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番外編「ありふれた、特別な一日」
あの衝撃的な記者会見から、数ヶ月が経った。
世間の風向きは、一夜にして変わったわけではない。二人を非難する声はまだ根強く残っているし、業界からの風当たりも決して弱くはなかった。リュウの仕事は激減し、ハルトもまた、表立った活動ができない日々が続いていた。
だが、二人の心は、驚くほど穏やかだった。全てを失う覚悟で手に入れた「共にいる日常」は、何物にも代えがたい幸福で満ちていたからだ。
今日は、二人にとって久しぶりの、何も予定のない完全なオフだった。
「竜也さん、起きてください。朝ですよ」
ハルトの優しい声と、カーテンの隙間から差し込む柔らかい朝日で、リュウは目を覚ました。隣には、愛しい恋人の寝起きの顔。これ以上ないほどの幸せな一日の始まりだった。
「ん……おはよう、陽翔」
寝ぼけ眼のリュウが、ハルトを腕の中に引き寄せて、額にキスをする。くすぐったそうに笑うハルトの顔を見て、リュウの胸が温かくなる。
「お腹すきましたね。今日は僕が朝ごはん作ります」
「じゃあ、俺はコーヒーを淹れる」
そんな何気ない会話を交わし、二人はベッドから抜け出した。
午前中は、二人で近所のスーパーへ買い物に出かけた。もちろん、帽子と眼鏡とマスクの変装は欠かせない。それでも、誰かに気づかれるのではないかというスリルは、今の二人にとっては少し楽しいスパイスのようでもあった。
「今日の夜ご飯、何がいいですか?」
「んー、陽翔の作るオムライスが食べたい」
「ふふ、分かりました。じゃあ、卵とケチャップと……」
普通の恋人たちのように、二人でカートを押しながら食材を見て回る。ハルトが牛乳を取ろうと背伸びをしていると、後ろからリュウがすっと手を伸ばして取ってやる。そんな些細な一つ一つの出来事が、キラキラと輝いて見えた。
家に帰り、二人でキッチンに並んで昼食の準備をする。今日のメニューは、リュウのリクエストであるオムライスだ。
「竜也さん、玉ねぎのみじん切り、目が痛いです……」
「貸してみろ。こういうのは慣れてる」
そんな風に言いながら、ぎこちない手つきで包丁を握るリュウの姿に、ハルトは思わず笑ってしまった。二人で作ったオムライスは、卵が少し破れてしまったりして、見た目は少し不格好だった。けれど、その味は、どんな高級レストランの料理よりも、ずっとずっと美味しかった。
午後は、ソファで寄り添いながら、自分たちが出演したドラマの再放送を観た。
「うわあ、この時の僕、演技が固いですね……恥ずかしい」
「そんなことない。この頃から、お前の目はまっすぐだったよ」
画面の中の自分たちを、少し照れくさいような、それでいて誇らしいような気持ちで眺める。あの時は、こんな未来が待っているなんて、想像もしていなかった。辛いこともたくさんあったけれど、あの出会いがなければ、この温かい時間もなかったのだ。
「なあ、陽翔」
ドラマが終わり、静かになった部屋で、リュウが呟いた。
「なんだか、夢みたいだな」
「え?」
「こんな風に、誰の目も気にせずに、君と一日を過ごせるなんて。ずっと、こんな日を望んでた」
その言葉に、ハルトはリュウの胸にそっと頭を寄せた。
「僕もです。ここは、テレビの中よりもずっと、幸せな世界ですね」
テレビで自分たちの再放送を見ながら、他愛ないことで笑い合う。それは、世間の誰も知らない、ごくありふれた一日。けれど、数え切れないほどの困難を乗り越えてきた二人にとっては、最高に特別な一日だった。
窓の外は、いつの間にか優しいオレンジ色の夕日に染まっている。
「竜也さん」
「ん?」
「大好きです」
「……俺もだよ、陽翔。世界で一番」
穏やかな日差しの中で、二人はどちらからともなく唇を寄せた。甘く、優しいキス。それは、これまでの涙と、これからの希望の味がした。明日、世界がどうなっているかは分からない。けれど、この腕の中に愛する人がいてくれるなら、もう何も怖くはない。二人は、静かに流れる時間の中で、確かな幸せを噛みしめていた。
