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勇者祭編
その82 ダークホース
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俺達はテオの事情を黙って聞いていた。
何か言おうにも、なかなか口を開くことができない。
気づけば「かっこよさそう」な台詞を考えている俺にとって、こんなことは初めてだった。
どんな言葉をかけるのが正解なのか。
実際、俺もそれなりの大罪を背負っている。
だが、両親からの愛を受け、こうして友人にも恵まれ、尊敬すべき師匠も得た。それを考えれば、俺はいろいろと幸せなのかもしれない。
重い過去を背負う、愛を知らない少年は、目の前にいる。
演技では生み出すことのできない現実味。それを漂わせながら。
だが、目の前の少年の中に、あってもおかしくないはずの怒りや憎悪の感情は見受けられない。
両親からも失敗作とされ、兄からも拒絶され……最悪の環境に身を置いていた彼が、黒い感情に支配されることなく、このゼルトル勇者学園に入学できた理由は何か。
――それは、彼の心の中に、温かい炎が宿っているからだ。
激しい情熱の炎でも、復讐の黒き醜い炎でもない。
彼が宿しているのは。
決して消えることのない、穏やかな灯火だ。
「僕にキミの気持ちはわからない」
俺が言葉にできない不思議な感情を抱えていると、グレイソンが先に口を開いた。
「僕には兄が四人いるんだ。両親の期待はその四人、特に長男が背負ったから、僕は何の期待もされず、放置された。そんな僕だから、わかったようなことは言えない。でも――」
そっと、テオの手を握るグレイソン。
彼もまた、上に兄や姉がいる環境で育ってきた。
「――僕はキミに協力したい」
優しく重ねられたグレイソンの手。それを強く握り返す、テオの繊細な細い手。
「わたしも協力します」
ミクリンは一言、それだけしか言わなかったが、心の奥で何かを噛み締めるような感じに聞こえた。
『妹は両親から溺愛されているので、真っ先に母から抱き締められると思います』
実家への帰省の際、ミクリンに無邪気で可愛いクルリンと、落ち着いた大人な彼女自身の、両親からの待遇の差を聞かされた。
彼女も彼女で、いろいろ思うことがあるのかもしれない。
そして、俺は。
遂に台詞をまとめ、堂々と立ち上がった。
「仮に勇者祭でエイダンを超える結果を出したとしよう。その際、奴がテオを認めるかどうか。それはわからない。また突き放されるかもしれない。覚悟はできてるか?」
「う、うん」
「波乱の予感がする。忘れかけていた魔の手が、すぐそこにあるような感覚だ。君が一歩道を踏み外せば、闘技場は混沌に包まれる」
「「「……」」」
おそらく、誰も俺の言葉の意味を理解できていない。
勿論、口から発した俺自身も。
――優れた芸術家がいたとしよう。
その芸術家に、作品の意味を尋ねる。そしたらおそらく、彼/彼女はその意味を説明することなどできない。
西園寺オスカーに台詞の意味を問うとは、そういうことだ。
「オスカー、昨日から思ってたけど、やっぱり勇者祭では……」
「ああ、間違いない。何かが起こる。番狂わせの、何かが」
「まさか……」
流石は一流俳優グレイソンだ。
そのうち演劇部からも声がかかるだろう。彼の適応力は多くの演者を救うはずだ。
「そういえば……」
悲しい雰囲気を作り出す話をした張本人であるテオが、無理して明るい声を出す。
話を変えようとしているようだ。
確かに重めの内容だったため、話変わらないかなという気持ちがなかったと言ったら嘘になる。
「答えたくなかったら答えなくてもいいけど……魔王セトは、西園寺くんが倒したの?」
再び沈黙。
かなり自然な流れで、彼がずっと疑問に思っていたであろうことを聞いてきた。
気になるのも仕方ない。だが、この質問にどう答えるべきか。
