33 / 42
第33話
しおりを挟む
美香子が研究に参加して一ヶ月が過ぎた。
信一と過ごす時間が増えて、美香子が前世と思われる記憶を取り戻すことも増えた。
この一ヶ月でわかったことは、沙織はお金持ちの家に生まれたお嬢様で、周りが一目置くほど美しい容姿をしているということだった。
いつかのパーティーの記憶が頭の中を流れ、みんながこちらを見て賞賛の声を浴びせてくることで判明した。
それだけではなかった。
度々、坊主頭の男の子を夢に見るようになった。
小汚くて見るからに貧乏そうな家柄の子供で、いつもヘラヘラ笑っていた。
あくまで夢の中だから、こちらから話しかけることはできない。男の子が出てくるのは起きる前の少しの時間だけだ。
これが沙織の記憶かもわからない。
でも、その坊主頭の男の子を見た日の朝は、目が覚めるとどこか懐かしい気持ちになっていた。
『美香子さん、すみません。今日も帰りが遅くなるので、会うことはできません』
目覚ましが鳴って目を覚ましスマホを見ると、信一からのメッセージが入っていた。
美香子は返信をせずに画面をオフにした。
三月に入って信一の仕事が忙しくなっていた。
人事部として、新入社員の受け入れ調整や四月の大きな人事異動や、とにかく大忙しの時期だというのは重々承知している。
ただ、毎日のように会っていただけに、1日でも時間が空くと数ヶ月会っていないほど長い時間が感じられるほど恋しい気持ちになってしまう。
仕事が大事だというのはわかっているし、邪魔にはなりたくない。
でも、困らせるのをわかっている上でわがままを言いたい。
画面の向こう側で見ていた恋する女性の気持ちをようやく理解できた。
もう、信一と出会う前のひとりの生活には戻れなくなってしまっていた。
昼休み、いつものように明代とご飯を食べていると、明代が周囲を気にするようにそわそわし始めた。
いつだって冷静沈着な明代には珍しい不審な行動に、美香子は気になって訊いてみた。
「明代さん、今日すごくそわそわしているみたいだけど、何かあったの?」
明代は驚いたように肩を動かし、しかめ面をした。
「やっぱり、わかるわよね?・・・実は、今日の夢で、わたし矢野さんが殺される夢を見たの。今までこんな実際の人物が夢に出たことなんてなかったの。だから、動揺してしまって。・・・最近夢について調べていたから、なんだか夢の内容が本当に起こりそうで怖くなったのよ」
「先生には?進藤先生には知らせたの?」
「それが、まだなの」
明代の額に汗が滴る。
「朝から連絡しているのだけれど、先生に一向に連絡がつかないの。先生はよく明け方まで研究しているからきっとまだ寝ているんだわ」
美香子は時計を見た。時間は12時半だった。
夜更かしをしても朝9時までには起きるから、一体何時になれば起きるのか皆目見当がつかなかった。
「とにかく、落ち着きましょう。夢は夢なんだから。本当に起きるわけではないわ」
美香子の言葉に、明代は落ち着くどころか余計に動揺しだした。
体は小刻みに震え、目は恐怖の色で満ちていた。
「いいえ、絶対に起きるわ。・・・だって、以前にもこんなことがあった。初めて訪れた場所に既視感があったからあとで先生に尋ねたら、一年前に夢で見たことがある風景だったの。・・・きっとこれもいつか本当になるのよ」
明代の理性は完全に失われ、美香子の「大丈夫よ」の声は全く届かなかった。
美香子は、恐怖に怯える明代を抱いて、会社を出た。
タクシーに乗り込んで、病院へと向かった。
電話に出ないのなら、直接乗り込むしかない。
進藤先生に話を聞けば、明代の気も治るだろう、と考えていた。
信一と過ごす時間が増えて、美香子が前世と思われる記憶を取り戻すことも増えた。
この一ヶ月でわかったことは、沙織はお金持ちの家に生まれたお嬢様で、周りが一目置くほど美しい容姿をしているということだった。
いつかのパーティーの記憶が頭の中を流れ、みんながこちらを見て賞賛の声を浴びせてくることで判明した。
それだけではなかった。
度々、坊主頭の男の子を夢に見るようになった。
小汚くて見るからに貧乏そうな家柄の子供で、いつもヘラヘラ笑っていた。
あくまで夢の中だから、こちらから話しかけることはできない。男の子が出てくるのは起きる前の少しの時間だけだ。
これが沙織の記憶かもわからない。
でも、その坊主頭の男の子を見た日の朝は、目が覚めるとどこか懐かしい気持ちになっていた。
『美香子さん、すみません。今日も帰りが遅くなるので、会うことはできません』
目覚ましが鳴って目を覚ましスマホを見ると、信一からのメッセージが入っていた。
美香子は返信をせずに画面をオフにした。
三月に入って信一の仕事が忙しくなっていた。
人事部として、新入社員の受け入れ調整や四月の大きな人事異動や、とにかく大忙しの時期だというのは重々承知している。
ただ、毎日のように会っていただけに、1日でも時間が空くと数ヶ月会っていないほど長い時間が感じられるほど恋しい気持ちになってしまう。
仕事が大事だというのはわかっているし、邪魔にはなりたくない。
でも、困らせるのをわかっている上でわがままを言いたい。
画面の向こう側で見ていた恋する女性の気持ちをようやく理解できた。
もう、信一と出会う前のひとりの生活には戻れなくなってしまっていた。
昼休み、いつものように明代とご飯を食べていると、明代が周囲を気にするようにそわそわし始めた。
いつだって冷静沈着な明代には珍しい不審な行動に、美香子は気になって訊いてみた。
「明代さん、今日すごくそわそわしているみたいだけど、何かあったの?」
明代は驚いたように肩を動かし、しかめ面をした。
「やっぱり、わかるわよね?・・・実は、今日の夢で、わたし矢野さんが殺される夢を見たの。今までこんな実際の人物が夢に出たことなんてなかったの。だから、動揺してしまって。・・・最近夢について調べていたから、なんだか夢の内容が本当に起こりそうで怖くなったのよ」
「先生には?進藤先生には知らせたの?」
「それが、まだなの」
明代の額に汗が滴る。
「朝から連絡しているのだけれど、先生に一向に連絡がつかないの。先生はよく明け方まで研究しているからきっとまだ寝ているんだわ」
美香子は時計を見た。時間は12時半だった。
夜更かしをしても朝9時までには起きるから、一体何時になれば起きるのか皆目見当がつかなかった。
「とにかく、落ち着きましょう。夢は夢なんだから。本当に起きるわけではないわ」
美香子の言葉に、明代は落ち着くどころか余計に動揺しだした。
体は小刻みに震え、目は恐怖の色で満ちていた。
「いいえ、絶対に起きるわ。・・・だって、以前にもこんなことがあった。初めて訪れた場所に既視感があったからあとで先生に尋ねたら、一年前に夢で見たことがある風景だったの。・・・きっとこれもいつか本当になるのよ」
明代の理性は完全に失われ、美香子の「大丈夫よ」の声は全く届かなかった。
美香子は、恐怖に怯える明代を抱いて、会社を出た。
タクシーに乗り込んで、病院へと向かった。
電話に出ないのなら、直接乗り込むしかない。
進藤先生に話を聞けば、明代の気も治るだろう、と考えていた。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる