悪役令息に転生したので断罪回避します!のはずが、氷の王太子からの溺愛が止まりません

水凪しおん

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第一話「目覚めたら処刑台」

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 じくり、と焦げるような喉の渇き。全身を殴られたかのような倦怠感。そして、ひっきりなしに頭の奥で鳴り響く、けたたましいアラームの幻聴。
(ああ、またか……。徹夜三日目だもんな、体も悲鳴を上げるわけだ)
 水上悠(みなかみゆう)は、霞む意識の中で自嘲した。ブラック企業と呼ばれる職場で身を粉にして働き、気づけば自宅のベッドではなく、会社のデスクで突っ伏しているのが日常だった。鉛のように重い瞼をこじ開け、ぼやける視界をデスクトップ画面に向ける。早くこの地獄の無限ループから抜け出して、温かい布団で眠りたい。そして、唯一の癒やしであるBLゲーム「暁光のラプソディ」の続きを……。
 そう思った瞬間、悠の視界に飛び込んできたのは、見慣れた灰色のオフィス風景ではなかった。
 豪奢な天蓋。滑らかなシルクのシーツ。壁には見たこともない美しい絵画が飾られ、窓から差し込む陽光は、部屋の隅々に置かれた金銀の装飾品をきらきらと反射させている。
「……は?」
 絞り出した声は、自分のものとは思えないほど掠れていた。混乱する頭で、のろのろと体を起こす。体にまとわりつくのは、安物のスーツではなく、肌触りの良い上質なナイトウェアだ。そして、極めつけは、視界の端に映るプラチナブロンドの美しい髪。自分の髪は、しがない黒髪のはずだ。
 震える足でベッドを降り、悠は部屋の隅に置かれた大きな姿見の前へと歩み寄った。そこに映っていたのは、まったく見覚えのない、けれど、よく知っている顔だった。
 透き通るような白い肌。気の強さを感じさせる、つり上がった紫色の瞳。そして、月光を溶かし込んだかのようなプラチナブロンドの髪。神が気まぐれに作り上げた最高傑作のような、現実離れした美貌の青年。
「ルキウス・フォン・エアハルト……」
 無意識に、その名前が口をついて出た。
 悠が過労の合間に唯一の楽しみにしていたBLゲーム「暁光のラプソディ」。その中に登場する、悪役令息の名前だ。
 ルキウスは、王太子アレクシスの婚約者でありながら、平民出身の聖女セリアに嫉妬し、数々の嫌がらせを繰り返す。その傲慢で愚かな振る舞いは、やがて王太子の逆鱗に触れ、最終的には反逆の罪を着せられて、民衆の前で断罪され、処刑される。そんな哀れで、救いのないキャラクターだった。
(なんで、俺がルキウスに……?)
 頭が真っ白になる。まさか、とは思うが、状況からして考えられる可能性は一つしかない。
 過労死した俺は、このゲームの世界に転生してしまったのだ。最悪の結末が約束された、悪役令息として。
「嘘だろ……」
 鏡の中の美青年――ルキウスが、絶望に顔を歪める。
 その時、控えめなノックの音と共に、重厚な扉が開かれた。入ってきたのは、メイド服に身を包んだ初老の女性だった。
「ルキウス様、お目覚めでございますか。本日は、王太子アレクシス殿下との公式な顔合わせの日でございます。お支度を始めさせていただきます」
 その言葉は、悠にとって死刑宣告にも等しかった。
 王太子アレクシス。彼こそが、このゲームのメイン攻略対象であり、ルキウスを処刑台へと送る張本人だ。顔合わせは、破滅への第一歩。ゲームでは、この場でルキウスが傲慢に振る舞い、アレクシスの心象を最悪のものにしてしまうのだ。
(冗談じゃない……!)
 悠は、奥歯を噛み締めた。
 一度目の人生は、会社に搾取され、ただただ消耗して終わった。青春も、趣味も、すべてを犠牲にして働いた結果が、あっけない過労死。そんな無価値な死に方をした俺が、やっと手に入れた二度目の人生だ。それが、ゲームのシナリオ通りに処刑されて終わるなんて、絶対に認めない。
 死の運命は、必ず回避してみせる。
 悠の――いや、ルキウスの紫色の瞳に、静かだが、確かな決意の光が宿った。そのためには、まず、これから始まる王太子との顔合わせを、無事に乗り切らなければならない。ゲームのルキウスのように、傲慢に振る舞うのは論外だ。かといって、急に殊勝な態度を取れば、それはそれで怪しまれるだろう。
(どうする……? どうすれば、最悪のスタートを切らずに済む……?)
 メイドたちが用意した、これでもかというほど豪華な礼服に袖を通されながら、ルキウスは必死に思考を巡らせる。
 二度目の人生を無駄にしないために。処刑台ではなく、穏やかな未来を手に入れるために。
 悪役令息ルキウスの、静かなる戦いが、今、始まろうとしていた。
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