4 / 24
第3話:秘密の城
男に連れられて乗り込んだのは、黒いタクシーだった。行き先を告げる低い声も、俺には聞き取れない。ただ、窓の外を流れていく景色が、見慣れた街から、次第に高級住宅街へと変わっていくのをぼんやりと眺めていた。
しばらく走った後、タクシーは都心にそびえ立つタワーマンションのエントランスに滑り込んだ。コンシェルジュがいるような、俺が今まで住んでいた寮とは別世界の建物だ。男は慣れた様子でカードキーをかざし、俺をエレベーターへと促す。
上昇していくエレベーターの中で、ボタンの最上階が光っているのを見て、俺は息を呑んだ。こんな場所に住んでいる人間が、なぜ俺を?
疑問は尽きないが、口を開く気力もなかった。
「着いた」
最上階で扉が開き、目の前に現れたのは重厚な玄関ドアだった。男が静かにドアを開けると、そこには信じられないような空間が広がっていた。
床から天井まで続く大きな窓。眼下に広がる東京の街並み。洗練されたモダンな家具が配置されているが、どれもモデルルームのように整然としすぎていて、人の生活の気配がほとんど感じられない。
「……ここは?」
「俺の家だ。しばらく、ここで過ごせ」
男はそう言うと、ようやくフードとマスク、キャップを外した。
現れた顔を見て、俺は息を呑んだ。切りそろえられた黒髪に、通った鼻筋。涼しげな目元。どこか作り物めいた、完璧な造形。だが、俺はその顔を知らなかった。少なくとも、芸能界で見た記憶はない。
「あの……あなたは?」
「俺の正体は、今は言えない。君が混乱するだけだ」
男は静かに首を振った。
「ただ、一つだけ言っておく。俺は、君に再起してほしいだけだ。君の才能が、こんな形で終わるのは間違っている」
才能。
その言葉が、ひどく耳に痛かった。もう、俺にはそんなもの、残っていないのに。
「シャワーを浴びてくるといい。着替えは用意してある」
男はバスルームを指し示し、クローゼットから新品のTシャツとスウェットパンツを出して手渡してくれた。タグが付いたままの、真新しい服。俺の身体に気遣ってか、少しゆったりとしたサイズだった。
言われるがままにシャワーを浴びる。温かいお湯が、凍えた身体と心を少しずつ解かしていくようだった。鏡に映った自分の顔は、青白くやつれて、ひどい有様だった。
バスルームから出ると、リビングのローテーブルに湯気の立つ食事が用意されていた。卵雑炊と、ほうれん草のおひたし。胃に優しそうな、シンプルな献立。
「……ありがとうございます」
「いいから、食べろ。話はそれからだ」
男は向かいのソファに座り、静かに俺が食べるのを見ている。その視線が気まずくて、俺は俯きながら雑炊を口に運んだ。温かくて、優しい味がした。久しぶりにまともな食事をしたせいか、空っぽだった胃にじんわりと温もりが広がっていく。
夢中で食べ終えた俺に、男は「おかわりは?」と尋ねたが、俺は静かに首を振った。
「眠れていないんだろう。奥の部屋を使ってくれ。誰も来ないし、誰にも知らせない。安心して休め」
「でも……」
「いいから」
有無を言わせない口調だった。男に促されるまま、ゲストルームと思われる部屋に入る。そこにも大きなベッドと、最低限の家具だけが置かれていた。
「あの……あなたのこと、何て呼べばいいですか」
名前も知らない相手の家に、ただ世話になるわけにはいかない。そう思って尋ねると、男は少しだけ考えてから、小さく口の端を上げた。
「……好きに呼べばいい。管理人、とかでどうだ」
「管理人さん……」
その日から、俺はこの秘密の城で、謎の『管理人さん』との奇妙な同居生活を始めることになった。
しばらく走った後、タクシーは都心にそびえ立つタワーマンションのエントランスに滑り込んだ。コンシェルジュがいるような、俺が今まで住んでいた寮とは別世界の建物だ。男は慣れた様子でカードキーをかざし、俺をエレベーターへと促す。
上昇していくエレベーターの中で、ボタンの最上階が光っているのを見て、俺は息を呑んだ。こんな場所に住んでいる人間が、なぜ俺を?
