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第5話:公爵様の秘密
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リアムに与えられた部屋は、城の中でも特に日当たりが良く、大きな暖炉まで備え付けられた豪華なものだった。窓の外には広大な庭園が広がり、フェンが退屈しないようにとの配慮らしい。
「僕、専属飼育係のはずなんだけどな……」
まるで賓客のような扱いに、リアムは戸惑いを隠せない。追放された身の上だというのに、温かいベッドと美味しい食事が与えられる日々に、現実感が湧かなかった。
リアムの主な仕事は、フェンの世話だ。巨大な体をブラッシングしたり、一緒に庭を散歩したり、ただひたすら撫でてやったり。フェンはリアムにべったりで、大きな猫のように喉を鳴らして甘えてくる。その愛らしい姿に、リアムの心も少しずつ癒されていった。
一方、城の主であるカイゼル公爵は、奇妙な行動を繰り返していた。
執務の合間を縫っては、日に何度もリアムとフェンの部屋の様子を覗きに来るのだ。しかし、決して部屋には入ってこない。ドアの隙間から、じっと中の様子を窺っているだけ。その視線は、明らかにフェンのもふもふな毛並みに釘付けになっている。
(もしかして、公爵様もフェンを撫でたいのかな……?)
リアムはそう思い、ある日、カイゼルが覗きに来たタイミングで声をかけた。
「公爵様、よろしければ、フェンを撫でてみませんか? とても気持ちいいですよ」
その言葉に、カイゼルの肩がびくりと跳ねた。彼は一瞬、ぱあっと顔を輝かせかけたが、すぐに氷の無表情に戻ると、咳払いをして言った。
「……いや、いい。俺はただ、聖獣の健康状態を確認しに来ただけだ」
そう言って足早に去っていく。しかし、その耳がほんのり赤いことに、リアムは気づいてしまった。
別の日、リアムが少し席を外した隙に、カイゼルはついに部屋への侵入を試みた。誰もいないと思い込み、そろりそろりとフェンに近づき、その神々しいもふもふに手を伸ばす。
(……触れる、ついに、この至高のもふもふに……!)
心の声が歓喜に打ち震えた、その瞬間。
「シャアァァッ!!」
人見知りなフェンが、鋭い牙を剥いてカイゼルを威嚇した。カイゼルは「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、慌てて手を引っ込める。氷の公爵と恐れられる男の威厳は、そこには微塵もなかった。
ちょうどその光景を、部屋に戻ってきたリアムが目撃してしまう。
「……ぷっ」
思わず吹き出してしまったリアムに、カイゼルは心底バツの悪そうな顔を向けた。そして、これ以上ないほど冷たい声で言い放つ。
「……今のことは忘れろ。業務報告を怠れば、罰を与える」
その脅し文句とは裏腹に、耳まで真っ赤になっている。いつもの冷徹な姿とのあまりのギャップに、リアムは恐怖よりも親近感を覚えてしまった。
(公爵様、もしかして、ただのもふもふ好きなのに、素直になれないだけなんじゃ……)
氷の仮面の下に隠された、不器用で人間らしい一面。その発見は、リアムがカイゼルに対して抱いていた恐怖心を、ほんの少しだけ溶かしていくのだった。
「僕、専属飼育係のはずなんだけどな……」
まるで賓客のような扱いに、リアムは戸惑いを隠せない。追放された身の上だというのに、温かいベッドと美味しい食事が与えられる日々に、現実感が湧かなかった。
リアムの主な仕事は、フェンの世話だ。巨大な体をブラッシングしたり、一緒に庭を散歩したり、ただひたすら撫でてやったり。フェンはリアムにべったりで、大きな猫のように喉を鳴らして甘えてくる。その愛らしい姿に、リアムの心も少しずつ癒されていった。
一方、城の主であるカイゼル公爵は、奇妙な行動を繰り返していた。
執務の合間を縫っては、日に何度もリアムとフェンの部屋の様子を覗きに来るのだ。しかし、決して部屋には入ってこない。ドアの隙間から、じっと中の様子を窺っているだけ。その視線は、明らかにフェンのもふもふな毛並みに釘付けになっている。
(もしかして、公爵様もフェンを撫でたいのかな……?)
リアムはそう思い、ある日、カイゼルが覗きに来たタイミングで声をかけた。
「公爵様、よろしければ、フェンを撫でてみませんか? とても気持ちいいですよ」
その言葉に、カイゼルの肩がびくりと跳ねた。彼は一瞬、ぱあっと顔を輝かせかけたが、すぐに氷の無表情に戻ると、咳払いをして言った。
「……いや、いい。俺はただ、聖獣の健康状態を確認しに来ただけだ」
そう言って足早に去っていく。しかし、その耳がほんのり赤いことに、リアムは気づいてしまった。
別の日、リアムが少し席を外した隙に、カイゼルはついに部屋への侵入を試みた。誰もいないと思い込み、そろりそろりとフェンに近づき、その神々しいもふもふに手を伸ばす。
(……触れる、ついに、この至高のもふもふに……!)
心の声が歓喜に打ち震えた、その瞬間。
「シャアァァッ!!」
人見知りなフェンが、鋭い牙を剥いてカイゼルを威嚇した。カイゼルは「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、慌てて手を引っ込める。氷の公爵と恐れられる男の威厳は、そこには微塵もなかった。
ちょうどその光景を、部屋に戻ってきたリアムが目撃してしまう。
「……ぷっ」
思わず吹き出してしまったリアムに、カイゼルは心底バツの悪そうな顔を向けた。そして、これ以上ないほど冷たい声で言い放つ。
「……今のことは忘れろ。業務報告を怠れば、罰を与える」
その脅し文句とは裏腹に、耳まで真っ赤になっている。いつもの冷徹な姿とのあまりのギャップに、リアムは恐怖よりも親近感を覚えてしまった。
(公爵様、もしかして、ただのもふもふ好きなのに、素直になれないだけなんじゃ……)
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