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第7話「氷狼の激怒」
世界が一瞬で冬になったかのようだった。
吹き飛んだ壁の穴から、氷の嵐が吹き荒れる。
厨房の床も、天井も、一瞬にして霜で覆われた。
ゴロツキたちは動きを止め、ガチガチと歯を鳴らし始めた。
「……俺の屋敷で、俺のものに手を出すとは」
地獄の底から響くような声。
レオンハルト様だ。
彼はゆっくりと歩みを進める。一歩踏み出すたびに、床がピキピキと音を立てて凍りついていく。
その手には、氷で形成された長剣が握られていた。
「ひ、ひぃぃ……! こ、公爵様!?」
ガストンが腰を抜かして後ずさる。
「ノアから離れろ」
その命令は絶対だった。男たちは弾かれたように僕から飛び退いた。
レオンハルト様は一瞬で間合いを詰め、ガストンの首を鷲掴みにして持ち上げた。
「ぐえっ……!」
「貴様、どの手で触れた? どの口で暴言を吐いた?」
レオンハルト様の瞳孔は細まり、完全に獣の目になっていた。アルファの殺気が、物理的な圧力となって空間を支配する。
「た、たす……け……」
「死をもって償え」
レオンハルト様の手が冷気を帯び、ガストンの首が白く凍りつき始めたとき、
「待ってください!」
僕は叫んだ。
傷ついた腕を押さえながら、よろよろと立ち上がる。
「旦那様、殺さないで! そんなクズのために、あなたの手を汚さないでください!」
レオンハルト様の動きが止まった。
彼はゆっくりと僕の方を振り向いた。赤い血が流れる僕の腕を見て、その瞳が苦痛に歪む。
「……ノア。怪我を……」
彼はガストンをゴミのように放り捨てると、瞬時に僕の元へ駆け寄った。
氷の剣は霧散し、彼の大きな手が震えながら僕の頬に触れる。
「すまない。遅くなった。痛かっただろう、怖かっただろう」
先ほどの鬼神のような姿とは裏腹に、その声は泣き出しそうなほど優しかった。
張り詰めていた糸が切れ、僕は彼の胸に顔を埋めて泣き出した。
「怖かったです……うっ、うぅ……」
「もう大丈夫だ。俺がいる。二度と、誰にもお前を傷つけさせない」
レオンハルト様は僕を強く抱きしめた。
その瞬間、僕の体から制御できないほどのフェロモンが溢れ出した。恐怖が引き金となり、強制的な発情状態に入ってしまったのだ。
甘く濃厚な、熟した果実のような香りが充満する。
ゴロツキたちが色めき立つが、レオンハルト様の一睨みで氷漬けにされて沈黙した。
ガストンもついでに足元を凍らされて動けない。
「……これは」
レオンハルト様が息をのむ。
至近距離で浴びるオメガのフェロモン。普通のアルファなら理性を失って襲いかかるところだ。
僕は身を固くした。
バレてしまった。もう終わりだ。
けれど、レオンハルト様の反応は違った。
彼は深く僕の匂いを吸い込み、それから苦しげに、しかし愛おしげに囁いた。
「そうか……お前が、俺の番だったのか」
「え……?」
彼は僕の額に、誓いのようなキスを落とした。
「安心しろ。許可なく手出しはしない。……だが、今は少しだけ、我慢させてくれ」
彼は僕を横抱きに抱え上げ、衛兵たちが駆けつけてくる中、誰にも触れさせまいと屋敷の奥へと歩き出した。
その腕の中は、どんな場所よりも安全で、温かかった。
僕たちは、まだ知らなかった。
これが、本当の意味での「肉の宴」――互いの魂と肉体を求め合う日々の始まりであることを。
吹き飛んだ壁の穴から、氷の嵐が吹き荒れる。
厨房の床も、天井も、一瞬にして霜で覆われた。
ゴロツキたちは動きを止め、ガチガチと歯を鳴らし始めた。
「……俺の屋敷で、俺のものに手を出すとは」
地獄の底から響くような声。
レオンハルト様だ。
彼はゆっくりと歩みを進める。一歩踏み出すたびに、床がピキピキと音を立てて凍りついていく。
その手には、氷で形成された長剣が握られていた。
「ひ、ひぃぃ……! こ、公爵様!?」
ガストンが腰を抜かして後ずさる。
「ノアから離れろ」
その命令は絶対だった。男たちは弾かれたように僕から飛び退いた。
レオンハルト様は一瞬で間合いを詰め、ガストンの首を鷲掴みにして持ち上げた。
「ぐえっ……!」
「貴様、どの手で触れた? どの口で暴言を吐いた?」
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「た、たす……け……」
「死をもって償え」
レオンハルト様の手が冷気を帯び、ガストンの首が白く凍りつき始めたとき、
「待ってください!」
僕は叫んだ。
傷ついた腕を押さえながら、よろよろと立ち上がる。
「旦那様、殺さないで! そんなクズのために、あなたの手を汚さないでください!」
レオンハルト様の動きが止まった。
彼はゆっくりと僕の方を振り向いた。赤い血が流れる僕の腕を見て、その瞳が苦痛に歪む。
「……ノア。怪我を……」
彼はガストンをゴミのように放り捨てると、瞬時に僕の元へ駆け寄った。
氷の剣は霧散し、彼の大きな手が震えながら僕の頬に触れる。
「すまない。遅くなった。痛かっただろう、怖かっただろう」
先ほどの鬼神のような姿とは裏腹に、その声は泣き出しそうなほど優しかった。
張り詰めていた糸が切れ、僕は彼の胸に顔を埋めて泣き出した。
「怖かったです……うっ、うぅ……」
「もう大丈夫だ。俺がいる。二度と、誰にもお前を傷つけさせない」
レオンハルト様は僕を強く抱きしめた。
その瞬間、僕の体から制御できないほどのフェロモンが溢れ出した。恐怖が引き金となり、強制的な発情状態に入ってしまったのだ。
甘く濃厚な、熟した果実のような香りが充満する。
ゴロツキたちが色めき立つが、レオンハルト様の一睨みで氷漬けにされて沈黙した。
ガストンもついでに足元を凍らされて動けない。
「……これは」
レオンハルト様が息をのむ。
至近距離で浴びるオメガのフェロモン。普通のアルファなら理性を失って襲いかかるところだ。
僕は身を固くした。
バレてしまった。もう終わりだ。
けれど、レオンハルト様の反応は違った。
彼は深く僕の匂いを吸い込み、それから苦しげに、しかし愛おしげに囁いた。
「そうか……お前が、俺の番だったのか」
「え……?」
彼は僕の額に、誓いのようなキスを落とした。
「安心しろ。許可なく手出しはしない。……だが、今は少しだけ、我慢させてくれ」
彼は僕を横抱きに抱え上げ、衛兵たちが駆けつけてくる中、誰にも触れさせまいと屋敷の奥へと歩き出した。
その腕の中は、どんな場所よりも安全で、温かかった。
僕たちは、まだ知らなかった。
これが、本当の意味での「肉の宴」――互いの魂と肉体を求め合う日々の始まりであることを。
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