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第十話「愛する故郷への疾走」
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「大変です、ルキウス様!」
執務室の扉が、乱暴に開け放たれた。息を切らして飛び込んできたのは、エアハルト領から遣わされた伝令の兵士だった。その男の顔は土気色で、ただ事ではない様子がうかがえた。
「領地で、原因不明の病が流行しております! 高熱と嘔吐を繰り返し、次々と領民が倒れているのです!」
その報告は、ルキウスの頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を与えた。
(病……? そんな、ようやく皆の暮らしが安定してきたというのに!)
「原因はなんだ! 医者の見立ては!」
「それが、まったく……。まるで、呪いにかかったように、日に日に病人の数が増える一方で……」
伝令の言葉に、ルキウスは最悪の可能性に行き当たった。
(まさか、毒……?)
ダリウス大公の、冷酷な顔が脳裏に浮かぶ。聖女の一件で、自分を邪魔だと認識した大公が、次なる手として、自分の足元である領地を狙ったのではないか。最も効果的に自分を貶め、精神的に追い詰める方法として。
「領地では、『やはり悪役令息は災いを呼ぶ』などという、心ない噂が流れ始めております。このままでは、領民の心も離れてしまいます……!」
伝令は、悔しそうに床に拳を叩きつけた。
ルキウスは、唇を噛み締めた。体の芯が、怒りで震える。民を想い、共に汗を流してきた日々を、こんな卑劣なやり方で踏みにじられてたまるか。
「……すぐに領地へ戻る。準備をしろ」
ルキウスが立ち上がった、その時だった。
「待て、ルキウス」
いつの間に入ってきたのか、部屋の入口にアレクシスが立っていた。その表情は、いつになく険しい。
「お前一人で行かせるわけにはいかない。これは、大公の罠である可能性が高い。お前が領地に戻ったところを捕らえ、混乱の首謀者に仕立て上げるつもりかもしれん」
「ですが、黙って見ているわけにはいきません! 私の民が、苦しんでいるんです!」
ルキウスは、初めてアレクシスに向かって、感情を露わにした。
「気持ちは分かる。だが、冷静になれ。今お前が行っても、状況を悪化させるだけだ。まずは私が調査隊を派遣し、原因を特定させる。それからでも遅くはないはずだ」
アレクシスの言葉は、正論だった。王太子として、最も合理的で、正しい判断だ。
しかし、今のルキウスには、その冷静さを受け入れることができなかった。机の上で報告を待っている間に、また一人、また一人と、大切な領民の命が失われていくかもしれない。あの、自分を「救い主」と呼び、慕ってくれた人々の顔が、次々と脳裏に浮かんで消える。
(駄目だ、待てない……!)
「……申し訳ありません、殿下」
ルキウスは、アレクシスに深く頭を下げた。
「あなたの制止を振り切る無礼を、お許しください。ですが、私は行かなければならない。彼らを救えるのは、私しかいないから」
そう言うと、ルキウスはアレクシスの横をすり抜け、部屋を飛び出した。
「ルキウス、待て!」
背後から聞こえるアレクシスの声を振り切り、ルキウスは厩舎へと走る。彼は、そこに繋がれていた馬の中でも、最も速いとされる黒馬に飛び乗った。
「頼む、走ってくれ……!」
手綱を握りしめ、馬の腹を蹴る。黒馬は、主の悲痛な思いを察したかのように、いななき一つ、城門へと向かって駆け出した。
王都の喧騒が、あっという間に遠ざかっていく。頬を打つ風が、やけに冷たい。
向かう先は、愛する領地。そして、そこに渦巻いているであろう、巨大な陰謀。
たった一人で、無謀な戦いに身を投じようとしていることは、分かっていた。だが、それでも、彼は行かなければならなかった。
悪役令息から、領地の希望へ。そして今、民を守る盾となるために。
ルキウス・フォン・エアハルトは、ただひたすらに、北の故郷を目指して馬を走らせた。
執務室の扉が、乱暴に開け放たれた。息を切らして飛び込んできたのは、エアハルト領から遣わされた伝令の兵士だった。その男の顔は土気色で、ただ事ではない様子がうかがえた。
「領地で、原因不明の病が流行しております! 高熱と嘔吐を繰り返し、次々と領民が倒れているのです!」
その報告は、ルキウスの頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を与えた。
(病……? そんな、ようやく皆の暮らしが安定してきたというのに!)
「原因はなんだ! 医者の見立ては!」
「それが、まったく……。まるで、呪いにかかったように、日に日に病人の数が増える一方で……」
伝令の言葉に、ルキウスは最悪の可能性に行き当たった。
(まさか、毒……?)
ダリウス大公の、冷酷な顔が脳裏に浮かぶ。聖女の一件で、自分を邪魔だと認識した大公が、次なる手として、自分の足元である領地を狙ったのではないか。最も効果的に自分を貶め、精神的に追い詰める方法として。
「領地では、『やはり悪役令息は災いを呼ぶ』などという、心ない噂が流れ始めております。このままでは、領民の心も離れてしまいます……!」
伝令は、悔しそうに床に拳を叩きつけた。
ルキウスは、唇を噛み締めた。体の芯が、怒りで震える。民を想い、共に汗を流してきた日々を、こんな卑劣なやり方で踏みにじられてたまるか。
「……すぐに領地へ戻る。準備をしろ」
ルキウスが立ち上がった、その時だった。
「待て、ルキウス」
いつの間に入ってきたのか、部屋の入口にアレクシスが立っていた。その表情は、いつになく険しい。
「お前一人で行かせるわけにはいかない。これは、大公の罠である可能性が高い。お前が領地に戻ったところを捕らえ、混乱の首謀者に仕立て上げるつもりかもしれん」
「ですが、黙って見ているわけにはいきません! 私の民が、苦しんでいるんです!」
ルキウスは、初めてアレクシスに向かって、感情を露わにした。
「気持ちは分かる。だが、冷静になれ。今お前が行っても、状況を悪化させるだけだ。まずは私が調査隊を派遣し、原因を特定させる。それからでも遅くはないはずだ」
アレクシスの言葉は、正論だった。王太子として、最も合理的で、正しい判断だ。
しかし、今のルキウスには、その冷静さを受け入れることができなかった。机の上で報告を待っている間に、また一人、また一人と、大切な領民の命が失われていくかもしれない。あの、自分を「救い主」と呼び、慕ってくれた人々の顔が、次々と脳裏に浮かんで消える。
(駄目だ、待てない……!)
「……申し訳ありません、殿下」
ルキウスは、アレクシスに深く頭を下げた。
「あなたの制止を振り切る無礼を、お許しください。ですが、私は行かなければならない。彼らを救えるのは、私しかいないから」
そう言うと、ルキウスはアレクシスの横をすり抜け、部屋を飛び出した。
「ルキウス、待て!」
背後から聞こえるアレクシスの声を振り切り、ルキウスは厩舎へと走る。彼は、そこに繋がれていた馬の中でも、最も速いとされる黒馬に飛び乗った。
「頼む、走ってくれ……!」
手綱を握りしめ、馬の腹を蹴る。黒馬は、主の悲痛な思いを察したかのように、いななき一つ、城門へと向かって駆け出した。
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ルキウス・フォン・エアハルトは、ただひたすらに、北の故郷を目指して馬を走らせた。
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