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 直近で死にかけたのは僕だけなのだろう。そして、誰かの死を見るのも初めてなのかもしれない。誰かが僕の事をこんなに心配してくれるのは幸せだ。ただ、同時に申し訳ない気持ちが胸を覆う。僕が居なければよかったかな。
 体が大分いう事を聞くようになってくる。立ち上がって、もう一度皆に「ごめん」と言い、頭を下げた。きっと、僕の引き際はここだ。ここで終わりにしないと、皆に迷惑をかけたという後悔が残る。皆に「このままでは迷惑ばかり掛けちゃうから、パーティから抜けるね」と言った、直後に後ろから優しい衝撃を感じる。アルミが僕に抱き着きながら「良くない、迷惑じゃない」と言い、僕の服で涙を拭いていた。
 万年下位の冒険者の僕がここまで来られたのでも、十分な奇跡なのに。まだ、仲間だと思ってくれているのか。感動で涙が溢れる。死を感じたからか、色々な感情が表に溢れ出てくる。うまく言葉に出来ず、ただただ、涙を流していた。僕が涙を流し終えて一息ついているとアイルが「何も気にしなくていいから、一緒に頑張ろうか」と声を掛けてくれた。僕は頷いて「ありがとう」と言った。
 ギルドに帰り、受付に報告する。ホーンブルは中位の魔物だが、上位よりに位置する危険な魔物だった。依頼を見て僕が誰よりも驚いていた。見た目は大きい猪にしか見えないが、戦ったから分かる、確かに強いし脅威だろう。
 ギルドの中心に皆が集まる。アイルは僕の全身を見た後に「明日は休みにしようか」と言った。死にかけた後だ、僕もそうしてくれるとすごく嬉しい。死にかけた事を思い出すだけで体の底から恐怖が湧いてくる。このままではまず、生き残れないだろう。恐怖体験をしたからだろうか、家族に会いたくなった。今なら、顔向け出来る。休みをもらったし、会いに行こう、明日の早朝に。僕は宿屋に帰ってすぐに眠りについた。
日の出より先に起きて宿屋を出る。ギルドと反対方向へ歩いていると、日が差してきて眩しさを感じる。中心から離れた、城壁の傍。木造の二階建て住宅が見える。僕は扉に手を掛けて大丈夫、拒絶はされない、と自分に言い聞かせて「ただいま」と声を掛け、扉を開けた。奥からパタパタと走って来る音が聞こえて、目の前に母のマリーが顔を出した。
 母さんは僕を見て「貴方だけでも無事でよかったわ」と言い、涙ぐむ。僕は母さんにお金を差し出して「稼げたよ、だから帰って来た」と言った。母さんはため息を吐くと手招きして「とりあえず、入りなさいよ」と言った。中に入ると妙に懐かしい。何故だろう、そんなに長く家を離れていた訳ではないのに。僕は目の前の椅子に腰かけて机の上にお金を置いた。
 母さんは耳にかかるぐらいの茶色の髪、垂れた目、茶色い瞳をしている。周りからは童顔だね、と言われていた。僕にとって、母さんはいつも通りなのだが、周りから褒められると、僕まで少し嬉しい。
僕は何も喋らずにひたすら手を組んで机の上に置いていた。すると、母さんはため息を吐いて「家を飛び出して行って以来ね」と言った。そうだ、あの日以来、ここには帰ってきていない。僕はとりあえず「元気?」と聞く。まあ、見れば分かるけど、どんな話をすればいいか分からない。母さんは頷いて「見ての通りよ」と答えた。
父さんの姿が見えない。いつもなら家に居るはず。僕は首を傾げながら「父さんは?」と聞いた。母さんは首を振って「居ないわ」と答えた。どういう事だ、母さんと父さんはずっと仲が良かったはずだが。僕が不思議そうに見つめていると、母さんは涙を流して話出した。
 父さんは僕が出て行ってからすぐに、病気をしたみたいだった。それも、かなり珍しい病気だったらしく、患ってすぐに重症になって、そのまま死んでしまったと言われた。だとすると、夢の中に出た物体は父さんなのか。でも、僕しか知らない情報と僕でも知らない情報を握っている。違うと思いたい、夢に出てくるなら父さんは死んでしまったと認める事にも繋がる。
 母さんが悔しそうに「あの人、最後にティムの心配をしていたわ。無事で良かった」と僕の顔を見て言った。僕も視界が歪んで、涙が頬を伝った。冒険者になるのを否定して、出て行けと言ったのに、心配してくれていたなんて、何も知らなかった。
 母さんは僕が思っているよりも濃密な時間を過ごしていた。父さんを失った悲しみは深いだろうに。母さんは涙を拭うと「で、これはどうやって稼いだの?」と疑惑の目を向けて聞いてきた。息子だからと言って無条件に信じてくれない、いや、息子だからか。どこまで話すか迷ったけれど、一度死んだことは伏せよう。息子まで失ったら、きっと、耐えられない。僕は素直に「最近、上級者のパーティに入れてもらえたから」と答えた。母さんはお金を見て頷くと「綺麗だから大丈夫だね」と言い、お金を僕に突き返した。僕はあまりの勢いの強さに受け取ってしまう。母さんは首を横に振って僕に「稼げているなら、父さんも何も言わないわ」と言うと「それは受け取れないわ」とお金を指さして言った。
 いつだって心配してくれている両親に何も返せないのは心苦しい。困ったことになったな。何か恩を返せればいいのだけど。母さんは僕を見て「一番嬉しいのはティムの顔が見られることだよ」と言って、笑顔で僕の顔を見つめた。僕の心は揺らいでしまった。僕が普通に働いていれば、父さんは死ななかったかもしれないし、母さんに普通に恩を返せたかもしれない、過去を悔やんでしまう。今更どうにもなりはしないけど。
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