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第4話:不器用な優しさ
管理人さんとの生活は、静かで、穏やかだった。
彼は日中、仕事で出かけることが多かったが、朝と夜には必ず顔を合わせた。そして、俺のために毎日三食、手作りの食事を用意してくれた。
「偏ったものばかり食べていたんだろう。ちゃんと栄養を摂れ」
そう言って出てくるのは、焼き魚とだし巻き卵の和定食だったり、野菜がたっぷり入ったポトフだったり。どれも派手さはないけれど、身体のことを考えられた、優しい味がした。料理が得意なのかと聞けば、「君が来てから、レシピサイトを見るようになっただけだ」とぶっきらぼうに答える。その横顔が、少しだけ照れているように見えたのは、気のせいだろうか。
俺が部屋に引きこもっていると、彼は何も言わずにドアの前にフルーツの盛り合わせや、温かいココアを置いていってくれた。無理に話しかけることはしない。でも、常に俺の気配を気にしているのが分かった。その距離感が、人間不信に陥っていた俺にはありがたかった。
夜、悪夢にうなされて目を覚ますことがあった。記者たちのフラッシュや、ファンだった少女の軽蔑の眼差し。息が苦しくなってベッドの上で身体を起こすと、ドアの隙間からリビングの明かりが漏れていることに気づく。
そっと部屋を抜け出すと、ソファで本を読んでいた管理人さんが、俺の姿を認めて静かに顔を上げた。
「……眠れないのか」
「すみません、起こしましたか」
「いや。起きていただけだ」
彼はそう言うと、俺を手招きした。隣に座ると、何も言わずにブランケットをかけてくれる。そして、また静かに本に視線を戻す。
ただ、そばにいてくれる。それだけなのに、荒れ狂っていた感情が、不思議と凪いでいくのを感じた。彼の隣は、なぜかとても安心できた。いつの間にか、俺は彼の肩に寄りかかって眠ってしまっていたらしい。目を覚ますと、俺はベッドに運ばれていて、管理人さんはもう仕事に出かけた後だった。
少しずつ、本当に少しずつだが、俺の心に張っていた氷が溶け始めていた。彼が向けてくれる、不器用で、けれど真っ直ぐな優しさに、戸惑いながらも救われていた。
ただ、どうしても拭えない疑問があった。
なぜ、彼はここまでしてくれるのだろう。
「管理人さん」
ある日の夕食後、俺は思い切って切り出した。
「どうして、俺なんかに……こんなによくしてくれるんですか。俺は、あなたに何も返せないのに」
スキャンダルを起こした、ただの元アイドル。世間からは石を投げられ、誰からも見捨てられた存在。そんな俺に、これほどの親切を施す理由が分からない。何か裏があるのではないか、という疑いが、心の隅で燻っていた。
管理人さんは、読んでいた本から顔を上げた。その静かな瞳が、じっと俺を見つめる。何かを見透かされているような気がして、居心地が悪くなる。
しばらくの沈黙の後、彼は静かに口を開いた。
「……理由がなければ、人の親切は受け取れないか」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「君は、何もしなくていい」
彼は言った。その声には、有無を言わせない響きがあった。
「ただ、今はゆっくり休め。そして、いつかまた……君が君らしくいられる日が来ることだけを、俺は願っている」
それ以上、彼は何も語らなかった。
その言葉は、温かいのに、どこか切なかった。彼の瞳の奥に、俺の知らない感情が揺らめいているような気がした。俺はそれ以上何も聞けずに、ただ俯くことしかできなかった。
彼の優しさを受け取るたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。それと同時に、正体も知らないこの男への依存が、日に日に大きくなっていくのを感じて、少しだけ怖くなった。
彼は日中、仕事で出かけることが多かったが、朝と夜には必ず顔を合わせた。そして、俺のために毎日三食、手作りの食事を用意してくれた。
「偏ったものばかり食べていたんだろう。ちゃんと栄養を摂れ」
そう言って出てくるのは、焼き魚とだし巻き卵の和定食だったり、野菜がたっぷり入ったポトフだったり。どれも派手さはないけれど、身体のことを考えられた、優しい味がした。料理が得意なのかと聞けば、「君が来てから、レシピサイトを見るようになっただけだ」とぶっきらぼうに答える。その横顔が、少しだけ照れているように見えたのは、気のせいだろうか。
俺が部屋に引きこもっていると、彼は何も言わずにドアの前にフルーツの盛り合わせや、温かいココアを置いていってくれた。無理に話しかけることはしない。でも、常に俺の気配を気にしているのが分かった。その距離感が、人間不信に陥っていた俺にはありがたかった。
夜、悪夢にうなされて目を覚ますことがあった。記者たちのフラッシュや、ファンだった少女の軽蔑の眼差し。息が苦しくなってベッドの上で身体を起こすと、ドアの隙間からリビングの明かりが漏れていることに気づく。
そっと部屋を抜け出すと、ソファで本を読んでいた管理人さんが、俺の姿を認めて静かに顔を上げた。
「……眠れないのか」
「すみません、起こしましたか」
「いや。起きていただけだ」
彼はそう言うと、俺を手招きした。隣に座ると、何も言わずにブランケットをかけてくれる。そして、また静かに本に視線を戻す。
ただ、そばにいてくれる。それだけなのに、荒れ狂っていた感情が、不思議と凪いでいくのを感じた。彼の隣は、なぜかとても安心できた。いつの間にか、俺は彼の肩に寄りかかって眠ってしまっていたらしい。目を覚ますと、俺はベッドに運ばれていて、管理人さんはもう仕事に出かけた後だった。
少しずつ、本当に少しずつだが、俺の心に張っていた氷が溶け始めていた。彼が向けてくれる、不器用で、けれど真っ直ぐな優しさに、戸惑いながらも救われていた。
ただ、どうしても拭えない疑問があった。
なぜ、彼はここまでしてくれるのだろう。
「管理人さん」
ある日の夕食後、俺は思い切って切り出した。
「どうして、俺なんかに……こんなによくしてくれるんですか。俺は、あなたに何も返せないのに」
スキャンダルを起こした、ただの元アイドル。世間からは石を投げられ、誰からも見捨てられた存在。そんな俺に、これほどの親切を施す理由が分からない。何か裏があるのではないか、という疑いが、心の隅で燻っていた。
管理人さんは、読んでいた本から顔を上げた。その静かな瞳が、じっと俺を見つめる。何かを見透かされているような気がして、居心地が悪くなる。
しばらくの沈黙の後、彼は静かに口を開いた。
「……理由がなければ、人の親切は受け取れないか」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「君は、何もしなくていい」
彼は言った。その声には、有無を言わせない響きがあった。
「ただ、今はゆっくり休め。そして、いつかまた……君が君らしくいられる日が来ることだけを、俺は願っている」
それ以上、彼は何も語らなかった。
その言葉は、温かいのに、どこか切なかった。彼の瞳の奥に、俺の知らない感情が揺らめいているような気がした。俺はそれ以上何も聞けずに、ただ俯くことしかできなかった。
彼の優しさを受け取るたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。それと同時に、正体も知らないこの男への依存が、日に日に大きくなっていくのを感じて、少しだけ怖くなった。
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