にいつの間にか現れた椅子へと座るように促された。
先ほど触れた石の冷たさを想像しながら、恐々腰を下ろした。すると意外なことに、同じ材質であろうにこの椅子はほんのりと暖かかった。
「私の名は藍晶だ」
「わたしは…」
名を告げようとして、藍晶と名乗った彼に手で制された。
「いや、お前は真名を名乗らぬ方が良い。此処から去る気が有るのならな」
血の様に赤い唇に婉然とした微笑みを湛えて、彼は足を組んだ。仕草一つ一つが人の目を惹いて仕方の無い存在だった。
彼女は少しだけ逡巡した。
「なら、わたしはシェリカと呼んで下さい」
「ならばシェリカよ。ここは彼岸と此岸が交わる場所故に、時間も時空も余りに歪だ。邯鄲の夢の如き物とでも思って居れば良かろう」
「邯鄲の夢、ですか…?」
聞き覚えのない言葉に首を傾げた。
「そうか、お前の場所では無い言葉か…ならば、陽炎のようなものとでも言っておこう」
「不確かなモノ、ですか?」
彼は頷きながら、杯を手渡してきた。杯は紫へと色を変えていた。どうやら中身は葡萄酒のようだった。
彼女が杯を受け取ると、彼はもう一つの杯を手に取り口をつけた。
「飲むと良い」
そう告げられ、少しだけ口をつけた。甘味と酸味、そしてほんの少しだけの渋みを持った口当たりの良い上等な葡萄酒だった。
「美味しい…」
「そうであろう。さて…お前は誰で、どうやって此処にやって来たのかを話してもらおうとしよう」
彼にそう告げられ、彼女は自分の生い立ちを思い返した。
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