世間の風向きは、一夜にして変わったわけではない。二人を非難する声はまだ根強く残っているし、業界からの風当たりも決して弱くはなかった。リュウの仕事は激減し、ハルトもまた、表立った活動ができない日々が続いていた。
だが、二人の心は、驚くほど穏やかだった。全てを失う覚悟で手に入れた「共にいる日常」は、何物にも代えがたい幸福で満ちていたからだ。
今日は、二人にとって久しぶりの、何も予定のない完全なオフだった。
「竜也さん、起きてください。朝ですよ」
ハルトの優しい声と、カーテンの隙間から差し込む柔らかい朝日で、リュウは目を覚ました。隣には、愛しい恋人の寝起きの顔。これ以上ないほどの幸せな一日の始まりだった。
「ん……おはよう、陽翔」
寝ぼけ眼のリュウが、ハルトを腕の中に引き寄せて、額にキスをする。くすぐったそうに笑うハルトの顔を見て、リュウの胸が温かくなる。
「お腹すきましたね。今日は僕が朝ごはん作ります」
「じゃあ、俺はコーヒーを淹れる」
そんな何気ない会話を交わし、二人はベッドから抜け出した。
午前中は、二人で近所のスーパーへ買い物に出かけた。もちろん、帽子と眼鏡とマスクの変装は欠かせない。それでも、誰かに気づかれるのではないかというスリルは、今の二人にとっては少し楽しいスパイスのようでもあった。
「今日の夜ご飯、何がいいですか?」
「んー、陽翔の作るオムライスが食べたい」
「ふふ、分かりました。じゃあ、卵とケチャップと……」
普通の恋人たちのように、二人でカートを押しながら食材を見て回る。ハルトが牛乳を取ろうと背伸びをしていると、後ろからリュウがすっと手を伸ばして取ってやる。そんな些細な一つ一つの出来事が、キラキラと輝いて見えた。
家に帰り、二人でキッチンに並んで昼食の準備をする。今日のメニューは、リュウのリクエストであるオムライスだ。
「竜也さん、玉ねぎのみじん切り、目が痛いです……」
「貸してみろ。こういうのは慣れてる」
そんな風に言いながら、ぎこちない手つきで包丁を握るリュウの姿に、ハルトは思わず笑ってしまった。二人で作ったオムライスは、卵が少し破れてしまったりして、見た目は少し不格好だった。けれど、その味は、どんな高級レストランの料理よりも、ずっとずっと美味しかった。
午後は、ソファで寄り添いながら、自分たちが出演したドラマの再放送を観た。
「うわあ、この時の僕、演技が固いですね……恥ずかしい」
「そんなことない。この頃から、お前の目はまっすぐだったよ」
画面の中の自分たちを、少し照れくさいような、それでいて誇らしいような気持ちで眺める。あの時は、こんな未来が待っているなんて、想像もしていなかった。辛いこともたくさんあったけれど、あの出会いがなければ、この温かい時間もなかったのだ。
「なあ、陽翔」
ドラマが終わり、静かになった部屋で、リュウが呟いた。
「なんだか、夢みたいだな」
「え?」
「こんな風に、誰の目も気にせずに、君と一日を過ごせるなんて。ずっと、こんな日を望んでた」
その言葉に、ハルトはリュウの胸にそっと頭を寄せた。
「僕もです。ここは、テレビの中よりもずっと、幸せな世界ですね」
テレビで自分たちの再放送を見ながら、他愛ないことで笑い合う。それは、世間の誰も知らない、ごくありふれた一日。けれど、数え切れないほどの困難を乗り越えてきた二人にとっては、最高に特別な一日だった。
窓の外は、いつの間にか優しいオレンジ色の夕日に染まっている。
「竜也さん」
「ん?」
「大好きです」
「……俺もだよ、陽翔。世界で一番」
穏やかな日差しの中で、二人はどちらからともなく唇を寄せた。甘く、優しいキス。それは、これまでの涙と、これからの希望の味がした。明日、世界がどうなっているかは分からない。けれど、この腕の中に愛する人がいてくれるなら、もう何も怖くはない。二人は、静かに流れる時間の中で、確かな幸せを噛みしめていた。
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