運命なんて信じない

ちえ

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第12話

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「はあ?」

わけがわからない。引き留めるにしてはあまりに滑稽な言い分だ。

「急にすみません。本当は言うべきか迷っていました。しかし、今のままではあなたは沙織のときと同じようにひどい目に遭うと感じ、伝えることにしました」

「あの、急に前世とか沙織とかなんなんですか?」

「ですから、あなたの前世が沙織という女性で、ぼくは前世からあなたに会いに来たんです」

頭は混乱していた。それよりも、信一のあまりにも真剣な目に思わず笑いが出た。

「ははは。篠宮さんどこかで頭をぶつけられてんですか?沙織なんてわたしは知りませんし、どうせあなたの元カノの話とかでしょう?元カノと言いにくいからって前世とか用いるなんて幼稚な発想すぎます。それに、井口さんとわたしのことはあなたには関係ないですよね?男の嫉妬ほど醜いものはありませんよ」

美香子は一旦話を区切って腕時計を見た。

「それでは、そろそろ始業時間ですのでわたしはもう行きます。変な噂が立たないように、あなたは少ししてから出てください」

言い終わらないうちに出入り口のドアノブに手をかけた。
次は信一も呼び止めなかった。
ただ、最後に見た信一の悲痛に満ちた表情が頭にこびりついて離れなかった。


朝礼が終わってコーヒーでも飲もうと給湯室に向かった。
そこには明代がいた。お茶っぱの交換をしていた。相変わらず皺ひとつないスーツをピシッと来こなしていた

「おはようございます」

明代が微笑を浮かべて頭を下げた。
美香子は気まずくて、軽く会釈をしただけで給湯室を出た。

席に着くと、井口さんからメールが入っていた。

『今日、元気が無くない?大丈夫?』

信一のことで昨日の気持ちをすっかり忘れていた。
しかし、メールを読んであっという間に幸せな気分に引き戻された。

『ご心配ありがとうございます。全く問題ありません』

大丈夫。井口さんはこんなにも優しくて美香子のことを気にかけてくれる。
こんなに幸せで楽しい気持ちにしてくれる人はいない。
シンデレラや白雪姫が王子様と出会えたように、井口さんこそが美香子にとって王子様だった。

井口さんとはその後年末の休みに入るまで二度食事に行った。
その内の一回は忘年会の二次会。二人でおしゃれなバーに行った。
カウンター席が10席ほどしかない狭い店内にワインが壁一面に並んでいた。
ワインはそこまで得意じゃない。
でも、井口さんに勧められて飲んだ。苦くてほんのり甘い、大人の味がした。

帰り道、キスをした。
人生で初めてのキス。
思っていたよりもあっさりとしていたけど、28年間守ってきてよかったと思った。

昼休みに祐奈たちとランチをするのが楽しくなった。
みんなの恋愛話を聞くのが苦痛では無くなったし、彼氏の話をする同僚を羨ましいと思わなくなった。
早く、井口さんと恋人になって祐奈たちに報告したい。
最近は、そんなことを思うようになっていた。

年末年始の休みも井口さんと会いたがったけど、忙しいからと断られた。
でも、『きちんと来年埋め合わせするから』と一言添えられていた。

仕事納めの日。通常の就業時間終了の30分前から同じフロアの人で乾杯をする。
明日から10日間も井口さんに会えない。
例年なら、ようやく家に引き込めると嬉しい瞬間なのに、今年は終わってほしくないという思いが強かった。

「みなさん、ビールは行き渡りましたか?それでは乾杯の前に、各部長から一言お願いします」

今年幹事の杉山さんが、手にしていたマイクを隣に並んだ部長に渡す。
最初は総務部長、信一からだった。

「みなさん、今年もお疲れ様でした。忘年会の時に社長の挨拶でもあったように、今年度は昨年よりも好業績にて来ています。これはみなさんの頑張りそのもので、とても誇りに思います。ぼくは途中からでしたが、みなさんと共に働けることを嬉しく思います。今年度もあと三ヶ月ですが、また共に頑張っていきましょう」

美香子は信一の顔を見れず、手に包んだビールの缶を見つめていた。
マイクが経理部長に移って最後に営業部長へ渡った。
一言ずつ終えて、杉山さんが「では、乾杯」とビール缶を上に高く掲げた。
フロアの人がすぐに「乾杯」と言って、近くにいる人と缶を交わす。

私も、乾杯しなくちゃ。

美香子は、あたりを見回した。
祐奈たちが愛想を振りまきながら、乾杯をしている姿が目に入った。
信一が女性社員に囲まれている姿もあった。相変わらずの人気ぶりだった。

「美香子ちゃん、乾杯」

井口さんが来てくれた。
美香子は笑って、ビール缶を合わせた。

「来年もよろしくね」

「こちらこそ。・・・やっぱり、年末年始は会えないんでしょうか?」

美香子が訊くと、井口さんは困ったように笑って、「ごめん、俺次は部長のとこ行ってくる」と去ってしまった。

はぐらかされたように感じた。でもそれよりも、もっと話せると思っていたから、もう終わりか、と寂しくなった。

周りが談笑する中、居心地が悪くなって料理の場所へ向かった。
去年までは乾杯まで終わって定時を告げるチャイムが鳴ると、さっさと帰っていた。
今年は、二次会で井口さんと話せる機会があるかもと思うと、帰れなかった。

すぐ近くにある弁当屋さんで注文したオードブルやピザ、お寿司が並んでいた。
何を食べようか悩んでいると、隣に人が来る気配があった。

信一かと思って、警戒した。
ほのかにバラの香りが鼻腔をくすぐった。

「本田さん、この後時間があれば二次会へ行きませんか?」

隣にいたのは、明代だった。

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