追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん

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第2話「伝説の聖獣と、思い出のスープ」

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 馬車に揺られ俺が連れてこられたのは、今まで見たどんな城よりも壮麗で巨大な帝国城だった。天を突くような白亜の塔、磨き上げられた大理石の床、壁一面に飾られた豪奢な絵画。すべてが俺がいた王国とは比べ物にならないほどの威容を誇っていた。
「こちらへ」
 侍従に案内されるまま長い廊下を歩く。てっきり厨房へ連れていかれるものだと思っていたが、俺が通されたのは城の最も奥まった場所にある静かで薄暗い一室だった。部屋の中央には藁が敷き詰められた大きな寝床がある。そしてそこに横たわっていたのは――。

「グリフォン……」

 思わず息をのんだ。鷲の頭と翼、そしてライオンの胴体を持つ伝説の聖獣。帝国の守護獣として古くから語り継がれてきた存在だ。しかし目の前にいるグリフォンは、その伝説の姿とは程遠いものだった。美しい黄金の翼は力なく垂れ下がり、毛並みは艶を失っている。鋭いはずの瞳はどこか虚ろで、俺たちの存在に気づいてもぴくりとも動こうとしない。
 部屋の隅には山と積まれた極上の肉や見たこともない珍しい果物が置かれていたが、そのどれもに手つかずのままだった。

「我が国の守護獣だ。だがここしばらく、何も口にしようとしない」

 背後から聞こえた声に振り返ると、そこには皇帝アレス様が立っていた。あの馬車で会った氷の美貌を持つ男。彼がこの壮大な帝国の皇帝だと知ったのは、城に着いてすぐのことだった。
「帝国中の腕利きの料理人を集め、世界中の珍味を取り寄せた。だがすべて無駄だった」
 アレスの静かな声には苛立ちと、そしてわずかな疲労の色がにじんでいた。彼は弱々しく横たわるグリフォンを一瞥し、そして俺に向き直る。
「君に、この聖獣に何か食べさせてやってほしい」
 あまりにも無茶な命令に俺は言葉を失った。帝国の料理長ですら匙を投げたというのに、追放された味見係の俺に一体何ができるというのだろう。
「ですが俺は……大した料理なんて作れません」
「君が何者かはどうでもいい。ただあの雨の中の君の瞳には、まだ生きることを諦めていない光があった。それだけだ」
 アレスの言葉の真意は分からない。だが彼の真っ直ぐな視線は、俺に反論を許さなかった。

 ***

 案内された厨房は王国のものとは比べ物にならないほど広く、そして清潔だった。見たこともないような高級食材やきらびやかな調理器具がずらりと並んでいる。呆然と立ち尽くす俺に、厨房の料理人たちが遠巻きに訝しげな視線を向けるのが分かった。どこから来たとも知れないみすぼらしい平民が、皇帝直々に厨房へ入ることを許されたのだ。無理もないだろう。

 何を作ればいいのか全く分からなかった。高級な肉? 珍しい魚? だがそんなものを扱った経験など俺にはない。途方に暮れ、調理台の前で立ち尽くしていたその時、ふと布袋の中からカタンと小さな音がした。
 取り出したのは母親の形見である古びた木製のスプーン。それを握りしめた瞬間、脳裏に遠い記憶が蘇った。
 それは俺がいた孤児院の記憶。いつも優しかった先生が、冷えた体を温めるために作ってくれた野菜たっぷりのスープ。特別な材料なんて何も入っていない。ありふれた野菜をコトコト煮込んだだけの素朴なスープ。でもその一杯は、いつも俺の心を温めてくれた。

「……これしかない」

 俺は覚悟を決めた。並べられた高級食材には目もくれず、籠の中からニンジンとタマネギ、そしてジャガイモを手に取った。丁寧に皮をむき、一つ一つ心を込めて切っていく。大きな鍋にバターを溶かし、野菜を炒め、水を加えて静かに煮込む。味付けは岩塩とほんの少しのハーブだけ。
 厨房に優しい野菜の香りが立ち込める。周りの料理人たちが、何を考えているのか分からないといった顔でこちらを見ていた。
 やがてスープが完成し、俺は深皿にそっと注ぐとグリフォンのいる部屋へと運んだ。
 アレスも侍従たちも固唾をのんで見守っている。俺はゆっくりとグリフォンの前に膝をつき、スープの皿を差し出した。
 今までそっぽを向いていたグリフォンが、その大きなくちばしにある鼻孔をくんくんと動かした。そして虚ろだった瞳が、初めてまっすぐにスープの皿を捉える。
 おそるおそるというように、グリフォンが長い舌を伸ばしスープをぺろりと舐めた。
 その瞬間、グリフォンの琥珀色の瞳がカッと見開かれる。
 次の瞬間にはまるで何年も飢えていたかのように皿に顔を突っ込み、夢中でスープを飲み干してしまったのだ。ガツガツと音を立て、最後には皿まで綺麗に舐め上げ、そして「もっと欲しい」とでも言うように俺の顔をじっと見つめてきた。

 その信じがたい光景に、アレスも周りの侍従たちもただ息をのむ。
 何が起きたのか俺自身が一番分かっていなかった。ただ空になった皿と、期待に満ちた瞳で俺を見つめる聖獣を前に呆然と立ち尽くすだけだった。
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