運命なんて信じない

ちえ

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第10話

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12月になった。年末が近づくにつれて、営業部も慌ただしくなってきた。
信一との距離は相変わらずだが、祐奈たちと話すことは増えた。

「今年の忘年会、営業部が余興だって~。どうする~?」

昼休みも週に一回は一緒にランチをするようになった。
今日は、金欠だという祐奈に合わせて、会社の食堂で済ませることになった。
メニューは定食が3種類、丼モノが2種類、あとはうどんとカレーがある。どれも500円以下でお手頃な値段だ。

「去年は総務部だったよね?なにしたんだっけ?」
「確か、ダンスの完コピだったよね?」
「思い出した。ドラマの主題歌のダンスだったね。ちょっと痛い人が何人かいたよね~」

忘年会に参加したことはなかった。笑顔でお酌して回ることも、おじさんを相手に会話をすることも考えただけで苦痛で、家で映画を観る方がよっぽど有意義だからだ。
今年も参加する気はなかった。だから、曖昧にうなずいたり笑ったりしながらうどんをすすっていた。

「本田さんは、何かアイデアありますか?」

祐奈に話を振られ、驚いてうどんの汁が変な器官に入ってしまった。鼻の奥が痛い。

「えっと・・・」

考えるふりをしながら、頭の中は真っ白だった。
話なんて、少しも聞いていなかった。

「あれ?なんの話してるの?」

背後から声がした。

「井口さん!」
「忘年会の出し物の話ですよ~」

「そうか、今年は営業部だったね。さすがに若い子が踊るようなダンスの完コピとかはやめてね」

井口さんは冗談交じりに、でもたぶん本気で、そう言った。
すぐ近くにいた総務部の女子が厳しい目を向けてきたのが見えて、なぜか美香子が顔を伏せた。

井口さんとも、最近は絡む機会が増えた。紛れもなく祐奈たちのおかげだし、美香子のことなど気にかけているわけないと思っていながら、話しかけられるたびに胸の鼓動が早くなるのを感じずにはいられなかった。


午後の仕事が始まって、一息つこうと給湯室へ向かった。
給茶機でコーヒーを注いでいる時、人が入ってきた。

井口さんだった。

「あ、すみません、使いますよね」

美香子は慌ててカップを手に取り、給茶機のそばを離れた。
白い湯気が立ち上るコーヒーを一口すすった。

「本田さん」

声をかけられて顔を上げると、井口さんが思い詰めた顔をして立っていた。

「その、さっきはごめんね」

美香子は、え?と思いながら呆然とした。
謝ることはあっても、謝られる理由は思いつかなかった。

「なんのことでしょうか?」

「昼休み、食堂でのこと。せっかく女性で楽しそうに話しているところに割って入っちゃって」

納得した。
美香子は、大きくかぶりを振った。

「全く問題ないです。ですので、気にしなくて大丈夫です」

「ありがとう。…本当は、本田さんが心配で声をかけたんだ。まぁ、要らぬお世話だったんだけど」

「え?」今度は声に出していた。話に全く見当がつかなかった。「どういうことでしょうか?」

井口さんは、苦い顔をして笑いながら、頭を掻いた。

「いや、また本田さんが矢野さんたちに仕事でも押し付けられてんのかなーって。それで、気づいたら声をかけてたんだ。すごく迷惑だったよね。ほんと、ごめん」

言葉に詰まった。嬉しいやら、恥ずかしいやらで、のどがすぼんで、声が出ない。
やっとのことで、声を絞り出した。

「いえ、お気遣いありがとうございます」

「よかったら、今度食事でもどう?」

また、言葉に詰まった。
今度は、100%嬉しさで。

「ぜひ!よろしくお願いします!!」

力が入って、思ったよりも大きな声が出た。
外に聞こえていないか心配になって、慌てて口をつぐんだ。
井口さんは優しく笑って、「また連絡するね」と給湯室を出て行った。

顔が火照るのがわかった。
全身が熱い。
これは、コーヒーのせいじゃない。

きっと社交辞令。本気なわけない。

そう何度も自分に言い聞かせても、気持ちはふわふわして、このまま世界一周できるほど軽やかだった。

デスクに戻ってからもつい口元がゆるんでしまい、仕事に集中できなかった。うっかり、杉山さんから頼まれていた書類をファイルにまとめるのを忘れてしまっていた。

「本田さん、心ここにあらずって感じですけど、何かあったんですかー?」

祐奈が心配そうに訊いてきた。
彼女の作られた美しい顔を見て、我に返る。

「ううん、何でもないよ」

気を引き締めないといけない。
本当は祐奈を誘いたくて、わたしに声をかけたに違いないし、わたしはただ、ダシに使われただけ。

強く強く自分に言い聞かせた。
もしかしたら、と希望を持ちそうになるたびに。
それに、どれだけ考えても美香子を誘うメリットが全く思い浮かばなかった。
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