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第26話
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翌日、美香子はそわそわした気持ちで会社に行った。まだ枯れる前、新学期のクラス替えを見ていた時と同じように。
事務所に到着するとすでに信一は出勤していて、美香子に気づくと小さく手を振ってきた。
美香子も誰にも見られていないか確認して、気づかれないくらい小さく小さく手を振り返した。
体がムズムズする。落ち着かない気持ちのままデスクについた。
お茶を飲もうと給湯室に行った。
後から明代が入ってきた。
「おはよう、美香子さん」
「あ、おはようございます、高山さん」
美香子は驚いて、手にしたカップを横にしてしまった。熱いお茶が手にかかった。
「あっつい」
反射的に手をカップから離してしまった。カップの中のお茶が床に飛び散った。
「あらあら、大丈夫?美香子さん、早くお水で手を冷やして!」
明代はそう言いながらカップを拾って、床をモップで掃除をし始めた。
美香子は蛇口から冷たい水を出してお茶のかかった指に当てる。
そこに、信一が給湯室へ入ってきた。見るからに慌てふためいて切迫した様子だった。
「美香子さん、どうしましたか?!」
「ちょっと、お茶がかかってしまっただけよ。すぐに冷やしたから大丈夫なはずです」
明代が冷静に応えてくれた。
信一はホッとした表情を浮かべ、美香子のところへ来た。
「あなたの大きな声が聞こえたので、心配しました。大したことがなくてよかったです」
明代がそっと給湯室を出て行くのが横目で見えた。
美香子は水を出したまま信一と向き合った。
「心配をかけてすみません。ぼーっとしてしまっていて。本当に大丈夫ですので」
「それならよかったです。ところで、今日お昼はどうしますか?よければご一緒にどうですか?」
美香子は首を振った。
「すみません、お昼は高山さんと食べるので。私たちのことも報告したいですし」
言って、自分で照れた。ムズムズした気持ちが治らない。
信一はにっこりと笑って、「わかりました」と応えた。
「では、また定時後に」
そう言って給湯室を出ていった。
定時後。間違いなく聞こえた。
この胸のドキドキは会社を出てからも続くことになった。
「今日は天気がいいから屋上で食べない?」
お昼休み、明代が美香子のデスクに来て言った。
明代のことだから、いろいろ察しているのだろう。
2月のこの寒い中屋上で弁当を広げるような人はほぼいない。
誰にも聞かれない場所を選んでくれたのだとわかった。
「それで、今朝のこと、どういうことなの?」
弁当を広げるやいなや、一口目を食べる前に、明代は前のめりに本題へ入った。
「やっぱり、気づいていましたよね?」
「気づかない方がおかしいわ。昨日、何があったの?」
美香子は、訥々と昨日の出来事を話した。
明代は時折悲鳴に似た声をあげながら美香子の話を聞いていた。
話し終わると、顔を手のひらで隠すようにして美香子を見ていた。
「そんなことがあったのね。よかったわね、篠宮さんはとても誠実な印象だし、私、二人のこと応援しているわ」
「ありがとうございます・・・」
美香子は恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
今まで祐奈たちの恋話を散々聞いてきたが、いざ自分が話すとなるとこんなにも胸がざわつき、ドキドキするものだとは知らなかった。
美香子は昨日のことを思い出しながら、あの信一の匂いのことについても思い出していた。明代にはそのことは話していない。
「これから楽しみね!あー、なんだか私まで嬉しいわ」
明代は心の底から美香子のことを祝福してくれていた。こんなところにも「愛」を感じられて嬉しくなった。
そして、明代になら信用できるし聞いてもいいと感じ、美香子は質問をしてみることにした。
「高山さん、変なことを聞いてもいいですか?・・・前世って信じますか?」
言った後に、こんな質問笑われるか頭がおかしいと思われる、と明代の反応に不安が募り出した。
しかし、明代は笑ったり一蹴したりせずに、考え込むそぶりを見せて答えた。
「前世については、今まで考えたことはなかったわ。でも、そういう輪廻転生的な話は興味があるわ」
意外な回答で、思わす美香子の方が言葉を失ってしまった。
「急にどうしたの?前世でも篠宮さんとくっついている記憶でも戻った?」
明代がいたずらっ子のような笑みを浮かべて訊いてきた。
これはさすがに冗談で言っているらしい。
「いえ、そんな記憶はありません。ただ、篠宮さんと関係がないわけでもないわけで・・・・」
口ごもる美香子に明代は真面目な顔で言った。
「絶対に笑ったりしないから、話してみて?」
その真剣な目を見て美香子も決心した。
明代に信一との出会いから昨日の匂いのことまで、すべて話した。
明代は宣言通り決して笑うことなく、美香子の話を頷きながら聞いていた。
ずっと心に抱えていたことを話したことで美香子の気持ちが軽くなっていくのを感じた。
不可解なことを溜め込んでおくのが気づかないうちにストレスとなってしまっていた。
話し終わる頃には、昼休みが終わろうとしていた。
明代は話を聞き終わってもそれに対して何も言わず
「とりあえず、ご飯を食べてしまいましょう」
と、まだ手をつけていない弁当を食べ始めた。
美香子は明代の反応が気になって食べ物が喉を通らなかった。
ベンチから立ち上がるときに、明代が「本田さん」と呼びかけた。
「今週の土曜日、空いている?」
美香子は、「はい」と頷いた。
「じゃあ、11時に本郷三丁目駅に集合ね」