疑問は尽きないが、口を開く気力もなかった。
「着いた」
最上階で扉が開き、目の前に現れたのは重厚な玄関ドアだった。男が静かにドアを開けると、そこには信じられないような空間が広がっていた。
床から天井まで続く大きな窓。眼下に広がる東京の街並み。洗練されたモダンな家具が配置されているが、どれもモデルルームのように整然としすぎていて、人の生活の気配がほとんど感じられない。
「……ここは?」
「俺の家だ。しばらく、ここで過ごせ」
男はそう言うと、ようやくフードとマスク、キャップを外した。
現れた顔を見て、俺は息を呑んだ。切りそろえられた黒髪に、通った鼻筋。涼しげな目元。どこか作り物めいた、完璧な造形。だが、俺はその顔を知らなかった。少なくとも、芸能界で見た記憶はない。
「あの……あなたは?」
「俺の正体は、今は言えない。君が混乱するだけだ」
男は静かに首を振った。
「ただ、一つだけ言っておく。俺は、君に再起してほしいだけだ。君の才能が、こんな形で終わるのは間違っている」
才能。
その言葉が、ひどく耳に痛かった。もう、俺にはそんなもの、残っていないのに。
「シャワーを浴びてくるといい。着替えは用意してある」
男はバスルームを指し示し、クローゼットから新品のTシャツとスウェットパンツを出して手渡してくれた。タグが付いたままの、真新しい服。俺の身体に気遣ってか、少しゆったりとしたサイズだった。
言われるがままにシャワーを浴びる。温かいお湯が、凍えた身体と心を少しずつ解かしていくようだった。鏡に映った自分の顔は、青白くやつれて、ひどい有様だった。
バスルームから出ると、リビングのローテーブルに湯気の立つ食事が用意されていた。卵雑炊と、ほうれん草のおひたし。胃に優しそうな、シンプルな献立。
「……ありがとうございます」
「いいから、食べろ。話はそれからだ」
男は向かいのソファに座り、静かに俺が食べるのを見ている。その視線が気まずくて、俺は俯きながら雑炊を口に運んだ。温かくて、優しい味がした。久しぶりにまともな食事をしたせいか、空っぽだった胃にじんわりと温もりが広がっていく。
夢中で食べ終えた俺に、男は「おかわりは?」と尋ねたが、俺は静かに首を振った。
「眠れていないんだろう。奥の部屋を使ってくれ。誰も来ないし、誰にも知らせない。安心して休め」
「でも……」
「いいから」
有無を言わせない口調だった。男に促されるまま、ゲストルームと思われる部屋に入る。そこにも大きなベッドと、最低限の家具だけが置かれていた。
「あの……あなたのこと、何て呼べばいいですか」
名前も知らない相手の家に、ただ世話になるわけにはいかない。そう思って尋ねると、男は少しだけ考えてから、小さく口の端を上げた。
「……好きに呼べばいい。管理人、とかでどうだ」
「管理人さん……」
その日から、俺はこの秘密の城で、謎の『管理人さん』との奇妙な同居生活を始めることになった。
あなたにおすすめの小説
忘れた名前の庭で
千葉琴音
BL
【凍てついた記憶を溶かすのは、不器用な守護者の体温】
「俺のことはルーカスでいい」
目覚めると、僕は自分の名前すら忘れていた。 唯一の肉親である兄・テオドールの死と同時に失われた記憶。無愛想な兄の友人ルーカスと共にゆっくりと兄の足跡を辿っていく。
厳格で甘いものが嫌いだった亡き兄・テオドール。彼が密かに弟のために植物図鑑を読み、内緒で菓子を買い与えていたという、口にされることのなかった真実。
ルーカスの語る「かつての自分」と、今の自分が少しずつ重なっていく中、アルノは因縁の魔獣の住む森へと足を踏み入れる。そこで彼が思い出したのは、独りで耐える術ではなく、誰かに抱きしめられて「息をする」方法だった。 孤独な少年と、彼を見守り続けた騎士。二人が雪解けの庭で見つける、新しい絆の物語。
契約書はよく読めとあれほど!
RNR
BL
異世界で目が覚めた、就職浪人中の美容系男子、優馬。
最初に出会った美しい貴族青年は、言葉が通じないが親切に手を差し伸べてくれた。
彼の屋敷に招かれた際、文字は読めないもののなにかの書類にサインをすると、その彼と結婚したことになっていて……。
この世界で何をする? また無職生活? 本当にそれでいい? 葛藤する日々と、それを惜しみない愛情で支える夫。
理想の自分と、理想の幸せを探す物語。
23話+続編2話+番外編2話
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~
季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」
その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。
ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。
ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。
明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。
だから、今だけは、泣いてもいいかな。
異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした
うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。
獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。
怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。
「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」
戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。
獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。
第一章 完結
第二章 完結
第三章 完結
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
完結·氷の侯爵はおっさん騎士を溺愛したい〜枯れおじの呪いを解くには恋が必要らしいです~
禅
BL
少年だったルイを庇って呪いを受けた騎士ディオン。
それから年月が経ち、ルイは青年に、ディオンはおっさん騎士になっていた。
魔法を使うと呪いが進むディオン。その呪いを解呪しようと試行錯誤なルイ。
そんなとき、ひょんなことから恋をすれば呪いが解けるのでは、となりルイがディオンに恋をさせようと様々な奇行を始める。
二人は呪いを解くことができるのか、そして二人の関係は――――――
※完結まで毎日投稿します
※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿しています