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 馬車の中から流れる景色を眺める。早鐘を打つ鼓動を抑えるために、必死にどんなダンジョンかを考えていた。これまで踏破してきたダンジョンとは比べ物にならないだろう。皆からも緊張を感じる。
 半日程経っただろうか、いよいよ目の前にダンジョンが現れる。森が半分に割れていて周りより少し高くなっている石造りの神殿。まるで僕らを誘うかのようにそびえたっている。馬車から積み荷を降ろし簡易ベースを設置して、神殿内部へと足を踏み入れた。
 神殿内部は簡単な造りで、四角く覆われた部屋の中に地下へ続く階段がある。壁には渦巻き模様がいくつも描かれていて、人間が装飾したかのような精巧さを感じる。階段を下りて行くと、三つに分かれた道が見えた。アイルが流れるように右を選択して進んでいく。目の前に広い部屋が現れ、複数の魔物が徘徊するのが見える。ブリーズマモン、ファイアベア、それと何やら分からない魔物。アイルがターゲットを貰い、開戦した。
 ブリーズマモンは小型の黒い毛だるまの魔物で、魔法を当てるのは難しい。僕は直ぐにファイアスフィアで囲い込む。アルミは隙を見てソウでファイアベアを動けなくすると僕に「こっち」と声を掛ける。僕がアルミの前に居るファイアベアにアクアアローを打ち込んだ。二体の処理が終わると、ラフレがバリアをアイルに張る。アイルが警戒している、僕は戦闘態勢を整えた。
アイルの目の前の魔物は体が人、頭部がライオンのような見た目をしていて、笛のような武器を持っている。僕が魔法を唱えようとすると、笛を吹いた。頭が割れそうな「ふぉぉぉ」と言う奇妙な音色と共に、逃げて行った。
 蹲っていた僕は直ぐに立ち上がり皆の姿を確認した。無事みたいで安心したが、不気味なあの魔物は何だ。アイルに駆け寄って「大丈夫?あいつは…何?」と聞いた。アイルは「大丈夫だ」と答えて、首を振ると「あいつは…知らない」と答えた。
 知識の無い魔物を相手に、何やらよく分からない先制攻撃を受けてしまった。非常にまずい。もし仮に仲間を呼ぶ行動だったりすると僕らはたちまち囲まれてしまうだろう。アイルも察知していたようで「一度ここを離れよう」と言い、来た道を引き返した。
 その後は順調に前に進んでいく。道中に出てくる魔物も、上位ではあるが倒すのが難しい魔物ではない。拭いきれない違和感はあるものの、何も起こらなかった事に安心した。
 小部屋を見つけて一度休憩する。ずっと誘導されているような気がするし、監視されているような気もする。それでも、前に進むしかない。アイルが立ち上がり「行くよ」と言い、部屋を出た。
 分かれ道の先に分かれ道。もうどこに居るか分からない。何か知恵のある者が作り上げたのではないか、と疑いたくなる程だ。道中の魔物は囮みたいにして奥へ誘うように。
 大きな扉を発見して、皆が準備を始める。僕も気合を入れて色々と用意をする。準備が終わり、アイルが扉を開ける。そこには、羽の生えた人間のような魔物が居た。
 こちらに気づくと黒い翼を靡かせて漆黒の瞳をこちらに向けると、にやりと笑った。確実に、僕だけを見ていた気がする。背筋に寒い物が走った、直後に魔物は手を前に出す。そこから魔物が数体出てきた。その中には、謎の笛の魔物も居た。また笛を吹かれるかもしれない、僕は咄嗟にスフィアを唱える。すると視界が歪んで何も見えなくなった。
 どれほど経っただろうか。体を起こして回りを見て確認する。ここはどこだ、入口も出口もない、ただ壁画が描かれた四角い箱のような場所に閉じ込められたようだ。壁画を見ると、渦巻きの模様が描かれている。ダンジョン内部であることは確かだ、ただ、当然アイル達の姿は無かった。足を投げ出して座り、一度考える、どうすれば良いのか。そういえば、アルミに貰った転移結晶がある。懐を弄り結晶を探す。しかし、結晶は見当たらなかった。
 項垂れる頭を起こして視線を懐から前に移した。目の前に顔が現れて、僕は驚きのあまり「うわぁぁぁ」と声を上げて後ろに下がった。そいつは愉快そうに笑っていた。
 下半身が鳥のような見た目をしていて、二本足で立っている。上半身は毛で覆われている。顔は目と鼻と口があり、鋭い眼光をしていて、顔も毛が深い。更に、髪の毛が生えていて腰まで掛かる長い髪の毛だ。これは、魔物なのか。今にも喋り出しそうなのに、何も言わない。僕は立ち上がり前に一歩踏み出そうとすると、魔物はいきなり距離を詰めて切りかかって来た。
 詠唱は間に合わない、腰に差していた剣を抜いて応戦する。かなり素早い動きをしてくる魔物は風属性のはず。相手の間合いから飛びのいてファイアスフィアを詠唱する。魔物を囲う事に成功して、スフィアを縮小していく。呆気ない幕引きだと思った。
 魔物はスフィアの中から歩いて出てくる。意味が分からない、わざわざ歩いて出てくる意味があるのか。次いでアクアスフィアを唱えて、もう一度囲い込もうとした。魔物はまた閉じ込められる。どうしてか、歩いて出て来て距離を詰めてくる。僕は後退しながらウィンドアローを唱える。魔物に手で弾かれて、絶望した。三属性耐性なんて聞いたことないぞ。
 魔物が首を傾げて体を確認する。直後に視線を僕に飛ばしてにやりと笑った。魔法はダメだ、剣なら有効かもしれない。ただ、次の時には、僕は何故か剣を構える僕自身を見ていた。背後の魔物と目が合って、自分の体に首が無いのが見えた。死んだのか、僕は。目を閉じて闇の中へ落ちて行った。
 何か横でぶつぶつ音が聞こえる。あれ、死んだはずでは。目を開けて確認する。そこは夢で見ていた空間だった。物体がスッと現れて「言ったよな?これでも後悔しないか?」と聞いてきた。はは、後悔まみれじゃないか。僕は首を横に振って「後悔しかないよ」と呟いた。物体はぐるぐる回り「また、救う事は出来なかった」と呟いた。
 僕は首を傾げて「君は誰なの?」と聞く。今起きている出来事を整理出来ない。物体はピタリと止まると「誰かって?」と言った後に「自分に優しくできるのは、誰だろうね」と言った。父さん、ではないか。こんな事を言ってくる人は居たか。分からない。僕は頭を抱えて蹲る。物体は僕に「後は任せたからね、さよなら僕」と言ってスッと消えた。
 何もない部屋でひたすら呆けて過ごす。何も起こらないし、どうすれば良いかも分からない。じっと前だけを見つめていると、目の前に僕自身が現れた。全てを理解した、あいつは僕自身だったのか。僕はティムに「その選択に後悔はありませんか?」と問いかけた。
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