設定を忠実に守り、それっぽくほのめかした上で、やんわりと否定するのが最善かもしれない。そんなわけないだろ、何言ってるんだお前は、と。
だが、それは誠実ではない。
自分の壮絶な身の上話を打ち明け、俺達に救いを求めてきたテオに対して、不誠実な行為だ。
俺はまた椅子に腰掛け、軽く溜め息をついた。
やれやれ、正直に言うしかないか、という雰囲気を出しながら。
「その噂は事実だ」
ただそれだけ。
それ以上のことは言わない。するとどうだろう。一気に実力者の風格が出る。実力のある者は滅多にその能力をひけらかさないのだ。
代わりに、周囲の人間が頼んでもないのに詳細を教えてくれる。
「あの戦いは異次元のものだったよ。魔王相手に、一切追い込まれることなく圧勝したんだ、オスカーは。僕なんて、すぐ近くにいたセレナさんを守ることすらできなかったのに――」
こういう感じで、グレイソンは俺の武勇伝を語り出す。
まあ、実際は結構ギリギリの戦いだったわけだが、彼には余裕の戦いに見えた、ということだろう。戦いはどうあるかよりも、どう見えるかである。
彼はかなり自分を卑下して俺を立てようとするが、グレイソンは毎回最高級の演技で俺をフォローしてくれるわけで、そこまで謙遜しなくても、と思った。
今の一ノ瀬グレイソンは、あの貴族の高慢お坊ちゃまではない。
正真正銘の、イケメン貴公子である。
***
テオとは勇者祭まで一緒に放課後の訓練をすることになった。
俺には彼を強くするという責任がある。
それに加え、純粋に彼を強くしたいという思いもあった。
俺もクラスまで突撃されてエイダンに宣戦布告されているため、共通の敵として、しばらくの間打倒エイダンの目標が掲げられるだろう。
まあ、あのゴリラに負ける気などないが、油断は禁物だ。
まだ彼の本気を覗いたわけではない。どんな力を隠し持っているのかもわからない。
本気で戦ってみるのも、悪くないのかもしれない。
「それで――」
テオは先に寮に帰し、また訓練をしてから三人で帰路についている。
途中でミクリンはクルリンの様子を見てくると言って道から外れたため、実質グレイソンと二人きりだ。
ちなみに、そのクルリンとやらは新しい武器である短剣を登録する必要があるらしく、なぜかセレナまで巻き込んで本館に残っていた。
巻き込むのが双子の姉でなくセレナだったのが永遠の謎だ。
グレイソンは周囲に俺達以外誰もいないことを確認すると、急に低めの声で話し始めた。なかなかの演出力だ。
彼は演技だけでなく演出にもこだわってくれるらしい。
「――東雲さんとテオ君以外で、オスカーの剣術の凄さに気づいた人はいるのかい?」
「俺が判断できる限りでは、あと二人。葉加瀬オラケルと……名前は確か……杠葉」
葉加瀬に関しては読書パーティーで少しだけ交流がある。
杠葉の下の名前は出てこなかった。
クラスメイト全員のフルネームを覚えたはずだが……記憶力は時に魔王よりも恐ろしい。
「ああ、あの二人……あんまり目立つ方ではないけど、葉加瀬君は期末テストの座学の成績がクラス一位だったはずだよ。勿論、キミは実質百点でも八十九点だったわけだから――」
「ありがたいが、そういうのはいい。確かに葉加瀬には優秀な印象があるからわからなくもないが、杠葉の方はどうだ?」
オスカーは凄いよ選手権が始まりそうだったので、慌てて回避し、杠葉の話題に移させる。
「んー、杠葉さんは静かというか、マイペースというか……あんまり友達と絡んだりしてるのは見たことがないかな。少なくとも、僕が見た感じでは」
「そうか」
――葉加瀬と杠葉。
桐生との模擬戦の際、反応に他と違う確信が見れた生徒だ。東雲は純粋な驚きと僅かな畏怖、テオは希望だった。
葉加瀬と杠葉は至って冷静で、俺の実力を見極めた上で、余裕を持ってそれを受け止めていた。
それに気づいてから、どうも二人のことが気になって仕方ない。
新たな実力者の登場。それはまさにダークホースの存在。
