絶対的センターだった俺を匿ったのは、実は俺の熱烈なファンだったクールな俳優様でした。秘密の同居から始まる再生ラブ

水凪しおん

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第2話:謎の救いの手

 ネオンが滲む夜の街を、幽鬼のように彷徨った。雨に打たれ続けた身体は芯から冷え切り、空腹で胃がキリキリと痛む。数時間前まで国民的アイドルだった男の成れの果てが、誰にも気づかれずに雑踏に紛れている。皮肉なものだ。
 有り金は、財布に入っていた数万円だけ。ホテルに泊まる気力もなく、俺は結局、二十四時間営業のネットカフェの薄暗い個室に転がり込んだ。リクライニングシートを倒し、ブランケットを頭から被る。隣のブースから漏れるゲームの音、誰かの笑い声。そのすべてが、独りぼっちの俺を嘲笑っているように聞こえた。
 眠ろうとしても、まぶたの裏にフラッシュと罵声が焼き付いて離れない。メンバーの冷たい瞳。ファンの憎悪に満ちた顔。何度も寝返りを打つうちに、夜が白み始めていた。
 結局、一睡もできないまま朝を迎えた。
 何かを食べなければ、と思ったが、食欲はまったく湧かない。ただ、熱っぽい身体を引きずって店を出る。雨は小降りになっていたが、空はまだ分厚い雲に覆われている。
 どこへ行けばいい?
 この先、どうすればいい?
 答えなんて、どこにもなかった。ただ、当てもなく歩き続ける。ふらつく足取りで路地裏に入り込んだ時、壁に手をついて、その場に崩れ落ちそうになった。視界が白く霞んで、立っていることさえ困難になる。
 もう、限界だ。
 そう思った瞬間、目の前に一人の男が立っていた。
 黒いキャップに、黒いマスク。フードを目深に被っていて、顔はほとんど見えない。百八十センチは優に超える長身。ただ、そこにいるだけで空気が張り詰めるような、尋常じゃない存在感を放っていた。
(……マスコミか?)
 咄嗟に身構える。もう、何も話すことなんてない。だが、男はカメラもマイクも持っていなかった。ただ静かに、俺を見下ろしている。
「……朝比奈湊、だな」
 低く、落ち着いた声。どこかで聞いたことがあるような気もしたが、混乱した頭では思い出せない。
「……何の用ですか。もう、そっとしておいてください」
 かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しく掠れていた。
「あんたに危害を加えるつもりはない」
 男は言った。
「ただ、安全な場所を提供したい」
「……は?」
 意味がわからなかった。安全な場所? 見ず知らずの男が、スキャンダルまみれの元アイドルに? 怪しすぎる。何かの罠に決まっている。関わってはいけない。
 そう頭では分かっているのに、身体が動かない。男の、フードの奥から覗く瞳が、俺を捕らえて離さない。静かなのに、有無を言わせない力強さがあった。
「俺を信じろとは言わない。だが、今の君に、他に選択肢があるか?」
 その言葉は、冷たいナイフのように俺の胸に突き刺さった。
 ない。選択肢なんて、どこにも。このまま路上で倒れるか、誰かに見つかってまた晒し者にされるか。その二つしか、今の俺には見えなかった。
 男が、すっと手を差し出す。大きくて、骨張った、綺麗な手だった。
 警戒心と、わずかな好奇心。そして、どうしようもないほどの疲労感。それらがごちゃ混ぜになったまま、俺はまるで操り人形のように、その手を取っていた。
 男の手に触れた瞬間、温かい体温が伝わってきて、なぜだか泣きそうになった。この数日間、誰の温もりにも触れていなかったからだろうか。
 男は俺の手を強く握ると、何も言わずに歩き出した。俺は、その力強い引力に引きずられるように、ふらふらと後をついていった。

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