明代はそれ以上は何も言わず、「そろそろ戻らないとまずいわ」と急いで屋上の出口へ歩き出した。
一体何があるのだろう、と美香子はモヤモヤと不安に襲われていた。
事務所に到着するとすでに信一は出勤していて、美香子に気づくと小さく手を振ってきた。
美香子も誰にも見られていないか確認して、気づかれないくらい小さく小さく手を振り返した。
体がムズムズする。落ち着かない気持ちのままデスクについた。
お茶を飲もうと給湯室に行った。
後から明代が入ってきた。
「おはよう、美香子さん」
「あ、おはようございます、高山さん」
美香子は驚いて、手にしたカップを横にしてしまった。熱いお茶が手にかかった。
「あっつい」
反射的に手をカップから離してしまった。カップの中のお茶が床に飛び散った。
「あらあら、大丈夫?美香子さん、早くお水で手を冷やして!」
明代はそう言いながらカップを拾って、床をモップで掃除をし始めた。
美香子は蛇口から冷たい水を出してお茶のかかった指に当てる。
そこに、信一が給湯室へ入ってきた。見るからに慌てふためいて切迫した様子だった。
「美香子さん、どうしましたか?!」
「ちょっと、お茶がかかってしまっただけよ。すぐに冷やしたから大丈夫なはずです」
明代が冷静に応えてくれた。
信一はホッとした表情を浮かべ、美香子のところへ来た。
「あなたの大きな声が聞こえたので、心配しました。大したことがなくてよかったです」
明代がそっと給湯室を出て行くのが横目で見えた。
美香子は水を出したまま信一と向き合った。
「心配をかけてすみません。ぼーっとしてしまっていて。本当に大丈夫ですので」
「それならよかったです。ところで、今日お昼はどうしますか?よければご一緒にどうですか?」
美香子は首を振った。
「すみません、お昼は高山さんと食べるので。私たちのことも報告したいですし」
言って、自分で照れた。ムズムズした気持ちが治らない。
信一はにっこりと笑って、「わかりました」と応えた。
「では、また定時後に」
そう言って給湯室を出ていった。
定時後。間違いなく聞こえた。
この胸のドキドキは会社を出てからも続くことになった。
「今日は天気がいいから屋上で食べない?」
お昼休み、明代が美香子のデスクに来て言った。
明代のことだから、いろいろ察しているのだろう。
2月のこの寒い中屋上で弁当を広げるような人はほぼいない。
誰にも聞かれない場所を選んでくれたのだとわかった。
「それで、今朝のこと、どういうことなの?」
弁当を広げるやいなや、一口目を食べる前に、明代は前のめりに本題へ入った。
「やっぱり、気づいていましたよね?」
「気づかない方がおかしいわ。昨日、何があったの?」
美香子は、訥々と昨日の出来事を話した。
明代は時折悲鳴に似た声をあげながら美香子の話を聞いていた。
話し終わると、顔を手のひらで隠すようにして美香子を見ていた。
「そんなことがあったのね。よかったわね、篠宮さんはとても誠実な印象だし、私、二人のこと応援しているわ」
「ありがとうございます・・・」
美香子は恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
今まで祐奈たちの恋話を散々聞いてきたが、いざ自分が話すとなるとこんなにも胸がざわつき、ドキドキするものだとは知らなかった。
美香子は昨日のことを思い出しながら、あの信一の匂いのことについても思い出していた。明代にはそのことは話していない。
「これから楽しみね!あー、なんだか私まで嬉しいわ」
明代は心の底から美香子のことを祝福してくれていた。こんなところにも「愛」を感じられて嬉しくなった。
そして、明代になら信用できるし聞いてもいいと感じ、美香子は質問をしてみることにした。
「高山さん、変なことを聞いてもいいですか?・・・前世って信じますか?」
言った後に、こんな質問笑われるか頭がおかしいと思われる、と明代の反応に不安が募り出した。
しかし、明代は笑ったり一蹴したりせずに、考え込むそぶりを見せて答えた。
「前世については、今まで考えたことはなかったわ。でも、そういう輪廻転生的な話は興味があるわ」
意外な回答で、思わす美香子の方が言葉を失ってしまった。
「急にどうしたの?前世でも篠宮さんとくっついている記憶でも戻った?」
明代がいたずらっ子のような笑みを浮かべて訊いてきた。
これはさすがに冗談で言っているらしい。
「いえ、そんな記憶はありません。ただ、篠宮さんと関係がないわけでもないわけで・・・・」
口ごもる美香子に明代は真面目な顔で言った。
「絶対に笑ったりしないから、話してみて?」
その真剣な目を見て美香子も決心した。
明代に信一との出会いから昨日の匂いのことまで、すべて話した。
明代は宣言通り決して笑うことなく、美香子の話を頷きながら聞いていた。
ずっと心に抱えていたことを話したことで美香子の気持ちが軽くなっていくのを感じた。
不可解なことを溜め込んでおくのが気づかないうちにストレスとなってしまっていた。
話し終わる頃には、昼休みが終わろうとしていた。
明代は話を聞き終わってもそれに対して何も言わず
「とりあえず、ご飯を食べてしまいましょう」
と、まだ手をつけていない弁当を食べ始めた。
美香子は明代の反応が気になって食べ物が喉を通らなかった。
ベンチから立ち上がるときに、明代が「本田さん」と呼びかけた。
「今週の土曜日、空いている?」
美香子は、「はい」と頷いた。
「じゃあ、11時に本郷三丁目駅に集合ね」
明代はそれ以上は何も言わず、「そろそろ戻らないとまずいわ」と急いで屋上の出口へ歩き出した。
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