氷の公爵様と身代わりパティシエ~「味覚なし」の旦那様が、僕のお菓子でトロトロに溶かされています!?~

水凪しおん

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第10話「聖ヴァレンティヌスの祈り」

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 北の台地に、一年で最も神聖な夜が訪れようとしていた。

「聖ヴァレンティヌスの祈り」。

 この世界では、冬の厳しい寒さの中で互いの命を温め合い、大切な人へ愛と感謝を捧げる日とされている。

 城下町では色とりどりのランタンが灯され、広場には氷像が飾られ、人々がホット・ワインや焼き菓子を手に笑い合っているという。

 城内もまた、祝祭の空気に包まれていた。

 廊下には深紅の薔薇と銀色のリボンが飾られ、普段は厳格な騎士たちも、今日ばかりは少しだけ表情を緩めている。

 そんな中、リウは一人、厨房にこもっていた。

「よし……これで準備は完璧だ」

 調理台の上には、厳選された最高級のクーベルチュール・チョコレート、新鮮な生クリーム、そして隠し味のスパイスや洋酒が並べられている。

 今日、リウが作ろうとしているのは、「オペラ」。

 何層にも重ねられたビスキュイ生地に、コーヒー風味のバタークリームとガナッシュを挟み込み、表面を艶やかなチョコレートでコーティングした、芸術品のようなケーキだ。

 その複雑で繊細な味わいは、まさに大人のための愛の菓子と言えるだろう。

「旦那様に、僕の想いが届きますように……」

 リウは祈るようにつぶやき、作業を開始した。

 今まで、ジークハルトのためにたくさんのお菓子を作ってきた。

 けれど、今日は違う。

「契約」だからでも、「仕事」だからでもない。

 一人のオメガとして、愛する番(つがい)であるアルファに、ありったけの愛を伝えたいのだ。

 ビスキュイを焼く香ばしい匂いが漂う。

 コーヒーシロップをたっぷりと染み込ませ、しっとりとした質感に仕上げる。

 バタークリームは、口に入れた瞬間に消えてなくなるほど滑らかに泡立てる。

 ガナッシュは、濃厚でありながら後味の良いバランスを追求する。

 一層、また一層と重ねていく作業は、二人が積み重ねてきた時間をなぞるようだ。

 出会った時の恐怖。初めてお菓子を食べてもらった時の喜び。雪の中での温もり。そして、守られた時の安堵。

 それら全てを、ケーキの中に封じ込めるように。

 リウの指先から、金色の光が溢れ出す。

 それは「祝福のパティシエ」としての魔力であり、リウの魂の輝きそのものだった。

 光はチョコレートに溶け込み、甘く切ない香りをさらに高めていく。

「きゅぅ……」

 足元で見ていたブランが、うっとりとした声を上げた。

 ブランは知っていたのだ。このお菓子が、ただの食べ物ではなく、世界で一番強力な「愛の魔法」であることを。

 仕上げに、表面に金箔を散らし、真っ赤な飴細工の薔薇を添える。

 黒く輝くその表面は、ジークハルトの髪の色にも、夜空の色にも似ていた。

「できた……」

 完成したオペラを見つめ、リウは満足げに息をついた。

 窓の外では、祝祭の始まりを告げる鐘の音が響き始めていた。
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