運命なんて信じない

ちえ

文字の大きさ
26 / 42

第26話

しおりを挟む
翌日、美香子はそわそわした気持ちで会社に行った。まだ枯れる前、新学期のクラス替えを見ていた時と同じように。
事務所に到着するとすでに信一は出勤していて、美香子に気づくと小さく手を振ってきた。
美香子も誰にも見られていないか確認して、気づかれないくらい小さく小さく手を振り返した。
体がムズムズする。落ち着かない気持ちのままデスクについた。
お茶を飲もうと給湯室に行った。
後から明代が入ってきた。
 
「おはよう、美香子さん」
 
「あ、おはようございます、高山さん」
 
美香子は驚いて、手にしたカップを横にしてしまった。熱いお茶が手にかかった。
 
「あっつい」
 
反射的に手をカップから離してしまった。カップの中のお茶が床に飛び散った。
 
「あらあら、大丈夫?美香子さん、早くお水で手を冷やして!」
 
明代はそう言いながらカップを拾って、床をモップで掃除をし始めた。
美香子は蛇口から冷たい水を出してお茶のかかった指に当てる。
そこに、信一が給湯室へ入ってきた。見るからに慌てふためいて切迫した様子だった。
 
「美香子さん、どうしましたか?!」
 
「ちょっと、お茶がかかってしまっただけよ。すぐに冷やしたから大丈夫なはずです」
 
明代が冷静に応えてくれた。
信一はホッとした表情を浮かべ、美香子のところへ来た。
 
「あなたの大きな声が聞こえたので、心配しました。大したことがなくてよかったです」
 
明代がそっと給湯室を出て行くのが横目で見えた。
美香子は水を出したまま信一と向き合った。
 
「心配をかけてすみません。ぼーっとしてしまっていて。本当に大丈夫ですので」
 
「それならよかったです。ところで、今日お昼はどうしますか?よければご一緒にどうですか?」
 
美香子は首を振った。
 
「すみません、お昼は高山さんと食べるので。私たちのことも報告したいですし」
 
言って、自分で照れた。ムズムズした気持ちが治らない。
信一はにっこりと笑って、「わかりました」と応えた。
 
「では、また定時後に」
 
そう言って給湯室を出ていった。
定時後。間違いなく聞こえた。
この胸のドキドキは会社を出てからも続くことになった。
 
 
 
「今日は天気がいいから屋上で食べない?」
 
お昼休み、明代が美香子のデスクに来て言った。
明代のことだから、いろいろ察しているのだろう。
2月のこの寒い中屋上で弁当を広げるような人はほぼいない。
誰にも聞かれない場所を選んでくれたのだとわかった。
 
「それで、今朝のこと、どういうことなの?」
 
弁当を広げるやいなや、一口目を食べる前に、明代は前のめりに本題へ入った。
 
「やっぱり、気づいていましたよね?」
 
「気づかない方がおかしいわ。昨日、何があったの?」
 
美香子は、訥々と昨日の出来事を話した。
明代は時折悲鳴に似た声をあげながら美香子の話を聞いていた。
話し終わると、顔を手のひらで隠すようにして美香子を見ていた。
 
「そんなことがあったのね。よかったわね、篠宮さんはとても誠実な印象だし、私、二人のこと応援しているわ」
 
「ありがとうございます・・・」
 
美香子は恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
今まで祐奈たちの恋話を散々聞いてきたが、いざ自分が話すとなるとこんなにも胸がざわつき、ドキドキするものだとは知らなかった。
 
美香子は昨日のことを思い出しながら、あの信一の匂いのことについても思い出していた。明代にはそのことは話していない。
 
「これから楽しみね!あー、なんだか私まで嬉しいわ」
 
明代は心の底から美香子のことを祝福してくれていた。こんなところにも「愛」を感じられて嬉しくなった。
そして、明代になら信用できるし聞いてもいいと感じ、美香子は質問をしてみることにした。
 
「高山さん、変なことを聞いてもいいですか?・・・前世って信じますか?」
 
言った後に、こんな質問笑われるか頭がおかしいと思われる、と明代の反応に不安が募り出した。
しかし、明代は笑ったり一蹴したりせずに、考え込むそぶりを見せて答えた。
 
「前世については、今まで考えたことはなかったわ。でも、そういう輪廻転生的な話は興味があるわ」
 
意外な回答で、思わす美香子の方が言葉を失ってしまった。
 
「急にどうしたの?前世でも篠宮さんとくっついている記憶でも戻った?」
 
明代がいたずらっ子のような笑みを浮かべて訊いてきた。
これはさすがに冗談で言っているらしい。
 
「いえ、そんな記憶はありません。ただ、篠宮さんと関係がないわけでもないわけで・・・・」
 
口ごもる美香子に明代は真面目な顔で言った。
 
「絶対に笑ったりしないから、話してみて?」
 
その真剣な目を見て美香子も決心した。
明代に信一との出会いから昨日の匂いのことまで、すべて話した。
明代は宣言通り決して笑うことなく、美香子の話を頷きながら聞いていた。
ずっと心に抱えていたことを話したことで美香子の気持ちが軽くなっていくのを感じた。
不可解なことを溜め込んでおくのが気づかないうちにストレスとなってしまっていた。
 
話し終わる頃には、昼休みが終わろうとしていた。
明代は話を聞き終わってもそれに対して何も言わず
「とりあえず、ご飯を食べてしまいましょう」
と、まだ手をつけていない弁当を食べ始めた。
美香子は明代の反応が気になって食べ物が喉を通らなかった。
 
ベンチから立ち上がるときに、明代が「本田さん」と呼びかけた。
 
「今週の土曜日、空いている?」
 
美香子は、「はい」と頷いた。
 
「じゃあ、11時に本郷三丁目駅に集合ね」
 
明代はそれ以上は何も言わず、「そろそろ戻らないとまずいわ」と急いで屋上の出口へ歩き出した。
一体何があるのだろう、と美香子はモヤモヤと不安に襲われていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

処理中です...