絶対的センターだった俺を匿ったのは、実は俺の熱烈なファンだったクールな俳優様でした。秘密の同居から始まる再生ラブ

水凪しおん

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第3話:秘密の城

 男に連れられて乗り込んだのは、黒いタクシーだった。行き先を告げる低い声も、俺には聞き取れない。ただ、窓の外を流れていく景色が、見慣れた街から、次第に高級住宅街へと変わっていくのをぼんやりと眺めていた。
 しばらく走った後、タクシーは都心にそびえ立つタワーマンションのエントランスに滑り込んだ。コンシェルジュがいるような、俺が今まで住んでいた寮とは別世界の建物だ。男は慣れた様子でカードキーをかざし、俺をエレベーターへと促す。
 上昇していくエレベーターの中で、ボタンの最上階が光っているのを見て、俺は息を呑んだ。こんな場所に住んでいる人間が、なぜ俺を?
 疑問は尽きないが、口を開く気力もなかった。
「着いた」
 最上階で扉が開き、目の前に現れたのは重厚な玄関ドアだった。男が静かにドアを開けると、そこには信じられないような空間が広がっていた。
 床から天井まで続く大きな窓。眼下に広がる東京の街並み。洗練されたモダンな家具が配置されているが、どれもモデルルームのように整然としすぎていて、人の生活の気配がほとんど感じられない。
「……ここは?」
「俺の家だ。しばらく、ここで過ごせ」
 男はそう言うと、ようやくフードとマスク、キャップを外した。
 現れた顔を見て、俺は息を呑んだ。切りそろえられた黒髪に、通った鼻筋。涼しげな目元。どこか作り物めいた、完璧な造形。だが、俺はその顔を知らなかった。少なくとも、芸能界で見た記憶はない。
「あの……あなたは?」
「俺の正体は、今は言えない。君が混乱するだけだ」
 男は静かに首を振った。
「ただ、一つだけ言っておく。俺は、君に再起してほしいだけだ。君の才能が、こんな形で終わるのは間違っている」
 才能。
 その言葉が、ひどく耳に痛かった。もう、俺にはそんなもの、残っていないのに。
「シャワーを浴びてくるといい。着替えは用意してある」
 男はバスルームを指し示し、クローゼットから新品のTシャツとスウェットパンツを出して手渡してくれた。タグが付いたままの、真新しい服。俺の身体に気遣ってか、少しゆったりとしたサイズだった。
 言われるがままにシャワーを浴びる。温かいお湯が、凍えた身体と心を少しずつ解かしていくようだった。鏡に映った自分の顔は、青白くやつれて、ひどい有様だった。
 バスルームから出ると、リビングのローテーブルに湯気の立つ食事が用意されていた。卵雑炊と、ほうれん草のおひたし。胃に優しそうな、シンプルな献立。
「……ありがとうございます」
「いいから、食べろ。話はそれからだ」
 男は向かいのソファに座り、静かに俺が食べるのを見ている。その視線が気まずくて、俺は俯きながら雑炊を口に運んだ。温かくて、優しい味がした。久しぶりにまともな食事をしたせいか、空っぽだった胃にじんわりと温もりが広がっていく。
 夢中で食べ終えた俺に、男は「おかわりは?」と尋ねたが、俺は静かに首を振った。
「眠れていないんだろう。奥の部屋を使ってくれ。誰も来ないし、誰にも知らせない。安心して休め」
「でも……」
「いいから」
 有無を言わせない口調だった。男に促されるまま、ゲストルームと思われる部屋に入る。そこにも大きなベッドと、最低限の家具だけが置かれていた。
「あの……あなたのこと、何て呼べばいいですか」
 名前も知らない相手の家に、ただ世話になるわけにはいかない。そう思って尋ねると、男は少しだけ考えてから、小さく口の端を上げた。
「……好きに呼べばいい。管理人、とかでどうだ」
「管理人さん……」
 その日から、俺はこの秘密の城で、謎の『管理人さん』との奇妙な同居生活を始めることになった。

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