二人の参戦により、勇者祭はさらに盛り上がること間違いなしだ。
何か言おうにも、なかなか口を開くことができない。
気づけば「かっこよさそう」な台詞を考えている俺にとって、こんなことは初めてだった。
どんな言葉をかけるのが正解なのか。
実際、俺もそれなりの大罪を背負っている。
だが、両親からの愛を受け、こうして友人にも恵まれ、尊敬すべき師匠も得た。それを考えれば、俺はいろいろと幸せなのかもしれない。
重い過去を背負う、愛を知らない少年は、目の前にいる。
演技では生み出すことのできない現実味。それを漂わせながら。
だが、目の前の少年の中に、あってもおかしくないはずの怒りや憎悪の感情は見受けられない。
両親からも失敗作とされ、兄からも拒絶され……最悪の環境に身を置いていた彼が、黒い感情に支配されることなく、このゼルトル勇者学園に入学できた理由は何か。
――それは、彼の心の中に、温かい炎が宿っているからだ。
激しい情熱の炎でも、復讐の黒き醜い炎でもない。
彼が宿しているのは。
決して消えることのない、穏やかな灯火だ。
「僕にキミの気持ちはわからない」
俺が言葉にできない不思議な感情を抱えていると、グレイソンが先に口を開いた。
「僕には兄が四人いるんだ。両親の期待はその四人、特に長男が背負ったから、僕は何の期待もされず、放置された。そんな僕だから、わかったようなことは言えない。でも――」
そっと、テオの手を握るグレイソン。
彼もまた、上に兄や姉がいる環境で育ってきた。
「――僕はキミに協力したい」
優しく重ねられたグレイソンの手。それを強く握り返す、テオの繊細な細い手。
「わたしも協力します」
ミクリンは一言、それだけしか言わなかったが、心の奥で何かを噛み締めるような感じに聞こえた。
『妹は両親から溺愛されているので、真っ先に母から抱き締められると思います』
実家への帰省の際、ミクリンに無邪気で可愛いクルリンと、落ち着いた大人な彼女自身の、両親からの待遇の差を聞かされた。
彼女も彼女で、いろいろ思うことがあるのかもしれない。
そして、俺は。
遂に台詞をまとめ、堂々と立ち上がった。
「仮に勇者祭でエイダンを超える結果を出したとしよう。その際、奴がテオを認めるかどうか。それはわからない。また突き放されるかもしれない。覚悟はできてるか?」
「う、うん」
「波乱の予感がする。忘れかけていた魔の手が、すぐそこにあるような感覚だ。君が一歩道を踏み外せば、闘技場は混沌に包まれる」
「「「……」」」
おそらく、誰も俺の言葉の意味を理解できていない。
勿論、口から発した俺自身も。
――優れた芸術家がいたとしよう。
その芸術家に、作品の意味を尋ねる。そしたらおそらく、彼/彼女はその意味を説明することなどできない。
西園寺オスカーに台詞の意味を問うとは、そういうことだ。
「オスカー、昨日から思ってたけど、やっぱり勇者祭では……」
「ああ、間違いない。何かが起こる。番狂わせの、何かが」
「まさか……」
流石は一流俳優グレイソンだ。
そのうち演劇部からも声がかかるだろう。彼の適応力は多くの演者を救うはずだ。
「そういえば……」
悲しい雰囲気を作り出す話をした張本人であるテオが、無理して明るい声を出す。
話を変えようとしているようだ。
確かに重めの内容だったため、話変わらないかなという気持ちがなかったと言ったら嘘になる。
「答えたくなかったら答えなくてもいいけど……魔王セトは、西園寺くんが倒したの?」
再び沈黙。
かなり自然な流れで、彼がずっと疑問に思っていたであろうことを聞いてきた。
気になるのも仕方ない。だが、この質問にどう答えるべきか。
設定を忠実に守り、それっぽくほのめかした上で、やんわりと否定するのが最善かもしれない。そんなわけないだろ、何言ってるんだお前は、と。
だが、それは誠実ではない。
自分の壮絶な身の上話を打ち明け、俺達に救いを求めてきたテオに対して、不誠実な行為だ。
俺はまた椅子に腰掛け、軽く溜め息をついた。
やれやれ、正直に言うしかないか、という雰囲気を出しながら。
「その噂は事実だ」
ただそれだけ。
それ以上のことは言わない。するとどうだろう。一気に実力者の風格が出る。実力のある者は滅多にその能力をひけらかさないのだ。
代わりに、周囲の人間が頼んでもないのに詳細を教えてくれる。
「あの戦いは異次元のものだったよ。魔王相手に、一切追い込まれることなく圧勝したんだ、オスカーは。僕なんて、すぐ近くにいたセレナさんを守ることすらできなかったのに――」
こういう感じで、グレイソンは俺の武勇伝を語り出す。
まあ、実際は結構ギリギリの戦いだったわけだが、彼には余裕の戦いに見えた、ということだろう。戦いはどうあるかよりも、どう見えるかである。
彼はかなり自分を卑下して俺を立てようとするが、グレイソンは毎回最高級の演技で俺をフォローしてくれるわけで、そこまで謙遜しなくても、と思った。
今の一ノ瀬グレイソンは、あの貴族の高慢お坊ちゃまではない。
正真正銘の、イケメン貴公子である。
***
テオとは勇者祭まで一緒に放課後の訓練をすることになった。
俺には彼を強くするという責任がある。
それに加え、純粋に彼を強くしたいという思いもあった。
俺もクラスまで突撃されてエイダンに宣戦布告されているため、共通の敵として、しばらくの間打倒エイダンの目標が掲げられるだろう。
まあ、あのゴリラに負ける気などないが、油断は禁物だ。
まだ彼の本気を覗いたわけではない。どんな力を隠し持っているのかもわからない。
本気で戦ってみるのも、悪くないのかもしれない。
「それで――」
テオは先に寮に帰し、また訓練をしてから三人で帰路についている。
途中でミクリンはクルリンの様子を見てくると言って道から外れたため、実質グレイソンと二人きりだ。
ちなみに、そのクルリンとやらは新しい武器である短剣を登録する必要があるらしく、なぜかセレナまで巻き込んで本館に残っていた。
巻き込むのが双子の姉でなくセレナだったのが永遠の謎だ。
グレイソンは周囲に俺達以外誰もいないことを確認すると、急に低めの声で話し始めた。なかなかの演出力だ。
彼は演技だけでなく演出にもこだわってくれるらしい。
「――東雲さんとテオ君以外で、オスカーの剣術の凄さに気づいた人はいるのかい?」
「俺が判断できる限りでは、あと二人。葉加瀬オラケルと……名前は確か……杠葉」
葉加瀬に関しては読書パーティーで少しだけ交流がある。
杠葉の下の名前は出てこなかった。
クラスメイト全員のフルネームを覚えたはずだが……記憶力は時に魔王よりも恐ろしい。
「ああ、あの二人……あんまり目立つ方ではないけど、葉加瀬君は期末テストの座学の成績がクラス一位だったはずだよ。勿論、キミは実質百点でも八十九点だったわけだから――」
「ありがたいが、そういうのはいい。確かに葉加瀬には優秀な印象があるからわからなくもないが、杠葉の方はどうだ?」
オスカーは凄いよ選手権が始まりそうだったので、慌てて回避し、杠葉の話題に移させる。
「んー、杠葉さんは静かというか、マイペースというか……あんまり友達と絡んだりしてるのは見たことがないかな。少なくとも、僕が見た感じでは」
「そうか」
――葉加瀬と杠葉。
桐生との模擬戦の際、反応に他と違う確信が見れた生徒だ。東雲は純粋な驚きと僅かな畏怖、テオは希望だった。
葉加瀬と杠葉は至って冷静で、俺の実力を見極めた上で、余裕を持ってそれを受け止めていた。
それに気づいてから、どうも二人のことが気になって仕方ない。
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二人の参戦により、勇者祭はさらに盛り上がること間違いなしだ。
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